第百二十五話 召喚儀式
読んでくださる方、いつもありがとうございます。
「それで、師匠……なんでこんな時間に雪山を上らなきゃいけないんですか?」
「もちろん、それが必要だからだよ」
「……<座標転移>じゃ駄目なんですか?」
「ああ。それでいいなら最初から使うよう頼んでいるよ。というか、最低限セーラに頼んでいる」
二日酔いのアルコールもようやく抜けたその日の夕暮れ時、俺は師匠に連れ出され、師匠の家のある雪山を登っていた。途中まではセーラさんが運んでくれたのだが、なぜか途中でセーラさんが変身を解いて、下りることになった。それでも師匠の家までは四百メートル程度はある。
「というか、妊娠中の詩帆にあまり負担をかけたくはないんですが?」
「うう、それを言われると、なあ」
詩帆のお腹はあまり目立ってはいないが、<音波診断>や<生命探索>で、お腹の中に子供がいることははっきりしている……そういえば、父さんと母さんにそのこと言ってないな。
「そういえば、もう二か月でしたね……悪阻とかは大丈夫なんですか?」
「はい、幸いほとんどないので大丈夫です」
「そう……いいわね、自分の子供って」
「セーラさんもこの戦いが終わったら、できますよ」
「ええ、きっと」
「フフ、ありがとう」
「という訳で<座標転移>を使っちゃダメなんですか?」
「はあ……分かった。ただし山頂の周囲百メートル以内には絶対に飛ばないでくれ」
「了解です。じゃあ、いつもの雪竜刈ってた地点に飛びます……<座標転移>」
そうして俺は狙い通りにその狩りの地点の上空に飛び、即座に<空中歩行を使った。無論、転移と同時に襲われるのを防ぐためだ……だが
「あれ、一匹もいない」
「当然だよ。この日の星の動きを見た上で、丁度いいと思って先に周囲の雪竜は殲滅した上で結界を張ったからね」
「ちょうどいい?何がですか……」
「色々とありすぎて忘れたかな?どれ、正面の地面を見たまえ」
「地面……一体……これは……」
俺の前方には山頂の師匠の家を中心とした巨大な魔法陣が広がっていた。いや、魔法陣ではない。これは……
「……<召喚魔法陣>」
「正解よ。召喚術という特殊魔術を発動するために必要な杖の代わりね」
「人単独では成しえない、巨大魔術の行使のために、魔力情報を私達に分かる形でこの世界に記述する。セーラさんが確立した召喚術の基礎ですね」
「説明ありがとうシルヴィアちゃん……それで、だいたい分かったかしら詩帆ちゃん」
「はい。まあ、これが何のためにあるのかぐらいは」
やけに初歩の初歩を解説すると思ったら、どうやら召喚術初心者の詩帆のための解説だったようだ。
「それで……使い魔召喚の魔方陣ってこんなに巨大なんですか?」
「ええ。正確に言うと使い魔契約、しかも相手が幻獣クラスの大物の場合ね」
<召喚魔法陣>自体はそれを展開する専用の術式を組み上げているので特に材料などは必要ない。ただし、それを展開するためには呼び出すものを正確にイメージしなくてはならない。他の魔術でもイメージ力は大切だが、召喚魔術はそれに輪をかけて難解だ。
「ねえ、雅也。使い魔ってどういうこと?」
「うーん、自分専用の召喚獣かな?」
「そういうことじゃなくて、使い魔ってどういう話があったのか聞きたいのよ」
「ああ、そういうことか……まあ、俺の戦力強化かな」
「戦力強化……?」
「うーん、じゃあ詩帆ちゃんが不思議そうにしているし、クライス君のおさらいがたらレクチャーしましょうか」
「お願いします」
そう言うと、セーラさんは俺達の前に立つとシルヴィアさんを手招きして呼び寄せてから話を始めた。
「まず、召喚術とはそもそも何か。クライス君」
「……次元層の狭間にある魔力情報を核とした疑似生命体を作り、それを三次元世界に呼び出し、使役する術です」
「使役というと魔人と魔神の関係性に聞こえるから……」
「自身の相棒として共に戦わせる術の総称です」
「よくできました」
一瞬、セーラさんの声がものすごく怖かった……うん、召喚術に関することに関しては発言を気を付けよう。
「それじゃあ次は召喚術の種類について、シルヴィアちゃん」
「はい……召喚術には三種類あります……詩帆さん、ご存知ですか?」
「一応……確か精霊召喚と召喚獣召喚と使い魔召喚だったかしら」
「ええ、その三つです。では、その違いをお話しますね……<召喚 火妖精>」
シルヴィアさんの詠唱とともに、<召喚魔法陣>が広がり、そこから人型をした火の塊が現れた。
「まず、これが精霊召喚です。エルフの祖先となった精霊とは全くの別物です。エルフのもととなった精霊は幻獣に分類される体の構成素材の大半が魔力ですが、紛れもない生物ですから」
「つまり、これは召喚術の中で便宜上呼ばれている呼び名ということね」
「はい。精霊召喚は各属性の魔力情報を核としたもので、それを媒介に各属性の魔術を放ったり、もちろん行動させることも可能です。とは言っても単純に各属性の魔力にある程度の自立行動力を与えただけなので、ほぼほぼただの属性魔力の塊ですし……」
と、放している間に<火妖精>は魔力の塊となって霧散した。
「……このように、行動できる時間は非常に短いです」
「なるほど……」
「では、次に召喚獣召喚です。クライスさん、<土小人>を召喚してもらってもよろしいですか?」
「ああ、いいよ……セーラさん、魔法陣から離れた方がいいですよね」
「一応、術式が乱れないよう調整はしておくけど、離れてくれた方がいいわね」
「分かりました」
「んっ、術式が乱れるってどういうこと?」
「それは後で使い魔召喚について話すときにお話しします……という訳でクライスさん、改めて」
「……<召喚 建築妖精 土小人>」
先ほどより少し大きめの<召喚魔法陣>が広がり、愛嬌のある髭面の小人たちが出現した。
「詩帆さんも使っているのを見たことがありますよね」
「ええ。確か王城の修復作業の時だったかしら」
「はい。ところで先ほどの<火妖精>の召喚の詠唱と違う点にお気づきですか?」
「ええ……<召喚>と召喚対象の間に言葉が増えたわね」
「そこがポイントなんです。召喚獣は精霊とは違って、その者の名前に意味を持たせ、講堂の方向付けをすることによって、ある程度の思考を持った存在になるんです」
「つまり、魔力の塊に意味を持たせて、概念を強化することで、疑似人格が強化されるということかしら」
「その解釈で完璧です。さすがは詩帆さんです」
「あ、ありがとう……」
詩帆が微妙に照れていた……本当に褒められるのに弱いな。
「そして、多くの召喚術はこの召喚獣召喚に属します。<不可視の妖精>や<守護精霊>などが主な例ですね」
「とても強力無比なのが並んでいるけど……ねえ、話の流れ的に次の使い魔召喚ってこれ以上の強みがあるということよね」
「ええ。他の召喚魔術にはない強みが……」
「ええ、例を挙げると私の<守護大亀>や<七竜>ね」
「何が違うんですか?」
「召喚獣をこの世界に呼び出したままにするの」
「えっ……でも、普段はいませんよね」
「いないわね、この世界には……<召喚 守護大亀>」
その詠唱とともに、俺達の中心に巨大な亀が現れた……そういえば、<守護大亀>本体が召喚されるのを見るのは久々だな。
「なんじゃ、説明のためにわしを呼び出したのか」
「しゃ、喋った」
「初めて見たなら驚くじゃろうな……説明をしてやってくれ」
「分かってるわよ。こんな感じで使い魔はその根幹となる情報を固定するの。概念でもってその召喚獣の特性を固めて、それに適する生命体を充てて、最後に性格付けをして、最後に自分たちの知識を植え付ける」
「そうすることによって、わし等は召喚者の死亡などで消えることはない。その生命を全うすることになる」
「普段はどちらに……」
「わしらという情報を持った魂の形で魔力空間を飛び回って、この世界を覗いておるよ」
「へえ……」
魔力情報を組み合わせて疑似人格を作り、それを固定化するのが使い魔召喚。つまり世界に一匹だけの安房を生み出す術式ということだ。
「というか、わしを呼び出さず、お主自身でよかったのではないか?」
「私じゃ分かりにくいでしょう」
「そうか……それじゃあ、用事が済んだら帰してくれ」
「あら、何か用事の途中だった?」
「召喚獣対抗麻雀の途中なんじゃ」
「どうやってやるんですか……というか大会をできるほど集まるんですか?」
「別に魔力情報のままでなくても、あの空間ではどんな姿も取れる。後、あの空間では他の世界の召喚獣や幻獣もおるし、この世界でもまだエルフたちは召喚術を使えるからな」
「なるほど……」
「さて、納得したみたいだから、帰ってもいいわよ……<送還 守護大亀>」
「それじゃあな、皆さん」
そう言って一瞬にして亀の姿は消えた……しかし、魔力空間ってなんでもありだな。そうか、麻雀が流行ってるのか……
「さて、これで召喚術の種類については分かったかしら」
「はい、一通りは」
「そう。ああ、補足しておくと私の白竜は私自身の魂と融合しちゃってるから特殊な例ではあるんだけど、一応この世界に常に召喚した状態の使い魔といった感じね」
「さらりと謎な話を聞いた気もしますが……詩帆も分かったようですし、そろそろ今日の説明を聞いてもいいですか」
「そんなに難しくはないわよ……とりあえず、魔法陣の中心を見て」
その言葉に魔法陣の中心付近を見る。離している間に既に空はだいぶ暗くなってきているが、魔法陣自体が淡く発光しているのではっきりと見える。
「はい、あそこですね」
「今から、時間になる少し前にあなたには極限まで魔力を抑えて、あの中心に行ってもらうわ」
「極限まで……全く漏らさない方がいいんですか」
「ええ。新たな魔術を作るのと変わらないレベルの精密な術式だから、なるべく安定させたいの」
「分かりました」
新しい魔術を作るときは寸分たがわぬ精度で次元層の狭間の魔力情報を組み合わせなければいけないから、そのたとえは非常に分かりやすい。
「次に、中心に立ったら<召喚>を唱えて、基本の何もない正円の<召喚魔法陣>を展開して」
「正円の何もないやつですね」
「ええ。で、最後にそのまま自分に必要な力を思い浮かべながら、全力で魔力を流し込んで」
「全力ですか……でも」
「大丈夫、あなたが全力で流しても壊れることはないわ。むしろ吸われすぎて死ぬことだけを警戒して」
「そんなレベルですか?」
「白竜レベルを呼び出しても問題ないのだけど、あなたならそれ以上がありそうで……」
「ひどいですね……まあ、いいですけど」
「そう、じゃあ説明は以上よ。頑張って」
そうセーラさんが言った瞬間、空間の空気が変わった気がした。
「師匠」
「うん、時間だ……行ってきなさい」
「では……」
そのまま俺は全身の魔力が完璧に抑制されているのを確認すると、ゆっくりと魔法陣に足を踏み入れた。




