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異世界でも貴女と研究だけを愛する  作者: 香宮 浩幸
第七章 使い魔と新たなる王国編
172/253

裏編 遠い空の下 ~the story of tha shade Ⅱ~

遅れました。続きです。


「……それで、バレンタインに関するどんな悩みがあるのよ?」

「分かってるのなら最初からそう聞いてよ」


季節は過ぎて、気が付けば年も越して二月。ただ一人の男性の前でだけ乙女すぎる友人に心の中で溜息をつきながら、私は彼女の相談に乗っていた。

……彼女が私を信頼してくれているのを内心、ほくそ笑みながらではあるけれど。


「で、バレンタインに彼氏にどんなチョコレートをあげるかってことでいいのかしら?」

「べ、別にまさ……湊崎君は彼氏じゃないし……」

「えっ、私は湊崎君のことだなんて言ってないけど」

「うっ……」

「別に隠さなくてもいいじゃない。中学時代は名前呼びまでしてた仲だって聞いてるわよ。それで大学に入ってから再会して、てっきり交際を始めたんだと思っていたのだけれど?」

「なんで、そんな話を知っているのよ……」

「ちょっと、とある筋から、ね?」


彼女と出会って、交友関係が深くなってから、私の使える当ては全て使って彼女の経歴や人間関係は全て、調べ上げた。彼女は私が大学内で話している同級生から得たと思っているような情報もだが、彼女が私に隠している、両親の事故のことも何もかも……


「……詩帆、あなたって料理スキルはあるかしら?」

「一通りの家庭料理とお菓子を作れる程度には」

「なら、いいわ。それじゃあ買い物に行きましょう」

「今の会話で何を決定したのか分からないんだけど」


そんなことを思いつつ、煮え切れない友人にアドバイスをしていく……こういう子は引っ張り出してしまえば、後は勝手にやるだろうから楽……と、思っていたけど彼女はまだ納得がいかないようね。


「……手作りとか、なんか、一方的に渡したら迷惑じゃないかな、って……今の関係を壊してしまうかもしれないって、不安なの……」

「……はあ、何を言ってるのよ、まったく。バレンタインでチョコを渡すのなんて、今の関係を壊すためにやるんでしょう」

「それ、どういうこと?」

「バレンタインのチョコって今までの友達なんだか、恋人なんだかよく分からない距離感を壊して、正式に恋人として認めさせるために渡すんでしょ」


自分でも思ってもいないようなことを、まるで本心かのように語れる自分に吐き気がする……そんな甘いこと、思ったことなんて一度もない。


「……それでは、行きましょうか」

「待って。何を作るのかも決めてないのに、材料って……ま……湊崎君がどういうのが好きなのかということもあるし……」

「……好きなかわいい子にもらうものなら何でも喜ぶと思うけど……まあ、これは知っておいた方がいいか。湊崎君の好きなスイーツの系統は少し苦めのスイーツらしいわよ。ただ、あんまり苦すぎるより多少は甘い方が良いって」

「良かった……昔と変わってない……」


そう言いながらホッとした顔で微笑む彼女。そんな顔を壊してしまいたい私は……


「詩帆、置いて行くわよ」

「あっ、待って……」


……きっと狂っている。でも私はそんな私をもう止めることができない。




「さてと、だいたい一通り材料は分かってるけど、やっぱりまさ……湊崎君の好きそうな感じのレシピ、探してからにしようかな」


近くのスーパーに着いて、私はすぐに材料をそろえるつもりだったのだが……どうやら、この子はまだ悩むところがあるようだ。でも、その前に……


「もう、名前で呼んでもいいんじゃないかしら」

「駄目だよ……まだ、付き合ってないん、だし……」


自分で言って辛くなるなら言わなければいいのに。なんて思いながらため息をついて、そんなことを思う資格なんて自分にはないのだと、ますます自分に対する嫌悪感が強まってくる……


「ねえ、凛子。聞いてる?」

「聞いてるわよ、続けて」

「聞いてなかったみたいね」

「えっ……」

「私は少し悩んでいくから、先にバレンタイン関連の手作りコーナーでも見ておいて、って言ったんだよ」

「……ええ、聞いていなかったわよ」


普段は純な普通の女の子にしか見えないのに、たまに頭が回って……嫌になる。なんて、自分のことを棚に上げて、人に言えた立場じゃない、か。


「……珍しくあっさり認められて、逆に混乱してるんだけど……」

「そんなときもあるわよ……じゃあ、先に行くわね」

「う、うん……あの、凛子……」

「素直に認めたぐらいで、私の不調を疑わないでよ」

「……それだけじゃないんだけど。まあ、分かった。じゃあ、後で」


やっぱり勘が鋭い。時々、相手の内面を見透かすような眼をしてくる。その目は、何度か会ったことのある彼女の想い人、湊崎君の瞳によく似ている。まあ、彼の眼は彼女以上に底が知れないのだけど……


「バレンタインねえ……この国も簡単に企業のイメージ戦略に乗りすぎよね。まあ、経済効果もあるから、悪いことではないのだろうけど」


バレンタイン関連のコーナーにたどり着くと、そこは人でごった返していた。ほとんどが、よく目にする詩帆のような純粋な瞳をした、普通の女の子で、その中にいると……


「すごい熱ね……人の熱に酔いそう」


自分とはまったく違う、いや正反対の恋と言うものに、友情と言うものに全身全霊を込める姿は……


「……何を考えているのかしら。まあ、私に用はないのだし、近くにいればいいでしょう」


そのまま喧騒を離れ、少し静かになったお菓子売り場にたどり着いて、ようやく一息をついた。


「ふう……にしても、基本的には私と似たような人種みたいなのに詩帆はよく、あのエネルギーの中にいられるわね」


洲川 詩帆。幼少期から大学までをこの県内で過ごした少女。幼少期に両親を自動車事故で亡くし、その後は叔母に引き取られ、実の家族同然に育てられる。中学や高校では生徒会の役員を歴任し、先生からも生徒からも好かれる存在だった。大学では医学部に首席入学し、今に至る。


両親を事故で亡くしたという最悪の出来事以外は順風満帆な彼女の人生。その隅々まで調べた私は、表に出ていない彼女の両親の事故が死亡事故ではなく自殺だという確証を持っている。当時の警察は事故として処理したようだが、桜川家で利用している科捜研は、捜査資料の状況による推察ではあるが、おそらく運転手による自殺だろうという見解を出した。


そしてさらに調査を進めた結果、当時の県警幹部が現場が自殺ではなく事故とするように圧力をかけたと証言した。何でも、当時のあの道路は事故が多発する場所だったようで重大事故が起これば整備予算が採れるだろうという目論見だったらしい。


「そして、なぜか彼女はそのことを知っている」


警察が事故だと言い切っている以上、彼女に知る術はないはずだ。なのに、彼女はおそらくこのことを知っている。彼女と話していくうちに、その確証は持てた。おそらく自殺の数年後に両親の遺書を見つけたのだろうと推察できる。それで知った事実を彼女は自分一人で抱え込んだ……一人の少女にはあまりに重たすぎる真実を。


「そして、私も真相にたどり着いてしまった……」

「凛子、バレンタインのコーナーにいて、って言わなかった?」

「あら、やっと愛する湊崎君へ送るレシピ選びが終わったみたいね」

「そ、そんなに時間かけてないわよ。ほんの……三十分ぐらい」

「あの、血走った眼をした女性たちの中で関係のない私に三十分、待てと言っているのかしら?」

「うっ……ごめん」

「大丈夫よ、そんなに怒っていないから」

「少しは怒ってるじゃない」


普通の友人の様なやり取りをしながら、私は自分自身の歪みにますます押しつぶされそうになっていた……そんな時、ふとスマホの鳴動を感じた。ほとんどの大学の知人の連絡はLINEに、桜川家関連の知人の連絡は自宅に届く。つまり鳴動したということは、私が個別にメールアドレスを登録している数人に限られる。


「やっぱり、か」

「どうかしたの、凛子?」

「なんでもないわ。行きましょう」


メールの送り主に返信をして、私はすぐに詩帆の後を追った。




――――翌日 午後九時 大学内庭園


「それで、何の要件かしら。こんな夜更けに女性を呼び出すなんて……普通、今日は私の方が呼び出す日じゃないかしら」

「要件は分かっているだろう、桜川」

「……二度と顔を見せないで、と言ったはずなのだけど」

「ああ、だから手短に済ませよう……湊崎と洲川を付き合わせる手伝いをして、その後、何をする気だ」

「別に……友人の恋に手を貸すのは当然でしょう」


俺、江藤 聡介は昔の婚約者である桜川を呼び出していた……まあ、本当に来てくれるとは予想外だったけど。


「全部、知ったんだろう。どうせ証拠も既に見つけているんだろうしな」

「……それを聞いて、あなたは何をする気?」

「二人の関係性を壊すような真似をするなら、止める」

「ご立派な正義感ね……あの二人が惹かれ合う理由は分かるけど、本当にあの二人が恋人になることが幸せだと思っているの」

「あの二人がこの先どうなるかは俺だって分からないよ。ただ、だからと言って他人の色恋沙汰を無茶苦茶にしようとか考える幼馴染を止めないわけにもいかない」


……幼馴染、彼女との関係をそう表わしたのは初めてだけど……幼馴染という言葉にこれほど似つかわしくない相手もなかなかいないな。


「……私を止めようとする、あなたの行動理論はよく分からないのだけど、これを聞いてもそれが言えるかしら」


彼女はコートの内ポケットからスマホを取り出して、何かのアプリを立ち上げた。少しして、話し声が聞こえてきた。


「……で、これは俺に対する……告白、って捉えてもいいのか?」

「……違うけど、違わないというか……」

「どっちだよ……」

「今は、まだ、あなたに全てを預けるのが怖い……」

「いつまで待ったらいいんだよ……ごめん」

「いいよ……悪いのは私だから……」


その話声にはすごく聞き覚えがあった……間違いなく湊崎と洲川の声だ。


「桜川、盗聴は犯罪だぞ」

「たまたま収音マイクが詩帆のコートのポケットに入ってしまっただけよ」

「そんな雑な言い訳……」

「私なら通るわ」


そうだった、彼女はそういう人間だった。


「……思い出さなければよかった。そうしたら、こんなに苦しむことなんてなかったのに……」


洲川のその言葉を最後に録音は終わっていた。余韻とともに静寂が場を包む。


「江藤君、それでも彼らが付き合うのが幸せだと思うのかしら」

「……幸せにならないかもしれない」

「あら、納得するのね」

「今の発言と調べた二人の過去の話を照らし合わせれば……幸せだとは言い切れないのは当然だろう」


桜川ほどしっかりとした調査基盤がある訳ではないので、彼女ほど調べられたわけではない。それでも幸か不幸か、あの二人の過去が特異だということぐらいは。はっきり分かった。だから彼女の発言を否定することはできない。


「……なら、私を止める必要はないでしょう」

「止める。君のやり方なら、あの二人の関係性を引き離すどころか……」

「……死者が出る、とでも言いたいのかしら」

「……」

「ええ、でるでしょうね。下手をしなくても、少なくとも詩帆は死ぬんじゃないかしら」

「それが分かっているなら……」

「必死ね……昔のあなたに重なるからかしら?」


知っていた。俺の父の会社の不正を作り上げたのは桜川だ。ただ、俺との婚約を解消する、というただ一つの目的のためだけに。


「だとしたら、どうなんだ」

「別に……さて、寒いし帰らせてもらうわ。言いたいことは言ったでしょう」

「ああ……桜川」

「何?」


帰ろうとした桜川を呼び止め、振り向いた彼女に続ける。


「俺にできること、少なくとも桜川自身を止めることはできないかもしれない。でも……」

「でも?」

「……絶対に君の手で人生を壊される人間を作らせない」

「仮に今回の件が防げたとしても……この先は、どうしようもないと思うのだけど」

「そうかもな……でも、どうにかするさ」

「あなたにしては論理の欠片もないことを言うわね……まあ、好きにして」

「ああ、好きにさせてもらうよ」


そのまま、今度こそ背を向けて去っていく彼女を見て、思う。


彼女はずっと孤独だ。両親も祖父母も彼女に愛情を注いでいるし、欲しいものは何でも与えられてきた彼女だが、彼女はその目が、その愛情が自分という人間ではなく桜川 凛子という存在に与えられているということに逃れられない孤独を感じている。

だから、両親を奪われたにもかかわらず、湊崎 雅也という一人に全幅の愛情を注がれる洲川に心の奥底で彼女に対する嫌悪感がぬぐえないのだろう……でも、そんなものは悪循環のループだ。彼女は自身の孤独を深めるだけだ。だから、決めた。


「もう、桜川を一人にさせない」


幼い頃から彼女の心の奥底の憎悪は見え続けていた。父の会社を終わらせられたときは、殺意すら覚えた。でも、彼女の寂しそうな横顔が忘れられなくて……


「……狂気に堕ちた彼女を助けようと思ってしまう、俺は馬鹿なんだろうな。はあ、湊崎を笑えないな」


俺はゆっくりとその場を歩き始めた。そして、彼女に言おうと思っていたあることを言い忘れていたことに気づいた。


「あいつ、湊崎がただの天才にしか見えてないみたいだよな……あんな過去を背負って、笑って社会に混ざりこめる時点で、あいつの精神は常人じゃない。むしろ俺ら寄りだ。しかも、あいつ洲川が絡むと余計に……」


言い忘れていたが、もう、彼女は俺の呼び出しには応じてくれないだろうし、話を聞いてはくれないだろう。だから、こっちでどうにか……できるのか?




クリスマスの夜。すっかり夜も更けた大学構内で一人になった私は叫んだ。


「何様のつもりよ、分かったようなことを言って。あんな奴に私の何がわかるのよ」


湊崎 雅也。ただのお人よしだと思っていた。ただ、詩帆を追い込む最後のピースにするためだけに呼び出した、はずだった。


「あれじゃあ、意味なんてない。あいつは、私の計画も、私の思考も全部見通して……私の空っぽなところも、全部見えてて……それで、その上で、私に……」


彼が思ってもいなかった詩帆の過去をぶつければ、彼は自分のやって来たことがすべて詩帆を傷つけていたと知って、追い込まれた先で……死を選ぶと、そうなるだろうと思っていた。最低でも私達の様子を見に来るであろう詩帆を追い込む役には立つだろうと……実際、その点はうまく行った。詩帆は私が誘導した通りに地元の幹線道路、両親の死んだ場所に向かっただろう。


「でも、あいつは、あいつは、何で……すべてを知った上で、彼女と一緒にいれるのよ。あんなの……あいつは一体何なのよ」


彼は詩帆の両親の死の真相も、そして詩帆の想いも、何一つ彼女に尋ねずにほぼ完璧に言い当てていた。本人曰く……


「確信に近い推測だ」


「……彼女が自分自身を信じられる日まで、俺はずっと隣にいられればそれだけでいい……」


彼は全てを知った上で、彼女が何も言わないことを容認して、それでも隣にいると言った。


「そんなの間違ってる。おかしい。あなたがそこまでする理由は何。あの子のためにそこまでする理由は何よ」


そう言い放ちたかった。でも、わずかに残る桜川 凛子という人格を支える理性が、詩帆を友人として扱わなければいけないという理性がそれを言うことを躊躇させた。代わりにかろうじてひねり出した言葉一つ一つに淡々と返し、彼の言い放った一つ一つの言葉に胸がえぐられた。


「……そんなこと、なんであんたに決められなきゃならないんだよ」

「一般論なら、なおさらだ。あくまでそれは大多数の意見であって、それを俺たちが踏襲する義務はない」

「俺は中学時代のあの子を見ているわけじゃないんだよ。一度最悪の別れ方をして、嫌いになったとか関係なく、大学で再開した詩帆に今度は一目惚れした。ただ、それだけだよ」


詩帆が彼に求める重すぎる、しかし重すぎるのは嫌だというとんでもない二律背反な思い。それを彼は満たしていた。あんな不幸な子ですら、これだけの愛情を持った人間に出会える。しかも……


「間違うのは人として当然のことだ。俺だって何度も間違ってるし、それはどんな人間でもそうだろ」

「失敗した後のことも考えて準備をしておいて、失敗しても即座に修正すればいい」


あろうことか、この私にアドバイスまでしていった。それが屈辱的だった。全部を見透かしたうえで、投げられたその言葉が、みじめでみじめで、でも、正論で……それを憎く思う自分が大嫌いで、その上、それをただの子供の我儘だと一蹴してしまう自分の理性が、自分の幼稚な心を突き付けられているようで……最悪の気分だった。


「だから、俺も今からでも詩帆を迎えに行く。色々失敗しちゃったけど……生きていれば、いくらでも取り返すチャンスはあるからな……」


彼の最後の言葉が耳から離れない。失敗してもやり直せるはずなんてない、現に私が壊したものは、人は全てを失って、なくなった。絶対に不可能だ。微から大を作ることはできても、零を一にできても、マイナスをプラスにするのは不可能だ。

そうじゃなきゃ、私のやったことは全部無意味だ。元に戻ってしまうのなら、私のやってきたことは全て無に戻る。そんなこと、あっちゃいけない。でも……きっと彼は詩帆を助けてしまう。私が積み上げた計画を真っ向から打ち崩して、彼女を救ってしまう。詩帆は、あの子は幸せになってしまう、ハッピーエンドになってしまう。


「そんなの間違ってる。私が、全てを与えられた私が幸せになれないなら、誰も幸せになんてなれる……」

「桜川、君が世界で一番不幸だよ」


背中にかかったひどい言葉に振り向くと、そこには江藤君がいた。見ると、左頬が腫れている。私は今までの荒れた心を隠すように、静かに言葉を放った。


「不幸とは失礼ね……それで、その左頬はどうしたのかしら」

「誰にも見てもらえない君のことを不幸だと言って何が悪い」


――――なんで、それが分かるのよ。


「私を指してその言葉を言うのは矛盾しすぎよ。私ほどこの国で注目されている女性は少ないと思うのだけれど」

「ああ、桜川家の長女の君は日本中の注目の的だろうね。でも、桜川 凛子という個人を見てくれる人間は誰もいない」


――――なんで、あなたがそれを言うのよ。もう、やめて。


「とんでもないわ。お父様もお母さまも私のことをよく考えて……」

「それが違うと思ったから、君はここに来たんじゃないのか」


――――もう、止めて、その眼で、私を見ないで。


「何のことかしら」

「平然を装わなくても、さっきの君の独り言は全部聞いているよ」


――――もう止めろ、やめて、やめろ、やめて、やめろ、やめて…………


「……もう、やめて。私に構わないで」

「構うさ。君の計画を破るために湊崎に殴られる羽目になったんだ。今さらやめない」

「なんで、優しくするの。私は、あなたの人生を、壊したのに」

「恨んでるさ。一度は殺意すら覚えた」

「じゃあ、何で」

「でも、俺も君と同じ、何かを壊して自分の存在を主張しないと、自分が消えてしまう恐怖に襲われてたから。君の幼い頃の寂しそうな目を、ずっと見続けていたから」


同族嫌悪、そう言った。本当は違ったのかもしれない。


「君はただ、湊崎から純粋に愛される洲川を妬んでいただけのただの女の子だ。そのやり方がひどすぎる点はあるけど、ただ、相手に嫌がらせをしたいとかいう幼稚な理由だろ」

「そうね、私は子供なのよ。大人の皮をかぶった子供よ……あなたの、いや多くの人の人生を遊びで壊した私は、一生かかっても償いきれない罪を犯してるわ。だから、あなたに優しくされる権利は私にない」


彼に見られる目が自分が見下されているように感じた。それも違った。


「……ああ、だから俺が優しくしたいからするんだよ」

「なんでよ、罵ってよ。自分の人生を壊した悪魔だって」

「俺も一歩間違ったら、同じことをしていたかもしれない。だから何も言わない」

「言ってよ、言いなさいよ」

「ああ、君が本当に言われたい言葉を言ってあげる……」


何を言うのかは分かった。やめて、と言いたかった。いや、言わなければいけなかった……もう、分からないや……


「……君は、俺に見て欲しかったんじゃないか。桜川 凛子という人間を。自分だけを見て欲しくて、そのために全部の憎悪が自分に向かうようにした」


彼の言葉がすとんと心に落ちた。私が求めていたものがなんと幼稚で単純だったのだと、感心した。そうしたら、気が付いたら、彼の胸の中にいた。


「……うん」

「ひねくれすぎだよ、君は」

「あなたも、でしょう……聡介、さん」

「久々に呼ばれたな……」

「もう、分からない。けど、今だけは……」


そのまま彼の胸の中で私は……




……そして、歪み切った私達の傷を癒すために、私達は再び出会ったのかもしれない。






――――数日後 とある人物へのメール

1「バカ。とりあえず、しばらく口は利かない。後、私達、付き合い始めたから。雅也に今度手を出したら、ただじゃ済まさないから」


2「俺に関して色々と嗅ぎまわってくれたみたいだけど……公表したら、たとえ桜川家が相手でも潰すので、そのつもりで」

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