第百四十話 魔神復活
いよいよ2年近く(投稿休止で)引っ張った魔神の再登場です。
本当にすみません。ちゃんと細々と更新続けていきます。
王都を出てから三十分。朝日が昇る方へ向かって、俺たちは……
「あの、セーラさん……」
「……」
「セーラ。ほら、さすがに危ないから、ね……気持ちはわかるけど。クライス君の気持ちもわからないでもないだろう?」
「そうね……」
王都を出てすぐ、魔神の出現地点と思わしき地点に向かう方法として、俺が全員にかかる重力を魔術で低減させ、風魔術で飛んでいく方法を提案した。その提案に全員が賛同して、風魔術の方の行使を買って出たのがセーラさんだった……
「そ、それでセーラさん。危ないですからそろそろ速度を落とし……<転移>。今の直撃してたら怪我じゃすまないんですが?」
「そんなに騒ぐほどのことか?もっと落ち着いて対処を……<暴風切断術>」
「ディアミス、お前も焦ってただろ……」
「……冷静に対処したから、問題なかったんだろう」
「迫ってきた木に対して今のは過剰火力だろう」
「ディアミス、クライスさん、変な喧嘩してないでこの状況をどうにかしてください!」
詩帆に最後の最後まで嘘をついて、出発直前になって結界を張ってまで家に置いてきた。その事に関してセーラさんは珍しく俺に対して怒りをあらわにしていた。その怒りをセーラさんは……飛んでいる自分たちが危険を覚えるほどの高速度で飛ばす、という形で出してきた。風に揺られての緩やかな旅路は、一変阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「クライスさん。この最悪の空気、どうするんですか?」
「師匠……面白がってますよね?」
「面白がってるよ。だいたいセーラの目的も察したし、そもそもセーラはたぶん……」
「セーラさんがなんですか?」
「ん、風で聞こえなかったかな。だから……」
「マーリスさん?」
暴風の中で師匠の最後の言葉が聞き取れなかった。それを聞き返したら、師匠の返答をセーラさんが遮った。すると師匠は、苦笑しながら俺に向き直った。
「わかってるよ……まあ、クライス君にはいい薬だしね」
「薬?どういう意味ですか?」
「まあ、すぐにわかるから気にしなくていいよ。それでいいかい、セーラ」
「わかってるなら確認しないで。あなたなら何をしたかじゃなくて、どうしたかも把握できてるでしょ!」
「それはもちろん」
拗ねたように言うセーラさんと、その様子に更に苦笑を浮かべる師匠の様子を見るに……セーラさんの怒りは収まった、みたい、だな。
と、気づくと周りの景色の流れはずいぶんと緩やかになっていた。
「近づいてきたね……ここまで近づくと異常性が際立つな」
「……濃密すぎて気分が悪くなりそうです。この環境下で模造魔術は絶対に使えませんね」
「脳内で演算を完結させるか、直接魔力情報を引っ張り出すか……どちらにせよ手順的に模造魔術には不可能な芸当だな」
頭上を見上げると、空の色は紫色を通り越して漆黒に染まっていた。次元の壁という物に明確に三次元的な実体があるわけではないので、無論太陽光は通している……だからこそ周囲は紫色に染まった空であるものの、真昼の空が漆黒に染まる様子は不気味だった。
「クライス君」
「了解です」
セーラさんが風をやませたところで、俺も重力低減をカットする。久々の地面に降り立って、おもむろに<亜空間倉庫>から杖を取り出し握る。
「クライス君が杖をさっさと取り出すのも珍しいね」
「不安は不安なんですよ。相手は七賢者を一体で壊滅させた化け物ですよ……魔術行使に少しでも有利になるなら何でも使いますよ」
「実際、少しどころか多大な効果があるはずなんだけどね……まあ、クライス君の場合は世界の魔力質に近いから、下手に他の人工物を通すよりも大概は魔術行使速度や威力も素手の方がいいのかもしれないけど」
「そもそも素の魔術行使が行使なので……」
「……杖を使わない理由にそんな理由をつける魔術師は金輪際君だけだろうよ」
俺の持っている杖は、かつて七賢者の第一位。グラスリーさんが使用していた杖だ。その杖に埋め込まれた魔石は俺が持つ世界の魔力情報構成魔力と同室の魔力を抽出して生み出されたものだから、俺の魔術行使との相性はすこぶるいいはずだ。だが俺の魔術威力や行使速度の基礎値が異常なので、あまりその多大な効果を実感できていなかった。
「体感にして数%は違いを感じるので、かなりのものだとは思うんですが……日常でその些細な差を実感できるようなことがなくてですね」
「今日もそれを感じないことを祈るよ」
「ですね……」
「二人とも、そろそろいいかしら。動きについて最終確認をしたいのだけど」
「はい、行きます」
セーラさんの呼びかけに五人が集まる。俺、師匠、セーラさん、シルヴィアさん、ディアミス……千年前より少ないたったの5人で俺たちは世界滅亡の危機に立ち向かうことになるわけだ。
「当初の予定より、二人も減ってしまったわね……リリアちゃんに関しては私の説明が遅かったのもあるし、何も言えないのだけどね」
「セーラさん……今、気にしても仕方ないですよ」
「ええ、わかっているわ……とりあえず、大本の動きは変える気はないわ。魔神と対抗できるのはクライス君だけ。だから、魔神と一対一の状況を作れるように私とマーリスさんでサポートするわ。あなたは魔神を狩ることだけに集中して」
「そのつもりで<世界滅亡>も組み上げてきましたから、最初からそのつもりです。頼りにしてます」
俺の返答に頷いたセーラさんは残りの二人に目を向ける。
「シルヴィアちゃんは私とマーリスさんの援護をお願い。魔神の攻撃の大半は私達で受け持つし、他に魔王や魔人を出されたらそれがクライス君に向かわないよう私達はそれも対処する……そうなると自分たちの回復や強化に手が回らないから」
「了解です。いつでも回復できるようにしておきますね」
「お願いね。それからディアミス君は、周囲に魔人が出現したりしたときの掃討をお願い。召喚術士には楽な仕事でしょうから、お姉さんの身も守ってあげて」
「言われなくてもシルヴィアねえ……さんのことは守りますよ」
「そう……」
ディアミスが勢いでシルヴィアさんのことを、ねえとか可愛い呼び方をしていたが……聞かなかったことにしておこう。
そんな少し場の緊張がほどけたところでセーラさんが申し訳なさそうな顔で続けた。
「正直、後は対策のしようがないわ。私達も抗戦したのはせいぜい一分だけ。不意打ちされたら回避すら危ういっていう程度の情報しか戦闘経験ではないわ。後はこの千年で調べた情報をもとにある程度は最悪の想定までしたつもりよ」
「三人を巻き込んですまない……君たちなしでも勝算は下がるが勝てないこともなかったが、セーラを千年も付き合わせて、この場で俺が魔神と差し違えなんていう最後は見せたくなかった。だから……」
「今さらですよ。やつを消さなければ世界が滅ぶんです。師匠云々がなくても詩帆のために戦うつもりですよ」
「師匠の仕事をお手伝いするのは弟子の義務ですよ」
「姉さんがこう言ったら聞かないんだよ。だったら勝算をあげるために協力する」
「……ありがとう」
「それは、全部終わったとあとに言ってください」
「……そうするよ」
お互いの決意は確認した。なら、後は戦うだけだ。
「みんな覚悟は出来たみたいね。準備もいい?」
「言われるまでもなく整っているよ。セーラを守りながら勝てるようにね」
「ただ守られるだけの女じゃないから心配しなくていいわよ。ねえ、クライス君?」
「うう……普段の詩帆なら連れてきてましたからね。後、僕の場合は杖も必須ではないですから、いつでもいいです」
「同じく準備は出来てる」
「私も大丈夫なんですが……クライスさん?」
「どうかしましたかシルヴィアさん」
「あの、ホルスさんはどちらに?」
シルヴィア嬢にそう聞かれた俺は、一瞬固まった。そして杖に魔力を通し、呟く。
「……<召喚 蒼不死鳥 ホルス>」
「おい、主。唐突に強制送還されたあとに何の説明もなく放置ってどういうことだ?」
その声と共に、召喚魔方陣が展開され蒼い羽根を羽ばたかせてホルスが俺の目の前に静止した。
「すまん、リリアの魔術行使中にリンクが切れた上に、その後極度の魔力不足でお前からも魔力を引っ張り出した結果、召喚を維持できなくなった……んだと思う」
「思うって……」
「記憶がない。たぶん無意識にやっていた」
召喚獣自体は自身で魔力を精製してこの世界にいる間は実体を維持できる。魔力を使い切れば魔力空間に魔力情報として送還されるが、ホルスほどの魔力量を持つならそう簡単に魔力枯渇には陥らない……だから今回のことは、とてつもないイレギュラーだったと言うしかない。
「無意識に消されたのか……まあ、主が無事なようだし、その様子だと妹さんも無事のようで何よりだよ」
「悪かったな」
「まあ、事情に納得したし……今はそれどころでもなさそうだしな」
「ああ、魔神を葬るのに力を貸してくれ」
「言われなくとも主の命に従うだけだよ、召喚獣としてはな」
「ああ、頼む」
そう言って、振り返ると師匠が何か言いたげにこちらを見ていた……これはどう考えてもネタになるよなあ。
「クライス君。ホルス君が災難だねえ」
「不可抗力ですよ。あんな事態、誰が想定……っつ」
からかってくる師匠に言いかえそうとした瞬間、爆発的な負の魔力の高まりに俺は身構えた。
周りの全員も各々、杖を構え、魔力を練り始める。
……次の瞬間。空が、いや次元層の壁が裂けた。そして同時に質量体がゆっくりと降下してくる。その姿は、師匠の語った記憶以上に禍々しく感じた。
「あれが、魔神……」
「ああ。あれが千年前の世界を壊滅させた元凶だよ」
シルヴィアさんの呟きに、そう答えた師匠の肩に力が入ったように見えた。一呼吸を置いて、俺は魔神にまずは先制攻撃を入れようと……
「<能力値限界突破>」
「<氷冷装甲>」
「<地神要塞>」
だがそれは、突如突っ込んできた何かによって遮られた。とてつもなく重い一撃に、反射的にに<能力値限界突破>をかけて、杖で受け止め打ち返す。
そして同時に高速で迫った無数の魔力弾から身を守るため、師匠とディアミスが障壁を展開する……魔神の洗礼のような攻撃を対処しきった俺たちの前には、どことなく昔会った生物に似た雰囲気のものが二体立っていた。
「……魔神の眷属残りの二人、ベータとシータとでも名乗るのかな?」
「クライス様、ご名答です。私、魔神様の第2の眷属ベータと申します」
「同じくシータです」
腹が立つぐらい、綺麗な礼をしてきた。慇懃無礼に先制攻撃を浴びせてきたとは思えないくらいに。
「魔神と眷属か。厄介だな」
「大丈夫よ、想定内だから安心して」
「アルファと違って、あの二人の魔術は千年前に大賢者様が解き明かしてる。対処は出来るよ」
「だから、早くあの二人を潰して魔神に集中……」
「二人?あなたたちは魔神様を甘く見すぎですよ……まあ、小手調べと言ったところでしょうか」
「小手調べ?どういう意味だ」
「それは見ればわかりますよ。それでは後ほど」
「待て……」
予備動作なしで眷属二人に魔力弾を撃ち込むが、僅かな差でその場から消えられた。そして眷属二人が消えた瞬間、周囲の魔力が爆発的に高まり……
「セーラさん。これは作戦通りとはいきそうにないですよ」
「……手間が増えただけよ。最悪中の最悪だけど予想外じゃないわ」
「ああ、最小限の魔力で乗り切るよ」
「俺は全力でいかせてもらってもいいのか?」
「ディアミス君はそうしてくれないと……あの三体まで私達が保たないわ」
「と、話してる暇はなさそうですね」
「そうだ、ね……」
眷属達に代わるように現れたのは……見渡す限りの魔人や魔王の軍勢だった。一瞬のうちに一国を葬り去れるだけの戦力が俺たちの回りを寸分の隙なく囲んでいた。
次の瞬間、無数の刃が俺たちの頭上に容赦なく降り注いだ……
次回更新は何もなければ明後日の同時刻になる予定です




