第百三十五話 聖女の暴走
平成最後の更新です。
ブクマ等ありがとうございます。執筆の励みになります。
話としては第七章のリリアsideからの続きです。
―――五分前 王都中心部地下―――
「……っ」
微かな水音と、衣擦れの音。そして複数人の足音が聞こえて、私の意識は微かに浮上した。
……確か今日は……お兄様に私の魔術について相談して、その後……ソフィア先輩と買い物の約束をしてたから、確かカフェで待ち合わせで……
今日の出来事を順を追って思い返していき、今の状況に至った経緯を思い出した私は、即座に意識がはっきりしていくのを感じた。
「……そうだ、私、襲われたんだ……ソフィア先輩は」
「リリアちゃん、落ち着いて。とりあえず私にけがはないわ」
「ソフィア先輩」
「だから落ち着いて」
「は、はい……」
カフェで周りに人払いがされていることに気づいた直後、私達は教会関係者達によって昏倒させられ、どうやら誘拐されたようです……
「リリアちゃん、頭は痛くない?」
「まだ、少し痛いですけど……とりあえず、重症ではなさそうです」
昏倒している間に魔力も抜き取られたようで、魔術で診療できないのが不安だけど……とりあえず、頭の骨が折れてたりはしないから、たぶん大丈夫だと思う。
「それならよかった……私達を誘拐するとか、またクーデター絡みかしら。教会の人間が国を敵に回してまで、私達を人質にして身代金をたかるとも思えないし……」
「いえ、おそらく私自身が目的かと。ですよね……そこの方」
「ええ、ご明察です。聖女様」
私達の様子を近くの椅子に座って眺めていた男に話を振ると、男は腹立たしいほどの笑顔で私の問いかけに答えた。
「それで、あなたは何者なんですか?」
「これは失礼。紹介が遅れました……私、ルーテミア王国国教会邪霊掃討部門をとりまとめておりますヴェルフェンと申します」
「ヴェルフェン枢機卿……親から枢機卿の地位を譲られたけど、病弱で表にはほとんど出てこないって話だったけど……こういう仕事をしてたという訳ね」
「国教会に邪霊掃討部門なんて聞いたことがないんですが……」
「ええ、表にはあまり明かしていない部署ですので」
「つまり教会の暗部ってわけね」
「いえ、むしろ現教会組織を陰から支える千年以上も続く由緒正しい組織ですよ」
千年以上前から続く組織ということで、私が捕まった理由も何となく納得できる。おそらく国の中枢に本当に根深く潜んでいるのだろう。それこそ、国の中枢部を丸ごと裏の裏まで刷新したレオン陛下やローレンス宰相閣下でも見破れないほどに。
だから、お兄様も存在を知らないから警戒できなかった。
「なるほど……それでフィールダー魔術省大臣の妹である私と、フローズ商務大臣の娘であるソフィア先輩を拉致して、いくら教会の幹部でもただでは済まないことは分かっていますよね」
「別に私が逆恨みに殺される程度は構いませんよ」
「逆恨み?刑罰の重軽はともかく、どう考えても処罰理由は正当です」
「人の法ではそうかもしれませんが……世界のためには致し方のない犠牲です。ああ、ソフィア嬢に関しては儀式が終われば解放しますよ」
「私だけは……リリアちゃんはどうする気?」
「一言で言うのなら……魔神再封印の生贄になっていただきます」
当たり前のように言うヴェルフィンにソフィア先輩が絶句した。だが、私は何となくその言葉を予想していた。
「それが……聖女の役目、ということですか?」
「その通りです。さすがの慧眼ですね」
「どこにそんな話が?」
「千年前から伝わる魔神封印に関する手引書です。曰く、空が鈍い紫色に染まるのが魔神復活の兆候で、その時に聖女の純血と御霊を捧げれば、魔神の封印は再びなされるそうです」
「なっ……そんな話、信じるわけが」
「信じないものもいるでしょう。ですが、この世の中は信じる者こそ救われるのですよ」
「狂ってる……」
「何とでも言ってください。世界を救うために世界の敵となることも、自分の命を消される覚悟もとうにできています」
「そんなのはあなたの自己満足よ」
「それで世界が救われるのです。最高の自己満足ではないですか」
ソフィア先輩もマーリス様達から魔神討伐の条件については聞いている。だから、彼の理論を今すぐにでも否定したいだろう。でも、それをこの場では公に広めていい話じゃないからできない。だから、ただ、相手を責め立てることでしか時間を稼ぐ方法がないんでしょう。
ただ、私は彼の言葉が嘘じゃない可能性もあると思っていました。
お兄様や、マーリス様なら、仮に私を殺すことで魔神を殺せるとしても絶対にそんな方法をとらないし、そもそも私には提案すらしないでしょうから。それに、あの二人の目的はあくまで魔神を討伐することであって、再封印することではないですから、私に心労を強いるだけのこんな話をするはずがないですし。
「……私を殺したところで、千年も経てば魔神は復活しますよ」
「それならば、その時代の聖女を殺せばいいです」
「一人の犠牲で世界が救われるのなら儲けものだと?」
「儲け、だとは思いませんが。世界を救うには仕方のない犠牲でしょう」
「そう、ですね……」
「リリアちゃん……」
「犠牲を強いて世界を救うことを私は否定できません……」
お兄様達がやろうとしていること自体が、自分たちの命を懸けて、世界を救う行為です。そして千年前の七賢者様達が行ったことも同じ。それに賛同した私が、誰かの犠牲の上に成り立つ世界を否定することはできません。でも……
「……が、だからと言って、初めから誰かの命を代償にして世界を生かすことは、世界を救った人に、今、世界を救おうとしている人たちにあまりに無礼です」
「そうですか……まあ、あなたの意見はどうでもよいのですよ。さて、お喋りの時間は終わりです。すぐには問題はないと思いますが、あなたのお兄様に場所がばれても面倒ですし……そろそろ始めましょうか……やれ」
「……<麻痺の雷撃>」
「えっ……」
「ソフィア先輩」
「安心してください。あなたの儀式が終われば、無傷で解放するという約束は守りますから」
ヴェルフィンの後ろにいた男が放った魔術で、ソフィア先輩が昏倒されると同時に私も前に引きずり出された。
「さて、儀式を始めますね」
「放しなさい」
「抵抗は無駄ですよ。動かれると面倒ですし……」
「……<麻痺の雷撃>」
「キャアッ……」
「……少し強めにかけましたが」
「問題ありません。彼女の魔術抵抗力なら多少やりすぎぐらいでちょうどいいでしょう」
麻痺して動かない体で朦朧とする意識の中、私の服が裂かれているのを妙に冷静に見ていた。ああ、こんなところで汚されるのか。こんなところで死ぬのかって……
「さて、聖別を済ませた銀棒を」
「こちらです」
「では、手早く純血をいただきましょうか」
妙にはっきりと聞こえた男の声とともに、ひんやりとした金属が押し当てられた―――直後、激痛が頭に走った。
―――嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいやだ……こんなところで、こんな奴に、こんな奴に……絶対に嫌だ。死ね死ね死ね死ね死ねしねしねしねしねしね……全部、死んじゃえ―――
負の感情に押しつぶされて、私の意識はゆっくりと薄れていった。最後に、身体中を魔力が駆け巡る感覚を感じて、私の意識は完全に―――
爆音と膨大な魔力が生じた方向に全員が顔を向けると、その方向では天地を貫くかのような光の柱が発生していた。
「今の音は……いや、あの魔力は……リリア、だよな」
「町の中心部の方ね。位置的には、教会、かしら?」
「ああ……だけど、あれは何だ?」
「<七柱の神撃>じゃないの?」
「いや、もっと異質だ。あれは純粋な光魔力のエネルギーを叩きつける魔術だ。あれは、光魔力は魔力だが、まるで他の魔力を飲み込むような変な魔力の流れを感じる」
「嘘でしょ……<神罰>、よね」
立ち上る光の柱の正体を俺が見極めかねていると、セーラさんがぼそりと呟いた。
「何なんですか、その魔術は?」
「光魔術第十二階位、禁呪指定<神罰>。性質としては<七柱の神撃>というよりは君の<次元貫通孔>に近い」
「つまりエネルギーの塊をぶつける攻撃魔術と言うよりは、次元の壁に穴をあける特殊魔術と捉えるべきだと」
「まあ、もちろん光魔力の奔流で大半の生物や構造物は跡形もなく消し飛ぶだろうがね。後、君の<次元貫通孔>は次元の壁に穴をあける魔術だが、あれは魔力そのものを溶かす魔術だ」
「かなりまずいですね」
「雅也。十二階位光魔術でしょ。だったらあれを発動したのは誰?」
「リリアだろう」
「でも、リリアちゃんの魔術階位は……」
「魔力階位が第十階位、光魔術階位も九階位だ。ただ、セーラさん……」
「ええ、聖女の光魔術適正なら可能よ」
セーラさんが俺の言葉を肯定し、重苦しい沈黙が場を包む……ただ、今はそれを享受している時間はない。
「……師匠、悠長にしている場合じゃないですね」
「だな……急ごう」
「全員、動かないでください……<座標転移>」
ここまでの騒ぎになった以上、詩帆たちに王城に向かってもらうより、一緒に来てサポートしてもらった方がいい。ことはもはや貴族子女誘拐事件がメインじゃない……
「……魔神に並ぶ世界の危機だな……世界崩壊の可能性すらある、魔力災害、か……」
「何よ、これ……」
「私が、もっと早く話していれば……」
「セーラさん、今は落ち込んでいる場合じゃありません」
「そう、よね……シルヴィアちゃん、ありがとう」
「それで、クライス君。どうする?」
「ひとまずは状況確認と避難誘導が先でしょうかね。しかし、これは……」
崩壊しかけた王都中央教会の惨状は見るも無残だった。壁はいたるところが崩壊しているし、もちろん説教台の奥のステンドグラスは粉々だ。さらに天井も<神罰>に貫かれた影響か崩落が始まっている。少しでも衝撃が加われば、この教会は完全に崩壊しかねない。
「そして、地下室か……リリア」
そして、教会の床は大半が抜け落ちて、その下にあった地下室が丸見えになっていた。その中には魔術の余波で吹き飛ばされたのであろう司祭服姿の男性が三人。魔術本体にあたった人間は欠片も残っていないだろうから、おそらく後五、六人は被害に遭っていてもおかしくない。
更に、リリアと一緒に連れ去られたのであろうソフィアさんも横たわっていた。外傷もないし、<生命探索>で見る限り命に別状はなさそうだが……この教会の状況的に一秒でも早く救出したいな。
「クライス。これはどういう状況だ」
「レオン、来たのか」
「これだけの騒ぎだからな。それで教会が何をした」
「暗部が勝手に動いて、不確定な情報をもとに魔神を封印できると踏んで、リリアを拉致して……儀式に失敗したのか、こうなった」
「つまりお前もどうしてこうなったかは分からないと」
「ああ、そう思ってくれて構わない……」
騎士団とともに駆け付けたようであるレオンにそう言いながら、俺は膨大な魔力の奔流の中心である立ち上る白い光の真横に立つ少女に目を向ける。
目に光を無くしながら、この世界すら崩壊させかねない術式を制御している存在。服もズタズタで体中傷だらけで、そんな状況で全く表情を変えない、変わり果てたリリアの姿があった。
「一体、なんでこんな状況に……」
「おそらく、なんらかのとてつもない精神ショックを受けたタイミングで、それでもその加害者に対して魔術的な攻撃を加えようとして……理性と言う箍を失った魔術が暴走した、そう考えるべきだろう」
「暴走しているなら、魔術は発動しないはずじゃないか」
「この世界で一般的に使われている模造魔術なら、な。ただ超越級魔術なら暴走させても発動はする。たとえ術師の魔力を喰らい尽くしても‥‥」
「どうやら今回の魔術想像以上に変な方向に暴走してしまったようだね……仮にリリアさんが魔力を失っても、環境魔力が吸われつくしても、あの魔術は止まらない……」
「まさか……魔力空間からの魔力供給」
「クライス、どういうことだ?」
「簡単に言うと、リリアが死んでもこの魔術は永続的に続いて、世界が崩壊するまで止まらない」
魔力空間からの無尽蔵な魔力供給を受けて、世界の壁を溶かし続ける術式……魔神の前に世界が終わりかけるとは……
「とにかくレオン、今すぐ周囲に避難勧告を出してくれ。何が起こるか分からん」
「分かった。死ぬなよ」
「魔神戦前に死んだら誰が、この世界を救うんだよ。後、身重の奥さんを未亡人にするわけにはいかないだろう」
「それもそうだ……ソフィア……」
「どうした……馬鹿」
俺の横をすり抜けて、レオンが飛び込んだ先。そこでは意識を失ったソフィアさんの上に猛烈な勢いで天井が落ちていくところだった……
「……<召喚 建築妖精 土小人>……なっ、発動しない」
「この異常密度の魔力空間で召喚魔術みたいな精密術式は起動しな……」
「……間に合え……」
師匠の忠告を半ば聞捨てながら、俺が展開した結界がソフィアさんの上に飛び込んだレオンの上に展開され――――
令和最初の更新が明日出来たらいいなあ……




