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異世界でも貴女と研究だけを愛する  作者: 香宮 浩幸
第七章 使い魔と新たなる王国編
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第百十七話 隠し事が無くなって

読んでくださる方、ありがとうございます。


珍しく二日連続投稿です。


「ここは……」

「俺の前世の職場だ」


俺が最初に映し出したのは、俺の研究室だった。時刻は昼を少し過ぎたくらいで、寝過ごした学生達もそろそろ集まって、実験データの整理を行っている。


「……で、どれがクライスなんだ」

「たぶん、奥の机に座っている眼鏡をかけた人じゃないでしょうか」

「眼鏡って言われても数が多すぎて……ああ、あれか」

「雰囲気で何となくわかりますね」

「……なんで雰囲気で分かるんだよ……」


リリアとレオンの指摘の通り、俺達がいる場所から部屋の奥に進んだ窓際の椅子が俺の定位置だった。そこにパソコンと研究ノートを置いて、トイレと食事以外は立ち歩かないなんていう日も珍しくはなかった。


「しかし、どこの世界でも研究者と言うのはこういう人種なんですね……」

「どういう意味ですか、ハリーさん?」

「いえ、王宮魔術師団にも多数いるんですよ。研究資料と参考文献を自分の机に積み上げて、数日研究室に籠る人間が……」

「寝食を削ってと言った感じでしょうか?」

「そういう感じですね。食欲も排泄欲も気が付いたら吹き飛んでいるそうで……」

「……雅也、心当たりがありそうだけど?」

「大ありですね……」


日付が変わるまでの研究は当たり前で、研究室での寝泊まり、徹夜、二徹程度は日常茶飯事……あの頃の俺の体調は絶望的に悪かったと自覚している。


「それで……クライスは寝食を削ってまで、何を研究していたんだ?」

「次元層の狭間にある量子データの存在証明とその解析」

「意味が分からん」

「……簡単に言うと、俺達が魔術を行使するときにその魔術の核として用いている魔力情報の研究だよ」

「ちょっと待ってください。さっきは魔術のことはこの世界に来るまで知らなかったと言っていませんでしたか。そんな魔術行使の根幹にかかわる話を何で知っているんですか」

「魔力情報が魔力情報だとは知らなかったんですよ……」


そう言いながら今度はとある廃鉱山の中にある研究施設内を映す。


「今度は……なんだ、この巨大な金属の塊は?」

「次元層間量子データアクセス解析装置の主機だ」

「つまり魔力情報を読み出して、解析する装置ということだね」

「ええ、その認識で結構です……ただ、この時の俺は魔力情報はエネルギを持ったただの情報データだと思っていました。そのエネルギーが魔力だと知ったのはこの世界に来てからのことです」


あの頃、それを知らなくて本当に良かったと思う。魔術が実在するなんてことを証明したら、世界の物理法則は総見直しだっただろうからな……当然、その中心人物である俺はそちらの研究もしなくちゃいけなかっただろうから、詩帆の転生実験に関わる研究をする時間はとても用意できなかっただろう。


「しかし大きな設備ですね……こっちの世界では魔術師一人で簡単にできるのに、向こうの世界ではこんなものが必要なんですか……」

「いや、こんなに大きな装置は必要ないよ」

「えっ……じゃあ、何でこんな巨大なものを……」

「研究が難しいものだと外部に見せかけるため」

「何でそんな必要があるんですか?」

「魔力情報に含まれているのは世界の全ての情報だ。それが入手できるようになれば……」

「なるほど……その国が情報戦で圧倒的優位に立てるか」

「ああ。だから俺が命を狙われたことは一度や二度じゃない」

「だろうな……で、作れるってことはお前なら作ったんだろ」

「もちろん」


そう言いながら、俺は自身の手の上に少し大きめのノートパソコンの幻影を自身の手の上に展開した。


「このサイズの端末を俺は肌身離さず持っていた」

「それで、さっきの巨大な設備と同等のことができるのか?」

「いや、少し原理と言うか呼び出す情報の種類が違う……ただ、できることは同じだと思ってくれて構わない」

「分かった……」


情報の種類の違いというのは情報そのものを引き寄せてコピーするか、情報データを観測して読み取るかの違いだ。前者はこの世界の魔術師と違い、親和性がそう高くない電力で魔力情報を引っ張り、しかも強引に次元層の壁を貫通させなければならなかったので非常に効率が悪いが、後者なら次元層の壁の隙間を通る波長さえ分かれば低電力でも使える。

まあ、だからこそこんな技術を外部には絶対に出せなかったのだが……


「で、これでクライス君の研究の内容は分かったが肝心の転生の理由は何だったんだい」

「あれ、師匠には話しませんでしたっけ?」

「詩帆さんを救うためというのは聞いたけど、肝心な中身までは聞いていないよ」

「言われてみれば……」


そういえば、最初に転生の理由を聞かれて以来、師匠にその話を持ち出されることはなかった。師匠本人もセーラさんの延命話を人に聞かせたくないという想いがあるので、俺の話も深くは聞かずにいてくれたのだろう……まあ、聞かれたら答えたけど、師匠の心遣いには感謝しておこう。


「では、その前の話からしましょうか……僕があんな研究職に就いていたというのはご説明しましたが、詩帆も別の職場で働いていたんです……」

「その職場と言うのは……あっ、そういえば聞いたことがあったね」

「ええ……まあ、ここも見せた方が早いでしょう」


そう言いながら、周囲の幻影を今度は詩帆が勤めていた大学病院の入院棟のロビーに切り替えた。


「ここは……また白衣姿の人がいっぱい……でも、研究者ではないと言っていましたし……」

「周りの人の様子を見るに……治療院的な施設でしょうか」

「ジャンヌさん、その通りです。詩帆はその病院で脳外科医をしていました」


その言葉に全員が絶句した。


「……つまり、魔術でも手が出せない頭の中を物理的に処置することで修復する医術師と言う解釈でいいのかな」

「はい、要はそんなところですね。まあ処置は直接的なものばかりではないんですが……」

「詩帆、その辺りの話は長くなるから後で」

「分かってるわよ……」

「……お兄様、話を続けてください」

「はい……もう、これぐらいのことで機嫌を悪くするなよ……」

「何か言いましたか?」

「いや、何も……」


詩帆と若干甘めの空気を出しただけでリリアに睨まれた……さすがに理不尽過ぎるだろ……などと考えていると、ソフィアさんが何かを思い出したようで、詩帆に声をかけた。


「ねえ、ユフィ?」

「何かしら」

「この中の誰があなたの前世の姿なのかしら?」

「ああ、あの奥で男の先生と会話しているのが私よ」

「お兄様、詩帆さんのこと、上方修正して映してませんよね」

「いくら愛妻だからって偽造はよくないと思うのだけど……」

「いや、俺の記憶と言うか、大半を魔力情報で補完しているからあの通りだと思うんだけど……」

「……ユフィの魂に美少女に生まれるよう刻み込まれているのかしら……」

「あんな美人な奥さんがいたら、それは他の女性になびくはずありませんよね……」

「ちょっと、二人ともやめてよ」


詩帆は確かに誰もが認める美人だ。前世でも今世でもその評価が覆ることはない。よっぽど美的感覚が違う人間が見たなら話も変わってくるだろうが、そうでなければこのように自分たちも美少女であるリリアやソフィアさんが落ち込むほどに美人だということには変わりない。

というか、俺の周りって美人率高いな……


「あなた、今変なこと考えてなかった?」

「いや……それで、話がそれたな」

「そうですね。で、ユーフィリアさんの前世に何があったんですか」

「……彼女は、ある日仕事中に倒れてしまったんです」

「過労かな」

「ええ、最初はそう思われていたのですが……」

「私の専門分野で、怪しいと思う所見があったので精密検査をしました……結果……私は頭の中に不治の病を抱えていました」


その言葉で一転して場が重たい空気に包まれた。それを振り払うかのように詩帆が声を上げた。


「みなさん、落ち着いてください。現に今私はここにいるんですから」

「確かに……不治の病だったのよね?」

「はい。技術的にはどうにもなりませんでした」

「だから、俺は……考え方を変えたんです。彼女がこの世界で死んでしまうのならば、死ぬ前に人格や魂だけを別の器に移し替えてしまえばよいと」

「それが……君が人の手による転生を行った理由、か……」

「はい……たとえ世界の真理を追究する学者としての世界に対する裏切りだったとしても、彼女を助けたかった、ただそれだけです」

「まったく、呆れるね……その想いだけで世界の、神の禁忌に触れるような行いをするとは……」


師匠が心底あきれた声でそういうのに続けて、全員が思い思いに声を発した。


「まあ、私の夫と親友もそんな禁忌はとっくに破っているから、私はそれをとやかく言う立場にないわね」

「愛する人のために、ですか……素敵な旦那様ですねユーフィリアさん……いえ、詩帆さん」

「私にはよく分からなかったけれど……さすがはユフィの選んだ人だとは思えるわね」

「神や世界に喧嘩を売るとか……でも、それを聞いたうえでお兄様ならそれぐらいやってもらわないとと思う自分がいますね……毒されましたかね」

「正直言って僕の想像の範疇を軽く超えていますが……まあ、それでクライス君の印象が変わるかと言えばそんなことはないですし……」

「正直言って、それすらフィールダー卿の偉業のうちの一つぐらいにしか思えませんしね」


そして最後の方はほとんど黙っていたレオンがゆっくりと口を開いた。


「なあ、クライス」

「なんだ?」

「この話を俺達にしたと言うことは、俺達のことを全面的に信頼してくれたっていうことでいいのか」

「ああ、まあ一応」

「そうか……今後は気をつけろ、いくら交友関係が良好だとは言っても他家の人間に自分の最大の秘密を話すのは……」

「これは最大じゃないからな」

「そうなのか?」

「だって俺の魂の出目とかどうでもいいだろう。俺の生まれがフィールダー子爵家だということは間違いないんだし」

「じゃあ最大の奴はなんなんだ?」

「いずれ話したいけど……まだ俺もよく分かっていないしな」

「なんなんだよそれは……」


レオンは呆れたようにそう言ったが、俺だって説明しようがないのだ。この世界を破壊しようとたくらむ魔神の正体が俺の関係者である可能性が高いなんて……まあ、話さなくてもいいことだ。俺が単独で魔神を瞬殺すればいいだけの話なのだから。


「まあ、ともかく……今回の話は友人としてこの世界で一緒に過ごしていく以上、話さなければならないことを言ったまでだ。これを言わなかったのは説明がややこしいのと、それを説明する際に魔力空間についてのあまり広めたくない情報が混ざっているからであって、機密なんかじゃ全然ない……以上」


俺がそう言った瞬間、場の空気が弛緩した気がした。そしてそのまま女性陣が詩帆を取り囲んだ。


「それで、ユフィ?」

「何、なにかしら?」

「詩帆さん、いえお義姉さんと呼んだ方がいいでしょうか」

「い、いきなりどうしたのリリアちゃん」

「簡単な話よ」

「セーラさんまで、一体どうしたんですか?」

「クライス君……いや雅也君と詩帆ちゃんの出会いを聞かせてもらおうかなあと思って」

「なっ……」


その瞬間、詩帆の顔が真っ赤になった。こちらの世界での出会いより、色々と青春的な思い出が多くて余計に恥ずかしいんだろうな……


「ま、雅也……」

「じゃあ、俺が喋ろうか?」

「それも駄目」

「……クライス、この空間にいたくないから帰ってもいいか?」


涙目の詩帆をからかいつつ、俺はつい先ほどまで場を支配していた重たい空気が消えていくのを感じていた。


……これで、ようやく俺は湊崎 雅也という人格としてこの世界に立った。そう、感じられたからかもしれない。

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