第百三十九話 運命の朝
前話もそうですが、キャラがぶれてたら完全に僕の不手際です……た、たぶん大丈夫だと思うのですが(汗)
……窓から差し込む光で目が覚めた。詩帆を抱きしめながら、気がついたら眠っていたみたいだな。
「もう、朝、か……」
隣で眠る詩帆を起こさないよう、そっと窓の方を見る。澄んだ青い空はいまや完全に紫色に染まっていた。
「本当に気持ち悪い空だな……」
「うう、んっ……雅也?」
「詩帆、おはよう」
「……そっか、もう朝か」
「ああ」
寝ぼけ眼だった詩帆の目が俺の顔を見て、そして窓の外から差し込む光を見て、全てを悟ったように下を向いた。
「そう、やっぱり魔神の復活は今日なの?」
「ああ、ほぼ確実……いや、秒読みだな」
曖昧に応えようとした矢先、遙か東方で爆発的に魔力が膨れ上がった……どうやらのんびり朝の気怠い時間を過ごしている暇はなさそうだ。
「さて、着替えようか。さっさと朝食を済ませよう」
「ええ……じゃあ、着替えてくるから先に食堂に行ってて」
「了解……あれ、吹っ切れた?」
「不安はあるけど、あなたが全部言ってくれて、その上で朝になったら覚悟決めてるんだもの。私は雅也を信じることにしたの……これでいい?」
「……なんか色々含めて詩帆らしいから納得した」
「どういう意味よ?」
「今日は言い合ってる時間が惜しいから、後で」
「馬鹿」
そう言って部屋を出て行った詩帆の姿を目に焼き付ける。こんな日常が、明日も続けられるように、ちゃんと帰ってこられるように……
食堂で合流した詩帆といつものように話しながら朝食を取って、ついでに服も洗濯して干しておいた。夕方までには帰ってきて取り込まないとね、と言って溜息を吐かれた。けれど、そんなやりとりが愛しかった。
そして……
「よし、戸締まり終わり」
「雅也、時間がないって言ってたのにいつも以上に入念にチェックしてたわね」
「いや、なんか始めたら、なんか楽しくなっちゃって……ほら、嫌なことよりはまだマシな面倒ごとやりたくなるときみたいな、な」
「課題をためた学生みたいなノリで言わないでよ……」
「二人とも、昨夜はお楽しみだったみた……セーラ、冗談だから竜の握力で腕を握りつぶさないでくれるかな?」
鍵を閉めて正面玄関を出ると、師匠達が立っていた。相変わらずの発言で師匠の左腕から異音がしているが自業自得だし……今はそのいつも通りの軽口がありがたいからな。
「冗談かどうかはあの二人が決めることよ。クライス君一人に対してだけならともかく、年長者から女性に対して今の発言は最低通り越してクズよ?」
「そこまで言わなくても……ほら、決戦前の緊張をほぐそうと思ってだね」
「他にも話のネタはあるでしょう」
「本当ですよ。いくら詩帆が可愛くても妊娠中にや……詩帆、<身体能力強化>かけて左足潰すのはやめて、今のは確実にヒビ入った」
「……」
「無言は怖いんだが?ほら、師匠と一緒で魔神との戦いの前の緊張をほぐそうと……っつ」
「あまりに下品よ……さすがに嫌いになるけど?」
「「すいませんでした」」
とてつもなくしょうもない理由で、師弟して冷たい目をした妻に謝る状況になってしまった……本当に、今日、世界の存亡を賭けた日だよな?
「フフフッ……どちらも本当に仲の良いご夫婦で何よりですね」
「し、シルヴィアさん……」
「見せつけてくれますね、と恨み言の一つも言いたいところなのですが、私はこの後もいますし、不肖の弟の面倒も見なければならないので……見送りのお二人に先に機会を譲ります」
シルヴィアさんがそう言って横にそれると、そこにはソフィアさんに支えられたリリアが申し訳なさそうな顔で立っていた。
「リリア……」
「……お兄様、すみません。私のせいで大切な戦いの前にあんな目に遭わせてしまって……そして、大切な戦いの助けにもなれなくて」
そう言って、リリアは深く頭を下げた。
昨日、魔術的にも肉体的にも大きな傷を負ったリリアは王都で療養だ。一緒に戦いたい気持ちはわかるけど、この状況で無理をさせてもリリアの魔術師生命を絶つだけだ。そしてギリギリの戦いの中で、言いたくはないが今のリリアは役に立たない。だけど、それは今のリリアに負わせるものでもない。
「リリアに責任はないよ。元の理由が理由だった。いずれ、何らかの形で問題になっていたことがたまたま昨日だっただけだ」
「でも……大聖堂にも大きな損害を与えてしまいましたし、なによりソフィアさんやレオン陛下にまで危険な目に遭わせてしまって……」
俺がどう言っても、今のリリアは納得しないだろう。むしろ余計に責任を感じてしまうだけだ。でも、俺に言えることなんて他には……
「リリアちゃんがあそこで魔術を使ってなかったら遅かれ早かれ私も……あなた以上の目に遭ってもおかしくなかった。だからリリアちゃんは何も悪くないわ……むしろ感謝の言葉を言わなきゃいけないわ」
「リリアちゃん、私からも言わせて……私の親友を助けてくれてありがとう」
「ソフィアさん、ユーフィリアさん……ありがとう、ございます……ファっ、えっ、何ですか、ちょっ、ソフィアさんまで……」
俺が言い淀んだ僅かな間。そこでソフィアさんと詩帆が重ねるように声をかけた。そしてそのまま詩帆はリリアを抱きしめた。それにあわせてソフィアさんも悪戯っぽく笑って後ろからリリアを抱きしめた……混乱したりリアに詩帆がゆっくりと語りかける。
「リリアちゃんはまだ13歳だってことを忘れないで。雅也が特殊だっていうのは話したでしょう……もっと子供でいていいのよ」
「はい……」
「そうよ。ユフィのこと、お姉ちゃんって呼んであげたら?」
「お、お姉ちゃんですか?」
「私はいいわよ。実際間違ってはないし」
「えっ、えっ……じゃあユ、ユーフィリア義姉様」
「うーん、もう少しやわらかい言い方でもいいんだけど……」
「お姉様……っつ」
「ソフィア、笑わないでよ!」
どうやらリリアの気持ちにも整理がついたようで、そう言って三人で笑い合う姿はとても綺麗だった。だから俺は……詩帆に怒られるとわかっていながら、最後の決意を固めた。
でも、それを今言ってこの光景をぶち壊すことはできなかった。だから……
「三姉妹、いや百合カップルと姉妹……うん、尊い」
「雅也……」
「あの、半分くらい冗談なので……詩帆さん、そんなに冷たい目で見ないでいただけませんか?」
「とにかくリリアちゃん、私が言うのがもっと早ければこうはなってなかったはずよ。本当にごめんなさい」
「そんなセーラさんは何も……」
「それ以上は謝罪合戦になるからやめましょう。レオンに関してはなぜか盲目的に助けに入ったあいつが悪い……なにより誰も死んでないしな」
俺のその言葉にリリアが少しホッとした顔をし、周りが一瞬だけ俺の方を見て……察して何も言わないでくれた。
教会の暗部の面々が跡形もなく消し飛んだ。その瞬間の記憶はリリアにない。あんなことをした時点で殺されて当然のような連中だが……それでも人を殺してしまったという事実は変わらない。
でも俺は、殺人の重みを13歳の少女に背負わせたくはなかった。
今朝方、レオンの執務室に魔術省大臣として今回の事態を「教会地下での非合法な魔術実験の失敗」と認定する、という命令書とメモ書きを投げてきた。俺は妹のこれからのために職権乱用と言われてもこの件をもみ消すことに決めた。
だから……
「そう、ですね……お兄様、皆さん、ありがとうございます」
「うん……だから、気にしないで待ってて。全部終わらせてくるから」
そう言ってリリアの頭の上に手をのせる……横で詩帆が一瞬羨ましそうな目をした気がするので帰ってきたらしてあげよう。これでいい。いつか話す、ずっとずっと先になるだろうけど。
「その格好いい台詞は奥さんに言って欲しかったな」
「一緒に行くのに、待っててねはないと思うし……昨日さんざん言ったろ」
「っ……冗談に珍しく本音で返さないでよ」
「クライス君が照れてるのを見るのも珍しいね」
「色々と余裕がないんですよ……察してください」
この二日間で色々とありすぎた。セーラさんの話もそうだし、リリアの件もあったし……何より今日のことをさんざん悩み続けてきた。正直さっさと魔神との戦場に行きたいくらいだ……実験に回す思考もないくらい今日のことを悩んでいたから。
「君でも緊張するんだね」
「師匠、普通に失礼ですからね?」
「君の今までの言動を考えてから言ってくれるかな?」
「……人並みに緊張はしますよ、表に出さないだけで。まあ、今日のは緊張とは少し違いますが」
「そうかい……」
師匠の歯切れの悪い言い方的に……気づかれたかな。さっきからセーラさんにも睨まれてる気がするし。
「クライス君、あなた……」
セーラさんが何かを言おうとしたとき、上空から鳩が俺の方に降りてきた……王宮の伝書鳩だな。そのまま手紙を受け取ると、予想通りレオンからの手紙だった。
「なんだ……ああ、大体予想通りだな」
「何が書いてあったの」
「頼んであった仕事の了承と……激励、かな?」
「激励?」
「読めばわかる」
のぞき込んできた詩帆に、手紙をわたす。
「……魔術事故の件はクライスの指示書通りに片をつけておく。本当は出発前に顔を見せに行く気だったんだが、思った以上に空の色で町中に混乱が広がっていて、その収拾で行けそうもなくてな。だから一言だけ……」
「王都は死守する。死線にむかう友人を止めることの出来ない無能な王だが、それだけはやっておくから、生きて帰ってこい……レオン陛下のありがたいお言葉だよ」
「リリアちゃんに負けないくらい硬い文面ね……」
「そうだな……まあ、決心はついたよ」
「そう……」
「さてと……そろそろ行かないとね」
師匠が東の空を見ながら深いため息をついて言った。その思い言葉の通り、空の色の変化は徐々にある一点に集中しつつあった。
「ですね……詩帆、出発前の挨拶はもういい?」
「どうせ生きて帰ってこられるんだから、もう十分よ」
「昨日、あんなに不安がってたのに?」
「……不安になっても仕方ないって気づいたから。あなたが一緒にいる限り、私を守ってくれるでしょ」
「……そうだな」
「何よ、その間は……」
「気にするな。詩帆のことは守るから」
「それなら……いい」
詩帆が満面の笑みを浮かべたのを見て、俺は思考を切り替える……もう迷いはいらない。
「クライス君、ユーフィリア嬢。もういいかな?」
「僕はもう問題ないですよ」
「はい」
「シルヴィア嬢もディアミスも問題なさそうだね……では、行こうか」
そう言って歩き出す師匠の後ろにセーラさんがついて歩き出す……セーラさんが最後に俺の方を見たのは気のせいではないだろう。その後ろに続いてシルヴィアさんとディアミスが門を出て、最後に詩帆と俺が門を出る。その寸前、俺は振り向いて
「ソフィアさん、二人のことお願いします」
「もちろんよ……んっ、二人?」
「雅也!」
「ごめん……詩帆」
詩帆が俺に近づこうとした瞬間、そう呟いて俺は複数の術式を構築した。詩帆とリリアの魔力を抜き取り、その魔力を利用して結界を展開するごく単純なプロセスを……
「雅也……最初からこのつもりだったの?」
「ああ。最初から詩帆はおいていく気だった……すまない」
「馬鹿……雅也……」
「俺たちの子供を守っててくれ……頼む」
「……あなたが生きて帰ってきてくれないなら、私、どうするかわからないよ?」
「生きて帰るよ、もちろん」
「また、嘘ついたから、信じません……」
「それじゃあ、俺が死ぬことになりませんか?」
「帰ってくるまで信じない。だから帰ってきて」
「……わかった」
睨んでくる詩帆の目をきっちり見詰め替えして、俺は結界を離れた。後ろで詩帆が崩れ落ちた音がした。でも、もう振り返らない。
「クライス君……いいのかい?」
「もう決めたので」
「決めてた、でしょ……本当に男って勝手ね」
セーラさんはまっすぐに俺をにらみつける。身勝手だ、俺の自己満足だ。でも……
「……俺は妊娠してる奥さんを戦場に出すような真似をしたくないんですよ。せっかく守った命……もう二度と失わせたくないんです」
「だったらあんな騙すような真似をせずに説得をしなさい」
「聞きませんよ……詩帆は、きっとそれだけは聞いてくれない。これから行く場所と、その理由がわかってるなら僕の優先順位もわかっているでしょうから」
1に詩帆、2に世界、3に自分だ。分の悪い賭けに出る以上、自分の命程度はとっくに賭けてる……だからこそ、最後の最後に彼女を守れない可能性だけは潰しておきたかった。
「少しでも長く、生きていて欲しい。その隣に自分がいられたら最高。それが前世も今世も僕の行動原理の一つですよ」
「……後でシホちゃんに本気で殴られなさい」
「覚悟はしてますよ……生きて帰るって約束しましたから」
俺を睨んでいたセーラさんは俺の言葉に何も言うことなく、振り向いて歩き始めた。慌てたように師匠がセーラさんを追って歩き始め、それきり全員が無言になった。若干重苦しい空気の中、6人は王都の東門に向かって歩き続けた。
魔神が復活する瞬間が迫っている。その事実はますますその空気は重く、詰まるばかりだった。
だが、その中で先頭を歩くセーラさんが薄く微笑んでいたことを俺は勿論知るよしもなかった。
次回投稿は明後日です……少しずつ、彼らとその世界を思い出しながら書き進めていこうと思います(6月某日)
後、昨日カクヨム版の方にあちらにしかあげてない短編を更新してます。リリアちゃんの過去回なので気になる方は是非。
カクヨム版のリンクを貼っておきます。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885272158




