第百十六話 本当の馴れ初め
呼んでくださる方、ありがとうございます。
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「なあ、詩帆……」
「何かしら?」
ある晴れた日の朝、俺は邸宅の食堂で詩帆と二人きりで座っていた。
「この間の閣僚任命式があっただろう」
「ええ、私も式典の準備を手伝っていたからもちろん知っているし……というか、この王都の人間でそれを知らない人とかまずはいないと思うのだけど?」
「それは分かってるよ……」
「だったら要件を早く言って。今日は時間がないんでしょう」
「別に作ろうと思えばあるけど……まあ、余裕はあった方がいいか」
今日は任命式以来、初の仕事も学院も休みの一日だった。学院に関してはもともと特待生クラスに所属しているというのもあって、出席に関してはかなり融通を利かせてもらっている。学院の設備や資料は色々と役には立ちそうなので、学籍はまだ置いておきたいので助かった……と、現実逃避をしている場合じゃなかった。
「……それで、何か言いづらいことなの?」
「いや、言いづらいというか、聞きづらいというか……」
「聞きづらい?」
「……その日にさあ、詩帆がエリザベート姫と二人きりで話してただろ……あれ、何を話してたんだ?」
単純に気になっていたのだ。あれだけ俺への恋心か憧れか分からない強い思いを抱いていたエリザベート姫が五分であれだけ完璧に諦めてくれたからというのもあるが、何より……
「……何で、俺のことを諦めさせる話の過程で、顔を真っ赤にするような恥ずかしい話に……」
「っ……ま、待って……ええっ……ええっと……な、何で今になってそんな話を持ち出すのよ」
「いや、あの後エリザベート姫に……ただ、お二人の関係がどれだけ大切なものかは分かりましたから。とか意味深なことを言われたから……どんなエピソードを話したのかと思ってさ」
「……別に何でもいいじゃない」
訊く直前まではエリザベート姫が初心なのと、詩帆が俺との思い出を話して恥ずかしかっただけのことだと思っていたのだが……反応から見る限り、どうやらかなり恥ずかしいエピソードを持ち出したようだな……
「……分かった。じゃあ、前世の出会い?今世の出会い?」
「なっ、何でそこまで分かるのよ」
「いや、いくらなんでも詩帆が俺との親密さアピールをするとしても、普段の激アマな会話とかひねくれた会話の話とかを出すとは思えないから。だからその上で親密さアピールができて、詩帆が最も恥ずかしがるとしたら……」
「うん、分かった……だから、もうそれ以上言わないで」
詩帆がひねくれもせず降伏するのは珍しい……いきなり当てられて、動揺が大きかったというのもあるのだろうが……
「……そんなに恥ずかしかったか、俺との出会い」
「ち、違うの……ただ、大切な思い出で、あれは私と雅也の間に生まれた大切な物語だから……」
「そう、か……しかし今世はともかく、前世の出会いは一年生の時に席が隣だったというだけだと思うんだが……」
「そうよ。でも……本当のあなたに出会ったのは、もっと後だから」
「どういう意味だ?」
「……秘密」
「で、結局どっちの話を話したんだ」
「教えない……あっ、そろそろ来たみたいよ」
「あっ、逃げるな」
俺の追求から逃げるように、そっと部屋を出た詩帆を追いかけるようにして俺も食堂を出た。そのまま正面玄関まで向かうと、丁度詩帆が今日、呼んでいた人物達を出迎えているところだった。
「おお、クライス。久々だな」
「久々って一週間も経っていないと思うんだが……」
「一週間でも私とお前ならかなり久々だろう」
「そりゃあ職場でも会って、学校でもあっていればそうなるだろうが……」
まず玄関にいたのはルーテミア王国国王となっているレオンだ。国王だというのに、周りには護衛は二人しかいないが……まあ、それだけ俺が信頼されているということか。いや、単純にそれ以上の護衛は過剰ということかな。
「クライス君、で構わないかな」
「ええ、ハリーさん。レオンがああいう態度な時点で問題ないかと」
「確かに……そうだね」
「私は慣れませんのでフィールダー卿で構いませんか?」
「ええ、もちろんです……ああ、改めましてジャンヌ・フィルシード卿、騎士団長就任おめでとうございます」
「そんなにかしこまって言われると困りますね……とにかくありがとうございます」
もちろん後ろに控えている護衛はハリーさんとジャンヌさんだ。この二人に加えて俺がいれば、そもそもの戦闘能力が高いレオンに危害を加えることはまず不可能だろう。
「ああ、ソフィア。ここに呼ぶのは久しぶりね……」
「そ、そうね……」
「あら、どうしたの?」
「さすがの私でも、この面子は少し緊張するわよ」
「いつものメンバーじゃない、それがどうかしたの?」
「この数週間の間で立場が全然違っているじゃない」
俺がレオン達と会話をしているうちに、今度は詩帆がソフィアさんを出迎えていた。多少興奮気味なのは仕方のないことだろう。なんせ国王陛下に、宰相に王宮筆頭魔術師に騎士団長だからな……まあ、当の本人の俺が一番実感がわいていないんだが。
「でも、あなたのお父様の繫がりで閣僚陣とは顔を合わせているんじゃないのかしら?」
「前任者がひどすぎて、私はその手の会合に付き合ったことは一度もないのよ」
「なるほど……」
確かにあの下種な性獣ばかりの閣僚会議に娘を連れて行くのは気が引けるだろう……ソフィアさんの動揺の理由がよく分かった。
「まあ、ソフィア嬢。今日は私的な場だし、気にしないでくれ。学院の時と同様の対応で構わないよ」
「はい、レオン陛下」
「さて、クライス。後のメンバーは」
「残りは昨日から上の階に泊まってるからそろそろ……」
「クライス君、これで全員かな?」
レオンが尋ねると同時に、上階から続く階段から師匠たちが下りてきた。よし、これで全員揃ったな。
「ええ、全員です」
「そうか……じゃあ、食堂に行こうか」
「はい、早く始めましょう」
「ちょっと待って。私は何も聞いていないんだけど」
全員で移動しようとしたとき、今度はソフィアさんが声を上げた。そのまま詩帆の方を見ると、彼女がサラリと言った。
「言いづらかったから、ただ今日、ここに来てとしか言っていないわ」
「……言い切られても困るんだが……まあ、いいや。とにかく、俺とユーフィリアの関係性について重要な話があるというだけだよ」
「重要な話?」
「お兄様、ひょっとしてそれって……」
「ああ、リリアの予想している通りだよ」
詰め寄ろうとするリリアを止めるように、俺は全体に響く声で言った。
「俺と詩帆の本当の馴れ初めを聞いておいてもらおうと思ってね――――――」
「それで……どこから話そうかな」
「クライス君、話すと決めたのだったら、それぐらいは先に考えておいてくれよ」
「いや、少し緊張してましてね」
五分後、詩帆が食堂のテーブルに着いた全員に紅茶を配り終わったところで、俺はそう切り出した。
「だったら、順当に君と詩帆さんの出会いの話から始めたらいいんじゃないのかい?」
「そうですね……いや、だったら先にこの世界に来たわけからでも話しましょうか」
「クライス様、それは一体どういう意味なのでしょうか……」
「シルヴィアさん、とりあえず順を追って話しますから質問は後でまとめて聞きます」
「分かりました」
そこで一息をついてから、俺は今日のメインテーマを話し出した。今日、ここに信頼できる面々を集めたのは、これを話すためだと言っても過言ではない話を。
「さて、今日皆さんを集めたのは、僕とユーフィリアの本当の馴れ初めをお話ししようと思ったからです」
「なんでそんなに口調が丁寧なんだ?」
「すまん……ちょっとかしこまって話そうとしただけだから、気にしないでくれ」
「そうか……」
「やっぱり王都で魔人戦の時に出会う前に会ってたんですか……賢者様との修行時代とかでしょうか?」
「待って、クライス君の師匠の賢者様って、まさか七賢者様のことじゃないわよね」
「そのまさかだ」
「なっ……本当に?」
「ああ……後でそれについては話をするから、まずは話を折らずに聞いてくれ」
口をはさみたくてうずうずしているレオンと、賢者についての話が気になってしょうがなさそうなソフィアさんがイスに深く腰掛けたところで、俺は改めて話を続けた。
「俺とユーフィリアの出会いはもっと前の話だ」
「それって、お兄様が修業に行く前ということですか……でも、グレーフィア伯爵令嬢のユーフィリアさんがあんな辺境の領地に来たことがあるわけが……」
「リリア、だから静かに」
「すいません……」
「まあ、普通はそう思うか」
「普通は、ってことはそれよりさらに前、つまり生まれる前ということですか?」
「さすがですねシルヴィアさん」
「じゃあ……」
「その通りです。僕と詩帆は別の世界で夫婦だったんです」
さすがに師匠たちの次に博識なシルヴィアさんはこの世界の外の可能性を言い当てた。師匠達には口止めしてあったはずだが、シルヴィアさんには喋っていてもおかしくないので、彼女がそれを知っていなければという前提条件ではあるが……師匠たちの様子を見るに、きちんと約束は守ってくれていたようだ。
「前の世界……」
「前の世界での夫婦……それは割り込む隙があるはずがありませんよね」
「そうか……」
スケールの大きい話の連発でソフィアさんは混乱しているし、リリアは分かりやすく落ち込んでいたが、レオンは予想通りといった顔をしていた。そしてその両脇にいるハリーさんとジャンヌさんはむしろ納得したとでもいうような顔をしていた。
「レオン、意外と驚いていないな」
「ああ。もうクライスなら何でもありだろう。別の世界から来たと聞いたところで今更だし、第一それでお前が何者に代わる訳でもない」
「陛下とほぼ同意見です。クライス君クラスの魔術師なら世界の壁を越えるぐらいは容易な気がしますから」
「ああ、前世の俺は魔術なんて使えないぞ。使えるようになったのはこっちの世界に来てからだ」
「「「はっ?」」」
俺の発言に初めて全員が同じリアクションをした。無論、師匠やセーラさんも含めてである。
「師匠とセーラさんは何で驚くんですか。転生の時の手法はお話ししましたよね」
「いや、私も詳しくは聞いていないし、聞いても魔術と逆の概念過ぎて完全に理解はできないというのもあるが……」
「大丈夫ですよマーリスさん。私でも理解できませんから」
「そうか……やっぱりクライス君がおかしいのか……まあいい、で、私はてっきり補助に魔術ぐらいは使ったものかと……というか、前世で魔術的な知識は蓄えていたのかとすら思っていたんだよ」
「前世で得られた情報は魔術と言う世界を変質させる力があるということぐらいですね……それ以上はこっちに来てからです」
「やっぱり君は師である私をとうに越えているよ……」
そう言って遠い目をする師匠から目を逸らして、他の面々の方を向くと呆れた目を向けられていた。
「どうしてそのリアクションなんだよ。そもそも俺が転生したっていう話をしていなかったんだからそこに驚く要素はないだろ」
「一回、安心したんだよ。前世で何十年か研鑽を重ねての今の実力なら、と」
「それが結局わずか十五年で身に着けた力だと分かって……」
「余計にショックよ……結局魔術師としての研鑽の期間は私達も一緒だったんだから」
「私達に至っては軽く抜かれていますからね……」
「……いや、それを俺に言われても……」
しばらく全員が無言な時間が続いて、やがて一足早く立ち直ったリリアが何かを思い出したかのように俺に尋ねた。
「……そういえば、お兄様」
「どうした、リリア」
「この世界に来た方法とかは、賢者様でも理解できないようなことを聞いても分からないと思うのでいいんですが……なんでこの世界に来ようと思ったんですか?」
「それは確かにそうだな。クライス、前世でも世界を越えようと思えば膨大な研究がいったと思うが……何年ぐらい研究したかにもよるが、それで当初の目的は何だったんだ?」
二人からの立て続けの質問でようやく話が本題に入れそうだな……よし、じゃあ……
「まずはレオンの質問に答えよう。研究に費やした期間はざっと二年だ」
「二年……原理は分からんが、そっちの世界では世界移動は簡単……」
「陛下、普通の人間には絶対に無理です、雅也がおかしいだけですから」
「そうだろうな……」
「納得するなよ……いや、するだろうけども」
「分かっているなら、突っ込むな……それで、リリア嬢と私の二つ目の質問の答えは?」
「それは……<幻影絵画>」
俺は説明する代わりに部屋全体を魔術のスクリーンで覆った。
「クライス、どういうことだ……」
「いや、説明するより見てもらった方が早いと思ってな」
「見せる、何を?」
「俺……湊崎 雅也と彼女、湊崎 詩帆がどうして向こうの世界にいられなくなったのかを、な」
そう言って俺は、懐かしい景色をスクリーンに映し出した――――――
なんとか受験勉強に本腰を入れる前に、何とか七章を終わらせて、そこから先は不定期番外編投降にしようと思います。
来年の春、更新頻度が戻るまでのんびりお付き合いいただければ幸いです。




