学園編 リリアside ~秘められた力と誘拐事件~
少し遅れましたが番外編です。
ある日の午後。お兄様が不思議そうな様子で呟きました。
「しかし……やっぱりリリアの魔術っておかしい、というか妙なんだよなあ……」
「何ですか、いきなり?」
「いや、別に変な意味じゃないぞ」
「じゃあ、どういう意味なんですか」
子爵領から帰ってから、お兄様は一人でどこかに出かけていることが増えました。所在が分かっている時でも自室か学院の研究室にこもっていて、何をしているかはさっばり分かりません。
「いや、そのままの意味だよ」
「私の魔術が変だっていうことですか?」
「ああ。どうしても魔力の流れと量に違和感を感じるんだ」
「……そうですか。具体的には?」
「だから違和感だと言ってるだろ。明確な証拠も理論もない」
「要するにただのお兄様の勘だということですね」
「まあ、そういうことだな」
勘と言われたら普段だったら切り捨てるでしょうが、普段はトラブルと事件だらけのお兄様も、こういう研究では賢者様達に匹敵する実力を持っていますし……少しだけ調べてみましょうか。じゃあ……
「お兄様、では調べようと思います」
「あっ、ああ……珍しい上に改まって言われると怖いんだが……」
「もちろん、手伝って下さいね」
「……そういうことか……もちろんいいよ」
「いいんですか?お忙しいのでは?」
「まあ、色々とやることはあるんだが……ちょうど行き詰まってたし、な」
「一体何をしているんですか?」
「……対魔神用の術式の調整」
「それ、息抜きしてて大丈夫なんですか?」
あまりに平和すぎて、その言葉の重みを感じるまで、しばらく時間がかかりました。そして、そう言いながら笑っているお兄様が一番危険な立場だということも……そう思っていると、唐突にお兄様が私の両肩に手を置きました。
「っつ……お、お兄様。な、なんですか?」
「そんな心配した顔はするな……詩帆一人でも大変なのに、お前にまで泣かれたら……揺らぐ」
お兄様は悲痛そうな顔をしていました……私、馬鹿ですね。平気そうな顔をしていても……辛くないわけなんか、ないのに。
「すみません……」
「謝らなくていいよ。心配してもらえるのはそれだけ想ってもらえてるってことだし……ただ、昔から妹に泣かれるのには弱いんだよな」
「……それって、お兄様の前世の妹さんのことですか?」
「ああ。そういえば話した……記憶がないんだが?」
「詩帆お義姉様にお聞きしました」
「なるほど……な」
そう頷くと、お兄様は遠い目をしながら語り始めました。
「前世の妹も丁度リリアと年齢差が一緒なんだよ。まあ、性格はリリアみたいに大人びた感じでもなかったけど……よく、そういう顔はされた……本当に大丈夫なの、って」
「そう言えば前世でしていた実験のせいで何度も殺されかけたって……一体何を研究していたんですか?」
「転生に関すること……それ以上はこっちの世界でも言えないな」
「……ええ、それ以上は聞かないでおきます」
「ああ、そうしてくれ……で、結局妹との唯一の約束は守れなかった」
「何を約束していたんですか」
「お盆……先祖の霊が帰ってくるとされている時期と、年の初めには必ず実家に詩帆を連れて顔を出すこと。もちろん二人とも元気に……だけど、俺は詩帆を救うためとはいえ、家族を裏切った……」
お兄様は普段なら絶対に見ないような寂しげな顔をして窓の外を見ていました。先ほど以上に、遠い過去を懐かしむように……
「……で、でも、お兄様は自殺したんではなく、詩帆さんを救うためにしたことですよね」
「ああ。それ自体は後悔していないし、詩帆を救えたんだ。他は何もいらない。ただ、水輝君……俺の研究をたぶん引き継がせた義理の弟以外には真実を伝えられなかったからな。俺を三十年近くも育ててくれた家族に嘘をついてあの世から去ったことは……まあ、それだけは後悔している」
「何で、伝えなかったんですか?」
「下手に研究のことにつながる発言でも残したら、家族に危害が及ぶからな……だから、迂闊に転生のことすら漏らせなかった」
「……お兄様は、優しすぎるんですよ」
自分の想いや後悔を一生抱えて過ごすことになっても、家族や身の回りの人間を守ろうとした。きっとお兄様ならそれすら自分勝手な実験の失敗の後始末だから自業自得とでも言うのでしょう。自己犠牲が過ぎる気もします。お兄様なら最善は尽くしていたはずです。その上で、後悔するのはお兄様らしいというか不器用すぎるというか……でも
「……そんなお兄様だから……好き、なのかもしれませんね」
「なあ、リリア……」
「もちろん、詩帆さんがお兄様のことをという意味ですよ」
「そう、か……」
何か言いたげにしているお兄様の様子を見ると感づかれたかも知れませんね。
ええ、好きなのはもちろん私の感情です。やっぱりお兄様は……クライス様は、私の初恋の人で、それが揺らぐことはないです。今でも、お兄様の恋愛対象としての愛情が私だけに向いたら、なんて虫のいい妄想もしたりします。
でも、本当に好きだからこそ、それが絶対にないと分かってしまうんです。お兄様が詩帆さん以上に好きになる異性にはなれないと、分かってしまうから……はあ、諦めてもきっぱり捨てきれない恋心はどうしたらいんでしょうか……
「お兄様……」
「ああ、何だ?」
「……妹として、一生可愛がってくださいね」
「何をいきなり……当たり前だろ。過保護すぎるぐらい過保護にしてやるよ」
「はい、よろしくお願いします。前世の妹さんにできなかった分も私にぶつけてくださいね」
「……ああ、ありがとうリリア」
「ええ、どういたしまして……でしょうか?」
そう私がほほ笑むと、お兄様は曖昧に微笑んでから、表情を切り替えました。さて、お兄様が気持ちの整理をつけたようですし……私もそろそろ本気で切り替えますかね……はあ、お兄様以上のハイスペックなお相手、いませんかね……
「……しんみりさせて悪かった。それじゃあ話を進めようか」
「はい。お願いします……それで、どうすればいいんですか?」
「ああ、まずは魔力の流れを見させてもらうとして……」
すっかり長引いてしまった話の後、食堂に移動した私とお兄様はひとまずお茶を入れて一息をつきました。そして、しばらく経ったところでお兄様がおもむろに立ち上がり、自分の指先を風魔術で斬り裂きました。
「相変わらずですね……」
「何がだ?」
「腕を上げると同時に、ピンポイントで効果範囲を縮小した上級魔術を放てるとか……普通の魔術師が見たら卒倒ものですよ」
「……外ではここまで軽々は使わないよ。あくまで身内の前だけだよ」
「それなら良いのですが……」
「リリア。なんだかお前言ってることが詩帆に似てきたな……」
「どう考えてもいい意味で言っているとは思えないので、後で伝えておきます」
「……すまん、撤回する。というか、これでも王宮筆頭魔術師だぞ。公の場で不必要に畏怖されるような真似はしないからな」
「分かってますから、話を先に進めて下さい」
お兄様には確かに無遠慮に高等技術を使うところはありますし、戦闘で明らかに過剰火力な異常な魔術を使うようなところもありますが……一応、対外的な対応は非常にうまいというのも知っていますから最初のは冗談だったのですが……そういうところは子供なんですよね……詩帆義姉様、ご苦労お察しします……
「また話が逸れたな。ともかく、この俺の斬った指に普通に治癒魔術をかけてみてくれ」
「それだけですか」
「ああ、それだけだ」
「じゃあ、行きますよ……<治療>」
私の行使した魔術の効果で、当然指先の傷はすぐに治りました。そしてその様子を見ていたお兄様は、何も言わずにもう一度自分の指先を切り裂きました。
「今度は水魔術で俺の治癒能力を上げて、回復速度を上げてみてくれ」
「はい……分かりました……<治癒>……どうですか?」
「ああ、だいたい分かった……<治療>」
水魔術で活性化された治癒力によってかなりの速度で修復が始まった傷口を、自分の治癒魔術で完全に修復したお兄様はしばらく悩んでいる様子で腕を組んでいました。
しばらくして……顔を上げたお兄様はゆっくりと口を開きました。
「……やっぱり、魔力の流れが……微妙に儀式化されている」
「……儀式化……一体どういうことですか?」
「水魔術の方は普通の魔術同様のプロセスで行使されている。要は自身の魔力で必要な魔力情報を引き出して発動する模造魔術だな」
「……その辺りの細かい理論の話はいいです。問題は儀式化っていう方ですよ」
「ああ、分かってるよ……<幻影絵画>」
そのまま魔術が発動されて、壁一面に巨大な魔法陣の幻影が映し出されました。
「さて、じゃあ説明を続けようか……要は儀式化されてるって言うのは、魔術師個人で発動する術式の他に、外部に別系統の術式で補助してやって術式の威力や効力を増大させる魔術技法だ。例を出すなら召喚魔術やら新規魔術の開発……後、超越級魔術とか」
「要するに、簡単には発動できない高度な魔術を補助する技法ってことですね」
「ああ……で、リリアの光魔術の発動の際にリリアは外部の魔力を補助として使っているだけじゃなく……外部に威力を増大させる別の術式が組まれている……だから、たぶん光魔術に必要な魔力量が本来なら増えるはずなんだが……むしろ減少している」
「つまり……外部の術式が補助をしていると……」
「ああ。それがリリアが無意識的に発動している超越級魔術の一種なのか、それとも天性の物なのかは……詳細な調査なしには分からないな」
「そうですか……」
私の光魔術……確かに昔から異常な実力だとは言われていましたが……まさかそんな謎の現象が介在していたなんて……
「まあ、ざっと術式の流れを見た限り、相当強力な術式であるのは間違いないが、リリアの魔力や精神、生命力に影響が及ぶものじゃないから安心してくれて大丈夫だよ」
「そう、ですか……」
「まあ、どの道俺が知ってる既知の術式ではないし、師匠達に要相談だな」
「分かりました……という訳で、出かけてもいいんですか?」
「えっ……ああ、そういえばソフィア嬢と出かけるって言ってたな」
「はい……それで、この術式の危険性は本当に問題ないんですよね」
「ああ。とりあえずさっきも言ったように命の危険性はないよ」
「わかりました。お兄様、付き合っていただいてありがとうございます」
「いいよ。俺もいい気分転換になったしな……さて、俺は研究に戻るか……」
そう言って再び自室に入って行ったお兄様を見送ってから、私は自分の部屋に戻って身支度を始めました……
……三十分後 王都中央 カフェテリア
「ソフィア先輩、遅いですね……いつもだったら約束の時間の五分前には必ず来ているんですが……」
ソフィア先輩と休日に出かけるのは、お兄様のことを始めてソフィアさんに相談した時に愚痴に付き合っていただいたときですから……かれこれ二十回以上になるでしょうか。
しかしその全てで私が遅れたことがあってもソフィアさんが遅れた記憶はないのですが……今日はなぜか待ち合わせの時間を十分ほど過ぎても来ていません。
「まあ、今日の込み具合では仕方ない気もしますが……」
大通りで事故でもあったのか、今日は店の周囲がやけに騒がしいです……いえ、妙ですね。
「……これだけ大通りが混んでいるのに、店の中がいつの間にか私だけになっています」
つい先ほどまで賑わっていた店内には気づけば私以外の人間がいなくなっていました。その奇妙な状況に、私は即座に感覚を研ぎ澄ませました。
そして、店の扉の外に人の気配があるのを感じた私は即座に店から転移で脱出しようとした瞬間……
「動くな。聖女リリア・フォン・ヴェルディド・フィールダー」
扉を開けて入ってきた男の言葉に、私は動きを止めるしかありませんでした。なぜなら入ってきた二人組の男。そのうちの一人がよく知る人物の首に刃を向けていたから……
「……ソフィア先輩」
「リリアちゃん、逃げて」
「言っておくが、逃げれば彼女の命の保証はできないぞ」
「……何が目的ですか?」
「聖女であるあなたが贄になってくれさえすればいい」
入ってきた見覚えのある白い装束……確かルーテミア王国の国教会のものですね。しかし、教会がお兄様や現国王陛下に敵対してまで一体何を……
「……今代の教皇がこのような指示を出すとは思えないのですが……」
「あんな小娘の言うことなどは知らん。これは枢機卿閣下のご指示だ」
今代教皇のディティス公爵は見た目通りの聖女といった方でこんな指示はされないだろうとは思っていましたが……なるほど枢機卿の単独暴走でしたか。
「……分かりました。従います」
「物分かりが良いな。早く来い」
都合がいいのか悪いのか、先程のお兄様との考察のおかげで、大体「聖女」の意味が分かってしまっています。儀式魔術が何に関わっているかは分かりませんが、間違いなくそれが一つの要因でしょう。
「代わりにソフィア先輩は解放してください」
「……ああ。なら、早くこっちに来い」
「……分かっています」
とにかく今は男達の指示に従いましょう。その上でソフィア先輩の首から刃が離れた瞬間に脱出をしましょう……カフェの周辺道路を巧妙に偽装して封鎖する程度の工作をしている以上はお兄様達に情報は伝わりにくいでしょうし……
「……教会が拉致監禁なんて呆れますね」
「拉致監禁ではない。世界のための必要な犠牲だ」
「何とでも言えますね……さて、私が拘束される代わりにソフィア先輩を解放……えっ」
「リリアちゃん」
男達の前までたどり着いた私の後頭部に重たい衝撃が走りました……どうやら、気づかないうちに背後に人がいたようですね……
「解放したら王宮筆頭魔術師が来るだろう……するわけがない」
「……でしょう、ね」
「そして、超越級魔術師のお前も同様だ」
「なる、ほど……私が馬鹿でした、ね…………」
そのまま私の意識は完全に消失した……




