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異世界でも貴女と研究だけを愛する  作者: 香宮 浩幸
第七章 使い魔と新たなる王国編
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"travel diary" ~幻想の森の茶摘み~

……結局、夏休みに入ってしまいました。すみません。


正午過ぎ フィールダー子爵領南方辺境の森


「……ねえ、これっていつまでかかるのかしら?」

「いきなりどうした?」

「お兄様、いきなりではないかと思います……もう、三回ぐらい言っています」

「まあ、それもそうか……でも、まだ三時間ぐらいだし」

「三時間で半分も終わっていない状況でまだ、とは言わないでしょう」


魔王戦争から数日後、病み上がりの体で毎年恒例の茶摘みに出かけようとした俺はあっさりと詩帆に見つかり、その日に家に泊まっていた面々を連れて行くことになってしまったのだが……


「そりゃあ、最初は楽しかったわよ……でも、単純作業が二時間、三時間と続くと……しかも、終わりが見えないし……」

「ユーフィリア……大丈夫か?」

「なんで本気で心配そうな顔をするのよ。ちょっと怒っただけでしょう」

「いや、その怒り方がユーフィリアらしくないから……」

「どういう意味よ!」

「まあまあ、ユーフィリアちゃん落ち着いて」


詩帆が妙に荒れている……やっぱり俺が勝手に抜け出そうとしたのがよっぽど頭に来たのかなあ……確かに相当心配をかけたしな。事実一度は死線を彷徨っていた訳だし……


「し……ユーフィリア」

「何かしら?」

「ええっと、その……心配かけて悪かったな」

「っつ……い、いきなりどうしたの。別に心配はしてなかったわよ……あ、当たり前に帰ってくるって信じてたから」

「それでも、迷惑はかけたからな……」


そう言いながら、俺は棒立ちになっていた詩帆を引き寄せて抱き締めた。そうすると珍しく詩帆がらしくないぐらい動揺して叫んだ。


「な、なななな何?」

「いや、俺はちゃんと詩帆の隣にいるから。だから……そんなに心配しないで、って言いたいだけだよ」

「……バカ、それ、今言うかしら……」

「好きに言え……そう言われる内は意地でも帰ってくるから」

「雅也……だったら、最初から心配させないでよ……あなたに行くなって言うのは無理だって分かってる。だから……もう、ボロボロになって帰ってくるのは止めて……心臓、止まりそうになるんだよ」


詩帆が心細そうな顔をして俺の顔を見上げてくる。その不安そうな顔に心が痛む。でも、これだけは彼女に嘘はつけない……これは、研究者としての矜持みたいなもの、だからな。


「悪いな。気を付ける……けど、ごめん確約はできない」

「……はあ、あなたらしいわね。じゃあ、我儘は一つしか言わない……必ず生きて帰って来て」

「分かった……善処はする」

「そこは約束する。とか言ってよ」

「確実性がないことを約束しても守れないからな」

「あなたらしい……けど、私以外の相手だったら嫌われてるわよ」

「君が好きでいてくれるならそれ以外何もいらない」


その言葉にようやくホッとした顔をした詩帆が頬を紅潮させて俺を見上げていた……はあ、全くこういう時は甘えん坊なんだからなあ……


「……雅也」

「詩帆……」

「お、お二人とも、痴話喧嘩は二人っきりのときにしてください」

「はっ……し、失礼しました」

「キャッ……も、もう少し早めに言ってよリリアちゃん」


リリアの声に我に返った俺達は両方とも顔を真っ赤にして離れた。


「フフフ、いいムードだったから邪魔しづらかったのよ」

「そうですねセーラさん……私にも昔はあんな時代がありましたね……まあ、今もしたくないという訳ではないんですが」

「したらいいじゃない。身分を隠しては大変かもしれないけど……王女に戻ってからでも恋愛ができないわけじゃないでしょう……」

「そう、ですね……」

「思い返す人でもいた?」

「さて、どうでしょうか……それより、セーラさんこそ今度マーリスさんとメビウスさんとの若い頃の話、聞かせていただけませんか?」

「あっ、私も聞きたいです」


そのまま女性陣は恋バナに移っていった。手持ち無沙汰になった俺と師匠は二人だけ蚊帳の外でそんな様子を眺めて……いや、先にお茶を摘み切ってしまうか。


「師匠、少し樹から離れていてもらってもいいですか?」

「もちろんいいけど……何をするつもりなんだい?」

「秒殺でお茶摘みを終わらせます」

「……それ、もう一時間、いや二時間ぐらい早く言ってくれないか」

「いや、お茶摘み体験って中々体験できませんし、魔王戦争の間、王都の中も殺伐としてましたし……気分転換にいいかなあって」

「その言い方からすると、ひょっとして……」

「ええ、いつもは細かい摘み残しの収穫まで含めて三十分ぐらいで終わりますよ」


師匠の家に来た年から毎年来ているのだ。さすがに二年目からは効率化は図っている……だって、去年までは一人でやってたわけだし、この人数でやって三時間もかかるような作業を一人で真面目にやる訳がない。


「という訳で、さっさと終わらせていきたいので師匠……樹から離れてください」

「ああ……私はいいんだが……」

「えっ……あっ」


師匠が樹から離れながら、青白い顔で俺の後ろを見ていた。その視線の先に顔を向けて……俺は全てを悟った。


「クライスさん……どういうことかしら?」

「お兄様……もう少し殺伐とした空気になる前に言いますよね、普通」

「やっぱりおかしいと思ったのよ。クライス君が半日以上もいなかった記憶なんてないもの……」

「確かに、ま……クライスさんなら回数重ねた単純作業を効率化しない訳がないものね……ただ、それが分かっても怒りは変わらないのだけど……」

「私もこの状況では庇い立てできませんね……」

「えっ……俺が悪いのか……」

「悪いわよ」

「悪いですよ」


詩帆とリリアにそのまま俺は詰め寄られた。なんだろう……二人とも今日は妙なストレスを抱えてるからかな。妙に俺に突っかかるな……まあ、ストレスを抱えさせた原因の大半が俺にあるからな。甘んじて受けるしかないか……


「と、ともかく二人とも落ち着こう、な……」

「言われなくても落ち着いてるわよ」

「落ち着いているようには見えないから言ってるんだが……」

「そもそもユーフィリアさんはともかく、私にはどこに怒る要素があるんですか?」

「えっ、フラれた大好きな相手に目の前でイチャつかれたからかな」

「…………」

「リ、リリア?」


自分で思い返してみると完璧に失礼発言でしかない言葉に、リリアの動きが固まった……そして、リリアは再程までの怒りが嘘のように無表情になった後……


「……お兄様」

「何だ?」

「……最低です……死にたいんですか?」

「い、いや、悪かった。言い過ぎ……うおっ……」


認識外の速度で何かが俺の頬を切り裂いた……いや、何かはすぐに分かった……風魔術<暴風切断術式ウィンドカッター>だ。


「お兄様。下手なことを言うと……次は怪我していることすら配慮せずに……撃ち込みますよ」

「は、はい……すみませんでした」

「分かってくださればいいんですけどね」

「フフフ……本当にクライス君ってそういうところは馬鹿よね」

「ええ、本当にそう思いますよ……でも、そういうところも含めて好きなんですよね、ユーフィリアさん」

「えっ……うん、そうね」


顔を赤くしてそう言う詩帆と俺の様子に全員の注目が集まる……耐えられなくなった俺は、上空に転移した。


「あっ、ま……クライスさん。逃げないでよ」

「逃げてない……そろそろお茶摘みを終わらせようとしただけだよ……<生命探索ライフエクスプロール>……」


もちろん逃げ出すための方便だ。周りだってそんなことは分かっているだろうが……さすがにあんな顔をされたら色々と我慢できなくなる部分もあるし……帰ったら可愛がってあげよう……って、今は魔術行使に集中しないとな……


「さてと、次は……」

「で、クライス君、<生命探索ライフエクスプロール>なんて使って何をする気だい?」

「師匠……何しに来たんですか?」

「君が何をするのか気になっただけだよ。それで……」

「あの樹の葉っぱを<生命探索ライフエクスプロール>で観察してみてください」

「ああ……なるほど」

「詳しい説明は後でまとめてします……では……<暴風切断術式ウィンドカッター>」


俺の詠唱終了と同時に樹の周囲に猛烈な風が吹き荒れた……その風で樹に残っていた一枚目の茶葉が切り飛ばされて……下にいる面々の衣服が大きく乱れた……


「キャア……お、お兄様……」

「雅也、広域の風魔術使うなら先に言ってよ……しかもよりにもよって下から吹き上げるような魔術使わなくても」

「ユーフィリア、慌てすぎてさらっと俺の名前を呼んでることに気づいてるか?」

「今はその話はいいでしょ」

「風魔術の詠唱が来た時点で対策しておくべく気だったわね」

「セーラさんはなんで慌ててないんですか?」

「千年生きてる人間の余裕……と言いたいところだけど、まあ、あの人と一緒にいると、ね……」

「だいたいお察ししました……お互いに夫には気を使ってほしいところですね……」

「ええ、本当にね……」

「お二人とも、落ち着いているところすみませんが、もう一発行きますよ……<気流操作ウィンドコントロール>」


一応今度は文句を言われないように声をかけてから風魔術を使う。そうして切り飛ばされた茶葉を手元に取り出した巨大なビニール袋に詰め込み、中身を真空にしてから<亜空間倉庫ディメンジョンボックス>に収納した。


「よし、収穫終わりだ」

「終わりだ、じゃないわよ」

「なんだ。何か問題でもあったか……あっ、風魔術で服が乱れた以外で」

「……ないわね……何だろう、この、すごく言いたいけど何も言えない感じ……雅也とまともに言い合いするのはだから嫌なのよね……」

「それはお互い様だろう、医学部の才媛」

「うるさい……まあ、いつまでもこんな話をしてても仕方がないわね……それで、どうやったの?」


詩帆の質問は大分要点が省かれていたが、質問を予期していた俺には伝わった。


「<生命探索ライフエクスプロール>で樹の葉を見たら分かる」

「見れば分かる……確かにそうね」

「えっ、どういうことですか?」

「なるほど、エルフが採集の時に使う技能ですね」


リリアは分からないみたいだが、他は全員把握したようだ……しかし上級の光魔術を全員が軽く使える集団って考えてみるとヤバいよな。


「リリア、葉の魔力量の差って分かる?」

「……確かに僅かに差がありますね……それで、何が分かるんですか?」

「魔力量の多さは樹の生命活動が活発だってことを示している……つまり、葉の光合成……光をエネルギーに変える働きが活発だってことだな」

「つまり、魔力量が多いということは陽のよく当たる一枚目の葉だということですか……」

「そういうことだな……」

「まあ、それが分かっても、あの大量の葉の中から一枚目だけを狙って切り飛ばすクライス君の魔術精度は異常だがね」


リリアに説明を終えた俺の後ろに師匠か着地した。


「余計なことを言わないで下さいよ」

「誉めてあげただけなんだがねえ」

「誉めるのに異常とは言わないでしょう」

「そこに気づいたか」

「普通は気づきますよ……それで、最初から分かってたんですから……」

「もちろん降りてくるときに一通りはチェックしたよ……さっきも言った通り取りこぼしはないよ」


師匠は予想通り、降りてくるときにチェックをしてくれたようだ……さて、そういうことなら今日は別のことをする時間が取れそうだな。


「じゃあ、皆さんお疲れ様です」

「ええ、本当に。…じゃあ、早く帰り……」

「まだ朝早いですし、森を探索して帰りましょう」

「「えっ?」」


俺としては時間が空いたので当然の発言だった。だが全員から怪訝な顔をされ、不安になった……俺、そんなに変なこと言ったかな?


「いや、せっかくこれだけ高位の魔術師がそろっているんだから、今まで未探索のこの森の深部を探索するいいチャンスかなあ、と」


そう言うと、女性陣が深くため息をつき、なぜか師匠は目をそらした。


「えっ、俺、何か間違ったことでも言いましたか」

「お兄様。確かに普段のお兄様なら何の問題もないと思いますが……」

「……今の俺……何か問題が……あっ」


俺は自分の手を見て、そして胸元を見て、包帯がぐるぐる巻きにされていることに気づいた……そう言えば俺、重症患者だったな。薬と魔術の両面で痛みが緩和されてるから忘れかけてた……


「気づいたなら……後は頑張ってください」

「えっ、ちょっと……」


リリアがそれを言ったのを最後に一人を残して全員が転移で消えた。その一人というのはもちろん……


「詩帆……怒ってる?」

「……怒ってないわよ」

「そ、そうか……それなら良かった」

「ええ、そうね……ただ、あなたを今後は絶対安静にするときは意識を飛ばさなきゃ……と、思っただけよ」

「えっ……」

「……<眠りへの誘いスリプルガス>……」


詩帆が放った煙に包まれた俺は強い睡魔に包まれて、意識が混濁する……


「待て、詩帆。俺がいないと王都に帰れない……」

「別にセーラさんに頼めば師匠さんの家には行けるでしょう。それなら、そこであなたが目覚めるのを待つだけよ」

「そ、そうだな……」

「というわけで少しは眠って……」

「ああ……分かった……」


そのまま俺の意識は深い底に落ちていった……だが、最後に詩帆の様子が変わったのは見てしまった。


「……バカ雅也……たまには自分をいたわってよ……死にそうな体で無茶して……痛いのに平気を装って……私を守って死にかけたのに……その上で死にかけてたのに、動こうとするし……少しは、生涯の主治医の言うことを聞いてよ……大好きなあなたに死なれたら、どうしたらいいのよ……」


そう言って涙を流す詩帆の姿を見て、今後はなるべく無茶をしないようにしようと、少しだけ反省をする俺だった……

今回全く出てこなかった恐竜さんも含めて、いつかこの森も再登場させたいなあ……本当にいつになることやら。

雅也と詩帆のバカップル描写に尺を取られました……おかしいな、予定ではタイトルは「幻想の森の散歩」になる予定だったのに、場所が全く動いてないぞ。

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