第百十話 裏魔術師対美少女魔術師
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「おいおい、本気で来やがったよラトゾル兄貴」
「本当だな、ポトソル」
「品性の欠片もなさそうなコンビですね」
「何を?」
お兄様と分断された私達の前に現れたのは白髪と赤髪の魔術師二人でした……魔力量的には第六階位程度のようですね。つまり……
「なるほど。主犯のレウスが雇った闇の魔術師、ですか」
「正解だ。俺達は殺し系の汚れ仕事専門の魔術師コンビ、ジオラス兄弟だ」
「兄弟で魔術師なんですか?」
「いや、赤の他人だよ」
「そうですか……」
どうやら赤髪の男がラトゾル。白髪の男がポトソルと言うようです……第六階位の魔術師コンビとは……表でも稼げるでしょうに、なんでこんな裏仕事に。しかも、よりによってこんな状況に。
「さて、お喋りはこれぐらいにして、交渉しないか」
「交渉。ですか?」
「ああ。俺達は無駄に魔力も使いたくねえし、可愛いお嬢さんたちに傷をつけたくない」
「つまり今すぐ諦めて投降しろと」
「そういうことだな、銀髪の姉ちゃん……了承してくれるなら、可愛がってやるぜ」
「クズですね」
「否定はしねえよ」
「ハハハ」
逆に爽快なぐらいクズな二人ですね……叩き潰すのに容赦がいらなくて助かります。
「それで、どうする?」
「無論、お断りです。陛下や将来のお義姉さんに危害を加えた集団に所属している時点で、私の敵です」
「ええ、同じく。ユーフィリアさんは私の妹弟子でもありますからね」
「後悔はしないか」
「ええ」
「そうか……じゃあ、死ね……<爆炎弾>」
赤髪の男ラトゾルが放った火球は、私達の真上で大爆発を起こした。
「はっ、死んだか」
「死ぬわけないじゃないですか……」
「だろうな。兄貴、こいつら魔力量がおかしいですよ」
「上級、とかいうレベルじゃねえな」
「やっぱり分かります、か」
「うおっ、危ねえな……<暗黒障壁>」
爆発を<光子障壁>でやり過ごした直後に無詠唱で<光弾>を連射したのですが、その全ては相手の障壁によって完全に防がれました。
それを見届けた私は隣にいるシルヴィアさんに声をかけました。
「おそらく私達の方が魔術のレパートリーも魔力量も上です……でも」
「ええ。向こうは手慣れたプロの魔術師です……気を抜いたら、本当に死にかねませんよ」
「分かっています……一秒でも早く仕留めましょう」
「そのつもりです」
もうレウスが切った期限までは二十分もない……急がないとユーフィリアさんが危ない。
「国のために、周りのために愛する人を後回しにして戦っているお兄様のためにも……」
「ええ……リリアさんは白い髪の男の方を、私はもう一人と戦います」
「分かりました……行きましょう」
「遺言は掛け終わったか……行くぞ……<生命力吸収>」
「……<光子障壁>……遺言がいるのはそちらの方で……くっ」
相手の闇魔術を障壁で防いで反撃しようとした瞬間、相手の魔術の真後ろに展開されていた<闇の弾丸>が私の頬をかすめた。
「この程度で最初の負傷か……さて、いつまで持つかな」
「舐めないでください……<身体能力強化>……<光弾 弾幕>」
「ちっ、目くらましか……<暗黒障壁>」
「無駄です……<神槍>」
「上か……<暗黒……」
「終わりです」
光の弾丸で弾幕を張り、それを目くらましにして強化された脚力で上空に飛ぶ。後は障壁のない上から<神槍>を叩き込むだけ……相手が障壁を張り切る前に私の魔術が着弾するは……
「ず……ゲホッ」
「リリアさん」
「よそ見してる場合じゃねえだろ」
「くっ……<水壁>」
横目で爆発を水の障壁で防ぐシルヴィアさんがとてつもなくゆっくりと見えて、次の瞬間、私の左半身に激痛が走りました。
「うわああぁぁぁ」
「おっと、お嬢さんには少々鬼畜な戦術だったかな」
「……うっ……最初から、あなたの姿、は<幻影絵画>の、幻影、ということ、ですか……」
「ああ。嬢ちゃんが弾幕を張ってくれたおかげで簡単に入れ替われたぜ……というか、喋るのは止めた方がいいぞ。傷口が開くぜ」
「ううっ、ゲホッ……余計な、お世話、です……」
「さあて、いつまで強がれるかな……<闇の弾丸>」
「……<光子……障壁>……うっ……」
左半身には闇属性の弾丸が無数に貫通していますね。左腕は穴だらけですし、肺にも穴が開いて、うまく、息ができません……その状況で貼った結界は、いとも簡単に破られ、また大量の弾丸が私の体をかすめます。
「早く降参しろよ。俺が攻撃をやめればお得意の光魔術で傷を塞ぐ余裕ができるだろう……」
「絶対に、あなた達には、屈しません」
「そうかよ」
「グホッ……うっ、ああああぁぁぁぁ」
「痛いか。そりゃあ、そうだよな……」
男は動けない私の左の脇腹を自身の靴で蹴り上げました。その痛みに、私は絶叫を上げることしかできませんでした。
「どうした、もう終わりか?」
「まだ、です……」
「もう止めとけって……」
「それ、でも……」
お兄様なら、きっとこの状況でも魔術が撃てるのでしょう。でも、私にはもうそんな余裕はありませんでした。相手を睨みつけながら私はその場に倒れそうになり……
「リリア」
階下からのお兄様の声で意識を手放すのを間一髪で止めました。
「おにい、さま……」
「状況はだいたい<遠隔視>で見えてる。こいつを一瞬止めて、そっちへ……くそっ」
階下からの轟音と振動は、お兄さまが戦っている相手がそれだけ強大な相手であることを示していました。私が戦っている相手なんかよりもずっと強大な相手と戦いながら、私達を気にかける余裕がある……
「リリア。何とか持ちこたえて……」
「お兄様、結構です……ゲホッ」
「無茶言うな。死ぬぞ」
「お兄様は、そっちに、集中、して、ください……」
「だけど……」
お兄様が強いというのは分かっています。あの七賢者をして自分達以上と呼ばせるのですから。でも、それでも……私だって超越級魔術師です。なにより……
「……もう、お兄様に頼りきりになるのは御免です……いつか離れて傷つくことになる前に、私から離れるんです」
「リリアちゃん。意地にならない……<氷壁>……で。あなたが死んだら、元も子もないんですよ……」
「シルヴィアさん、そっちに集中してください」
「リリア、分かった、もう十分だから……」
「慰めの言葉はいいです。お兄様は引っ込んでいてください」
「そうか……分かった。頑張れ」
「ちょっと、クライス様何を言って……」
「リリアなら何とかできるよ……俺が過保護すぎたな」
お兄様のその言葉で、私は痛みや恐怖が少し治まっていくのを感じました。世界最強の大魔術師として、私の頼れるお兄様としてかけてくれた絶対の信頼……その感情が恋愛であったなら、などと未練がましいことも思いますけどね……
「嬢ちゃん、よそ見しすぎだよ……<闇球>」
「そうですか……」
「リリアさん」
シルヴィアさんの絶叫が響く中、私は自身に迫る大量の闇属性の玉をぼんやりと眺めながら、ゆっくりと右手を前方に出しました。その瞬間、私の前面に光の障壁が展開されました。
「ちっ、まだそんな集中力が……まあいい、今ので限界だろう……<闇の弾丸>」
「遅い、ですね……」
「なっ、いつの間に……」
「今、ですね」
「この一瞬で、あれだけの傷の再生と、転移魔術を同時行使したってのかよ……」
「ええ、正解です」
魔術同士の衝撃によって発生した光の中、私は自身の左半身を光魔術で完全再生すると同時に、即座に<転移>を使用し、奴の背後に回った。さて、目の前にいるのは魔術を撃った直後の中級魔術師……超越級魔術師との魔術の撃ち合いで勝てるわけがない。
「まだ、終わってねえよ……<暗黒障……」
「遅いです。後、障壁ごと飛ばしますから関係ないです……<神撃の旋風>」
「第九階位の詠唱短縮だあ……ゴホッ……はあ、どこに、そんな力、が……」
「お兄様にもらったんですよ……」
全身を切り裂かれ、壁にたたきつけられ意識を失った魔術師に私はこう続けた。
「魔術とは意志の力なんです。自分の創造力と想像力次第でどんな風にも使える。どんな風にも世界を操れる……そうお兄様が教えてくれました」
そう言い終えて、振り向くと、後ろでは私の戦闘が終わったのを見て、再び集中して魔術行使をしているシルヴィアさんの姿が見えました。そして階下からは相変わらずの爆音が響いています。
「お兄様は何の問題もないでしょうし、あの分ならシルヴィアさんも一人で何とかしてしまいそうですね……疲れましたし、少し休憩しましょうか」
そのまま私は結界を張りながら、半ば倒れるようにしてその場に座り込みました。さっきまでの恐怖が一気に押し寄せてきて泣きそうになるのをこらえつつ……
「これでリリアさんは大丈夫ですね」
「ポトゾルがあんなガキにやられるなんて……」
「リリアさんはただの少女ではないですから。あのクライス君の妹さんですからね」
「ほう……で、そういうあんたは何者なんだよ」
「そうですね……魔術修行中の魔術師見習いです」
「どこがだよ……<範囲焦滅>」
「……<降雨>」
リリアさんはこれで一安心ですが……どうやらこちらに参戦する余裕はないようですね。いくら勝ったとは言えど、幼い彼女が負うにはひどすぎる傷を与えてしまっていますし、この後は休んでもらいましょうか。
「第四階位の<降雨>で<範囲焦滅>を遮断するとか、どんな腕だよ……」
「お褒めに預かり光栄です」
「そうか、よ……<火弾>」
「後ろですか……」
先ほどの魔術の衝突によって発生した膨大な水蒸気を目くらましにして私の後ろに回り込まれていたようで、後方から無数の火の弾丸が私に迫ってきますが……さすがに想定の範囲内ですね。
「……さっさと焼け死ね」
「何を馬鹿なことを言っているのでしょうか……<氷球>」
「くそっ、即席の氷の壁かよ」
大量の水蒸気を凍結させてできた氷の壁は、一瞬だけ私を守って消え去りました。しかしそれだけの時間があれば十分です。
「多少は魔力が無駄だが……<爆炎障壁>……これは避けられねえだろう」
相手の叫びと同時に相手の足元とリリアさんの結界の範囲を残して王城の床一面を炎が覆いました。間一髪で上空に<転移>で逃げられましたけど……これ、後で修復できるんですか……などと余計なことを考えている場合ではありませんね。
「……避けるのは余裕ですね。そしてあなたの負けです」
「なっ、どこ行きやがった」
「上ですよ」
「いつの間に……<転移>か。一体何属性使えるんだよ」
「あなたに答える義理はありませんね」
「そうか……<火弾>……」
「悪あがきですね……リリアさん、結界を維持し続けてください……」
「了解です……」
「……<降雨>」
私の詠唱の終了とともに、膨大な量の雨が相手の魔術を押し返し、そのまま炎に覆われた床に到達しました……真っ白な水蒸気で何も見えなくなった瞬間、私はそれに向かって魔術を撃ち込みました……
「……<氷弾>」
氷の弾丸は水蒸気に触れた個所を次々に凍結させ、無数の凍結個所は広がり、その速度は次々に早まっていきました。
「ふう。これで、私の方も終わりですね……」
「シルヴィアさん、お見事です」
「伊達に長い時間を過ごしてはいませんからね」
一面が凍り付いた床の上に降り立った私にリリアさんが駆け寄ってきました。そして周囲を見渡すと、二人の男は表面を氷漬けにされて完全に動きを止めています……これならどんな人間でも戦線復帰は絶望的でしょう。
「しかし、問題はお兄様がこのままだと上に上がってこられないというところですね」
「まあ、クライス様なら問題ないとは思いますが……」
「ですね。さて、私達は先に上層に行って、ユーフィリアさんを探しましょうか」
「そうしましょう……リリアさん、身体の傷は大丈夫ですか?」
「ええ、なんとか……ちょっとだるいですけど……今は行かせてください」
「ええ。未来のお姉さんのためですからね」
「それは言わないでください」
「分かりました。気を付け……何ですか、この振動……」
「まさか……いや、それはあれだけの戦闘をすれば分かっていたことですけど」
「床が重さに耐えかねましたか……キャッ」
「えっ……キャアアアアァァァ」
そもそも階段の周囲に上階から何かが落下して不安定になっていたフロアは、リリアさんの風魔術や男の火魔術でズタボロになり、とどめに私の作り出した氷の重さで倒壊したようですね……
「……<座標転移>」
と、落下しかけた私達の体が転移魔術によって安定していたフロアの階段に移動しました……誰がやったかは見なくても分かりますね。
「お兄様」
「リリア、シルヴィアさん、無事ですか」
「ええ、私達は……」
私達の前にはローブを煤だらけにしたクライス様が立っていました。その顔に焦りが見えるのは……どうやら気のせいではないようです。
「お兄様、何か手伝えることはありますか?」
「いや、いい。それよりあいつが瓦礫の山から復帰する前に……もう来たか。二人とも早く上層へ」
「はい……しかし、本当に大丈夫なんですか?」
「何とかします……だから、詩帆を見つけてください」
戦闘に対する余裕さはみえるのですが、どうやら焦りの理由はそこのようです。
「一秒でも早くこいつを片付けて上に行きます」
「分かりました。お待ちしています」
「お兄様、先にユーフィリアさんを見つけておきます」
「頼んだ……早く行け……<光子障壁>……」
瓦礫の山の底から撃たれた強大なブレスを防ぎつつ、足場のないフロアに飛び込んでいくクライス様を見ながら、私とリリアさんは階段を駆け上がりました……
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