第百三十三話 日常~お茶会改め重要会議~
当分の間は週一回を目安に投稿します。
「……そういえば、そんなこともしたなあ」
「そういえばって、魔王戦争の少し前だからまだ二カ月ぐらいしか経ってないわよ」
「クライス君も中身は五十近いわけだし老化が始まってるんじゃないかい?」
「別に記憶があいまいなわけじゃないですからね」
魔神が復活するまでのリミットが、もはやだれの目にも明らかになったある日、俺は詩帆と師匠達と邸宅でのんびりお茶をしていた。
「……こんなことしていていいのかな?」
「クライス君、当然駄目よ。ルーテミア王国法では軽度、重度問わず王国認可以外の賭博は禁止よ」
「いや、それは知ってますけど……そっちじゃなくて魔神の方です」
「私も同意ですね……本当に大丈夫なんですか?」
「シルヴィアちゃん、今さら心配しても仕方ないわよ。千年間、やれるだけ研鑽は積んだわ。後の結果は神様とクライス君次第よ」
「神様と同列に並べられても困るんですが……」
「あら、雅也も言ってなかったかしら。今さら焦っても仕方ないって」
「言ったけどな……」
……あれは詩帆を安心させるためのはったりの側面も強かったし、第一あくまで今回は庇護される立場の詩帆相手だから言えた言葉だ。
「……同じ戦場で最大戦力になるお二人の内の一人に、それを言われるのは話が別ですよ」
「そう……シホちゃんもいくら妊娠しているとはいえ、十分戦力だと思うけど」
「……それでも、戦力としては対魔神戦とかいう常識外の戦場では、主戦力にはなりえません」
「別に治癒役兼結界役としては十分、戦力だと思うけど……やっぱり、奥さんは特別なのかしら」
「……当然でしょう」
「フフッ……迷いなく言えるクライス君は流石ね」
「ま、雅也……う、嬉しいけど人前で言われると、は、恥ずかしいんですよ」
相当に恥ずかしかったようで、詩帆の口調が本当の素に戻っているが、今は可愛らしい奥さんが横からポカポカ殴って来ることよりも、セーラさんの発言の裏が重要だ。
「……セーラさん、俺が詩帆のことをどう考えてるか、よく分かってますね」
「そうね……まあ、あなた達が分かりやすすぎるというのもあるとは思うけど。でも……あんまり過保護にするのも考え物よ」
「今は過保護にもしたくなりますよ。なにせ彼女だけでなく、お腹の中の子も大切ですから」
「そう。ただ、彼女のことも考えてあげなさいよ。シホちゃんの場合、あんまりクライス君にやらせすぎるのも罪悪感を感じそうだから」
「でも、だからと言って彼女を守らないなんて言う選択肢はありませんから」
「そう……まあ、言っても聞かないわよね」
……間違いなく、セーラさんは俺が詩帆を戦場に連れて行く気がないことに気が付いている。俺の言い回しだったのか、最近の言動だったかは分からないが……とにかく、セーラさんは詩帆の意見を尊重するだろうし、詩帆を置いて行くための工作は相当骨が折れそうだ……
「ただ、クライス君」
「何ですか?」
「……自分に戦える力があるのに、大好きな人を守る機会すら持てないのは、とても残酷なことよ。それは、その場でその人の死を見ることより、辛い……そのことだけは覚えておいて」
「……セーラさんが言いたいことは分かりますが、僕に死ぬ気はさらさらないのでご安心を」
「そう……」
「ねえ、何か話が変わってないかしら?」
さっきまで俺を叩いていた詩帆も、そろそろ俺とセーラさんの会話の異質さに気づいたらしい……そろそろ会話を切り上げようか。
「何も変わってないよ。ただ、詩帆が俺にとって可愛くて、大切だって話だよ」
「っ……」
「そういうところがね」
「馬鹿……だから、それが恥ずかしいって言ってるじゃないですか」
「ぐほっ……」
「……バカップル……この短時間で二度もいちゃつけるとか……師匠とセーラさんもですが私に対する嫌味ですかね……」
今度は、詩帆が恥ずかしさのあまり俺を風魔術で吹き飛ばした瞬間、かなりドスの効いた声が絶対に聞こえてはならないはずの方向から聞こえた。
「……あの、シルヴィアさん?」
「はい、何ですか?」
「ええっと、今、心の声が……」
「何のことですか?」
「いや、今、何か言いましたよね。ねえ、師匠」
「ああ、たしかに……何も聞いていないね」
「……」
「……はい、僕の空耳でした」
「マーリスさん……聞かなかったことにしてあげるのはいいと思うけど、さすがに黙らせられ方が情けなくないかしら」
「雅也……女の子の言ったことをあんまり追及すると嫌われるよ」
師匠と俺はシルヴィアさんに満面の笑みで、無言の圧力をかけられ、黙った。その上でお互いに奥さんから冷たくため息を吐かれた……さすがにひどすぎると思う。けど、これ以上言ったら、余計に被害が悪化しそうだし止めておこう。
「……ところで、賭けの内容をまだ聞いていませんでしたが、一体何をしたんですか」
「強引に切り替えましたね……」
「雅也……」
「もう追及する気はないよ……賭けたのは放課後のスイーツおごりで、賭けはシンプルにコイントス三回勝負の勝ち抜け戦でした……」
それはまだレオンが王太子だった頃。魔王戦争後の腐敗閣僚陣の処分のためにレオンが暗躍していた頃だ。そんな中で、久しぶりに学校に顔を出したレオンがこう言いだした。
「久々に全員揃ってるみたいだし……なにかしないか」
「何かって、例えば?」
「うーん、大人数で盛り上がる……そうだ、帰り道のスイーツおごりを賭けたゲーム大会とかどうだ……」
「……」
「クライス、どうした?」
「いや、珍しくレオンからまともな提案が出て、驚いてた」
「……確かに、王族として一般と感覚がずれている面はあると思うが、お前よりはましだと思うぞ」
「うるせえ……で、ゲームの内容は」
「カードゲームとかルーレット辺りが妥当かしらね」
「ソフィアさん……それ、完全に本気の賭けの提案ですよね」
「あら、私の父の役職を忘れたの……そういう知識もある程度は自然につくわよ」
「……そう、かな?」
ソフィアさんの父親は王国商務大臣であり、同時に大商人でもある。この国の公営カジノは商務省と財務省の合同管理なので、まあ、不自然ではない、のか?
「……クライス君、そんな訳がないじゃない。ソフィアの冗談よ」
「やっぱり」
「フフフ、こういう単純なことには騙されてくれるわよね」
「そういうのは勘弁してくださいよ……それで、どうします?」
「……コイントス、とかどうでしょう?」
「単純だが……逆に個人の技術が絡まないからいいかもな」
ティシリアさんの出した意見に発案者のレオンが何も言わずに賛同した時点で、全員がコイントスに納得していた。
「じゃあ、コイントスで。コインは何にする?」
「クライス。全種類の貨幣、あるよな」
「ああ、もちろん」
「それならコインはトスされる側が選んで、役を入れ替えて三回勝負でどうだ」
「……賛成」
ルーテミア王国の貨幣は鉄貨、銅貨、大銅貨、銀貨、金貨、魔法銀硬貨の六種類だ。大きさも重さもかなり違うし、遊びとしては予想がつかなくなり、ますます面白くなるだろう。
「よし、それで行こうか……ところで奢るものは何にする?」
「本人の現在の所持金の三割以内で、全員に奢れるもの」
「いや、それ、俺のデメリット大きすぎないか?」
「別に勝てばいいだろう」
「いや、そうなんだけどさあ……」
俺の所持金はある意味家を除いた全財産だ。基本的に<亜空間倉庫>に大半が入っている。万が一、俺に何かあったときに詩帆が一生のんびりと過ごせる程度の額は銀行と、レオンに頼んで王城に預けているが、それでも俺の全財産から言ったら、微々たるものだ。
「……上限ないみたいなもんだぞ」
「じゃあ、最近人気の高級洋菓子店のケーキセットを上限にしよう」
「いや、あれって確か一セット銀貨五枚ぐらいしなかったか」
「払えるだろう」
「いや、払えるけど……」
「じゃあ、初級までの魔術使用を全面解禁しよう」
「乗った」
「お兄様、そんなに喜ぶことですか」
「ああ……」
おそらくリリアは、全員複数属性の初級魔術ぐらいは使えるし、ユーフィリアなら俺と同じく全属性が扱える。だから、俺の有利はそこまでではないというのだろう……だが、リリアは俺の前世の職業の本分を知らない。
「あの、殿下、いくらなんで、まさ……魔術使用許可は賭けとしては過激では」
「ユーフィリア嬢、もちろんコインや相手プレイヤーに対する直接干渉は禁止だ」
「まあ、それなら……」
俺の前世の職業である物理学者、その中でも異常な領域に片足を突っ込んでいた俺がこの世界の高位魔術を行使できることのヤバさをこの場で唯一、ほぼ正確に把握している人間だ。だが、この場でそれを理解してもらうのは至難の業だし、そもそも俺達が転生者であることを話すわけにもいかず、仕方なくといった感じで、発言を止めた。
「参加する気がある面々、ルールはそれでいいな」
「異議なし」
「私も問題ないわ」
「殿下……」
「ユーフィリア嬢、リリア嬢。心配する必要はないだろう。だってこのルールなら……」
……さて、このルールなら自身に対する強化は禁止されていないし、コインに対する直接干渉が禁止されているだけで、部屋の上部と下部の温度差をいじって気流を発生させてもいいし、地面を盛り上げて落下点の高さも変化をつけられる。そして、動体視力と思考速度の強化は中級以上になるから使用できないが、それでもいくつか手はあるし、そうすれば後はコインの軌道を計算して自分の言った側にして落とすだけだ……ふん、このルールで俺が負けるわけが……
「結構シンプルなルールで、賭けも学生らしい可愛いものね。まあ、魔術使用許可はどうかと思うけど……」
「そんな訳がなかったんです……レオンが企画して、ソフィアさんが悪乗りして、今思うと、何で参加したのやら……」
「で、結局負けたんだね」
「まあ、包み隠さず言うと。ただ、あれを負けたとは言いたくないんですが」
「何があったんだい?」
「まず、止める側のはずのエマ先生が意気揚々と参加してきて、護衛で傍にいたハリーさんとジャンヌさんまで引き込まれて……」
「そのメンバーまで参加してたのか……面白そうだし、参加したかったな」
「その時いたら、是非参加してほしかったですね」
「……で、一体何があったら君が魔術によるイカサマ推奨コイントスで負けるんだい」
「簡単に言うと、魔術が使えない状態にされたというか、言葉の綾と言うか……レオンに嵌められたというか……」
ちょっと調子に乗っていた俺も悪かったと思うが、あのルールの穴はひどいと思う……あの出費は懐と言うより心が痛かった……
「……まあ、詳しいことはいつか話しますよ。それより……師匠」
「ああ、少し無駄話が長引いたね」
「ええ、それで今回、僕たちを条件を付けてまで呼んだ理由は何なんですか」
「魔神の討伐方法の確認が第一だね」
「……そうですか、それはもちろん聞きます……それで、リリアに聞かせられないメインの話は何なんですか」
「察しがいいね……まあ、誰でも分かるか」
今日は、珍しく師匠が俺と詩帆を条件を付けて呼び出した。条件はただ一つ、リリアが家にいないこと。今までの雑談はリリアがいなくなるまでの時間つぶしの延長だった。
「何度も聞いた討伐方法の再確認程度でリリアに聞かせられないわけがないですからね」
「まあ、気にせず聞かせていたね。とは言ってもその確認も重要であることには変わりはないだろう」
「それはそうですけど……分かりました。ひとまず確認を終わらせて本題に移りましょうか」
「ああ、そうしようか。まず……」
「マーリスさん、もういいわ」
「……セーラ、いいのか」
「ええ、時間をかけても仕方がないし」
師匠の声を遮ったセーラさんは、俺達の方に体を向けて……深く頭を下げた。
「クライス君、シホちゃん、何も言わずに待たせてごめんなさい」
「いや、そこまで謝られるようなことでは。ただ、楽しく雑談していただけだし」
「いいえ、そうじゃないの……いえ、単刀直入に言うわ。クライス君、そしてリリアちゃんは私と……血が繋がっているわ」
「えっ」
「はい?」
「よく分からないと思うから説明するけど……そのことでリリアちゃんには大きな影響が加わっているわ」
「と、とにかくよく分かりませんから……話を聞かせてください」
「ええ、そのつもりよ……まずは、私の家の役割について話して行こうかしら」
そうしてセーラさんはゆっくりと話し始めた。




