第百二十九話 日常~一人と一羽の研究室~
更新再開記念五話連続投稿。
本日二話目です。
――――――轟音。同時に瞬間的に暴威の嵐が吹き荒れる。城ですら細切れにしてしまいそうな暴威が吹き荒れた草原。だが、その中心では一人の男と一羽の鳥が何事もなかったかのように佇んでいた。
しばらくして風が弱まり、膨大な砂が周囲に堆積していく中、風によって乱れたローブを直している男に傍らの鳥は声をかけた。
「それで、主」
「ああ……聞きたいことは分かったが、一応聞いておこう」
「今のは、何だ。魔術自体はただの第三階位魔術だったよな」
「召喚魔術に用いる<召喚魔法陣>と超越級魔術師の魔力空間の魔力情報に対する干渉技術の応用だな」
「そうか……で、なぜ、こんなことに?」
「仮説はあるが、確証はない。ただ理論と魔力消費上の問題はなさそうだから実戦使用は可能だとは言い切れる」
師匠の家から山を南に降りた先にある、周囲を幻影魔術や認識疎外魔術によって囲まれた台地上の草原。その場所で俺はホルスととある魔術実験を行っていた。
「で、その仮説って?」
「魔術を運用する際、特に超越級魔術運用の際だが、使用した魔力情報の文字列が空間中に投影されることがあるよな」
「ああ、確かに。千年前はよく見たな。高位魔術師同士なら投影された文字列を読み取って対抗魔術を即座に放つような真似もしてたな」
「へえ、確かにそれもできるな……で、当然魔力情報投影の条件も分かるよな」
「術式に対して過剰な魔力の注ぎ込み」
「ああ、まあ大体あってるな。正確には自分自身の魔力をケチったときに稀に起こる」
「でも、文字列が現れることなんて稀って言うほどじゃないぞ、割とよくおきること……だが、そういえば最近の魔術師は滅多に引き起こさないな」
「その理由は昔と今の魔術の行使方式の差にある」
そう言って、俺は右腕を振り上げながら魔術名を呟く。
「……<風球>」
超越級魔術として発動するのではなく、完璧に模造魔術として発動した<風球>は展開した周囲の砂を少しだけ巻き上げ、消え去った。
「模造魔術と超越級魔術の違いは発動に補助があるかどうかと、引き出す魔力情報の種別だっていうのは知ってるよな」
「それは当たり前だ。で、そんな基礎知識が何か関係があるのか」
「あるから話してるんだよ。それで魔術発動に関係する魔力は三種類あるが、超越級魔術と模造魔術の差に関係する魔力はただ一つ、本人が肉体とは別の次元に持つ、俗にいう個人の保有魔力だけだ。で、その上でなんだが……」
「なあ、理論ってわからなきゃ、今のできないのか?」
俺の解説の途中でホルスが唐突に口をはさんできた。というか、召喚した時から思っていたが、こいつは俺を主と呼んでいるくせに経緯の欠片も感じられないよな。目上の人は敬って敬語ぐらいは使うべ……いや、俺の師匠への対応にブーメランか。
「まあ、できるはできるが、魔力情報を構成する文字を読める必要がある」
「それはできる。召喚獣はあの文字列の中で普段は暮らしているんだぞ」
「じゃあ、その点は大丈夫か」
「それならさっさと実践して……」
「あっ、適当にあの方式で術式行使すると下手をしなくても魔力枯渇で存在が吹き飛ぶぞ」
「……本当に?」
「ああ。という訳で、話を聞くのが面倒かもしれないが最後まで聞いた方がいいぞ」
「……分かった」
話の語尾代わりにつけただけだったのだが、本当に面倒に感じていたらしく、ホルスは本当にしぶしぶと言った感じで俺の肩にとまった。さて、適当に使うと危険だからというのも本当だが、俺自身の考察のまとめ代わりにホルスに話を聞いてもらうとしようか。
「分厚い世界の壁を透過させて魔力情報を取るためには、相当な魔力量がいる。だが、身体の自己防衛として、魔力の使い方を分かっていない人間は自分の魔力を限界まで使いきることはまず無理だ。だから、千年前に模造魔術が作られるまでは、魔術師人口はもっと少なかった」
「待て、確か模造魔術って主が作った造語だったよな」
「ああ」
「それは、七賢者が作り上げた九属性九階位の魔術体系に基づく魔術という解釈でいいか」
「ああ、それでいい。本物の魔力情報ではなく、それに限りなく近いものを人工的に作り出し、世界の壁の内側に魔術的に固定した魔術だから、模造魔術」
「それで超越級魔術は七賢者が設定した階位のままの意味の第十階位以上の超越級魔術のことか」
「超越級魔術も原始魔術だとか、自然魔術だとか言い換えてもいいんだが、特にその必要もないから階位をそのまま流用してる。実際には魔力消費量的には低階位なんだが、術式が複雑だったり、七賢者が禁忌指定して現代に残っていないものも含まれてるが、そこは気にしなくてもいい」
「分かった」
さすがにホルスは優秀だ。千年以上も魔力情報に囲まれた空間にいるだけはある……以前、詩帆にこれに関する話をした時は途中で本気で逃げられたからな。
……詩帆曰く
「待って。ほとんどなかった悪阻が悪化しそう……専門用語まみれで、気分が……」
……話すタイミングが悪かったのも大きな要因の気がするな。
「主。遠い目をして、何を考えているのかは知らないが、話を進めてくれ」
「あ、ああ……で、模造魔術の説明で中断したがさっきの話の続きだな……<風球>」
「今のは模造魔術か」
「ああ。で、模造魔術の特徴は威力から発動範囲、使用魔力までが七賢者が設定した範囲内に厳密に制御されているということだ。つまり言い換えれば、用途に合わせて改変できないから汎用性には欠けるが、暴発や発動失敗が少なく安全性が高い。つまり魔力量使用の振れ幅が極めて小さいと言える」
「なるほど、だから最近の魔術師は発動時に発生する余剰魔力が少ないから、魔力が空間に散って、魔力情報を周囲に展開するほどにならない、ってことか」
「さっきも言ったが、正確に言うと自身の魔力を注ぎ込みすぎても魔力情報は展開されないぞ」
「……訳が分からなくなってきた」
器用に羽を使って頭を抱えるホルスを横目に、俺は召喚魔法陣を展開して、行使の直前で止めながら話を続ける。
「召喚獣を呼び出すのは魔術という現象を起こすのとはわけが違う。現象を起こすためにはバラバラのいくつかの事象を個別に引っ張り出して、適当に繋げても問題はない」
A、B、Cの3つの事象を持って定義される現象があったとして。普通であればA、B、Ⅽの順で現象が起こるとしても、魔術はその現象の過程を再現しているのではなく、最終的に起こる現象の結果を即座に引き起こすものなので、3つの事象を順に起こさなくても、その3つの現象に関する情報があれば、最終的に起こる現象は起こせるという訳だ。
具体的に言えば、風魔術は風が巻き起こる過程なしに、いきなり竜巻を再現できるし、治癒魔術は身体の再生機能を再現しているのではなく、あくまで傷のない正常な状態を規定して元に戻しているだけといったようなものである。
「だが、召喚魔術は現象ではなく物質そのものを作り出す魔術だ。空間中にある魔力を元にして魔力情報を核として作り上げる疑似生命体が召喚獣だが、単純に情報を並び立てても生命体は成立しない。規則性を持って、意味のある並べ方をしなければ自由意思を持たせることは不可能だ」
「つまり、それを補助するのが召喚魔法陣ということですか」
「ああ。魔力情報の文字をこちらの世界に個人の魔力を用いて……」
「なんか、魔術大学の召喚術の授業みたいになってきてる……」
「……すまん、少し話が脱線した」
「ちなみに……どこから?」
「えっと、お前の回答を否定した辺りから……」
「召喚魔術に関する話、ほとんど丸々じゃないか」
「悪い、悪い……」
でも、別に無関係なわけではない。しっかりこの理論を把握しておけば、これからの魔術習得も楽だし、何より今後、俺がやろうとしている魔術発動体系研究の理解の一助に……ホルスの視線が厳しいな、この話は言わないでおこう。
「それで、関係する話だけにしてくれよ、主」
「あっ、ああ……で、余剰魔力で展開される魔力情報によって描かれる魔法陣の本質は、召喚魔法陣とほぼ同質のものであると仮定した」
「どういう理屈で?」
「召喚魔術に使用する魔法陣の目的を本当に大雑把に言うと、魔術発動の補助だ。そして、余剰魔力で展開される魔法陣の文字列が魔力情報につかわれている文字なのは、その魔力が本人が保有する魔力ではなく、魔力情報由来の物だからだ」
「証拠は?」
「過程を元に師匠にやってもらった実験なんだが、何度も言ったように魔術行使に必要な魔力は三種類あるよな」
「ああ」
「で、その魔力なんだが師匠たち七賢者が作った模造魔術では全ての魔力消費量が規定量からほぼ誤差が出ないが、超越級魔術は三種類の魔力がある程度の均衡を取るという仮説を立てた」
三種類の魔力。一つ目は全ての人間が体内に持つ、魂とも呼べる精神体を維持し、魔力情報を呼び出すために必要な階位などで呼ばれる一般的に言われる魔力。二つ目は一つ目と混同されがちな空間中に存在する物質的な魔力。そして最後の三つ目の魔力は世界中のあらゆる情報を記録している魔力空間、すなわち次元層の狭間にある魔力情報を構成する魔力。
魔術は一つ目の魔力を用いて三つ目の魔力を次元層の狭間から呼び出し、その情報をもとに二つ目の魔力を変性させて引き起こすものだ。
「さっきから主が言ってる、魔力量をケチると起こるって言うのはそう言う意味か」
「ああ、自身の保有魔力から放出する魔力は呼び出し用の魔力だから、たいして減らせないが、物質的な魔力量は少しは減らせた。で、ある一定量まで減少すると魔力空間から引っ張り出す魔力情報の魔力が増加し、空間中に魔力情報を構成する文字が出現する」
「で、出現する文字の魔力が魔力空間の物だったと」
「ああ」
師匠に実験してもらった結果。出現した文字列の魔力は間違いなく魔力空間由来の物だった。ちなみに俺自身でやらなかったのは俺の魔力質が魔力情報の魔力に近すぎるためだ。俺の魔力なのか魔力空間由来の物か判別がつかなかったので師匠にお願いした。
「で、話を戻すが召喚魔術は魔力情報を空間中に記述することで、魔力情報をより安定させて精密な魔力情報の引き出しを可能にしている。師匠達が魔神の監視に利用している魔術や新たな魔術の創造にも魔法陣を用いていたのは、そう言う意味があった訳だな」
「それは知っているよ、で、本題は?」
「魔法陣の性質について分かったことは、魔力空間から引き出した魔力情報の余剰魔力によって空間中に出現する。そして俺達が保有する魔力によって魔法陣のようにフォーマットを整えて空間中に記述させてやれば精密な魔力情報引き出しが可能になる。つまり、余剰と安定……」
そうして、俺は右手を正面に突き出し、その正面に魔力を集中させる。すると、そこに魔法陣が展開される。
「余剰魔力で展開されるのであれば、すなわち、それは余裕とも言える。その余裕を利用して、魔力情報を用いて召喚魔術と同様に陣を展開することで、魔力情報をより強くこの世界に引き出す。魔力情報がもつ莫大なエネルギーと情報そのものを核に、空間魔力と自身の魔力をくべて……<火球>」
ただの第一階位の魔術によって俺の正面に数十メートル規模のクレーターが形成された。
「今のは<火球>か?」
「正真正銘ただの<火球>だ。引き出す魔力情報を変えた訳でも、使用する魔力量を変えた訳でもない」
「それで、あの威力……」
「この世界の魔術師たちは普通に魔力情報を扱ってるけど……あれは、本来とんでもないものだぞ」
「それは、そうだろう。だって、あれがもってる情報を引き出すことで魔術が使えるんだ。ある意味、全ての基。世界の理みたいなものだぞ」
「そう言う概念的な考え方としても凄まじいが……魔力情報の恐ろしいところは、まあ、あれだけの高エネルギー体の中でも根源的なものを破壊するとか不可能に近いが、その一つを破壊すれば世界にあるそれに関する情報やそれそのものが消えるという点だぞ」
「そりゃあ、理だからな」
「だから、概念的な話じゃない。全ての次元や世界を確認していないから絶対とは言えないが全てが消えるということは、あれがもっているエネルギーは、それに関する全てのものと等価ってことだ」
魔力情報が先か、世界にあるそれに関するものが先かは分からないが、魔力情報を消し去れば、それに関する全てのものが消えるというのはそもそも物理学的に考えれば狂っているとしか考えられない現象、というか魔力情報自体が異常な存在だが、それでも物理学的に正しくエネルギー保存の法則を守っていると考えられる。
こっちに来て魔力情報を魔術という形で活用して、ますますその力の強大さを思い知った
「……とにかく、魔力空間から引き出した魔力を魔法陣によって性質を固定化してやれば疑似的な魔力情報そのものをこの世界に展開できる。それによって魔術威力が上がるということだ」
「主、よく分かった。それでは早速……<火球>」
「あっ、そういえば言い忘れてたけど……」
「これの理由か?」
「ああ、その通り」
一発で器用に魔法陣を用いた魔術を成功させたホルスだったが、その威力は数メートル四方の地面を少しへこませ、周囲を軽く焼いた程度だった。それでも<火球>としては異常な威力だが、俺の物と比べると見劣りがすごいな。
「俺の魔力の質が魔力情報に非常に近いって言うのは話したよな」
「そのおかげで、魔力情報をより本物に近い形で引き出せる、とかか」
「正解。だからこの魔術は魔力情報の魔力質にどれだけ親和性が高いかで有用性が大きく変わる」
「俺も召喚獣だから相当に親和性は高いはずなんだが?」
「だから、相当相性がいい方だ。シルヴィア王女なんかは、おそらく発動するのに膨大な魔力を使うだけ使って、たぶんまともに発動しないだろうな」
「修練によって威力の向上は?」
「普通の超越級魔術と変わらない。魔力の運用効率をあげれば、もちろん」
「よし、主。しばらく一人で修練させてもらう」
「ああ、行ってこい」
そう言いながら猛スピードで草原の反対側に飛んでいくホルスを見送ってから、俺は<亜空間倉庫>から紙束を取り出した。
「さてと、魔神に対抗する細かい技は完成したし、後はとどめ用の魔術でも練習しますか……」
紙束の一番上の紙、その真ん中にはその魔術名が記されている―――<世界滅亡>―――魔神の手から世界を救うのに最も似合わない魔術名。完成間近で手放したメビウスさんのネーミングセンスは笑えない。
そんな風に思いつつ、俺はその魔術の練習に取り掛かる……詩帆、お腹の中の子供、師匠とセーラさん、そしてこの世界の友人達と平和な時間を過ごすために。




