第百二十六話 蒼不死鳥
すいません。寝落ちした上に、データが飛んでしまったので書き直ししていたらこんなに遅くなってしまいました。
予定がずれましたが、なんとか明日までには七章最終話を書き上げたいと思います。
「すごい、な……」
魔法陣に足を踏み入れた俺は、そこから感じる膨大な魔力に思わずそう呟いた。普段は自身からあふれる膨大な魔力で、ここまで世界の魔力をはっきりと感じることはないのでなおさらだろう。
「しかも、魔力自体がこの世界の魔力よりも……次元層の狭間の物に近いな……」
今までほぼ感じたことのない高密度の魔力エネルギーは、情報データを膨大に含んでいる次元層の狭間の魔力の特徴だ。
「これ、ひょっとして次元層の狭間と繋がってる?」
「ええ、そうよ。後、クライス君。急いでね」
「時間が無くなるからですか?」
召喚儀式というか、次元層の狭間の情報を取得するためには状況をそれに合わせてあつらえなければならない。その条件の一つに月の位置というものがあり、一夜の間に儀式に適した時間はせいぜい十分ほどだ。
「ええ、それもあるのだけど……一番は、その空間ってかなり魔力空間に密接に接しているから……あなたほど魔力が多いと、次元が歪みかねないのよね」
「もっとヤバかった」
「というわけで、急いでね」
「分かりました」
そう言いながら、俺は魔法陣の中心に向かって歩みを速めた。そして、中心まで行くと師匠の家の屋根の上に、巨大な魔石が浮いていた。
「これがこの魔法陣を維持するエネルギー源か……ということはこの真下かな」
そう言いながら、師匠の家に入ると、魔法陣のラインはそのまま壁を貫通して師匠の家の中に入り込んでいた。そして中央部分で線が途切れていた。
「それで、中心に俺の<召喚魔法陣>を展開するわけか……巨大な奴だったら家、ぶち壊れないかな……いや、この魔法陣、多層構造だから、きっと召喚された奴は家の上に出るんだろう。よし、気にしないことにしよう」
仮に中に出現したとしても、師匠の家が何の対策も取られていないとは思えないし、最悪潰れたとしても俺一人なら身の守りようはいくらでも……
「ないな、この環境下で下手に魔術を使ったら、暴発して死にかねん……ああ、もう悪いことばっかり考えるな。やるぞ」
嫌なイメージを頭から消し去り、心を落ち着ける。そして、ゆっくりと手を前に出して、余剰の魔力が出ないよう、細心の注意を払いながら詠唱する。
「…………<召喚>」
自身の普段の魔術でも使わないほどの魔力を、空間を繋ぐという意匠の意味しか持たない正円の<召喚魔法陣>に注ぎこむ……瞬間的に、場に俺の魔力が満ちる……
――――そして、頭の中で、ゆっくりと自分に必要な力を求める――――
「(魔術攻撃力や魔力は一切追加ではいらない。これ以上、あっても魔神戦以外では絶対に過剰火力だしな。今後も一緒に生きていく相棒なら、俺にとって一緒にいて楽な相手であってほしい。詩帆がいるから、正直、治癒関連も必要ないし……うーん、詩帆がいる以上は隣に立っていてくれるよりは、一人の友人的な存在の方が……ああ、補助的な役割全般をこなしてほしいな)」
頭の中で構想が固まっていくにつれて、流れ込む魔力量が爆発的に増えていく、そして同時に召喚魔法陣に流れ込む魔力情報が次第に具体的な意味を持ったものに変化していく。
「(……後は、俺について来れる機動性かな。正直言って魔力量は相当になりそうだし、魔術で防御性能や攻撃手段はどうとでもなるだろうし……よし、こんなもん……)」
最終的な構想が固まった瞬間、爆発的な速度で魔力が流れ込み始めた。俺の魔術の中でも最大級の魔力消費を誇る<絶対領域>でも比べ物にならないほどの魔力だ。その使用速度はわずか一分ほどで俺の体内魔力の三分の一ほどを引き出すほど……
「待って、死ぬ……抑えないと」
死ぬ気で自身から引き出される魔力量を抑制していく、それでも吸収速度が二割程度軽減した程度だ……このままじゃ、後二分ほどで俺の魔力は完全に枯渇する。
「こいつは、俺の魔力を喰いきる気か……主を食い殺すほどの使い魔か……」
膨大な魔力によって召喚魔法陣が組みあがっていく。普通なら、その段階で魔力情報を構成するコードが読めるのなら、出てくる者の正体が分かるはずなのだが、膨大な光と、一気に魔力を吸われたことによる意識混濁でそんな余裕はない。というか、一瞬でも気を抜いたら魔力枯渇で死ぬ。
「ちくしょう……セーラさんの嫌な予感が当たってる」
そう、愚痴ったところで、ようやく魔方陣の構築が終わり、その上に召喚対象が展開される。この時点で俺の魔力は四割を切っていた。
「一体、どんな化け物が……ウッ」
瞬間的に俺から膨大な量の魔力が吸い上げられ、意識が飛びかけた。吸われた魔力は残っている魔力の大半、俺がギリギリ死なないレベルの直前まで。そして、ようやく魔力の吸い上げが止まった。そしてそれと同時に魔法陣が光を失う。
「お、終わったのか……うおっ」
気を抜いた瞬間、召喚対象が現れるあたりが青い炎で燃え上がった。
「な、何が……やばっ、もう意識が……」
そう、俺は死ぬ一歩手前まで魔力を吸われているのだ。当然意識が……
「……雅也」
「クライス君、無事かい」
「魔力は……うん、まだ生存に必要な最低量は残っているわね……」
「ただ、意識を保っているのがやっとという量ですね。とりあえず……<自動魔力回復>」
飛ぶ寸前、師匠達が駆け込んできた。きっと魔法陣が消えたので、転移を使ったのだろう。シルヴィアさんの<自動魔力回復>のおかげで、どうにかそれぐらいは思考できるようになってきた……
「……うう、なんとか、無事ではありますね」
「そのようだね……それで、召喚は成功したのかい?」
「さあ?」
「あれだけの魔力を使って成功していないなんてことはないと思うんだが……」
「どこにも竜がいないわね」
「あの、竜とは限らないんじゃないですか?」
「別に竜だと断定はしていないけれど、あれだけの魔力が注がれたのだから、それなりの強大な魔力を持った生物が生まれているはずよ」
と、言うものの……周囲には竜クラスの巨大生物はおろか、生物の気配すらない。
「どこに行ったのかしら……クライス君、何を想像して召喚をしたの?」
「特にどのような召喚獣を呼び出そうとかは考えてなかったんですが、自分の動きについてこられる機動性と、後は補助系の万能性を持たせようとは思っていましたね。後は友人的な立ち位置の性格付けをしてみました」
「それだけ適当な注文を付けて、よく死ななかったわね」
「やっぱり危険だったんですか?」
「ええ、普通の人間なら確実に魔力枯渇で死んでるわ」
「そうですか……」
通りで、普通に魔術行使を行ったにもかかわらず、死にかけるわけだ。
「そうか……しかし、そうなるとなぜ、いないんだ?」
「考えられる可能性としては、私達が家に飛び込んだのと同時に外に出た可能性ね」
「その可能性は低いだろう。召喚直後の使い魔がそこまで派手に動くとは考えにくい」
「でも、そう考えるしかないと思うのだけど……」
「あるいは失敗したとか?」
「あれだけの魔力が流れ込んで、失敗したとは考えづらいのよね……」
「では、その召喚獣が目に見えない存在なんじゃないでしょうか?」
俺を抱きかかえて、介抱していた詩帆が言った何気ないその一言にセーラさんが食いついた。
「それよ……マーリスさん、シルヴィアちゃん……何か見える?」
「大規模召喚魔術の後ですし……正直、魔力残渣が多すぎて……私にははっきりとは」
「ただ、召喚した直後よりは見えるはずだよ……うん、はっきりとおかしいものがあるね」
「えっ、そんな箇所が……」
「あるわね。シルヴィアちゃん、召喚個所を見てみて」
「えっ……あれは、青い、灰ですか?」
「みたいね……クライス君、何か心当たりは?」
「そういえば……召喚直後に、召喚点が青い炎で燃え上がったんですよね」
「燃え上がった……キャッ」
その灰を検分しようと近づいたセーラさんが悲鳴を上げて後ずさった。なぜならその灰が再び燃え出したからだ。
「灰が、燃えてる……」
「何だか、炎の形がいびつになってませんか……」
「本当ですね……うーん、昔、似たような話をどこかで聞いたような」
「あっ、炎が消えそうです」
やがて燃え上がっていた炎は、鳥の形に収束し、そのまま消えた。代わりにその場所に青い鳥を残して。
「ああ、やっと古い体から解放された」
「……うん、無事みたいだな。で、説明を頼めるか」
「何に関する説明だ?」
「とりあえずお前の存在に関する全ての情報」
「雅也……何で、何の動揺もなく会話してるのかしら?」
「んっ。大体こいつの正体が分かったから」
「なるほど、<不死鳥>ね」
「賢者様、さすがの見識だが惜しいな。俺の種族は<蒼不死鳥>だ」
そう言いながら青い鳥改め<蒼不死鳥>は俺の肩に飛び乗った。
「能力は不死鳥同様の不死性に加えて、涙に含まれる万能解毒の効果、当然機動性なら並みの龍にも負けないし、さらに全属性の魔術行使が可能だ」
「俺の要望通りの痒い所に手が届く万能性だな……いやあ、こいつを作り出してしまう自分の召喚魔術の才にびっくりだわ」
「あの、言いづらいが、別にお前が作り出したわけじゃない。あくまで召喚魔術の行使によって異空間から呼び出されただけだ。俺という存在を作ったのは前の主だな」
「……少し残念だが、俺の要望通りの存在が既にいたことが驚きだな」
「ああ、思い出しました……す、すみません」
<蒼不死鳥>からの聞き取りの途中、突然シルヴィアさんが声を上げた……珍しいな、一体何を思い出したんだろうか?
「別に構いませんけど……一体何を思い出したんですか」
「<蒼不死鳥>を使い魔にしていた召喚術師のことです」
「誰なんだ?」
「グラヴィス侯爵です」
「……生きていれば賢者となっていた、ルーテミア王国宰相か……なんだかますます親近感がわいてくるな。ちなみに、どうなんだ?」
「ああ、俺を作り出してくれた主人だ……そうか、千年経っても知っている人がいるんだな」
「いや、たぶんシルヴィアさんはその当時生きていたと思うぞ」
「えっ……ああ、エルフか」
しかしグラヴィス侯爵について一度調べてみたいな。ひょっとすると俺と同様に転生者かもしれない。まあ、その前に目先のことを片付けようか。
「それにしても、ずいぶんと博識ね?」
「だてに千年も魔力情報のど真ん中にいた訳じゃねえよ」
「なるほど……さてと、それじゃあ、そろそろ契約しておこうか」
「ああ、千年ぶりに決まった主がこれほどの人物なら、何の問題もない……さて、名づけは任せる」
召喚獣を使い魔としてこの世界に実体を持って留めるためには、名をつけることで縛ってやる必要がある。そして、その名前は初めにこいつの姿を見た時点で決めていた。
「それじゃあ、始めるぞ」
「ああ、構わない。後、俺の術名は<久遠の炎>」
「了解……<契約 久遠の炎 蒼不死鳥 ホルス>」
詠唱とともに、蒼不死鳥……ホルスの周りにリング状の魔方陣が複数展開し、俺の魔力が流れ込んだ。そして即座に消失する……
「成功、かな?」
「ああ、成功だ……という訳でよろしく頼む主……名は?」
「クライス・フォン・ヴェルディド・フィールダーだ」
「じゃあ、クライスと呼ぶことにする……構わないか?」
「ああ」
「分かった……しかし、ホルス、か」
「何か不満か?」
「いや、何でもない……きっと……だろうしな」
「どうした?」
「気にするな」
ホルスは何か気になっていそうだったが、早速ホルスの能力をセーラさんが根掘り葉掘り聞き始めたので、あっという間にそのことは記憶の片隅に消え去っていた……




