第百十一話 迷惑な置き土産と単純な罠
色々と遅くなってすみません
「行った、か……」
上級魔術に比肩する威力のブレスを結界で押しとどめながら、俺はリリアとシルヴィアさんが無事、上階のフロアへと上り切ったのを確認して、大きく息を吐いた……それに合わせるかのように、瓦礫の中からブレスを放っていた相手が俺の正面に突っ込んでくる。
その相手は俺の結界に撃突すると、そのままその反動で横回転し、結界の脇から俺に向けて尾を叩きつけてきた。即座に風魔術で上空に飛びあがった俺は間一髪でその一撃を回避した。
「……ふう。まったく、さっきは色々と思考を割かなきゃいけないことが多すぎたが……これで、フロアだけ気にすればいいな。さて、とっとと沈めてやるよ黒龍」
俺の声に対抗するかのように大音響で空気を震わせた、俺と相対している生物。全身を黒光りする鱗で覆った東洋の龍のような形態をした白竜と対をなす世界最強格の生物、黒龍だ。
「階層が二フロアぶち抜きになったおかげでずいぶん戦闘しやすくなったし……出し惜しみはなしで行きますか……<絶対領域>」
レウスが切ったタイムリミットまでは残り二十分もない。一秒でも早くこいつを沈めるためには、この空間の物理法則をいじった方が手っ取り早い……何せ相手はセーラさんと同格レベルの相手だからな。まあ、あっちは中身が超越級魔術師なんて言う規格外なので実際にはそれ以上だろうが、とにかくどちらにせよ、まともに魔術の撃ちあいをするだけ無駄という訳だな。
「まあ、こんな魔物が自然発生するわけがないし、リアルの黒龍じゃなくて召喚術で呼び出されたものだと分かっていると殺しても罪悪感が少ないのがいい」
問題はそもそも召喚術を使える人間がセーラさんと俺を除くと、精霊との親和性が高いエルフぐらいだということだが……いくらエルフとは言っても、黒龍を呼び出すような上級召喚術は無理があるはずだ。まあ、そこら辺は後で師匠達と考えよう。犯人は分かっているし。
「十中八九、シルヴィア嬢の弟君のディアミスなんだが……今はこいつに集中するか」
俺がちょっとした思考にふけっている間に、黒龍は自身の周囲に何千発もの<闇の弾丸>を展開し、それを撃ち放ってきた。俺もそれに対して同じ数の<光弾>を生成して撃ち放つ……
「さっきまでなら王城壁面への多少の被害は問題なかったが……この状況であんな高密度の魔力弾を壁面に喰らったら王城が倒壊しかねない」
さっきまではある程度は王城壁面への被弾も許容していたのだが、先ほど大広間一つ分の床が抜けてから、壁や天井のいたるところから嫌な音が断続して響いていた。正直言って魔術弾同士の激突による衝撃波でも崩れそうだ。
「……<質量低減>……これで倒壊は防げた、かな……って、魔術制御しながら、近接戦闘、かよ……」
王城の各部分の質量を低減することで異音は収まったが、気が付けば黒龍は魔術弾の衝突の影から、こちらに体当たりを仕掛けてきていた。咄嗟に杖で応戦するが、<身体能力限界突破>をかけた腕に嫌な痛みが走った。
「ちっ、まだ魔王戦争のダメージが抜け切れていなかったか……まあ、こんな無茶をすれば仕方ないか」
<身体能力限界突破>と<思考加速>をかけなければ、俺は半ば魔力の塊である黒龍が<身体能力強化>をかけた状態にすら追いつけない……その状況で自身への被弾はおろか、王城への被弾も防ごうとすれば体にかかる負荷は尋常ではない……そんなことは分かってる、けど……
「時間がねえんだよ、こっちは……<召喚 建築妖精 土小人>……<次元切断>……通った」
王城へ思考を割くことを省くために、近接戦と並行して土小人を召喚して王城の壁面を修復させる。さらに黒龍の短い両腕に<次元切断>を放ち、次元ごと奴の右腕を切り飛ばす……魔術は全てを魔力に転換して霧散させる黒龍の鱗でも次元ごと切断すればどうにかなるようだが……
「……これは、狂乱……した、か……ガフッ」
右腕を切り飛ばされたことに激怒した黒龍は瞬間的に身体能力を大幅に底上げし、俺の認識外の速度で尾を俺に叩きつけてきた……間一髪で障壁の展開が間に合ったが、間に合わなければ確実に今ので意識が飛んでいた。それでも吹き飛ばされたダメージで肋骨にヒビぐらいはいったな。
「厄介、だな……<快癒>……同じ戦法じゃ、鱗の厚い胴体や頭部には次元を切断する魔力の刃が消し去られるから難しいし……もう潰すか、飛ばすか」
雑な戦術だが……手早く仕留めるにはそれが最も効果的だ。何より俺の体力的に、そう長くは近接戦を続けられないからな……ならば……
「うおっ……<転移>」
思考を切り替えた瞬間に黒龍が俺に向かって飛び込んできたのを確認した俺は、即座にその背後に転移を使って移動した。直後に、黒龍が俺の張った結界に激突し、一瞬動きが止まる……その瞬間、俺は立て続けに黒龍の周りの空間を操作した。
「……<真空化>……<気体操作>……これで動くか」
黒龍の周囲を真空にした瞬間、外部から猛烈な勢いでその空白空間に空気が流れ込む。どんな生物でも即死するはずのその空間を黒龍は<身体能力強化>でわずかに耐え、直後に周囲に結界を張ることによって生存領域を確保する。その間に俺は流れ込む空気の流れを加速させ、結界の周囲に異常な気圧をかけた。膨大な魔力を用いたその操作によって、結界には深海底並みの負荷がかかる。結果、崩壊した結界の範囲から暴力的な圧力を突き破って黒龍が動こうとする……さすがは地上最強の生物だが……
「<負荷上昇>……」
直後に俺が発動した<負荷上昇>によって、自身にかかる重力が十倍になればさすがに動けるはずがない。
「……くっ……<魔力喰らい>……本当に化け物だな、おい」
指一本すら動かせないほどの高圧、高重力空間で黒龍は俺に向かってブレスを放ってきた。想定外の出来事だが、咄嗟に張った<魔力喰らい>で相手のブレスを吸収し、俺は最後の仕上げに入る……
「……城内だから核は使えないし……<錬金>……<座標転移>……」
空気中の水素を分解した後で、核融合させれば強靭な黒龍の鱗も核爆発で飛ばせるだろうが、ここが王城内である以上はむやみやたらに放射線をばらまきたくないし、第一緊急時でもないのにこの世界に核爆弾を持ち込むのは止したい……だから俺は<錬金>で王城の壁面から巨大な銅板を作り出し、それを奴の頭部に張り付けた。
「さてと、じゃあ焼かれてもらうとするか……<炎獄世界>」
火魔術第十階位の<炎獄世界>……恒星の中心部レベルの超高温空間を生み出す魔術を俺は黒龍の額の上の銅板の直上のみの限定範囲のみで炸裂させた。もちろん瞬間的に銅板は蒸発するし、黒龍の皮膚に触れた魔術も消え去った……ただし、瞬間的であっても数十万度の高温が銅板の熱伝導を介して奴の鱗に到達したわけである……すなわち
「そりゃあ、体液どころか肉体も瞬間的に蒸発するよな」
黒龍は頭部の三分の一程度を完全に蒸発した状態で、そのままその場に崩れ落ちた。脳を瞬間的に蒸発させられたため、断末魔すら上げずに……
「ふう、これで終了か……うっ……これは急がないとタイムリミットの前に……俺の体が限界を迎えそうだな」
召喚獣の特性通り、魔力の粒子となって霧散していく黒龍の姿を見ながら俺はそう呟いた。そして、一息つくと即座に上層階へと転移した……詩帆を救い出すために。
タイムリミットまではもう十五分ほどしかなかった―――
同時刻 王都上空
「なんか妙だな……本当にあれがレウスなのか?」
王城中央尖塔最上層の国王の私室を視界に入れながら、私は上空で魔術をいつでも放てるよう待機していたのだが……どうにも最上階の様子がおかしい。
「クライス君の魔力が王城の低階層にいるのは見つかるし、ハリー殿やソフィア嬢、リリア嬢の魔力も見つかる。シルヴィア様も元気なようだし……ただ……」
それに気づいたときから、私の中の違和感はますます増していくばかりだった……
「……レオン陛下とユーフィリア嬢の魔力がどこにも見当たらない……本当にあの人質二人は王城の中にいるのか……いや、外に出されていたとして、一体どこへ」
そう思ってもクライス君たちに連絡を取れない私は、その予感が外れていることを祈りながら王都中を魔術で見渡すことしかできなかった……
五分前 王城中央尖塔最上層隠し部屋
「……とにかくお二人とも、今がチャンスです。相手が下に気を取られている隙に陛下の救出を」
「そうだね。それに今のが誰のせいで起こったにしろ、王城の倒壊の危険性がある以上、なおさら急がなければ……くっ……<大地障壁>」
リュエル伯爵に促されて私が隠し部屋の扉を開いた瞬間、私は身の危険を感じて即座に結界を展開した。直後に結界に無数の魔術が直撃した。魔術自体はどれも初級の攻撃魔術だが数と攻撃回数の密度が高すぎて、結界もそう長くは持ちそうもない。
「……二人とも下がって」
「ハリー様、一体何が……」
「やられた……どうやら読まれていたようだ」
「私達が王都最上層に直接潜入することをですか」
「ああ、どうやらそのようだ」
「不可能です。王城のこの隠し通路の存在を知っているのは代々の王室庁の大臣のみです」
「おそらく場所は分かっていないだろう。ただ、怪しい場所数か所に網を張っただけだろう」
「なるほど……」
完璧に私達の動きを逆手に取られた形だ。国王が最上階にいるという明確な印象付けをしていれば、誰でも必然的に最上階を目指そうとする……レウス、ただの子供かと思っていたら中々の策士のようだ……
「宰相、どうします」
「君はソフィア嬢とともに下層階にそのまま脱出して、クライス君たちと合流してくれ」
「上層階には人質がいそうにないという情報を伝える為ですか?」
「ああ。そう伝えてくれ……」
「分かりました……ところで宰相は?」
「敵は私達を罠にかけるために最上層周辺に大部分の初級魔術師たちを配置している……それが下の三人の妨害にならないように、私が引き付けよう」
「いくらあなたとは言っても危険すぎます。せめてソフィアさんだけでも……」
「彼女は君の護衛に必要だ……」
「しかし……」
私だって一国の宰相である以上はこの行動がどれだけ常識はずれなものかは自覚している。リュエル伯爵が制止するのも当然の話だ……ただ、事ここに至っては状況が違う。
「国王の命以上に大切なものがこの国にあるかい?そして国王陛下を助け出すためには一秒でも早くクライス君たちに動いてもらった方がいい……」
「……分かりました……ご武運を」
「安心してくれ。クライス君ではないが、エマのもとに帰らなきゃいけないからね、死にはしないよ……それより急いでくれ。もう結界がもたない」
「了解しました……ソフィアさん、護衛よろしくお願いします」
「は、はい……リュエル伯爵」
そう言って二人が隠し扉を開けて階段を駆け下りていく音が遠ざかるのを聞きながら、私はゆっくりと魔術の詠唱を始め……
「……<突風>」
結界が破られるのと同時に扉の先へ魔術を撃ち込んだ。そのまま今度こそ風の吹き荒れる扉の外に足を踏み出し、立て続けの魔術弾の斉射で周辺の魔術師を無力化する。
「おい、あれ、ローレンス宰相じゃないか」
「おいおい、王国最強格の魔術師って冗談じゃねえよ」
「うるせえ、いいから畳みかけろ」
丁度そのタイミングで私の姿が見えるようになったらしく、通路の先の方からそんな声が響いてきた……だが、今は好都合だ。
「ルーテミア王国宰相ハリー・ハイドリー・フォン・ローレンスだ。陛下はどこだ」
そう叫びながら、私はゆっくりと廊下を歩き始める……常に詠唱をしながら、相手を見つけ次第その魔術を解き放ちながら。それでも降り注ぐ無数の魔術弾が体にかすっていくが……まあ、その程度は陛下を助けられればそれでいい。ただ……
「……私が自分自身で陛下を助けられないのは残念かな……まあ、私らしいか」
そんなことを自嘲的に呟きながら、わたしはそのまま歩み続けた。




