第百十二話 王城上層タイムアタック
読んでくださる方、いつもありがとうございます。
「リリア、シルヴィアさん」
「お兄様、どうやら無事に終わったようですね」
「ああ、なんとかな……」
「なんとか、ですか……お兄様、顔色が悪くありませんか」
「……さっきの戦闘で床が崩れた時に、大量の粉塵を顔に浴びたからかな」
上階に転移してから、周辺を散策すること一分。俺はフロア中の部屋をしらみつぶしにしていた二人と合流した。
「……とにかく、俺は大丈夫だ。それより現在までの状況は?」
「王城の尖塔以外の区画は全て探索が終わりました。そして先ほど使用人の方や兵士の方が捕らえられていた部屋を発見しました」
「人数的には、それで全員ぐらいか?」
「さすがに正確な数は判明していませんが、おそらく捕まったであろう人員はその周辺の部屋にいた百人弱というところでしょうか」
「いた、ということはもう脱出させたのか?」
「はい。リリアさんと私で<空中歩行>を使って、窓から地上にいる騎士団の下へ引きとってもらいました」
「分かった……で、詩帆……ユーフィリアは?」
「……それは、残念ながらまだ」
「そう、か……」
「すみません、お力になれず」
「いや、予想はしていたから」
今回のクーデターで間違いなく最大の人質になっているのは詩帆とレオンの二人だ。あの二人が捕らえられていたからこそ、俺達は容易に突入を選ぶことができなかったのだから……ただ……
「問題は、俺達の突入が確実に発覚しているということだ。一秒でも早く見つけ出さないと……」
「クライス様、早く上に行ってください。首謀者を倒せば、まだ可能性はあります」
「お兄様、ここは私達で探索を続けますから」
「確かにフロアをしらみつぶしにするより早い、か……分かった、先に行かせてもらう」
そういった瞬間、俺は中央尖塔への階段へと向かった。<身体能力限界突破>をかけて、文字通り風のように。全身に走る痛みは無視して、目の前にいる障害を排除することだけを考えて……
「後、十分弱か……詩帆……頼むから無事でいてくれ」
そう呟きながら、まずは正面に現れた剣士を風魔術で切り飛ばした―――――
「あっという間に行ってしまわれましたね」
「まあ、ユーフィリアさんのためとなったらお兄様も必死になるでしょうから、当然でしょうね」
お兄様が去った後、それを茫然と眺めながら私とシルヴィアさんはしばらくその場に立っていました。
「さて、そろそろ探索を続けましょうか」
「そうですね。一応、大半の部屋は調べつくしたとは思いますが、途中の階にはまだ見れていない部屋もあります……シルヴィアさん」
「分かっています。ただ、リリアさん、もう少し落ち着いてください」
「落ち着く、ですか」
突然近くの部屋から感じた人の気配に臨戦態勢をとった私をシルヴィアさんが制止しました。その言葉にゆっくりと魔力を探ってみると……
「ああ、なるほど……ソフィア先輩ですか」
「リリアちゃん、気づいてくれてよかったわ」
「すいません、少しピリピリしていたので」
「まあ、戦場だから仕方ないわ……それより、クライス君はどこへ?」
「私達に探索を任せて上の階に……」
「入れ違い、ましたか……」
「リュエル伯爵様、入れ違いとは?」
「今、最上階ではローレンス宰相が一人で敵を引き付けています……最上階にはレオン陛下やユーフィリア嬢はおろか、レウスの姿すらありませんでした」
「罠、ですか」
「そういうことですね。おそらく私達が隠し通路を使って最上階に来ることが読まれていたのでしょう」
悔しそうにそう言ったリュエル伯爵の言葉に、場の雰囲気が重くなる中、私はふと別のことを思いました。
「伯爵様、一つ気になったのですが」
「何でしょうか?」
「レウスはなぜ隠し通路の場所を知っていたのでしょうか」
「ああ、知っていたわけではありませんよ。国王陛下の居住区のある中央尖塔の隠し通路を知っているのは王室庁の大臣だけですから。ですから、おそらく存在するであろうという予想の下で動いていたのではないかと」
「なるほど、そうですか……」
「あの、今の発言ですと、王室庁の大臣以外にも知られている通路があるというように聞こえたんですが……」
「ええ、ありますよ。もちろん重要なものは知られていませんが、ある程度の機密度なら閣僚陣ぐらいなら知っているのではないでしょうか」
「……まさか」
「どうかしましたかリリアさん」
ソフィアさんの質問の答えが事実だとするなら、私はある一つの事実に気づきました。
「伯爵、その知られている通路の中に王城外部に出られるものはありますか」
「ええ、二本ほどありますが……まさかレウスが陛下とユーフィリア嬢を連れて王城の外に逃げたと」
「たぶん、間違いないかと」
「その根拠は?」
「お兄様やハリー様ほどの高位の術師が、城内にいるはずのお二人の魔力を感知できないわけがないからです……おそらく、お二方とも、冷静を装っていますがかなり動揺していたので気づいていないのではないかと」
私の発言と同時に場の空気が固まった。直後にリュエル伯爵が歩き出した。
「皆さん、二つの通路の入り口にご案内します」
私達はその言葉に慌てて伯爵の後を追った。
十分前 王都中心部
「それで、何をしていたのかしら」
「化け物……ガフッ」
「それを言うならあなたも十分化け物よ。いくらエルフとは言え、召喚術を独学でそこまで使いこなすなんて」
俺の前には白いローブ姿の美しい女性が立っていた。もっとも中身はその容姿とは裏腹に化け物と言えるレベルの魔術師な訳だが……
「召喚術の複数同時行使に加えて、星魔術の結界まで同時展開して、その上で自身の体に強化魔術とは……賢者としか思えない」
「その賢者よ七賢者の第二位 セーラ・ヒーリア・フェルナーよ」
「本物かよ……冗談だったんだが……まあ、納得か」
「そう……それで、シルヴィアちゃんの弟君……」
「なぜそれを?」
「少し記憶を覗かせてもらったのよディアミス君」
「さすがは賢者、か」
「どうも……ただ、抵抗しているせいか一つだけ見えないのよ……レオン君とユーフィリアちゃんはどこ?」
「俺が言うとでも……」
「お姉さんに色々と言われたくなかったら今すぐ話してもらおうかしら」
「なっ……」
「どの道、今の状況で拒否権はないと思うのだけれど」
「…………」
「時間がないんだけど」
そう言った瞬間、彼女の纏う空気が一段と冷たさを増した……それに恐怖した俺は不甲斐ないことに全てを喋ってしまうのだった……
「お前ら、敵は一人だ。早く潰せ」
「無茶だ。相手は一人で戦争を終わらせるような化け物だぞ」
「化け物とは失礼だな」
「なっ……」
「英雄と呼べ」
「ウギャアアアア」
「ふう、まったくキリがない」
離れたところから俺に向かって魔術を放っていた数人の初級魔術師たちに<転移>で接近して、背後から後頭部を殴って気絶させていく……力加減が微妙なので、死んだ奴もいるかもしれないが、今は気絶させるための雷魔術一発分の魔力が惜しいから仕方ない。
「これでようやく尖塔の四分の三ってところか……まだまだ先は長そうだな」
相手は俺達をこの塔に引き込んで戦闘を有利にしたかったようで、下の王城の大広間のある四層のフロア以上の人員がこの塔に詰めていた。この塔に入ってから潰した人数はおよそ六百人ほどで、上に行けば行くほど数が増えているので、俺は余計に気が滅入っていた……それに……詩帆の気配すら感じられない
「本当に、どこで監禁されてるんだよ。王城全体に<遠隔視>を使ってるのに、どこにも見当たらない……まさか、俺の力が及ばない領域に隠されてるって言うのか……」
この世界の魔術の使用において、物理魔術によって直接世界を書き換えられる俺の魔術は間違いなくある一点においては神の御業と言えるレベルに達している……そこから隠蔽するとなると、既存の技術体系では不可能なはず……いや
「何、自分が全能の神にでもなったような気になってんだ……俺は大切な人すら守り切れない、愚かな一人の人間じゃないか……考えるぐらいなら、今は動け……グッ……」
一旦すべてを忘れてレウス討伐に思考を切り替えて動き始めた俺の体に、激痛が走った。間違いなく<身体能力限界突破>の過剰使用による副作用だ。全身にかかった異常な負荷は、ほとんど治っていた魔王戦争での古傷を開き始めていた。
「それでも、行かないと……」
「おい、王宮筆頭術師だ」
「全員総攻撃だ。なんでかは知らんが、弱っている今がチャンスだぞ」
俺がふらついた瞬間に、前方から一斉に魔術や弓矢が解き放たれた。
「舐めるな……<突風>……<雷爆雨>」
飛んできた無数の魔術や矢を<突風>で物理的に吹き飛ばし、更に全員を雷魔術で麻痺させる。そのまま一気に通路を駆け抜ける。そのまま声をあげて叫ぶ。
「詩帆、どこだ」
残るフロアは後、二つ。最上階にはハリーさん達が今頃突入しているだろうから、そこにいるなら問題ない、はず……
「あれ、誰もいない」
臨戦態勢で登った階段の先には誰一人いなかった。<生命探索>で部屋の中も一つづつ探っていくが、やはり人の気配が感じられない。
「……とにかく、上の階に向かおう」
ひとまず疑問の追及は後回しにして、俺はそのまま最上階への階段を駆け上った……
「これは……」
最上階には、異常な数の人間が倒れていた。あるものは普通に気絶をして、あるものは魔術や刃物で刺されて、あるものは身体を焼かれて……そして、その殺戮の先で俺はそれを為した人物の姿を見つけた。
「さて、宰相殿。よくも暴れまわってもらったな」
「ああ、まさか下から応援を呼んでもここまで苦戦するとは思ってもいなかった」
「苦戦?まだ勝てると、思って、いるん、ですか……」
「それはこっちのセリフだ。死ね……」
「<神撃の旋風>……ハリーさん」
全身傷だらけで満身創痍でうずくまっているハリーさんのもとに剣を振り下ろした男達を間一髪で俺の<神撃の旋風>がズタズタに切り裂いた。
「クライス、君……陛下とユーフィリア嬢は?」
「それは僕が聞きたいですよ。それよりいったん回復を……<快癒>」
「すまない、ね……それより、もう時間がない。おそらく陛下とユーフィリア嬢は王城内にいない」
「それは薄々気づいていましたが……じゃあ、どこへ」
「おそらく王城の周辺の隠し通路から街に逃げだしたんじゃないかと」
「なるほど……しかし、それではクーデターになりませんよね。ひどい話、公開での処刑でなければ魔術を利用して影武者だって立てられるわけですから」
「ああ、そしてすまないが政治的な動きであれば、この状況でユーフィリア嬢を連れて行くメリットは一つもない」
「ええ……」
俺が動けないのは吐き気のする話になるが、詩帆が死の危機に瀕しているからであって、もしも彼女がいなくなるようなことがあれば、俺には何の抑止力にもなりえない。
「一体、どうして……」
「クーデターは表向きの目的で、本当の目的は他にあったということだろう……とにかく今は原因を考えることより陛下とユーフィリア嬢の救出が優先だ」
「はい……ですが、場所の見当もつきませんよ」
「ああ。既に王都の街中に逃げられていればすぐに確保するのは困難……」
「大丈夫。行った場所は分かっているわ」
「えっ?」
突然響いた声に、窓の外を見るとそこにはセーラさんが立っていた。
「セーラさん、なぜここに?というか今の話は?」
「ちょっと逃げ出そうとしていた関係者を見つけ出してね、少し交渉をしたらレウスの行き先を教えてくれたの」
「関係者……ってディアミス」
「今はその話は置いておいて。それで交渉の結果なんだけど……」
「交渉?脅迫の間ちが……」
「何、何か文句があるのかしら?」
「ないです」
「そう……とにかく、レウスの目的地は王城内で唯一王都の外に通じる地下通路よ」
「王都の外……なんでそんなところに」
「それは彼も知らないみたいよ」
「そうですか……で、その通路の場所は?」
「王城の裏からまっすぐ外壁に向かって伸びているわ」
その言葉に、<遠隔視>を介して<生命探索>を使い……
「見つけました」
「さすがね……」
「彼女の魔力を忘れるわけがありませんからね」
「そう……王城外の出口には既にマーリスさんが行ってるわ。後、ディアミス君の身柄とハリーさんの安全は保障す……」
「分かりました……では……<座標転移>」
俺はセーラさんの話を聞き終わらないうちに、詩帆の魔力反応がある地下通路の直上へと転移した――――
次回で王城クーデター編終結です。




