第百二十話 言い出せないこと
読んでくださる方、いつもありがとうございます。
何とか今日中に出せました。
馬車は小高い丘をいくつか越え、遠目に子爵領街が見える平原を走っていた。その真っただ中で俺とリリアは余計に具体的になった詩帆の相談というか愚痴を聞き続けていた。
「ねえ、やっぱりキャラは作っていった方がいいわよね」
「作る……まあ、素の詩帆の性格は少しややこしいから、最初に俺と会ったときみたいに清楚なお嬢様を演じたら?」
「でも、後でばれたら……嫌な女だと思われないかしら?」
「その辺りはあのときは緊張していて固くなってしまったとでも言えば、たぶんお父様もお母さまもその辺りの話には寛容ですから、気にはしないかと」
「二人とも……似てるわね」
「どこがだ?」
「どこがですか?」
「いや、こういう話を理論的に冷静に返答できるところが……本当に兄妹よね」
そう、寂しそうに言う詩帆を見ながらリリアが俺に面倒そうな視線を向けてきたので、俺はため息を押し殺しながら言うことをまとめた。
「それを言うならお前もだろ。むしろ俺にない常識的な見解は俺の発言を綺麗に補ってるよ。そういう意味での相性ならリリアより詩帆の方がいいんだと思うよ。後、私的な場では気を使わないあたりが俺の発言の内容にリリアより詩帆の方が近い一番のポイントかな」
「なんだかものすごく必死さを感じるのだけど……」
「ああ。面倒だったからとりあえずお世辞を言ってみた」
「お兄様、最悪ですね……」
「雅也、最低……」
「話は最後まで聞け。だからそういう面倒くさいところまで含めて詩帆のことが好きなんだよ。そうじゃなければ、今世でも結婚しようなんて言わないよ」
「……うわあ」
「そ、そう……ならいい、か」
俺の歯の浮くようなセリフにリリアが若干引き攣った声を上げたが、詩帆が満足そうなのでいいだろう。俺もここまで葉の浮くセリフは言いたくはないが、詩帆を安心させる方が先決だからな。
「さてと、落ち着いたか?」
「元から私は落ち着いています。たかが雅也の両親に挨拶に行くだけじゃない。もう国王陛下にも報告をしたような話を。何を慌てることがあるのかしら」
「よし、落ち着いたな」
「さっきの発言はどうかと思いましたけど……お兄様が本当によく詩帆さんのことを理解していることが分かりました」
「分かってくれたか?まあ、普段はすごいけど、中身はこんな感じの可愛い女の子だから」
「はい、いいお義姉さまになっていただけると思います」
「というわけで、詩帆。こっちの世界でも可愛い妹をよろしく」
「ええ……こっちの世界でもシスコンであることは変わらないみたいね」
そんな詩帆の皮肉たっぷりな発言にリリアが首を傾げた。
「詩帆義姉さま、シスコンってどういう意味なんですか?」
「シスターコンプレックスの略よ。要は妹を大事に扱いすぎて、傍から見ると……少し痛々しいお兄さんのことかしら」
「ああ、何となくわかります……確かに、恋愛対象としては詩帆さんがいるからと瞬殺でしたけど……確かに妹としては過保護だったと思います」
「そうよね……」
「で、さっきの話からするに前世の妹さんにもあんな感じだったんですか?」
「ええ、そうよ」
「その話、詳しく……」
二人の話が嫌な方向性に進みだしてきた……前世での妹への対応……大丈夫、俺は優しい兄だったはずだし、きっと問題はない。いや、でも嫌な予感が……
「詩帆、少しま……」
「クライス様、少しよろしいでしょうか?」
「はい、少し待って……」
「雅也、行って来たら。たぶんあなたしか駄目な要件だろうから」
「そ、それはそうだろうけども……」
「お兄様、行ってきてください」
「……分かったよ」
俺は二人の眼圧に負けて、しぶしぶ御者席に上がった……すると馬車はすでに領主街の城壁の北門のすぐ手前まで来ていた。
「クライス様、お呼び立てしてすみません」
「いえ、いいですけど……何かありましたか?」
「クライス様、用事があったのは私です」
「あっ、ラムスさん、お久しぶりです」
「ええ、クライス様。凱旋を心から嬉しく思っていますよ」
妙に聞き覚えのある声に、横を向くとそこには見知った人物が立っていた。領主街の警備隊で長年門番を務める人物ラムスさんだ。赤竜との戦いでは共闘もしたので、領軍の中では最も関わり合いが深い人物ではなかろうか。
「それで、ラムスさんがここにいらっしゃるのは分かるんですが……なぜ、僕が呼び出されたんですか?」
「ああ、クライス様にやっていただきたいことがあったんですよ。それを頼むために出てきていただいたんです」
「はあ……それで、頼みたいことと言うのは?」
「実は、凱旋パレードをやっていただきたいのです」
「パレード……なんでそんなに大げさなことを。ただ、領主の三男が帰省しただけですよ」
「あの、クライス様。さすがに魔王戦争や王都クーデター事件の顛末は私達の領にも届いていますからね」
「分かっていますけど……何でその話がパレードに繋がるんですか?」
ルーテミア王国では、大規模な事変や王国の重要通達・定期報告などは特殊に訓練された伝書鳩が行っている。まあ鳩っぽい鳥なので俺がそう呼んでいるだけで、実際の品種名は違った気がするがまあいいや。とにかく長距離飛行を行える鳥に訓練と精神魔術を用いて行っているわけだ。
そしてこの鳥なら千キロを三日ほどで往復できるのでクーデターの話程度は伝わっていてもおかしくないだろう。
「簡単な話ですよ。それだけの功績を得て、子爵に叡爵された息子が帰ってきたのです。それぐらいのことをしなくては子爵様の対面的にまずいですから」
「そうですか……」
「微妙なお顔ですが……やはりご不満でしたか?」
「いえ、そう言うわけでは……」
俺はこの時おそらく引き攣った笑みを浮かべていたのだと思う。だがその愚痴は言わないことにして、俺は冷静に話を続けた。
「では、受けてくださいますか」
「はい……父の頼みですからね。それで、どうすればいいんですか?」
「私達が先導しますので、馬車の窓から外に向かって手を振っていただければ」
「この門から子爵邸までですか……分かりました」
子爵邸まではせいぜい三百メートルもない。馬車がゆっくり進んでも二十分程度の物だろう……王都でのパレードに比べたら規模も観客数もはるかにましだ……最もあれは割と早々に中断されたので、正直言って走った距離は今日の予定量とそうは変わらないだろう。
「では、すぐに街に周知します。また警備態勢を敷きますのでしばらくお待ちください」
「はい、わかりました……はあ」
「クライス様。今、ラムスさんはあなたのことを子爵、と呼ばれていましたが……一体どういうことでしょうか」
ラムスさんがいなくなってからため息をついた俺に、今まで黙っていたフィーリアさんがこう尋ねてきた……そう、それが今回の一番の悩みだ。
「……きっとレオン陛下のいたずらですね」
「意図的に子爵領に送る情報を絞ったということですか……なぜ?」
「おそらく俺が伯爵になったとか魔術省大臣になったとかいう話を言わざるを得なくさせたいだけかと思います。後……たぶんユーフィリアとのことも巧妙に隠されているかと」
「それは……なんとなくいたずらと言う意図があるのなら分かる気がします」
「ありがとうございます……」
俺と詩帆の婚約発表がなされたのは魔王戦争の二週間後だ。それから一月も経っていないので、レオンが伝書鳩で送る情報を絞ったのなら、おそらく領の誰もそのことは知らないだろう……
「それなので、パニックを起こしそうな詩帆に先に伝えておきます」
「はい、分かりました。それではラムスさんが来られたらお伝えします」
「分かりました……」
そう言って馬車の室内に戻ると、俺は悩んでいても仕方ないということでさっさと詩帆に声をかけた。
「詩帆、すまん……レオンにやられた」
「……意図的に情報を絞って、私達に対する嫌がらせと言うところかしら?」
「ご名答」
「まあ、あの人ならやりかねないとは思うから……で、伝わっていなさそうな話は?」
「俺の現在の正式な役職や貴族位階と……後は、俺と詩帆が婚約したということ」
「えっ……まあ、いいか」
「あれ、意外な反応ですね?」
「リリアちゃん、さすがにもう決心はついているから。それに……少しドキドキするぐらいじゃないと……こういうことは一生に何度も体験できることじゃないし」
「あれ、前世では違ったんですか?」
「色々とあったのよ、色々と……その詳細は今度ね」
そう言えば前世では家族ぐるみの付き合いをしていたので、俺と詩帆の話や様子は互いに筒抜けだった。詩帆の育ての母である水輝君のお母さんと俺の母さんはものすごく仲が良かったからな……だから、ほとんど事後承諾みたいな感じで、緊張感など欠片もなかったな……
「まあ、あれはあれで俺としてはいい婚約のお知らせだったんだけど……」
「雅也、何か言ったかしら?」
「いや、何も……」
「そう」
「クライス様、ラムスさんが来られました。準備ができたそうです」
「分かりました。今行きます」
そう言って御者席の外に出ようとして、俺はふと詩帆に一つ声をかけておこうと思った。
「そういえば、詩帆……」
「今度は何?」
「いや……今世でも一緒に幸せになろうな」
「それ、結婚式の時とかに言ってよ」
「いや……その時は、別に言おうと思っていることがあるから」
「分かった……楽しみにしてる」
「で、返事は?」
「そうね……雅也」
「へっ……」
詩帆は立ち上がると、俺の頬にそっとキスをした。俺はその行動に思わず間抜けな声を出してしまった。
「い、いきなりなんだよ……」
「たまには私から不意打ちしてみたかったのよ」
「そ、そうかよ……」
「お兄様が動揺するなんて珍しいですね」
「そ、そうか……いや、確かに」
「認めるんですね。それで……後ろの方々が皆さん見てますけど、いいんですか」
「「あっ」」
俺と詩帆が後ろを振り向くと、師匠たちは微笑ましい目で、アレクス達は野次馬的な目線でこっちを見ていた。素早く判断を下した俺は即座に御者席に出ようとしたが、その裾を詩帆が掴んだ。
「あの、放してくれませんか……ほら、俺、外に行かないといけないし……」
「わ、私一人だけここに置いて行く気?」
「俺は嫌だからな……後でちゃんとお返しするから、今は逃げさせて……<転移>」
「あっ、逃げるのは卑怯よ……」
詩帆の憎悪の声を聞き流しつつ、俺は馬車の外側に<座標固定結界>を展開すると、御者席の扉を土魔術で封じた。
「クライス様、準備はよろしいですか?」
「ああ、はい……大丈夫です」
「では出発します」
後から感じる詩帆の恐ろしい気配に怯えつつ、俺は引き攣った笑顔で手を振り始めるのだった……




