第百十三話 すれ違いと再会と
読んでくださる方、いつもありがとうございます。
今話で一応、王城クーデター編終了です。次話で後始末の話も読んでいただければ一応の意味は分かっていただけると思います。
五分前 王城秘密脱出路内部――――
「それで、一体私達をどうするつもりなんだ……相手からの交渉もないうちに私達を王城の外に連れ出した時点で、間違いなく交渉を破棄して私達の奪還に動くと思うが……」
「それはどうでもいい。交渉時間の終了まで必ずしも待つ気はなかったし、俺としては最終的にお前ら二人を殺せればそれでいい」
「やはり目的はクーデターではなかったか……」
レウスが演説を終えた後、私は気絶したユーフィリア嬢とともにレウスに地下通路に連れて行かれた。私もユーフィリア嬢もエルフの魔術師の<魔力吸収>によって魔力を抜き取られ、両腕を拘束されている上にユーフィリア嬢にはレウスが絶えず短刀を首に添えているので、私には武力では一切の抵抗はできない……だから、私は微妙に歩調を遅くしたり、話を振ることでわずかでも時間を稼ぐことを意識していた。
「その言い方だとまるで最初から気づいていたように聞こえるんだが」
「ああ、演説が終わるころにはだいたい予想していたよ」
私の含みを持った言い方に、レウスは振り向いて足を止めた……よし、ここが時間稼ぎの正念場だ。おそらく突入するであろうクライスやハリーなら私達が王城内にいないことに気づくはずだ……だったら後は王城からの秘密通路の中にいると分かれば、クライスや賢者様達なら私達を探せるはずだ。
「……ちなみに、気づいた根拠と言うのは?」
「お前のクーデターの目的だよ」
「……やっぱりそこか」
「無理があるのには気づいていたみたいだな」
「ああ、当然だろう」
「お前の魔術階位と父親の身分を考えれば、どうやっても魔術省に入って順当に出世すれば副大臣かそれに準ずる役職までは登れるからな。だからお前自身にクーデターを起こす動機は何一つ存在しない」
「正解だ。まあこのクーデターの説得性は権力を持ちたくてたまらない下級魔術師たちや、そこら辺の低級冒険者たちを納得させられれば十分だったし」
つまりこいつは最初からクーデターを成功させようなどとは微塵も思っておらず、ただ私とユーフィリア嬢を殺害できれば良かったという訳か……しかし
「……だが、それならパレードを襲撃してわざわざ王城の厳戒態勢を強めることはなかったのではないか?」
「僕もそうしたかったんだけどね……あのあたりでガス抜きをしておかないと、一部のやつらが暴走しそうだったからね」
「そういうことか……しかし、それにしたって決行時期を早めるか、最悪、その一派を消せば済む話だろう」
「決行時期はまだ準備が不完全だったから早めるのは厳しかったんだよ。それにこれの検証もしたかったしね……」
そう言いながらレウスは懐から石のようなものを取り出した……まさかこれは
「……<魔術結晶>……どこでこれを?」
「実験用の物は闇市場でそれなりの額を積んだ。高位の物は大半を王城の宝物庫から失敬した」
「……前回のパレードが襲われていた時に、クライスが<転移>できなかったと言っていたのは……」
「ああ<座標固定結界>の<魔術結晶>の>効果だ」
<魔術結晶>……七賢者が千年前の人間たちの最後の防衛手段として残した魔石に魔術を刻んだ石である。魔石の魔力と書き込まれた術の効果で本来の魔術よりも少ない魔力で、自身が本来使えない魔術であっても使用できるというもの……ただしその現存数は非常に少なく、高位魔術に至っては全世界で十もないような貴重なものだ。
「貴様……あろうことか自身の欲望のために世界の宝を使うとは……」
「ふん、そちらも似たような物だろう」
「どういう意味だ?」
「先ほどの演説でも言っただろう。お前らは自分の地位の保全のために前閣僚陣を戦死と称して暗殺した」
「……確かに、自身の地位を脅かす彼らを脅威に思い、殺害したという面はある……」
それは紛れもない本心だ。国のためというのは確かだが、自分の地位を固めるために彼らの死を黙認したことも事実だ。だからこそそれに関する誹りは受ける。ただ……
「ただ……その責は全て私にある。全てを指示し、許可したのは私だ……それを行った兵士や魔術師に責任はない。ましてやユーフィリア嬢には何の責任も……」
「ああ、前閣僚陣を殺害した兵士や魔術師には俺も責任を問うとは思わない」
「だったら……」
「ただ、彼女の夫にはそれなりの制裁を受けてもらう……愛する人を失う制裁をな」
「クライスは魔人討伐以外には何も関わって……」
「あいつがいたから、グスタフさんは巻き込まれて死ぬことなんてなかった」
突然、冷静に話していたレウスが声を荒げた。
「……どういう意味だ?」
「確かにグスタフさん……テルミドール前王宮筆頭魔術師は様々な前王の悪事に加担したかもしれない……だが、それ以上に王の計画を防ごうとしていたこともあったはずだ」
「だが軍部の強硬派に加担していることもあった……というか、彼とお前に何の関係があるんだ?」
「……それは……お前に言う必要はない。そもそも国王陛下、今の立場が分かって言っているのか」
「……くっ……」
どうやらテルミドール前王宮筆頭魔術師の話が今回のクーデターの原因のようだ。しかし彼は本当は生きているのだが……今、これ以上話を続けたら、レウスを余計に刺激することにつながる。
「……分かった」
「そうか……まあ、もう時間だしな……」
「えっ……そうだ、もう一時間ぐらいは経って……グッ……」
「……<麻痺の雷撃>……今のでちょうど一時間だ。さて、陛下は後で殺すとして……まずは彼女をたっぷり甚振ってやろうか……」
「やめ、ろ……」
「だから、あんたに発言権はないんだよ……まあいい、見てろ……死ね」
言葉と同時に、レウスは一本のナイフをユーフィリア嬢の首に向かって振り下ろそうとした……瞬間、レウスがわずかにためらったような気がした。それが彼の良心によるものかは分からなかったが、私はその少しの良心にかけて声を上げた。
「よせ、やめろ……」
「うるさい」
私が震える舌で口にした言葉を、レウスはさえぎり、そのままナイフを振り下ろした……私にはもう何もできなかった……
「……はっ……」
だが、いつまで経っても刃物が肉に突き刺さる不快な音は響かず、代わりに肉が地面に落ちる音がした。いや、レウスのナイフを持った右腕が魔術によって切り飛ばされていた。
「舐め、ないで、ください……伊達に私も、超越級魔術師じゃないんですよ」
「意識が、戻っていた、だと……」
「ある程度の魔力が、戻りました、からね……」
その魔術を放ったのは、地面に倒れたままのユーフィリア嬢だった。魔力の大半を失い、全身を麻痺させられ、なおかつ精神魔術で眠らされていながら、その魔術を放った彼女の目は、まだ死んでいなかった……まるで魔王と戦う前のクライスの様な気迫すら感じられた。ただ、その彼女の顔を見る限り……
「もう、余裕は、なさそう、だな」
「何のことでしょう……か」
「いくら高位の魔術師でも、さすがに気絶するまで魔力を吸われれば、一時間程度ならそんなに魔力は回復しない。さっきのはなけなしの魔力で放った一発だろう……」
ユーフィリア嬢の顔色は相当悪かった。その顔色を疑うに、意識を保っているのでやっとといったところだろう……それでも、彼女は凛と言い放った。
「私は、あの人の妻なんですよ……この程度で私が負けるとでも」
「いつまで強がっていられるのかな……まあ麻痺している体を治さないのがいい証拠か」
「……さて、どうでしょう」
「うん、じゃあ試してみるか」
そう言うと同時に、レウスは切り飛ばされた自身の手からナイフを手に取り、再びユーフィリア嬢に向けた。
「さっきのがはったりじゃないなら……余裕だろう」
「もちろん……はったりですよ」
「そうか……はっ?」
今度は突然ユーフィリア嬢が強気な態度を崩して、はったりを認めた。その言葉にレウスだけでなく私も困惑する。が、彼女はどこ吹く風といった様子で続ける。
「気絶するまで魔術を吸い取られて、さっきまで気絶していて、魔力が全快しているわけがないですから……正直言って、今も立っているだけで限界なんですよ……」
「いきなり何を……発言を翻して、私の動揺を誘う作戦か?」
「違います……もう、私が時間稼ぎをする必要性がなくなったからです」
その自信にあふれた言葉に、私は思わず周りを見渡そうとして、自身の体が麻痺していることに気が付いた。そしてレウスはその言葉に瞬間的に周囲を見渡した。
「クライス・フォン・ヴェルディド・フィールダー、どこだ」
「フフフ、いるなんて私は言っていませんよ」
「また、はったりか?」
「いいえ……ただ、私が一度自力で咄嗟にかいくぐれたような相手から……雅也が私を守り切れない訳がないというただの事実を言ったまでです」
「そうか……舐めやがって……あいつに同じ絶望を味合わせてやるよ……死ね……」
「ユーフィリア嬢」
「雅也……」
再び振り下ろされた刃は、今度こそユーフィリア嬢の首に向かって行く……私は、その光景を黙ってみることしかできないかった……私は無力だった。だが、彼女の夫は全能に近い魔術師だ……なら、大丈夫だ。そう思った瞬間、聞きなれた詠唱の声が響いた。
「……<錬金>……<暴風切断術式>」
天井が円形に切り取られ、直後にレウスのもう一方の腕を風の刃が切り裂いた。さらに風魔術でレウスの体が吹き飛ばされる。
「……遅いよ、雅也」
「悪いな。少し迷ってた」
「そう……キャア……ちょっと、な、何するのよ」
「待たせたお姫様への謝罪代わりかな」
そのまま地下通路に降り立ったクライスは、倒れているユーフィリア嬢に歩み寄ると、そのまま彼女を横抱きに抱きかかえた。
「それで……詩帆に手を出したんだ……覚悟はできてるよな」
ユーフィリア嬢を優しく抱きかかえながら、クライスはレウスを睨みつけた。
「で、これはどういう状況だ」
「レウスがユーフィリア嬢を殺害しようとしたタイミングでお前が飛び込んできた」
「そうか、じゃあひとまず問題は解決か……」
レウスが二人を連れ出した地下通路の地点を見つけ出して飛び込んだ俺は、間一髪で詩帆の救出に成功した。そのまま吹き飛ばされて動かないレウスの警戒を続けながら、俺は抱きかかえている詩帆に視線を向けた。
「……詩帆、体に異常は?」
「まだ後頭部がひりひり痛むけど……それぐらいね」
「それぐらいじゃないだろ……」
詩帆は言葉とは裏腹に震えていた……そして、俺の腕をいつも以上にきつく掴んでいる。何より、彼女を知らない人には分からないだろうが、この凛と澄ましたような顔は彼女が泣きそうになる時の癖だ。きっと、俺と二人きりだったら、間違いなく胸に飛び込んで泣いていただろう……それぐらい、彼女の心に深い傷を作ったレウスを、俺は改めて睨みつけた……
その時、ずっとうずくまっていたレウスが突然叫んだ。
「動くな」
「今更……どういうつもりだ。人質は両方とも確保してる、お前は両腕を失って満身創痍で、俺は多少消耗してるが、魔力量の差も身体能力差も圧倒的だ」
「これが何か分かるか?」
「……っ、おいレオン。何であいつが<魔術結晶>なんて持ってるんだよ」
「宝物庫から盗まれた……」
「しかも考えうる限り最悪の組み合わせを……」
「やっぱり分かる、か……これは<魔力吸収>と<座標固定結界>の魔術が封じ込められている……そして……」
そのままレウスは胸元に置いてあった<座標固定結界>の<魔術結晶>に魔力を流し込んだ。
「これで、この空間では転移ができない。つまり<魔力吸収>を使えば魔力がほぼ空の国王とユーフィリア嬢は死ぬ……」
その言葉に俺の思考は一瞬、止まった。転移が使えない以上、あれを何らかの魔術で吹き飛ばそうとすれば崩壊する前に魔術が発動する。だから、それを回避する方法はないからだ……ただし、それはあくまであいつが認識する高速魔術のみの話だ。だったら……
「はっ……」
「魔術が使えないのなら、<身体能力限界突破>で極限まで強化した身体を使って、魔術の効果が二人に及ばない範囲まで吹き飛ばせばいい……」
詩帆を物理魔術で浮かせてその場に残してから、瞬間的に数百キロの速度を出した俺は、正確にレウスの上にあった<魔術結晶>だけを、結界に包んで蹴り飛ばした……直接結晶に触れない結界を形成すれば結界に魔力は流れない。つまり……
「魔術は発動していない……お前の負けだ。理由が何であったにしろ、クーデター騒ぎを起こしたんだ……おとなしく拘束されろ」
そう言って、俺は項垂れるレウスを無視して、詩帆のもとに向かった。だが、その時……レウスがとある言葉を呟いた……
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番外編のタイトルをすべて修正しました。内容に変更はありませんが一応ご報告させていただきます。




