第百二十一話 当然知らないわけがない
読んでくださる方、いつもありがとうざいます。
投稿時間がどんどん遅くなっていましてすみません。
沿道に集まった住人たちに俺が手を振るだけの簡易的な凱旋パレードは二十分ほどで終わり、俺は子爵邸の私室で詩帆と話していた。
「雅也……後で覚えておきなさい」
「悪かったって……ただ、特に何も無かったろう」
「確かに、そうね……でも、あの状況で一人残されたことは恨むわよ」
「はいはい。後、こっからは詩帆じゃなくユーフィリアらしく行動してくれ……俺も、何とかクライスに戻るから」
「最近、もう性格を演じるのも忘れかけていたものね……」
雅也と詩帆と言う存在が周りの人間に周知されていった結果、俺は子供を演じるのをきっぱりやめてしまった……ただ、さすがに親の前で様変わりするのも何だから、最低限の演技はしなきゃな……半年でこんなに変わってしまったらさすがに不気味がられるだろうし。
「まあ、気楽にやろうか……というか前世でも二人きりの時以外は基本的に別人みたいにできる人だったじゃないか、詩帆は」
「それを言うならあなたもでしょう。というかあなたが病院で同僚と話してる時、笑いをこらえるのに必死だったんだからね」
「それはこっちのセリフだ。病院で詩帆がどんな風に見えるか……一度録画してみせてあげたいぐらいだったよ」
「絶対にやめてよね」
「分かってるよ……少しは落ち着いたか?」
「もう落ち着いてるわよ」
「そうじゃなくて、俺と再会してからのあれやこれや」
「ああ……確かに、それも含めて久々に二人っきりの空間で落ち着いた気はするわ」
詩帆と再会してから、俺は既に二度も死線をさまよっている。しかも詩帆自身も殺されかけたのだ……十五年かけて再会した恋人との感動が冷めないままに、あんなことが起きれば誰だって不安になるだろう……それが詩帆の言動の節々に現れていた。
俺以外には弱みを見せない詩帆が、あれだけポンコツ……駄目になるのは初めて見た。いい変化かもしれないが、彼女が情緒不安定に陥っていたことは明白だ。
「色々心配かけてごめん……ただ、ちゃんと必ず戻っては来るから」
「その前に、あんな心配はさせないで。死の危険を冒した実験は……あの一回きりでこりごりだから」
「分かった……だから、やっと取り戻した二人の時間、大切にしていこう」
「うん」
「……まあ、ひとまず魔神は殺さなきゃいけないけどな」
「なんでそこで余計に心配を煽るような発言をするのかしら?」
「嫌なことは早めに終わらせておこうと思って」
「本当に合理的で、あなたらしいわね……まあ、確かに納得できるわね」
「納得した?」
「一応はね。ただ、約束は守ってよ」
「了解。善処する」
「だから不安を煽らない……言っても無駄ね」
「おい」
そんな風に少し笑いながら、詩帆を小突いた。そんなほのぼのとしたやり取りをしていると、ふと詩帆が何かに気づいたかのように動きを止めた。
「んっ?どうした?」
「そういえば、他のみんなはどうしたのかしら?」
「ああ、そういえば言ってなかったな」
正確に言うと少し拗ねてて、話しかけづらい雰囲気を出していたのであえて話さなかったのだが……まあ、それはもちろんいう必要はないだろう。
「アレクス達はそれぞれの実家に顔を出してるよ。俺が子爵領に滞在している間はそのまま実家に泊まるって」
「そう……マーリスさん達は?」
「泊って行きませんかと誘ったんだけど、用事があるって言っていたから師匠の家まで送ってきた」
「あれ、確かあなたのご両親に挨拶をするとか言ってなかったかしら?」
「当人たちが、いないから後日でいいってさ」
ラムスさんによると、両親は今日は領内の視察をしていたらしい。そこまで遠い場所ではないらしいが、今日中にこちらに帰ってこれるかどうかは微妙な距離らしい。
「そう……ということはこの家に残ったのは私達とリリアちゃんだけ?」
「いや、師匠達が連れて行かなかったシルヴィア王女もリリアの部屋に泊まるらしいぞ」
「……私は?」
「俺と一緒の部屋でいいのなら、それでもいいけど……」
「婚約者の家に挨拶に行って、相手の部屋で一緒に寝るなんていう非常識な真似できるわけないでしょう。出来れば客間か何かを用意して」
「了解。まあ、そう言うと思って既に頼んでおいたんだけどね」
「もう、いじわる……」
と、詩帆が俺にもたれかかってきた時、階下から何か騒がしい音が聞こえた。
「な、何かしら?」
「さあ?ただ、予想はついたかな」
「何が起こったと思っているの?」
「たぶん、全速力で帰って来て、馬車が館に衝突したんじゃないかな」
「大事故じゃない」
「大丈夫だとは思うよ。全速力とは言っても街の中を走る都合上、そこまでの速度は出ていなかったと思うし、まあ後で馬と馬車と館は魔術で見ておこうかな」
「ものすごく冷静ね……って、ちょっと待って、帰ってきたって誰が?」
「そんなのは当然……」
「……クライス、よく帰った」
「あなた、いくらなんでも焦りすぎです」
轟音とともにドアが開いて、そこから父が顔を出した。勢いよく部屋に入ろうとした父を母が止めて、ようやく場に静寂が戻った。
「あらためて、クライス。お帰りなさい」
「はい、ありがとうございます、母さん」
「クライス、子爵に叡爵されたそうだな……これで私と同格か……」
「お父様、それに関しては後で詳しい話がございます」
「分かっている相続放棄等の手続きであろう。別にクライスのことを信用しているからな、焦る気はないぞ。それよりもそれを得る過程での話をゆっくり聞かせてくれ」
「は、はい……では後程」
レオンの情報抑制が嫌な方向に作用しているな。この状況から伯爵位を授かって、王宮筆頭魔術師になりましたなんて……ものすごく言いづらいな。
「まあ、積もる話もあるだろう。場所を移そう」
「はい」
「……ところでクライス?」
「はい、なんですか母さん」
父の言葉に従って立ち上がりかけた俺の動作を母が止めた。そして視線を俺の隣の詩帆に移して言った。
「その子があなたの婚約者のユーフィリア嬢ということかしら……まあ、それだけ仲睦まじく座っていたら聞かなくても分かるけれども」
「はいっ」
母からの爆弾発言に詩帆は裏返った声とともに俺から飛びのいた。
「ああ、離れなくてもいいわよ。怒ってはいないし、むしろあなたがクライスに嫁いでくれれば嬉しい限りだわ」
「ちょっ、ちょっと待って下さい母さん」
「どうしたの?」
「その話を一体どこから聞いたんですか?」
「えっ、それはもちろん王国の広報だけれども……それがどうかしたのかしら?」
「いえ、何でも……」
どうやら俺達は完璧にレオンに嵌められたようだ。巧妙に渡す情報と渡さない情報をコントロールして遊んでやがる……そのスキル、確かに国王には必要だろうけど、別のことで使えよ。
「はあ……あの野郎」
「クライス、何か言った?」
「いえ、少し思い出したことがあっただけですから。ではユーフィリア嬢、行きましょうか」
「は、はい」
胸の奥にレオンに対する怒りを抑え込みつつ、俺は詩帆の手を取って父の後を追った。
「それで、王都に行ってからどんなことがあったんだい」
「……正直、ものすごく長くなるのですが……」
「構わないよ。クライスに時間があるのなら。何よりこの短期間で子爵位を賜ったんだ。それなりの派手な出来事に関わっただろうことは予想がつくからね」
「そうですか……では、順を追って説明します。後で補足説明はします」
「ああ、構わないよ」
「フフフ、ユーフィリアさんとの出会いも楽しみね」
「は、はい……では、まあ道中にもいろいろとあったんですが、それは後でリリアも一緒の時として、王都に入ったとからとしましょうか」
食堂に移動した俺は、全員の前に紅茶が注がれるのを待って話始めた……正直、心が重いが、後にすればするほど辛いしな。
「最初に王都屋敷に着いた後、各々別れて王都観光に出かけたんです。僕はリリアと、アレクスはマリーと。リサは家を出ませんでしたが、王都屋敷でのんびりできたんじゃないでしょうか」
「まあ、いいわね……ひょっとして、そこで何かあったのかしら」
「ええ……リリアと店を回って、服にローブに別荘にと買わされましてね……」
「買わされた、ということは……何かしたのかい?」
「まあ旅の途中に色々とありまして……」
「何、何があったのかしら?」
「ユ、ユーフィリア……別に大した話じゃないから……今度話します」
実際は婚約者と親に話すのは難易度の高い話だが……まあ、いずれは言っておいた方がいいだろうし、リリアと相談して話そう。
「そう……まあ、いいわ」
「ユーフィリアさん、大丈夫よ。この子は浮気なんて危険な橋は渡らないわよ。自分の立場が危うくなるような真似はしないだろうから……」
「い、いえ別に、疑っているわけでは……ただ……」
「嫉妬かな」
「っつ、ま……クライスさん、違いますからね……」
「フフフ、可愛らしいこと」
「うっ……」
「よくあることなので話を続けますね」
「よく、はないわよ」
詩帆の抗議をサラッと聞き流し、俺は話を続けた。
「そして、その買い物の途中にユーフィリア嬢に会ったんですよ」
「まあ、初日に。運命みたいね……で、どんな出会いだったのユーフィリアさん」
「……私が、王都を襲っていた魔人を無謀にも一人で食い止めていた時です」
「ま、魔人を……そういえば、ユーフィリア嬢は優秀な魔術師だったね」
「はい……ですが、クライスさんには負けますが……」
「それでも世界屈指の天才魔術師だということは変わらないだろう」
「一言余計です」
「ユーフィリアさん、意外と恥ずかしがり屋なのね」
「そ、そうですか?」
詩帆は自分が過大評価されるのが嫌なだけだとは思うのだが、結果的に両親には好印象の様なので、何も突っ込まないでおこう。
「それで、そこに僕が割り込んで加勢したんです。最初は手助け無用とか言われたんですけどね……放っておけなくって」
「ううっ、それは言わなくても……」
「ごめん、ごめん……それで、魔人の攻撃で負傷したユーフィリア嬢を庇いながら、魔人を殲滅しました」
「さすがだな……負傷者を庇いながら、魔人を討伐するとは」
「まあ、僕も必死でしたから」
「で、そこから二人の恋路が始まったのかしら?」
「いえ、その日は彼女を治療して別れましたよ」
その日の病室での記憶は、個人的にはあの事件の日の一番の幸せな記憶なのだが……まあ、もちろんそれを言うわけはない。と、過去に思いをはせていると、俺の言葉の続きを詩帆が引き継いだ。
「……再会したのは王立魔術学院の入学式でした。私は一応、生徒会長をやらせていただいていまして本来なら首席だったはずなのですが……クライスさんにあっさりと主席の座を奪われまして、嫌味を込めて挨拶をしたのですが……それすら許容してしかも学園全体を驚愕させるような派手な魔術演武は素晴らしかったです……」
そんな風に幸せそうに語る詩帆に学園での話は全て任せた……傍から聞けば相手がものすごく美化されて見えているような派手な出来事の全てが事実であると正確に両親に伝わっているな。俺っていったいどこまで化け物だと思われているんだろうか……
「……そして、魔術競技祭の舞踏会の後、二人きりのバルコニーで、クライスさんが私に思いを告げて下さったんです……嬉しくて、天にも舞いそうな気持ちでした……」
「とても聞きごたえのある恋物語ね……ねえ、クライスは何て言って告白したの?」
「ええっと、それは……」
気が付くと、俺と父は置き去りにされ、詩帆と母の間で恋バナが始まっていた……あれを見る限り、母が詩帆との婚約を認めないなんてことはないだろうし、母が承諾すれば父も首を縦に振るだろうから婚約に関しては問題ないだろう……うちは、母の方が権力が大きからなあ。
さて、そちらが片付いたのなら、後は俺の方の現在の役職について先に父に話しておこう。
「父さん、向こうは向こうで話が盛り上がっているようだから……邪魔しても悪いし、僕自身の現在の状況を話しておこうと思うんだ」
「ああ、構わない」
「じゃあ、まず子爵位を得れたのは魔王戦争の後、魔王討伐の実績と功績で」
「それは当然だろうな……私も父親として誉れ高いよ」
「ええ……それで、その時、陛下を始め多数の閣僚陣が戦死されまして……」
「ああ、聞いている。王都では相当の混乱が起きたようだな……何せ、まだこちらに閣僚名簿が発表されていないのだから」
たぶん、意図的にレオンがフィールダー子爵領への発送を遅らせたのだろう。おそらく一両日中には届くはずだ……
「それで……空席になってしまった王宮筆頭魔術師にひとまず代理として任命されました」
「そうか。まあ、その功績なら当然……はあ、ちょっと待て」
「待ちますよ」
「……十五歳で、王宮筆頭魔術師に、任命……本当か?」
「はい」
「……えーーーーーーーーーーーー」
食堂に父の叫び声がこだました。さて、この後魔術省大臣任命とか伯爵位に昇爵とか、まだまだ爆弾はいくつかあるのだが……なんだか、本当に不安になってきたな。




