第百十五話 王宮筆頭魔術師正式就任
本当にお久しぶりです。
投稿間隔が大幅に開いてしまい、本当に申し訳ありません。
新学期に入って忙しかったので執筆時間が取れませんでした。
……二週間後
王城中央尖塔の最上階、国王の私室の扉を開けて、俺は窓の外を見ている人物に声をかけた。
「レオン陛下。そろそろお時間です」
「……まだ、余裕はあるだろう」
「ええ、式典開始までは三十分ほどありますし……五分ほどでしたら」
「だったら、少し話に付き合え、クライス」
「話の性質にもよるが……まあ、いいか。五分だけな、レオン」
「別にお前に不利な話ではないから安心しろ」
「そうかよ」
そう言いながら、俺はそのまま椅子に座った。そのタイミングで振り返ったレオンが俺の正面の席にそのまま座った。
「話の前に聞いておくが……他の護衛は?」
「ハリーとジャンヌには先に出てもらった。あの二人には構わないんだが、その周りにいる護衛団には聞かせられない話だったからな」
「お前は式典前に何を話そうとしてるんだよ……」
「安心しろ、物騒な話ではないからな」
俺は約一月ぶりに王宮筆頭魔術師の儀礼用のローブを着ていた。一方のレオンも豪華絢爛な衣装に身を包んでいる。
今日は無事に補強工事が終わり、ようやく各省庁の業務が安定したということで正式な大臣即位式が執り行われる予定だからだ。
「物騒な話じゃないなら、何で護衛の面々を外に出す必要が……」
「レウスの話だ」
「……何があった?」
レウス・フォン・アディウス。前魔術省副大臣アディウス士爵の息子にして、王都全土を巻き込んだ前代未聞のクーデター事件の主犯。もちろん公的には処刑された人物だ。だが……
「外部には漏れていない。ただ、あいつの拘留場所にエリス嬢が行けるようになったというだけだ」
「そう、か……予後は良好みたいだな」
「ああ。すっかり元気になって、この間、最後に私物を回収しに来てた父親から礼を言われた」
「そういえば、あの人も……」
「王都近郊の村で静かに余生を過ごすそうだ。お前にも感謝しているとさ」
「了解……あの人こそ、幸せにやれるといいんだが……」
「あの人ならどうにかするだろう、きっとな」
レウスは俺が激情に駆られて、魔術で消滅させたことになっている。その上で王都地下の隠し独房で二十年間監禁された上で、王国の魔術研究に協力させることとした。
「しかし、いくら王権とは言っても国家反逆罪の主犯を恩情処置にして、それを一部の腹心にしか伝えないとか問題ないのか?」
「最悪バレたら、その時は研究職として非常に適性の高い第六階位の魔術師を殺すのが惜しかったと言えばいい。エリス嬢の存在を私達が認知している時点で奴に対する抑止力になると説明できるからな」
「そこまで計算してたのかよ……」
「ほとんど後付けだ。ただ、それぐらいの論理はひねり出せると判断したから許可した面はあるがな」
「そうか……話は以上か」
「今の件についてはな」
そう言って表情を国王としての物に戻したレオンを見てから、俺も気持ちを切り替えた。
「了解しました……さて、陛下。そろそろ下の階に降りませんと心配されますよ。何より式典担当者に心労を与えるのはよくないでしょう」
「同意だ」
「では<座標転移>を使いましょうか」
「そうだな、そうしてくれ」
「では……」
「姫様、今、その部屋は駄目……」
俺が<座標転移>でレオンとともに階下に移動しようとした瞬間、廊下の方からハリーさんの大声が聞こえた。そして次の瞬間、けたたましい音を立ててドアが開かれた。
「国王陛下。フィールダー卿と二人きりで面会というのは本当でしょうか?」
「げっ……ハリーの野郎……あれほど監視しておけと言ったのに……」
「陛下。素が出てます」
「フィールダー王宮筆頭魔術師様。お久しぶりです」
思わず素で毒を吐いたレオンの視線の先には、王族らしい豪華なドレスに身を包んだエリザベート姫が立っていた。
「これはエリザベート王女殿下、お久しぶりです」
「クライス様、そんなにかしこまらなくても構いません。どうぞ私的な場ではエリザベートと呼び捨てにしてくださって結構です。なんならエリザと呼んでいただいてもいいぐらいです」
「さ、さすがにそんな無礼は……」
「私が良いと言っているのだからいいのです。現にお兄様のことは呼び捨てではないですか」
「そ、それは……」
「クライス、私が許可する……何を言っても意見は曲げそうにないからな……」
「分かった……では、エリザベート、あれから体調は問題ないかな?」
さすがに王族相手にその口調はどうかと渋っていたが……そもそも国王相手に使っていないんだから問題ないという理論をあげられて、本人と国王から許可が出ているのなら問題ないだろう。
「はい、問題ありません……これも、私に傷を負わせず救出してくださったクライス様のおかげです……本当に、あの時はありがとうございます」
「どういたしまして……まあ姫を守るのは王国に仕える以上、当然のことです」
「いえ、それでも命の危機を救っていただいた以上、何もしないわけにはいきませんから」
「気にしなくても結構ですよ……まあ、エリザベートが何かしたいの言うのなら、喜んで受けるけど……」
「でしたら……」
先ほどまでの王族らしい口調ではなく、年相応の口調に戻った彼女にそう声をかけると、目を輝かせてこう告げられた。
「……私と婚約しませんか?」
「はい?」
その発言に硬直した俺に、不安そうな顔をしてエリザベートは続けた。
「王族との婚約以上の名誉ある褒美はないと思うのですが……私じゃ、嫌、ですか?」
「い、いえ、決してそういう訳では……ただ、僕にはもう大切な人がいますから」
「なら、私は正妻でなくとも構いませ……」
「アウトだ。いくらなんでも王族を妻に迎え入れて、正妻にしないなど絶対に許されない」
「ええ、姫様。さすがにそれは不可能です」
「……ハリー、監視しておけと言ったよな」
「すいません、少し目を離した隙に……」
そこで息を切らせた部屋に入ってきたハリーさんをレオンが睨んだ……きっとこうなることが読めていたから、かなり強めに言っておいたんだろうが、さすがのハリーさんもこのおてんばな、お姫様相手には手を焼いているみたいだな。まあ、男で武術の心得もあるレオンと違って物理的に拘束するのは躊躇する面もあるだろうし仕方ないとは思うが。
「……まあいい。ともかく、エリザ」
「はい」
「クライスの意思を曲げるのは無理だ。しかもこれだけの功績を得た人物に結婚相手を押し付けるなど、今の弱った王家の権力では厳しい。今のクライスに嫁を押し付けられるとしたら、現閣僚陣の方が有利なぐらいだ」
「分かりました……では、私の魅力でクライス様を誘惑すればよいのですね」
「ああ……はっ?」
「クライス様、今晩、どうですか……」
「いや、それ、絶対に意味を分かって言ってないよね……」
「クライス、貴様……」
「落ち着け、いくら何でも幼女に手を出す趣味はない」
ブラコン(確定)のレオンに鬼の形相で詰め寄られた俺は、焦るあまり、とある人の逆鱗に触れてしまった。
「よ、幼女とはどういうことですか。私は立派な淑女です」
「いや、貞淑であるのは確かだろうけど……」
「クライス、今、何を想像した?」
「何もしてない。だから……おい、剣も杖も降ろせ」
「ク、クライス様、ひどいです……こうなったら……えいっ」
「ちょっ……うおっ」
<変異空間>から取り出した剣と杖を振り上げているレオンをなだめていると、何を思ったのかエリザベートが俺の腰のあたりに抱きついてきた。レオンの方を注視していたせいで反応が遅れた俺は、そのままベッドに押し倒された。
「痛っ、何をされるんですか」
「私の魅力を分かっていただくまで離しません」
「そう言われましても……」
「クライス……覚悟はできたか……」
「レオン陛下、抑えてください」
「ハリー、離せ。俺はこいつを……」
「クライス様、逃げてください」
「は、はい……」
「一体何を騒いでいる、ん、です、か……」
そこにドアから入ってきた詩帆が、部屋の中を見て固まった。直後に俺の方に歩いて来て、エリザベート様を抱きかかえると、俺にこう告げた。
「あなたってロリコンだったかしら?」
「違うんだ、これには事情が……詩帆、信じてくれ」
「……はあ、分かった。それじゃあ雅也……状況を説明してくれないかしら?」
詩帆がそう言うと同時に、俺は状況を一つづつ説明していった……それと同時に、ハリーさんがレオンに<麻痺の雷撃>を叩き込み、気絶させていたおかげで話はものすごくスムーズに進んだ。
「……そう。大体事情は読み込めたわ……それで、エリザベート姫様」
「は、はい……」
「少し話があるのだけどいいかしら」
「えっ……ええ」
「ハリーさん、時間は大丈夫ですか?」
「はい……開始時間までは十五分ほどですから、五分程度なら」
「分かりました……それでは姫殿下、どうぞこちらに……」
そのまま詩帆はエリザベートを廊下の外に連れて行き、五分ほどしてから戻ってきた。エリザベート姫も詩帆も顔が真っ赤だったが、俺が追求する間もなく詩帆はハリーさんに声をかけた。
「終わりました、行きましょうか」
「は、はい……クライス卿、<座標転移>を」
「分かりました……<座標転移>」
詩帆が何をエリザベートに話したのかはものすごく気になったのだが、時間がないのも事実なので俺は即座に<座標転移>を使い、一月前と同様に謁見の間に移動した。
「ああ、陛下、エリザベート姫殿下。それに宰相にフィールダー卿もいらっしゃいますね……これで全員揃われました」
「遅くなってすまないリュエル伯爵。少し陛下と殿下が暴走してね」
「それで陛下が気絶されているんですか……式典前には意識を回復できるようにお願いします」
「分かりました」
「では、私は他の皆様に報告してまいります」
そう言ってリュエル伯爵が離れて行くと同時にエリザベートが俺に声をかけた。
「クライス様」
「どうしました?」
「いえ、その……先ほどはすみませんでした」
「いや、別に構わないけど……し……ユーフィリアが一体何を?」
「……それは秘密です……ただ、お二人の関係がどれだけ大切なものかは分かりましたから」
「そうですか……」
ますます何を話したのか気になってきたが、この様子だと話してくれる見込みは薄そうだ……強引に聞き出せる気もするが、それをやると後で詩帆に恨まれそうなので止めておこう。
「でも、いつか必ずご恩は他の形で返させてください」
「はい……その時はよろしくお願いします」
「皆様、間もなく式典を開始します。通例通り、宰相殿から順にお並びください」
リュエル伯爵の良く響く声を聞きながら、俺はこれが貴族で言う貸一つと言う奴かななどとぼんやりと考えていた。
「我、ルーテミア王国国王レオン・アドルフ・ルーテミアは汝、クライス・フォン・ヴェルディド・フィールダー伯爵を王国魔術省大臣、並びに王宮筆頭魔術師に任命する」
「謹んで受けさせていただきます。この職責を持つ間、これまで以上に王国に貢献することを私の命と名誉にかけて誓います」
各大臣への任命はレオンが眠たげな目をしていること以外は着々と進んでいった。その前に俺に今回の戦争やクーデターでの功績による伯爵への昇爵の儀があったが、これに関しても功績が功績なので誰からも批判が出ることもなく、万雷の拍手によって祝福された。
そして続けてエリザベート姫が初めて公の場に姿を見せることとなった。これには集まった王都の人々だけでなく、閣僚陣達からも驚きの声が上がったが、大きな混乱もなく終わった。やはり前国王の責任にしてしまうと批判は出ないみたいだな……本当にどれだけひどかったんだか。
「うむ、汝が今後も王国の発展に寄与することを願っておる」
「はい、陛下」
ある晴れた日。ようやく王国は真の意味で新たなるスタートを切った。
今後はここまで広く間隔が開くことのないよう善処します。




