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異世界でも貴女と研究だけを愛する  作者: 香宮 浩幸
第七章 使い魔と新たなる王国編
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遠い空の下~連鎖するすれちがい~

読んでくださる方、いつもありがとうございます。

今話と次話で予定している来年三月までの投稿は最後です。



大学二年の冬。


「もう一週間で今年も終わりか……今年は年越し蕎麦、食べようかなあ」


何気なくつぶやいた一言が、俺の前世で最も長い一日の始まりだった……



「何を一人身の学生みたいな発言をしているんだよ」

「彼女いないし、独り身で正しいだろ」

「お前がそれを言うなら、本当にぶち殺すぞ」

「紫堂、落ち着け……」


講義の合間、俺達三人の歩きながらの会話は険悪な雰囲気になっていた。


「お前がまず考えるべきなのは彼女がいるんだからクリスマスだろうが。明日だぞ」

「詩帆は彼女じゃないよ。幼馴染の異性の友人ってだけだよ」

「お前、それをいつまで言う気だよ……というか洲川さんを名前呼びとか、羨ましすぎるだろ」

「紫堂、本音は絶対にそれだろう」

「うるさい。それも事実だけど……」

「事実なのかよ」

「だけど、月二で仲睦まじく出かけてて、彼女じゃないとかほざく奴には言われたくねえ」

「うっ……」


痛いところを突かれて、思わず黙ってしまった……そりゃあ、俺だって本音を言えば詩帆をいい加減に彼女扱いしたいさ……でも……


「詩帆が……中々受け入れてくれなくて、な……」

「……お前、なんか騙されてないか?」

「正直、ひどい話なんだが……一度や、二度は、な。でも……」

「でも?」

「……詩帆が俺のことを嫌いじゃない、って言うのは確かだと思うんだ……だから、彼女が結論を出すまでは、待ってあげたいと思ってる」


俺がそう言うと、二人は揃って大きなため息をついた。


「……はあ、本当にお前らしくないよな、洲川さんが絡むと」

「どういう意味だよ?」

「友情や恋愛の思考すら脳が外部からの刺激に対して反応している電気信号の一種だ、とか言いそうだってことだろう」

「そういうことだな」

「お前ら、ひどくないか。人を感情がないみたいに……まあ、否定はしないけど」


たぶん、面倒くさくなったらその手の発言はする気がする。ただ、俺自身は感情の動きや精神という概念について、身体とは別次元のものという考え方をしているので、全てが脳の電気反射の影響ではないと主張したいが……って、今はそんな話ではないな。


「さすがにそれは言いすぎな気もするけどな。お前もそれなりに感情は豊かだと思うし」

「フォローどうも」

「それで、実際のところ、最近どうなんだよ。進展の兆しはないのか?」

「ないような、あるような……」

「バレンタインにチョコもらったんだろ。本当にその時も何もなかったのか?」

「っつ……何で江藤がそれを知ってるんだよ」

「バレンタインの後、何日後だったか忘れたが、お前の家で缶コーヒーもらった時に丁寧にラッピングされたお菓子の箱が見えたから」

「……そういえば、お前来てた……か」


江藤と紫堂とはかなりの頻度でお互いの部屋を行き来しているので、そんなこともあったかもしれない。正確な記憶はないが……まあ、見られていても仕方はないか。


「江藤。そんな面白いニュースがあったなら言えよ」

「忘れてたんだよ。というかあの時期のお前に近づくのが面倒だった」

「どういう意味だよ」

「チョコがもらえなくて荒れてたからだろう……で、お母さんからチョコはもらえたのか?」

「てめえ……もらえたよ。悲しいことに、それ以外はないけどな」

「じゃあ、数でも俺が勝ってるな」

「お前、洲川さんという人がありながら……」

「湊崎、どうせ母親と妹とか言うオチだろう」

「正解」

「やっぱお前一発殴っとこうかなあ?」


紫堂をからかいすぎたせいか、本気であいつの頭には青筋が浮かんでいた……そろそろ潮時だな。


「悪かったって……」

「お前のは本気で心に突き刺さる一撃だからシャレにならないんだよ……で、チョコをもらったんだ。そのままさあ……あなたも食べてしまいたい、とかって言えよ」

「そんなゴミ発言、詩帆に言えるか。言った瞬間殺されるわ」

「下品すぎるな……こいつに彼女ができない訳が改めて分かった」

「ぐっ……そ、それで結局進展はあったのかよ。さっき曖昧なことを言ってたけど」

「うーん。恋人には絶対にならないけど、親密度としては最高って感じかな」

「つまり、付き合ってるのとほぼ同義と言える状態なのにまだの一番腹が立つ時期ってことか?」

「色々と言い返したいが……まあ、傍から見たらそう見えるのかな。ただ……」


きっと周りから見たら、たぶん俺と詩帆は恋人同士にしか見えないと思う。ただ、一緒にいるからこそ、絶対に違うと思う点がある……だから、俺達は……


「……まだ、恋人じゃないんだ」

「言い方的に、お前らの間には何か埋められない溝みたいなものがあるみたいだな」

「溝、というよりは、壁かな」

「壁?」

「その壁が何なのかは分かっているし、その壁の本質も両者ともに分かってる。ただ、先に進めない……まあ、壊せる器具は揃ってるけど、両方ともに壊す意思がないんだな」

「つまり後はそれに向き合うだけ、ってことか?」

「ああ、そういうことだな」

「そうか……」

「なあ、話に全くついて行けないんだが……」


俺と江藤が黙り込んだところで、申し訳なさそうに紫堂が会話に入ってきた。俺はそれをこの会話を終わらせる契機にしようと、紫堂に話題を振った。


「ああ、恋愛経験ゼロのお前には分からないだろうな」

「てめえ、今のお前の状況がまだ恋人になってないならお前も同じじゃねえか」

「だが、周りからの認識は違うみたいだからな……」

「……だったら、早く付き合い初めて俺に医学部の女の子、紹介してくれよ」

「自分で見つけろよ。だいたいどこの学部にも連絡の取れる奴ぐらいいるだろう」

「いるけど……色々と裏でついてたウソがばれて……大学中の女子のブラックリストに載っちまったんだよ……」

「詩帆と付き合い始めたとして、お前を仲介してやることは絶対にないな」

「そんなあ……なあ、江藤も知り合いの女の子紹介して……」

「俺の評判が落ちるから却下」

「ちょっと二人とも……今年も寂しい冬を過ごせと」

「「自業自得だ」」


崩れ落ちる紫堂を無視して、俺達は次の講義へ向かった……






同時刻 大学内カフェテリア 


「はあ、明日はクリスマス、か……」

「いきなりどうしたの?」


何気なくついた溜息を隣に座っていた友人に聞かれてしまった私は、その友人のお節介のせいで人生で一番長い一日を迎えることになる。今となってみれば感謝の方が大きいけれど、少し恨みたい部分もある……


「いや、今年も結局……今のなし」

「……雅也に結婚してください、って言えなかったなあ、とか?」

「凛子、絶対にそんなことは言わないからね……後、雅也って言わないで」

「ごめんごめん、ほんの冗談よ」

「本当に……やめてよ」


最近、毎日夜になると不安になる。私が雅也を縛っていることに気づいて、そしてそれが彼の重荷になっていることが申し訳なくて……余計に不安が加速する。だから、凛子みたいに美人で才能のある子に、彼の名前を呼ばれるのは嫌だった……それがただの我儘にすぎないと分かっていても。


「でも、そんなに思うのだったら告白しちゃえば?」

「……まだ、駄目なの」

「そんなに心配しなくても、湊崎君なら絶対に頷いてくれると思うけど」


そんなことは凛子に言われなくても分かっている。だって……もう、本人に言われたも同然のことを言われているから……






二か月前の学園祭の最終日。お祭りの雰囲気に浮かれて、そのまま大学の周辺では多数の飲み会や宴会が行われていた。私もそんな飲み会の一つに参加し、一次会から二次会へ、二次会から三次会へ、と続くうちに気が付けば雅也と二人きりで呑んでいた。


「……ねえ、詩帆」

「何?」


その帰り道、雅也が立ち止まって言った。


「もう、俺達付き合ってることにしないか」

「……何で?」

「周りの奴に詩帆がフリーだとはもう思われたくないんだよ」

「今の時点で、もう私と雅也が何の関係もないと思っている人なんていないと思うけど……」

「それでも……俺は詩帆との関係性に明確な名前が欲しい」


彼は確かによってはいたが、その目を見る限り理性は残っていた。だから、それが本気の発言だとはすぐに分かった……その彼の思いに身を委ねられたら、どれだけ楽だろう……でも、私は……


「ごめん、まだ、まだ駄目なの……でも……」

「分かってるよ、分かった」


彼の分かったという言葉にはすべてを理解してくれているという安心感があった。彼は私のこんな我儘に付き合ってくれている……その優しさを裏切り続けている自分に腹が立って、でも、そんな彼の優しさに溺れていたかった。


「ごめん、ごめんなさい……」

「いいよ……今のは酔っ払いの戯言だった。忘れてくれ」


嘘だ。彼はこのタイミングをずっと図っていた。勢いで言うわけがない。でも、彼は私を傷つけないために、自分の思いすら曲げてしまう……その優しさが嬉しくて、でも同時に私はそれが怖くて……


「ごめん、ね……」


そう言って泣き続ける私の隣に、絶妙に触れ合わない距離に彼はずっと立ち続けていた。そんな彼の優しさを裏切り続ける私は……卑怯者だ。






「詩帆……少し意識でも飛んでたかしら?」

「別に……ただ、少し考え事をしていただけよ」

「そう……それで、いい加減に湊崎君も可哀そうだと思うのだけど……いつになったら彼の告白に頷く気なのかしら?」

「それは……」


彼が大切になればなるほど、彼と私の距離が近づけば近づくほど、私は彼を失うのが怖い。彼が私に引き込まれて、私が彼に引き込まれるほど運命を共にしそうで怖い。だから……


「……いつになったら、言えるんだろう……」

「はあ……本当に七年も待たされてる彼だって、いつかは愛想をつかすわよ」

「……そう、だけど……」

「彼の優しさに甘えるのも程々にしたら?」


凛子の冷静な一言に、私は何も言えなかった。そうだ、結局私は彼の優しさに甘えているだけだ……そして、それが当たり前になっていることにも気づいていなかった。


「それで、結論は出たのかしら」

「……今すぐは無理だけど、でも、近いうちに整理をつけられそう……かな」

「そう……」


今言える精一杯の返答を凛子に返す。今すぐには言えない。でも、後少しだけ時間があれば……きっと……


「……じゃあ、私が湊崎君をもらってもいいかしら?」

「えっ……」


……頭が真っ白になった。






六時間後 同日全講義終了時間


「湊崎、何かお前の幼馴染の親友から呼び出しだ」

「何だ、その回りくどい呼び名は……桜川さんだろ」

「ああ、で、要件は?」

「何か洲川さんのことで話があるって……」

「了解」


帰り支度をしていた俺は江川経由で桜川さんから呼び出しを受けるという奇妙な体験をしていた。


「というか、お前って桜川さんと仲良かったっけ」

「普通に話すぐらいはする仲だな」

「そう言って、お前まさか……」

「ない。だって俺の好きな人は洲川さんだからな」


場が凍り付き、俺は一瞬耳を疑った。


「……正気か?」

「そこは普通本気か。って聞くところじゃないか?」

「俺と詩帆の関係を聞いていて、手を出そうとするんだ。そう聞くのが正しいだろう」

「そうか……むしろ俺はお目に正気かどうか問いただしたいよ」

「どういう意味だ?」

「お前の前にいる洲川さんが、どれだけ不安そうな顔をしてるか見て、言えるか?」

「っつ…………」


言われなくても分かっている。詩帆が俺といるとき、心から笑っているときばかりじゃないって。彼女の心からの笑みと作り笑いぐらい見分けられる。


「……お前に言われる筋合いじゃない」

「でも、俺なら少なくとも彼女にあんな顔はさせない」

「詩帆のあの笑顔の理由も知らずにその言葉を軽々しく言うな」


あの顔は、詩帆が不安で不安で仕方なくて、それでも俺と離れたくない。その狂おしいほどに歪んだ思いでできている表情だ。だから、彼女は俺にしかあの顔を見せない。


「じゃあ、お前はいいのかよ。あの顔を彼女にさせて」

「よくない。だから、本当の笑顔だけにするために、ずっと傍にいるって決めたんだよ」

「じゃあ、それで彼女が辛い思いをしているとしても?」

「その辛さすら全部受け止める……それぐらいで諦めるぐらいなら、最初から彼女を好きになんかならない」

「……好きな人に心から笑えないなんて、俺には分からないな」


そう言った江藤の頬を俺は全力で殴った。吹き飛ばされた江藤は不満そうだが、なぜか薄く笑っていた……どういう事情か知らないが、何か裏がありそうだな。ただ……


「それが分からない奴に、詩帆を好きとは言わせない」

「そうかよ……これ、傷害事件だぞ」

「うるさい。後で取り調べでも裁判でも受けて立ってやる……だから今は行かせろ」

「どこに行く気だ」

「桜川さんのところだよ。どんな事情か知らないが……忘れないうちに終わらせて、詩帆のとこに行く」

「そう、か……」


そう言ったきり黙った江藤を放置して、俺は講義室を出て、桜川さんの呼び出し場所へと向かった……






「何で、私、泣いてるんだろ。私に、泣く資格なんか、ないのに……」


朦朧としたままで午後からの講義を受けて、私は帰路についていた。なぜか流れる涙をぬぐいながら。


「雅也を、縛り続けてた私が悪いのに……何で……」


凛子に言われたあの言葉。私はあの言葉に……私の雅也を取らないで、と言えなかったのだろう。それを言えなかった時点で私に……


「……雅也を好きだなんて言う資格は……あれ、凛子?」


ふと顔を上げた先で、凛子が樹の影に入っていくのが見えた。


「……ま、まさかもう告白する気じゃないわよね……」


それに文句を言う権利がないことは知っている。それで雅也が揺らいでも仕方がないほどに私が最悪な付き合い方をしていたことも知っている。でも……


「……それでも、状況を、結果を、見届けるぐらいなら……」


私はそう自分に言い聞かせながら、そっと樹の影から様子をうかがうことにした。






……数分後。俺は指定された校舎の樹の前で桜川さんと対面した。


「……それで、何の御用でしょうか」

「もったいぶっても意味がないでしょうから端的に言うわ……私と付き合って」

「俺のどこを気に入ったかは知りませんけど……俺と詩帆の関係性を知っていて言ってますよね」

「ええ、詩帆からは友達以上とまでは聞いてるわよ」

「恋人じゃない以上セーフだと……」

「そういうことでしょう」


自分でも言っていたが、詩帆本人にも恋人未満とすら言われていなかったことは……少し来るものがあるな。


「とにかく、お受けできません」

「一生詩帆とあんな関係を続けるつもり?」

「続ける気はありませんよ」

「でも、詩帆はあなたの存在が重くなればなるほど、余計にあなたに愛されるのが怖くなるはずよ……親密になればなるほど距離が離れて行く要因を作ることになる」

「そんなことずっと知ってます」

「じゃあ、何であなたは詩帆に告白しないの……そこまで分かっていて、理解しているなら、言えるはずでしょう」

「それに近いことなら、何度も言っているんですがね……」

「でも、明確に好きだとは伝えていないんでしょう」

「そう、ですけど……」


詩帆に、俺が好きだと言えない理由……言葉にするなら……


「彼女を追い込むような真似はしたくないんです。好きだと言ってしまえば、彼女には逃げ場が無くなる。だから……」

「あなたは、詩帆から逃げているだけじゃないの」

「逃げてません」

「ただ、詩帆が今以上に重たい存在になるのが怖いだけよ」

「そんな覚悟はとっくにできてます……」

「覚悟をしてるってことは……重たい、ってことでしょう」

「そりゃあ、言い方を変えればそうなるかもしれませんが……」

「もう止めて」


俺達の声を甲高い叫び声が遮った。その声の方向を見ると、そこには詩帆がいた。


「雅也君。もう十分だよ。私のことなんて、もう気にしなくていいから」

「待て、詩帆。最後まで話を聞いて……」

「あなたの重りには、なりたくない……」

「……重りだなんて思って……」

「いいよ……さよなら、雅也。優しい私の……大切な人」

「待て、詩帆……」

「……今のあなたが行って、彼女に何ができるの?」


そう言って詩帆は走っていった。それを追いかけようとする俺を、後ろからの声が呼び止めた。


「止めなきゃ、彼女は……」

「車に飛び込むんじゃないかしら。生まれ故郷で」


冷ややかな声に、血が上っていた頭が一気に冷める。変わって重い怒りが頭の中を占めた。


「あんた、全部知ってるのか?」

「桜川財閥の情報網を使って、だいたいは」

「詩帆が覗いていたことも知ってたのか……」

「ええ、もちろん」

「その上で彼女の前で俺にあんなことを言わせて……」

「言ったのはあなたよ」

「そうだな……でも、予想はできたはずだ」

「ええ。もっとも全てを知っているから予想というよりはただの事実なのだけどね……」


そう言って薄く笑う彼女を、俺はただ冷たく睨みつけていた……


これは闇に染まりだした空の下。凍てつくような寒さの中で真実と向き合うことを求められた日の記憶――

明日はいよいよ~遠い空の下~のクライマックスです。


面白かったら、感想等をいただけるとすごく嬉しいです。

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