第百三十四話 魔神と巫女の一族
二週飛ばしてすみません。
「私たちの村が魔人の集団に襲撃された話は覚えているわよね」
「雅也からも聞きましたし、何度かセーラさんやマーリスさんからも聞いてますから……」
「もう千年も昔のことよ、そんなに気にしなくても大丈夫よ」
「はい……分かりました。それで、そのことが何か……」
「ええ。私達の村は偶然襲われたわけじゃないの……」
始まったセーラさんの話。俺を含めたフィールダー家がセーラさんと血が繋がっているというのは衝撃だったが……まあ、そんなことより問題はその後の発言だ。
「魔神関連の文献にありましたね……最初の大規模魔人襲撃事件だと」
「クライス君……その言い方的に、今からセーラが言うことに心当たりがあるみたいだね」
「確証はないですが、まあ予想程度は」
「はあ、君には一切関与させていないはずなんだがね……」
俺の言葉に呆れたように師匠が声を上げた。
「それで詳細はセーラさんに聞きますけど……話の主題は魔術的な巫女体質と封印ってところですか」
「君、やはり調べていたのかい?」
「師匠の家の中でどう見ても意図的に抜かれている文献があったので……少し気になりまして」
「魔神戦までには話すつもりだったんだが……まあ、疑心を持たれるのは仕方がないか」
師匠達は俺に魔神戦争のことや魔術について知りうる限りの知識を俺に提供してくれていた。俺も自分がもつ魔力空間や物理学に関する知識を渡して、魔神戦に向けて様々な対策を検討していた。だが、そんな中、師匠達が唯一、俺に言ってくれなかったことがあった。
「当然でしょう。師匠は、なぜ魔神が現れたかという話だけを一度も話していませんから」
「君は本当に末恐ろしいね……」
「待って、雅也。魔神が現れた理由って負の魔力エネルギーが収束して、形を成したからじゃないの」
溜息をついて深く座りなおした師匠と対照的に、詩帆が俺の隣で食い気味に言った。
「まあ、詩帆は俺が断片的に話しただけだから分からなくても仕方ないよな」
「憐れむような眼で見なくてもいいから、どういう意味か教えて」
「はいはい……まあ、詩帆の言った通り魔神は負の魔力エネルギーが溜まることによって産まれた。ただ、それはあくまで千年前の魔神が出現した方法であって、理由じゃない」
「……なぜ、負の魔力エネルギーが集まったかってことかしら」
「ああ。そしてもう一つは、負の魔力エネルギーと言うのは断続的に発生するということだ」
負の魔力エネルギーは人の負の感情や、魔力を使用するしないに関わらず儀式的な呪いを行うこと、また死や病や戦など忌み嫌われる概念的現象の多発によっても発生する。つまり魔力が介在する世界に知的生命体が存在する限り、断続的に発生する。
「それが少し集まってくると、その場所では体調が悪くなったり動植物が生きていけなくなったりする。さらに増加すると、魔物や動物を突然変異させたりする」
「魔神が発生することはないってこと?」
「何もしないで、魔力だけで魔神レベルの知的生命体が作られるほど負の魔力が集まることはまずないけど、大量虐殺、大戦なんかでその種子が生まれることはある」
「種子?」
「ようは、魔神の形を生成する最低限の魔力がある一定範囲に溜まるってことかな」
「クライス君……どこまで調べたの?」
「一応、師匠達の蔵書に加えて、王城の書庫と王立図書館で調べられるところまでは」
「一応の範疇の知識ではないと思うのだが……」
師匠とセーラさんはますます呆れたような顔をしているが、結構推論も交えているし、ほとんど資料がなくて想像で補った部分も多い……などと言いだすと、話が進まなくなるので適当なところでセーラさんに会話を戻すとして、さっさとキリのいいところまで話を進めさせてもらおう。
「それで、もう一つ疑問があるんだが、千年前の魔神以前に封印ではなく討伐された魔神がいた可能性だ」
「討伐された?というかそれ以前に魔神が産まれていたなんてどうしてわかるの?」
「王国の古代文献にも魔神らしき存在が示唆されていたし、千年前に大賢者様も魔神と言う存在が過去にいたことをもとにして、魔神を定義しているらしかったからな」
「なるほどね……でも、それなら過去はなんで今みたいな状況に陥っていないの?」
「それは……」
「……クライス君。そろそろ私が話してもいいかしら」
「そうですね。少し話を挟みすぎました」
「まあ基礎事項は抑えてくれたみたいだから、話は簡単になってよかったわ」
そう言ってからセーラさんは一呼吸を置いて、俺がぶった切った話を再開した。
「まず、シホちゃんの疑問に答えておこうかしら……簡単に言うと二つのイレギュラーが起こったの。一つはさっき言った私達の村の襲撃」
「それで、その襲撃がどうして魔神が討伐できないことにつながるんですか?」
「……私達の村、というか私の家、ヒーリア家は代々世界の負の魔力エネルギーが溜まらないよう散らす役割を持った家だったの」
「散らす……なるほど」
「メビウス君のコーリング家はそれを行うための結界や魔力情報解析を司る家、でマーリスさんのフェルナー家はその二家を補佐し、守護するための攻撃魔術を極める家……私の家を含めた三家とその分家によって構成された世界の均衡を保つ役割を持った秘密の村。それが私達の村の姿よ」
師匠達は確かにとある村に生まれた天才的な魔術師三人だった。言われてみれば当然だが、俺は全く違和感に気づかなかった。いくら魔術師が多い時代でもあれだけの魔道の才を持った子供が普通の村で暮らし続けつなんて簡単なことではなかったはずだ。だが、こういうことなら納得だ。
「はっ……超古代大陸統一国家が滅亡して、その末裔たちは行方不明……」
「たぶんシルヴィアちゃんの思っている通りよ」
「なるほど古代の大国の滅亡理由は魔神発生による混乱、ですか」
「……それが一万年前。その時から、古代の大陸統一国家の末裔たちは魔神が再び産まれないよう、負の魔力を集めないようにしてきたの」
「それがセーラさんや師匠達の村の使命、ですか……」
「ええ……」
古代の大陸統一国家が魔神によって滅んだ話は一般的ではない。各国の王族や歴史研究者の間で一種の与太話として広まっているぐらいだ。滅びた原因が不明な上に、それだけの国家の首都機能が史跡すら残らないほど崩壊するなど誰も信じないだろう。だが、はじめて現れた魔神がその原因だというのなら納得だ。
「当時の王国首都にいた魔術師の三割は魔神の攻撃で死亡して、さらに三割は再起不能の負傷を負ったわ。それでも何とか三日三晩の抵抗の末、魔神の魔力質を見抜いて討伐方法を解き明かしたの。最後は残った面々で魔神を討伐したけど、その時までに現代のレベルで言う上級以上の魔術師達が数千人、王族や周辺の市民たちが数十万人規模で亡くなったわ……首都機能は壊滅して、国として動ける余力はなかった」
「それで、各地の領主や代官が独自に統治を始めて、今に至る、と」
「ええ……そして残ったわずかな王族と一部の高位魔術師達は魔神の存在を秘匿することにしたわ」
「魔神の核となったのは人、だったからですか?」
「よくそこまで分かるね……ああ、負の魔力エネルギーをまとめ上げるためには人の魔力操作能力がいる。負の魔力エネルギーに対する適応性もいるけどね」
「ということは今の魔神も?」
「そうよ。だけど、その話は後ね……今はリリアちゃんに関わる方ね」
セーラさんの表情が引き締まり、再び場の空気が固まる。
「私達の家はさっきも言ったように魔神ができないよう、負の魔力が世界の一点に溜まらないよう散らす役割よ。家系に引き継がれた魔力質で最も効率を出せる術式を用いて行う作業。で、数世代に一度遺伝的に魔力質がその術式にものすごく適した子が産まれて、その子を巫女、あるいは聖女と呼ぶの」
「聖女……」
何となく話の先が読めた。そういえばリリアの周りで不自然なことは複数あった。ただ、俺の周りに自分を含めてイレギュラーが多すぎて世界に普通に生まれた高位魔術師だと、そう思っていた。
「で、私はその聖女だったんだけど……まあ、私達の家の意味とは全く関係ないんだけど、魔神戦争の後、どういう流れかは分からないけど、ルーテミア王国の国教が魔神を滅するには聖女の血が必要だとか騒ぎだしたのよ……」
「聖女の血……というか、村が壊滅したのにどこからそんな話が?」
「私達の家の血を絶やさないために、分家筋や本家でも末っ子たちは外部との婚姻も奨励されていたのよ。もちろん相手側も血筋がはっきりした家にしないとそちらで聖女とかが出たりしたときに面倒だから、ある程度は交流もあったの」
「なるほど……」
「それで……そのねじ曲がった話の中で、一つだけ真実が混ざっちゃったのよね」
……今までで一番の間を開けてセーラさんが行った言葉は部屋の中を混沌に陥れた。
「……聖女の条件は光魔術に対する適性の高さと、もう一つは異性に対する精神干渉能力の向上……そして、世界の魔力質の中で特異なものに自身の魔力が満たされたことによって、髪色が漆黒に染まるの」
「つまり……リリアもその聖女だと」
「ええ、リリアちゃんはほぼ間違いなく聖女としての能力が発現しているわ」
「あれ、でも、セーラさんの髪は銀色……」
「私も昔は黒髪だったのよ。ただ白竜の体に入ってからしばらくしてからこの髪色になったの」
「白竜の肉体の影響だろうね」
セーラさんの髪色と白竜の毛の色が一致していたのは偶然ではなかったらしい。そして、リリアがその聖女だということはつまり……
「それで、リリアに聖女としての能力が発現していることが教会に伝わったとして、どうなるって言うんですか。これでも国王の右腕でもあるような俺の妹ですし、リリア自身も最高位の魔術師の一人です。そう簡単に手を出せません。第一、今の教皇はどう見ても穏健派ですよ」
「それが正しければ、君にこの話をする気はなかった。聖女に関する話ぐらいはしたかもしれないが、リリア嬢との関係性はこんな魔神との決戦が近いような不穏な状況で伝えない」
「どういうことですか?」
「私達の頃からあったのよ……表向きは社会奉仕のためと称して、高位の治療術師達を脅迫や薬漬けにして、教会に囲い込む教会の暗部が」
「暗部……聞いたことがないんですが」
「それはそうだろう。私達が現役だった頃から、千年以上も教会の裏を牛耳っていた機関だ。現政府の面々も優秀だろうが、あそこまで地下に巣食った組織の隠蔽は設立数カ月の政府の調査能力じゃ見破れない」
教会の暗部……俺の場合、現教皇の名前もはっきりと覚えてないぐらい付き合いがないからというのもあるだろうが、全く知らなかった。普通に腐敗した聖職者ぐらいは残ってるだろうが……暗部とは、ね。
「……まあ、その暗部があったとして、リリアを襲う目的は?」
「言ったでしょう……私達の儀式の詳細が歪んで伝わったと」
「……あの空の色が魔神発生の兆候だと分かったとして、リリアを話の断片から聖女と仮定、その血を捧げて……魔神を封じるとでもほざく気ですか?」
「そう考える可能性を否定できない。レオン陛下の言う通り、王立図書館や王城の書庫には魔神封印の証拠を隠すために聖女に関する情報はないかもしれないが……」
「教会暗部にある可能性は否定できませんね……」
「ちょっと待って下さい。それならリリアさんが危険では?」
「そうよ、雅也。リリアちゃんを一人で外に出すなんて危険よ……そんなに落ち着いてるってことは、何か備えてるの?」
師匠とセーラさんが俺の予想に賛同したところで、シルヴィアさんと詩帆が慌てて、直後に俺達の態度を見て落ち着いた。
「当然だ。そもそもリリアが出かけた場所は王都中心部の人通りの多いカフェだし、ソフィアさんも一緒だ。その時点で襲撃される可能性は極端に低い」
「そう……」
「何か起きればリリアなら反撃するだろう。そうすれば騒ぎになるから、俺達も気づく」
「それに私の召喚獣もついているから」
「ついでに一応ホルスもな」
「それを先に言ってよ……」
そう言いながら深く腰を掛けなおした詩帆を見て、俺は一応の理由を言うのは止めた……一応適当に王都上空を飛び回らせてるだけで、近くにいるわけじゃないっていうのは。だって、さすがに女の子同士の付き合いをストーキングするのも悪いじゃないか。
「はあ、とにかく安心みたいですね……そういうことなら、先ほどの今の魔神が特殊な理由を教えていただけませんか?」
「そういえば、後回しにしたわね。もう一つの理由は……魔神の核が想定外に強大な魔術師だったこと」
「具体的には誰だったんですか?」
「それはね……」
「主、すまん」
セーラさんの言葉を遮って、俺の前に突然ホルスが転移してきた。と、同時にセーラさんの顔色が曇る。
「……ホルス君、何があったの?」
「おそらくセーラ殿が感知したものと同じだ……リリア嬢とソフィア嬢を見失った」
「どういうことだ?」
「突然結界が張られて、慌てて飛び込んだ時には転移で逃げられた後だった……周囲を探ったが、それらしい気配はなかった」
「師匠」
「おそらく教会の暗部が動いたんだろう……拠点はいくつか見つけ出している。二人の魔力を追いつつ、片っ端から探すしかない」
「ええ……詩帆はセーラさんと王城に行ってくれ、貴族子女誘拐事件なら騎士団や警備隊を動かせる」
「分かった」
「師匠、急ぎましょう。最初は……」
その時、王都中心部から膨大な魔力の高まりとともに、爆音が響いた。




