第百二十四話 賢者達の来襲
読んでくださる方、いつもありがとうございます。
今日は明日は学校が代休ということで徹夜して、七章の残りの話を仕上げていこうと思います。書け次第投稿していきますので、明日の朝の通勤通学時にでもまとめてお読みください。
轟音に思わず立ち上がった父は、ふらつきながら声を上げた。
「な、何事だ……」
「父さん、落ち着いてください」
「あ、ああ……」
「クライス、その落ち着きぶりを見ると、どうやら音の正体に予想がついているようだけど……」
「ああ、はい。たぶん、行けば分かりますよ」
「クライス、いくらなんでも危険ではないかしら?相手は領主の館に無断で侵入しているのよ」
「無断、ではないんですよね」
「あなたが許可を出しているということかしら?」
「ああ、そういうことです」
俺の返答に両親や兄さんたちは不思議そうな顔をしていたが、残りの面々は各々納得した顔で、俺の後に続いて裏庭に出た。
「……だいたい正体が分かったわ」
「直接、裏庭に着地するとは思っていなかったのですが……」
「まあ、下手に屋敷の敷地外に降りて、騒ぎになるよりはましなのではないでしょうか」
「それもそうか……」
「ああ、クライスさん。先頭できっちりと障壁を展開していてくださいね」
「ええ……まあ、いくら何でもこの状況下で撃ってくることはない、だろう……<光子障壁>」
俺は裏庭の中心部から飛んできた魔力弾を間一髪、顔に到達する一ミリ手前で<光子障壁>で受け止めた。
「あ、危ねえ……」
「お兄様、口は禍の元ですよ」
「いや、これはどう考えても非常識なあの人が悪いと思う」
「非常識?私だって君の家に来てまで攻撃魔術を撃ち込む気はなかったよ」
「現に撃ってるじゃないですか」
「君がフラグを立てたから、それを回収したまでだよ」
「師匠、それ、正当化できてませんからね」
庭の中心部に立っていたのは、俺の予想通り師匠とセーラさんだった。どうやら自宅での確認を終えて、セーラさんが白竜に変化して、師匠を乗せてきたようだな。
「クライス君、ごめんね」
「いえ、師匠の単独暴走でしょうし、特に被害もありませんでしたから。何よりいつものことです」
「そう……まあ、あなたはそう言うでしょうけど……」
「えっ、どうしました?」
「後ろを見てみなさい……」
「えっ、後ろ……げっ」
俺が振り返ると、そこには衝撃的な光景が広がっていた。
「お母様……気絶してますね」
「無理はないかと……普通の方なら、あの速度と威力の魔術攻撃が飛んで来たら、死を予感しない方はほとんどいらっしゃいませんから」
「レウス兄さんも立ったまま気絶してますね……まあ、剣さえ回収しておけばこのままでいいでしょう」
母はリリアにもたれかかるように気絶しており、リリアとフィーリアさんが支えるようにして寝室に連れて行った。一方立ったまま気絶していたセリア兄さんは手に持っている剣をそっと引き抜かれ、そのまま直立していた。んっ、そういえば……
「あれ、シルバ兄さんは冷静ですね」
「ああ、クライスが確実に防ぐと思っていたからね」
「それは、僕が信頼されている、ということでしょうか」
「それもだけど……魔術を放ったお二人の制御力を信頼しているという点の方が大きいかな」
「えっ……それはどういう?」
「七賢者の方々の肖像画は今でも広く知られているからね。クライスの師匠が本物の賢者のマーリス様だと知っていれば……まさか七賢者の一人がクライスを殺すわけはないと思えるよ」
「なるほど……」
確かに領内の図書館にも普通に歴史書の一角にかなり精巧な師匠達の肖像があった。というか師匠達の開発した<転写>で視界に入るものなら紙に移せるので、割とこの世界にはかなり古くから写真が存在しているから当然なんだが……今、師匠達が歩いていても、まさか生きているとは思われないから誰も気づかないのだろう。
「これはマーリス様、お久しぶりです」
「様付けは止めてください、フィールダー子爵」
「いえいえ、クライスはあなたのおかげであれだけの魔術師になったようなものですから、本来なら謝礼をすべきところです」
「もともとの才能も非常に大きいとは思うんですが……まあ、ありがたくその言葉はお受けしておきます」
「それで、その隣の女性は奥様ですか?」
「はい。紹介しておきます……」
「妻のセーラ・ヒーリア・フェルナーです」
「セーラ……ひょっとして七賢者第二位のセーラ様ですか」
「はい、そうです」
そして一度、師匠と会話している父は、割とあっさりと状況を受け入れていた。
「いやあ、世界最高の召喚術師にお会いできるとは……」
「そんな、そこまでのものではありませんよ」
「そうですかねえ……」
……そして母がいないのをいいことに、セーラさんと楽しそうに話していた……もちろん後で母に報告しておくけど。などと考えていると、後ろから小さく声が聞こえた。
「何があったのかと思えば……なんだ、マーリスさん達が来ただけか」
「詩帆、来てたのか」
「ええ、今ね。部屋に一人でいたら、裏庭から轟音が聞こえたから……」
「そうか」
たぶん出てきにくくなっていたタイミングで、丁度良かったんだろうな。たぶん、さっきの白々しい言い方的に、師匠達が来たのだということは予想がついていたのだろうし。
「それで、宴会は?」
「師匠が俺に向かって魔術を放った時に、驚きのあまりに母さんが気絶してね。それで、ここにいない面々は介抱にいったよ。まあ、直に戻って来るんじゃないか」
「そう……」
「で、服を着替えてきたのはなんでだ?」
「えっ……あっ、ち、違うの。これは、その、さっきまで部屋に一人だったから、もう、着替えて、寝ちゃおうかと、思って……着替えてくる」
詩帆の格好は、先ほどの白い清楚なワンピース姿ではなく、上はダボダボの黒いパーカーで、下はこれまたダボダボの黒い……多分ジャージの完全に部屋籠りスタイルだった……たぶん、部屋から出てくるチャンスを伺うのに必死で、服装のことは一切考えていなかったんだろうな。後は……
「たぶん、色々あって、その……汚しちゃったんだろうな……まあ、もちろん言わないけども」
「何を言わないんだい?」
ぼそっと呟いた独り言を耳にした師匠が後ろから話しかけてきた……が、その程度で驚くこともない俺は普通に返答を返した。
「詩帆との秘密です」
「それなら多少は驚きそうなものだがね」
「師匠にいつも驚いてたら、心臓がもちません」
「そうか……ところで、子爵に今、宴会の真っ最中だと聞いたんだが、お酒は残ってるかな?」
「まだ何本かなら。後、お酒なら僕の<亜空間倉庫>にもいくつか」
「購入したものだけにしてくれよ……君の自作した酒は、もう飲みたくないんだ」
「そう言うならそうしますけど……あの頃よりは、上達してますよ」
「それでも嫌なんだよ……一度、死にかけたからね」
「あれは師匠が味見したのが悪いんでしょう」
師匠の家にいたころ、お茶の作成の並行して、お酒の作成も行っていた。この世界にもワインやウイスキーといった洋酒の類は存在していたのだが、米の生産量は少ないせいで日本酒は見られなかった。そこで米を材料に最初は火魔術や水魔術で正規の手順を踏んで完成させようとしていたのだが、面倒くさくなって<錬金>と<原子操作>で強引に変化させた結果アルコールの塊みたいな液体が出来上がったのだった。
「いくら何でも、お酒の作成中だと聞いて味見したのが劇薬だとは思わないだろう」
「お酒のアルコールは直接純度の高いものを飲んだらもともと毒です。後、僕、一応忠告しましたよね。分子構造をいじったり、酒らしきものに変化させたような状態だから危険ですと」
「そうだったかな」
「そうでした……というか、危険だから先に成分鑑定して、それを分かった上で師匠は飲んだんですからね」
「そういえば……」
一口ぐらいなら、と言って、飲んだ師匠は急性アルコール中毒ですぐにぶっ倒れた。俺が即座に<毒素分解>でアルコールを抜いたから助かったようなものだ。
「まあ、それは忘れましょう。とりあえず僕が作った酒は出しませんから」
「そうか……それじゃあ移動しようか」
「ええ、こっちが食堂です」
そのまま食堂に移動した俺と師匠はそのまま魔術談義をしながら、晩酌を続けた。
その後、ローブ姿に着替えた詩帆が戻って来て……
それとほぼ同時にセーラさんと父さんが来て……その後……
………
…………
―――――――――
「ううっ、あれ、寝てたか……ここは……」
二日酔いの頭をさすりながら目を覚ますと、窓からは朝日が差し込んでいた。
「……食堂、か……良かった、幸い、酔っても理性は飛んでないみたいだな」
正直言って、下手をすると詩帆を部屋に連れ込んでいたんじゃないかと不安だったが、それは大丈夫そうだ……衣服の乱れはない、な。
「……で、詩帆は俺にもたれかかって寝ちゃっていると……」
周りを見渡すと、まず詩帆が俺の肩にもたれて眠っていた。起こさないようにそっと首を巡らせると、床に倒れた状態で父さんとセリア兄さんがいびきをかいて眠っていた。うん、似た者親子だな。
それから母さんは師匠の謝罪の後、すぐに引き上げていたのでいなかったが、リリアはそのまま残っていたようで、シルヴィアさんと並んで椅子に座って眠っていた。どうやら使用人が気を利かせたようで、リリアを含めて全員に毛布が掛けられていた。
「後は……シルバ兄さんは師匠と最後まで話していたけど……いないところをみると、どうやら自分の部屋に引き上げたみたいだな」
「んっ……あれ、私……」
静かにしていたつもりだが、さすがに真横で呟いたら気づいたようで、詩帆がゆっくりと目を開き俺と目が合った。
「おはよう、詩帆」
「雅也……なるほど、あのまま食堂で寝ちゃったのか」
「そうみたいだな」
「あっ、ごめん。肩、重いよね」
「気にするな。全然重くないから」
「そう、じゃあもう少しだけこうしとく……」
そのまま何を言うでもなく、俺と詩帆はみんなが起きるまで、何となくそうしていた。
「ああ、頭が痛い……」
「あなた、飲みすぎです。反省してください」
「すみません……そういえば、セリアは?」
「何でも、気分が悪いとかで起きてからずっとトイレに籠っています」
「はあ、あの子にも酒は程々にさせないと……」
全員が目覚めてから一時間後。一通り片づけられた食堂で、俺達は朝食を取っていた。
「いやあ、私たちまでご一緒させてもらってすまないね」
「いいですよ。というか、むしろ賢者様をもてなせて光栄です」
「そうですか……クライス君、後でお父様にそれとなく精神魔術をかけて、このかしこまった態度をどうにかできないかい?」
「できますけど……面倒くさいですし、ちょっとした認識をいじるとかならまだしも、そういう長期記憶にも根差した部分をいじるのは怖いので」
「だろうね……」
「んっ、クライス。どうかしたか?」
「いえ、何でも……」
父は訝し気な視線を送りながら、ふと何かに気づいたかのように俺に声をかけた。
「そういえば……王都土産は?」
「ああ、ないです。正直、いつでも帰れるので、今度で」
「そうか……」
などと残念そうな父とは裏腹に母は少し音量を上げて尋ねてきた。
「じゃあ、物以外のお土産は……たとえば、人脈とか?」
「えっ……」
「伯爵で、魔術省大臣でしょう……今まで中央に薄かった人脈を厚くするチャンスなのよね」
「は、はあ……」
「なんだかお母様が怖いです」
母からの視線は獲物を狙う肉食獣のようだった……いやあ、優しいお母さんなだけだと思っていたけど……やっぱり、こんな側面があったのか。
「そうです、ね……例えば、ユーフィリアの親友のソフィア嬢は商務大臣のフローズ子爵の娘さんですね」
「それは知ってるのよ……問題は、表向きは公開されていない、友人関係であるあなたと陛下周りの人脈よ」
「それが狙いですか……」
「やっぱり駄目かしら?」
「いえ、口止めはされていませんから。陛下の護衛だった二人は今、宰相と騎士団長ですし、宰相の奥さんは僕たちの担任なので、関わり合いはかなり深いですね」
「宰相との直接の繫がり……すごいわね。それで、肝心の陛下との関係は?」
「友人兼相談役ですね……まあ、相談役とは言ってもため口で酒飲むだけなんですが」
「……はい?」
今まで、俺のかなりの人脈に一つも驚かなかった母が驚愕の声を上げた。
「本当、に?」
「はい」
「本当に陛下とため口の関係なの?」
「そうですよ。もちろん私的な場ですが」
「そう……息子が遠くに行ってしまったわね」
「あれ、残念そうですね」
「ええ……さすがにそんな信頼関係で構築されているものを利益的な人脈として扱う訳にはいかないわ……」
やっぱり母は優しい。利益優先ではないみたいでよかった。
「というわけで、話は終わりよ」
その一言で、母の眼はいつも通りの優しい目に戻った……はあ、俺の周りの女性はやっぱり強いなあ。
そう、強く思った二日酔いの朝だった。
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