第百三十話 日常~若き国王の過労な日々~
更新再開記念五話連続投稿
本日三話目です。
―――ルーテミア王国王都 王城中央塔 国王執務室
「レオン陛下。先日の戦争の人的被害集計です。確認をお願いいたします。また、遅くなり大変申し訳ございません」
「仕方がないだる。戦争直後に王城襲撃まで起こっている。時間がかかっても正確に行われている方がなによりだ」
「ありがたいお言葉です。王城襲撃のほうの被害者数算定も引き続きミスのないよう行います」
「ああ、そうしてくれ」
「では、失礼します」
そう言って人民庁の大臣が部屋を出たところで、外に立っていたジャンヌが部屋の中に入ってきた。そのタイミングで室内で書類を整理していたハリーも立ち上がった。
「陛下。午前の面会者は以上です。昼休みにしましょう」
「そうだな……はあ、にしてもいくら何でも報告事項が多くないか」
「仕方ないですね。そもそもまだ即位して一月しか経っていませんから引継ぎも完全には終わっていませんし、魔王戦争の戦後処理にクーデターの後始末、しかも前王時代の負債の片づけもありますし……半年ぐらいは経たないと落ち着かないかと」
「はあ、どうして僕は国王になんかなろうと思ったんだろうな」
「なぜでしょうね。少なくとも私なら絶対に嫌です」
「右に同じくです」
「くっ、そこまで言わなくてもいいだろ」
この二人の発言は本来なら不敬罪だろうが、この二人に関してはこういう場では例外だ。幼い頃からの付き合いだし、なにより王に対して友人の様な立場で話してくれる家臣の存在は一人、二人は必要だろう。まあ、その相手が宰相と騎士団長、そして筆頭魔術師というのは独裁一歩手前みたいなものだからまずい気もするが……この三人に限って、下手な心配はしなくてもいいだろう。
「陛下の意見に賛同しただけですよ」
「そうだろうが……」
「レオン陛下、昼食は片手で食べられるものをとのリクエストだったのでサンドイッチにしてみました、どうぞ」
などと、変なことを考えながらハリーと話していると執務室付属の簡易厨房からジャンヌがサンドイッチを積み上げたカートを押してきた。
国でも随一の実力を持つ騎士であるジャンヌだが、侍女や執事としての技術に加えて料理も非常に高水準でこなせる。私の右腕としてこれ以上ない最高の部下だが……んっ、何かおかしい。
「待て、私は片手でできるものなんていう注文はしていないぞ」
「ああ、私の注文です。片づけなきゃいけない書類、確認しなきゃいけない書類の数が多すぎるので、片手間でも問題ないレベルの書類を回しますので食べながら処理してください」
「ハリー……王侯貴族としてテーブルマナーどころでない話な気がするんだが。一応、国王の食事なんだが?」
「表の場では完璧にこなしてください。しかし、こういった場では別です。仕事があるなら優先してください」
「国王に対する家臣の態度じゃないぞ」
「今さらでは?」
「……そうだな」
自分で思っていた先ほどの考えを撤回したいレベルでハリーに怒りが沸いた。何らかの形で私的に罰を与えよう。あくまでプライベートなものをだが。
「はあ、まあいいか。さてと、では丁度さっき渡された魔王戦争の被害報告書の束から読むか」
「ついでに、こちらのものもお願いします」
「これは……ああ、備品被害報告と、戦後復旧予算報告書か」
「先ほどローレンス財務卿から提出されて、今さっき私が確認を終えてサインをしましたので最終確認をお願いします」
「ああ、分かった。被害を受けた兵の分の個人装備が損耗したのと、戦場用の天幕か。まあ、あの非常識な戦争にしては、至極まっとうな被害状況だな。即時決着したから、衣食住に関してはほぼ備品を供出していないし」
「ですね……もっとも、フィールダー伯爵やマーリス殿たちが参戦していなければ、間違いなく我が国は消滅していたでしょうが」
「そう、だな……」
クライス・フォン・ヴェルディド・フィールダー。若干十五歳にして王宮筆頭魔術師と魔術省大臣を兼任するこの国最強の魔術師であると同時に、私の新たにできた友人の一人でもある、異常な存在だ。
この世界の誰も敵うことのないほどの圧倒的な魔術の実力を持っている上に、異世界から彼の愛妻シホ嬢とともに転生したというこの世界にとって異質な存在。
性格も変なところは多々あるが、それでもこの世界の救世主たる善人だし、色々と面白い友人だ。
「とは言っても、やっぱり戦争だな。相当な額の出費には違いない」
「それは仕方ないでしょう。移動も含めても三日程度とは言え、あれだけの兵数を動かしたのですから。その上、我が国は前王の時代に国庫は食いつぶされていましたし」
「ローレンス財務大臣やフローズ商務大臣がいなかったらこの国は今も残っていませんでしたよ」
「だな」
俺の父でもある前王は腐敗政治を極めていた。国家予算を自身の欲望のために食いつぶしたり、気に入らないものを殺害する程度は当たり前なクズだった。この国が各領主ごとにある程度の独立性を保つ構造でなければ、もっと早くに暗殺されていただろう。まあ、前王宮筆頭魔術師と前騎士団長が凄腕だったからというのもあるだろうが。
「戦争から帰った後は悲惨だったな」
「ええ。既に現役の腐敗官僚の大半は魔人の魔術で戦死。王都に残っていた閣僚陣も既に拘束済みでしたが……」
「私も、今でも鮮明に記憶に残っていますね。王宮内金庫と前陛下や前王時代の閣僚陣の資産を虱潰しにしていた財務大臣と商務大臣の蒼白な頬と血走った眼は……」
つい二月ほど前に起こった魔王率いる魔人集団との戦争。圧倒的な力の差を利用して、腐敗した前国家上層部を戦死という形で消そうとしたのだが、危なく全滅しかけたあの戦争。辛くもクライスたちのおかげで生き延びた軍を率いて王都に戻った後、王城に戻った私の目の前に待っていたのは想像以上のものだった。
「実質的に国庫は空。国王の裁量で帳簿を水増しし、大半を自分たちの懐に入れていた。毎年最初の国家予算を除いて大半がその繰り返し、だったか。国家としては破綻していてもおかしくなかったな」
「最初の予算に加えて、財務大臣は他の腐敗閣僚全てに気づかれないよう予備費を取り置き、商務大臣は帳簿を書き換えることで異常に高額だった商店への税率を大幅に下げたりしていましたから、それで何とか国家運営が回っていたようなものです」
「結局、王家そのもの資産の大半は国に返還して、大半の全閣僚家を取り潰して、関与していた家にも罰金と不正入手した財貨の返還をさせて、ようやくある程度健全な状態に戻すまで二月、か」
「それでも、前王時代の十年間に操作された帳簿が無茶苦茶すぎですから、完全に正常化できるまでは長くかかりそうですね」
「だな。しかもせっかく返還された資金も戦後の農民兵への賠償や、前王時代に停止や半ば破綻していた役所の保全で消えたわけだしな」
前王の傷跡はそれだけ深く、この国の今後に尾を引かせている。本当にわが父親ながら死んでくれてせいせいする。
「さて、愚痴を言っていても仕方ないな。それで、備品報告書は問題ないな……問題は予算報告書だな」
「ひとまず財政が厳しいのは事実ですが、一応保有資産量的には健全化はしていますので、国家運営上支障はありません。前王の時代がひどすぎたのもありますが、ルーテミア王国はこれでもこの大陸随一の大国の一つです。不正流用されていた国家資産さえ返還されれば、問題はない水準くらいには資金力は回復しています。ローレンス財務卿が取り置いていた予備費も小規模領地の年間運営予算程度の額はあるレベルですから」
「確かに、国庫の残額を考えるとひとまず問題はないな」
ルーテミア王国の年間予算は一兆アドルにもなる。予算はすでに分配されているが、それを供出するための国庫も前王の時代の前までは十兆アドル前後はあった。税金の中抜きが横行し、国庫から抜き出すような真似をされなければ、そう簡単に破綻はしない額があった。それを破綻させかけたのだから、本当にすごいな……
ちなみに、王家からの返還と閣僚家の取り潰しで国庫に戻った総額は五兆アドルを軽く超える。それに、不正に隠蔽されていた資産や、取り潰さなかった貴族家からの罰金を足して十億アドル弱だ。もっとも戦後の追加予算を割り振ったり、補償や賠償に充てたら半分ほどになってしまったが。
「さて、戦後復旧予算は騎士団と警備隊の復旧と補填予算。それから各省庁再編の臨時予算。戦後平原復旧予算に王城復旧予算、か……王城襲撃分もふくまれてないか、これ」
「財務省の緊急予算会議前に間に合ったので、ひとまず復旧予算と各省庁の再編のための人件費や備品費用だけは盛り込んでおきました」
「さすがハリーだな……」
「ひとまず緊急予算はその辺りだと思います。それ以外の軽微な予算は予備費から供出しました。後は前王時代の帳簿を整理してからでないと、大規模補正予算を立てるのは今後の運営に差し支えかねませんからね」
「分かった。その辺りはハリーと財務卿、商務卿に任せる」
「かしこまりました」
ハリーにサインをした報告書と予算案を渡す。そして、次の戦後人的被害報告書に目を落とす。
「報告書はともかく、予算案は早めに執行した方がいいだろう」
「ですね。昼の休憩を終わらせたら、すぐに財務省に提出して来週中にはできるようにします」
「そうしてくれ。しかし……しばらく王都周辺の農村の税は差し止めた方がよさそうだな」
「王都周辺の農村は成人した男子のほとんどが戦争で戦死しましたからね」
前王が正規兵を守るために取ったあまりにも非道な戦略が急遽徴兵した農民兵を最前線に置くというのもだった。結果的に三万人以上の多くの犠牲を出した。
「五年間は徴兵が行われた地域の農村からは税の徴収を取りやめましょう」
「そうしたいが、国家の財政は問題ないのか」
「王家直轄地の税収入が途絶えるのは痛手ではありますが、まあ農業生産を普及させる方が優先でしょう」
「騎士団はともかく王都周辺の警備隊は呼び戦力もかなりいます。農村の農作業協力に人手を出すのもいいかもしれません」
「分かった、次回の閣僚会議の議題に組み込もう」
「ですね」
ひとまず今日の確認書類を見る限りは、一通りの魔王戦争と前王の資金不正使用の片づけの後始末の前段階はクリアしたようだな。魔王戦争の人的被害の補填にはこれから長い時間がかかるだろうし、前王の負債はなんとか0に近づけられた程度だしな。
「さてと、じゃあ後、早急に確認しなきゃならないのは王城襲撃に関するところと各省庁の引継ぎ状況の確認ぐらいか」
「王城自体に対する被害はクライスさんが大半を補強してくれましたから、細部の修復と備品の購入ぐらいですかね」
「備品等は余裕ができてからでいいだろう。新国王即位だから周辺国から来客を招いて即位式をすべきなのだろうが……まあ、そんな余裕はないだろうしな」
「ええ、内輪向けとして国内への周知だけ行っておいて、周辺国には後日、正式な即位式を行うと通達を出しましたしね」
「魔神の件が片付くまでは、落ち着けないしな」
「そもそも王城襲撃や前王の始末が終わっていませんしね」
「それを思い出させるな」
「考えなくてはいけないことですから。まあ、王城襲撃に関しては首謀者が協力的ですから被害状況把握や残党の確保は非常に楽でしたが」
魔王戦争の傷も癒えぬまま、前魔術省副大臣の息子が起こした王城襲撃事件が起こった。クライスの婚約者のユーフィリア嬢と私を含めた王城内の百人以上が捕らえられ、あわや王城が崩壊しかける大闘争になった。結果的には、これをクライスが収束させ、その功績で爵位をあげる口実になったことだけが利点だったぐらいの大きな被害を出した。
「死傷者という意味の人的被害はそうでもなかったが、ただでさえ前王時代の腐敗官僚を処分した後に、これに関連した職員の多くを処分しなければならなくなったからな。どこの省庁も人員不足で過剰労働が過ぎたからな」
「特に反乱に直接的に関与した魔術省と軍務省は大量の処分者を出して、一時は機能不全寸前になりましたしね。それに関係して騎士団と王宮魔術師団もですが」
「だな。ジャンヌ、それで現在はどうなんだ」
私とハリーの会話の間、隣に立っていたジャンヌに話を振る。彼女自身が騎士団長だし、父親は現軍務省大臣だから丁度いい。
「騎士団自体はもともと高位の者はほとんど参戦していませんでしたし、比較的落ち着いているかと。多少人員が減少したのである程度は部隊を編成しなおす必要がありましたが、それぐらいでしょうか。軍務省の方は……」
「……一時は機能不全に陥っていたが、まあ今は特に問題はありません。既に襲撃事件前とほぼ変わらない程度には業務状態は改善しています。まあ、色々な後始末は終わってはいませんが」
「フィルシード軍務大臣」
ジャンヌの言葉を遮ったのは、彼女の父親であるフィルシード大臣その人だった。柔らかな表情だったが、その眼は真剣そのものであり、弛緩していた空気が引き締まる。
「それで、なぜこの部屋に。訪問の話は伺っていませんが」
「至急の報告が上がりましたので直接報告に伺おうとしたら、たまたまこの方に会いまして」
「報告内容は同じみたいだし、早めの方がいいだろうと思ってな」
「同じ。クライス、どういうことだ?」
「窓の外を見てくれ」
「窓の外……」
フィルシード大臣の後ろから部屋に入ってきたクライスの言う通り、窓の外を見ると――――
「なんだ、あの光、いや、何かの文字列?」
「文字列と光の混合体、というのが最も近いかな」
「フィールダー卿はあれが何か分かっているということですか?」
「ええ。一言で言えば……魔神復活の予兆です」
「なっ……復活とは。しかし魔神は滅ぼされたはずでは?」
「その質問は……次の閣僚会議でお話しします」
驚くフィルシード大臣以外の私達三人は静かにクライスの言葉をかみしめていた。
「遂に、来たか……」
「ああ。さて、全部終わらせようかな」
状況に対してあまりに不釣り合いなクライスの軽い言葉に部屋の中の空気が揺れた。




