第百八話 王城解放作戦
作品のまとめ力が落ちているかと思います。本当にすみません。
リュエル伯爵は鍵を手で押さえたままで、俺達の方を振り向いて言った。
「このまま鍵を抜けば、閂の外れた扉が自重でゆっくりと開きます。中からはこの鍵以外では開けられないので、おそらく外に他の見張りが待機していると思うのですが……」
「分かりました。少し外の様子を探ります……<生命探索>……扉の正面に一人、両脇に一人ずつ。少し進んだ通路の先に一人ですね」
「魔術師は分かるかい?」
「魔力の量的に両側にいるのが魔術師じゃないかと思うんですが……まあ、考えている時間がもったいないので潰しますね」
「ああ、そうしてくれ……ただ、今後のことも考えて、騒ぎを起こさないようにね」
「了解です……<遠隔視>」
さて、扉の隙間から魔術を介して外の様子を伺うと…うん、前の奴は騎士で間違いないな。帯剣しているし、魔力量も皆無だし。そして両側にいるのは……初級魔術師か。まあディアミスが中にいるなら、それで十分だったんだろうが、ちょっと考えが甘いよなあ。
「ええ、やっぱり扉周辺の三人は魔力量で視た通りのようですね……じゃあ、皆さん行きますよ……」
全員を振り返って、数人が頷いたのを確認すると俺は即座に通路と牢獄の境目に<幻影絵画>と<防音結界>を張った。そしてそれと同時に牢獄入口付近の三人に向かって魔術を放つ。使う魔術は雷と闇の二つ……
「……<麻痺の雷撃> <眠りへの誘い>……リュエル伯爵、開けてください」
「は、はい……もうですか?」
「ええ、大丈夫です。いや、少し待って下さい……はい、もう大丈夫です」
「では……」
その言葉とともにリュエル伯爵が穴から鍵を引き抜くと、重たい音を立ててゆっくりと石の扉が開いていく。念のため昏倒している魔術師と騎士を風魔術で扉に触れない位置に飛ばしておいて正解だった。扉に潰されていれば間違いなく圧死していただろう。
「すごい……あの一瞬で傷一つなく昏倒させるなんて……」
「まあ、クライス様は規格外ですから」
「みたいね……それで、あの先にいる兵士はなんでこちらの様子に気づかないのかしら?」
「<幻影絵画>と<防音結界>を張ってあるから」
「三種の魔術の同時行使って……」
「いや、四種だよ」
「どのみち異常ですね……クライス様、この先にあの人以外の監視は?」
「<生命探索>で追う限りは、次の監視は地下牢獄への通路の入り口扉の外にいるが……それが何か?」
「なら、あの兵士の方は私が気絶させても構いませんか?」
「別にいいですけど……」
「それでは、やらせていただきます」
そうシルヴィアさんが言った瞬間、男の体が城の壁面にめり込んだ……いや、正確に言うのなら、何かに吹き飛ばされて突き刺さったという方が正しい。
「す、すいません……少し、<大地神の大槌>の加減を間違えました……」
「間違いすぎですよ。なんなんですか、あれは。オーバーキルもいいところじゃないですか……まあ、死んではなさそうですけども」
「本当にすいません……弟のことで、少し気が立っていたみたいで……」
「ああ……」
確かに先ほどの再会に関しては、いくら温厚なシルヴィアさんとしても色々と思うところがあったのだろう。ただ、そうは言っても……いや、そんなことを考えている場合じゃない。
「なんだ、今の音は……なっ、おい、どうした……誰か、来て……」
「……<岩石の弾丸>……全員、気を引き締めなおしてください」
「ハリーさん、すいません」
「ここは戦場と同義です。いくらなんでも緩みすぎてます」
「はい……」
確かに緩みすぎてたな……まあ、俺としては緊張をほぐすためにしていたんだが……少々、行き過ぎたな。
「ハリーさん」
「何ですか、クライス君」
「さっきの確実にばれましたよね」
「ええ。私達がいるとまでは思わないでしょうが……まあ、このまま登れば時間の問題でしょうね」
「ですね……なら、戦力を分けましょう」
「何を言っているんですか、フィールダー卿」
「クライス君、ユフィが捕らわれて、おかしくなってるの?」
戦場のど真ん中で、ただでさえ少ない戦力を分散するという俺の提案に周りが反対する。だが、俺の話相手のハリーさんだけには意図が伝わったようだ。
「……普段なら悪手ですが、今はそうするしかなさそうですね……」
「ローレンス宰相、失礼を承知で申し上げますが……正気ですか?」
「ええ、正気です。クライス君、姿を誤認識させるか、変化させるか消し去る魔術があるということだね」
「はい……ひとまずハリーさんとリュエル伯爵、それからソフィアさんにもかけておきますね……<召喚 幻影狐 陽炎>」
俺は召喚魔術の幻影狐の能力を利用して、三人の周囲に持続的な幻影結界を張った。それにより三人の姿は消えた。
「うん……これで、大丈夫です」
「本当に消えているんですか」
「はい。こちらからは全く見えませんよ」
「ああ。魔術の系統すら予測がつかないが……とにかく完璧に姿が消えているね。効果時間は?」
「一時間程度で自然に魔力が霧散して元に戻ります」
「そうか、分かった……さて、その分け方を提示したということは、君が掃討役で、私達が直行すればいいのかな」
「ええ」
「それじゃあ、また後で会おう……伯爵、ソフィア嬢、行きましょう」
そのままハリーさんは二人を連れて、王城内に向かった……さて、これでレオンのことはハリーさんに任せておけばいいな。
「ではシルヴィアさん、行きましょうか」
「はい……それで、私達は一階から順に制圧し、ハリー様たちは直接上層階の殿下の救出に向かわれるということですよね」
「そういうことだね。ついでにおそらくどこかに囚われている王城の使用人や騎士団の解放もしていくけどね」
「ただ……私達が下で騒ぎを起こしたら、捕まっている二人が危ないんじゃないでしょうか」
「大丈夫だよ。俺が姿を変化させれば問題ないから」
「どういう意味でしょうか?」
不思議そうな顔をして尋ねてきたシルヴィアさんに俺は通路を歩きながら説明を始めた。
「奴らは詩帆とレオンを人質として扱っている。ただ、あの二人は交渉の材料であると同時に奴らの命綱でもある……あの二人を殺した瞬間、俺やハリーさんが戦力として参加するのに遠慮が無くなるからな」
「つまり、私達が既に王城内に侵入しているということが発覚しなければ……」
「奴らは下手にあの二人に手が出せない。腐っても魔術師なら上級以上の魔術師の異常性は把握しているはずだからな」
「なるほど……でも……」
「危険性は承知の上だよ……だから、俺が全力を出せるようにシルヴィアさんと組ませてもらった」
「すいません……」
俺の言葉に怒気がこもったせいか、シルヴィアさんが少し申し訳なさそうな声で言った……冷静にならなきゃな。一秒でも早く、詩帆を救い出すために。
「いや、いいよ……さて、行こうか」
「はい……まずは王城の正面大扉の方に行きましょうか」
「ああ。急ごうか……ただ、もう臨戦態勢に移って」
「えっ、それはどういう?」
「残念ながら、もう説明の時間はなくてな……<突風>」
そう言いながら、通路の先にたどり着いた俺は扉を風魔術で吹き飛ばした。と、同時に飛び込んできた魔術を<反射障壁>ではじき返す。その爆炎と粉塵の中で自身に幻影魔術をかけて、雅也の容姿に姿を変える。
「これは……」
「もう既に囲まれてるね……大魔術で一気に吹き飛ばすから撃ち漏らしたのはお願いできるかな」
「もちろんです」
「……じゃあ、行くよ……<死毒の霧>」
まずは俺達の周囲に<死毒の霧>を展開し、麻痺毒で一気に全員を仕留める。そのまま、自身たちに被害が及ぶ前にシルヴィアさんを抱えて<転移>で王城正面大扉の方向に移動する。今度は周囲の兵士を<上昇気流>で天井にたたきつけて気絶させる。
「やっぱり一階に戦力が集中し始めていますね……」
「同意です……全滅させるのは苦労しそうですが……まあ、後で上層階の救出に向かう際の不安要素はなるべく減らしておきたいですし……」
「うーん、何か王城のフロア全体に魔術を同時行使する方法はないですかね……」
「そうだなー」
そんな相談をしつつも、片手間で周囲の魔術師や騎士たちを風魔術や雷魔術次々昏倒させながら、俺達は正面大扉に向かって行く……うーん、しかしフロア中の人間の戦闘能力を奪う、か。
……普通に<雷爆雨>や<死毒の霧>を使うのは効率が悪すぎるし……というか<雷爆雨>は王城の一階が崩落しかねないしな。かと言って、水没させたり酸素を抜くのも……いや、窒息死体まみれになるのも気持ち悪いし、というか本当に王城が崩落するし……
「もう少しですね。この先の謁見の間に出られれば、そこから王城中央階段を使えますし、たぶんリリアさんとも合流できますし……あの、クライスさん。聞こえてますか?」
「ああ、聞こえてるよ」
「いや、一階にいるのが初級以下の魔術師か傭兵くずればかりですから余裕なのはいいんですが……さすがに気を抜きすぎ……てないみたいですね」
「もちろん」
後方から飛び込んできた無数の弾丸系魔術を全弾撃墜しながら、シルヴィアさんに答える。ついで、前方から飛び込む無数の矢、槍、剣を<錬金>で分解する。正直言って、ぬるい。だからこそ俺は戦闘を継続しながら、次の手を考え続けられる。
「ば、化け物……こ、こいつどこの魔術……し」
「……<大地神の大槌>……クライスさん、超越級魔術を派手に使うと正体がばれます。気を付けてください」
「すまん……つい、な……んっ、そうか」
「クライスさん、どうかしましたか?」
「いや、この面倒な殲滅を秒で終わらせる方法を思いついた」
「なにをされるおつもりですか?」
「こうするんだよ……」
その直後に王城正門前の謁見の間に飛び込んだ俺は三つの魔術を放った―――
「お兄様。ものすごい悲鳴が聞こえたのですが……」
「気にするな。それより急ぐぞ」
「それは分かっていますが……」
「リリアさん、大丈夫ですよ。一人も死んではいませんから」
「はあ」
正門近くにいたリリアを<座標転移>で王城内に引っ張り込み、二階に駆け上がったところで、そんな話になったのは必然だろう。なにせ一階にいた百人近い人間が一瞬で昏倒したのだから。
「まあ、<濃霧生成>で一階の全ての床を濡らして、<麻痺の雷撃>を使っただけだからね」
「魔術の効果範囲は異常ですが……確かにやっていることは、魔術学院の講義レベルでもやるような基本的な戦術ですね」
「基本に勝る良案はなかなかないだろう」
「それはそうでしょうけど……」
「リリアさん……」
「えっ……」
「……<水壁>ちっ、やっぱり一階のようにはいかないか」
「そう、みたいですね……」
リリアに向かって飛んでくる火炎弾を<水壁>で打ち消した俺の視界の先には……
「おいおい、もう侵入者かよ。下の盾はどうなっているんだ」
「おそらく抜かれたんだろう……まあ、雑魚ばかりだったしな」
「えらく態度の悪い魔術師たちだな……」
そこには中級以上の魔術師たちが三十人以上も集まっていた。
「……まあ、余裕か」
「お兄様ならそう言うと思いましたけど……挑発は止めた方が……」
「もう遅いよ」
俺の言葉の直後、リリアの忠告も虚しく数百発の魔術の弾丸が俺達に降り注いだ―――――




