第百七話 囚われの姫
お待たせしてすいません。先週はルームマッチと文芸部で忙殺されてました。
という訳で今週からは春休みに入るので、意地でも投稿ペースを上げたいと思います……筋肉痛がひどくてだるいので、もっと遅れたら、すいません。
「そろそろ出口が見えてきます」
「確かに、別の光が見えますね」
魔石によって永続的に光り続ける<火球>の明かりが等間隔に並ぶ地下通路を行くこと五分。通路の先から自然光が差し込むのが見えたところでリュエル伯爵が足を止めた。
「この先は王城地下牢の隠し独房の天井に出ます」
「隠し独房?」
「利用方法は……おそらくフィールダー卿のご想像の通りかと……」
つまり、表向きは投獄できないはずの人間や、秘密裏に監禁しておきたい貴族や王族の幽閉用ということか……
「分かった……で、そこの天井からどうやって降りるんだ?」
「この通路を最後まで行きますと、入口同様に階段にたどり着きます。その階段は隠し独房の外壁内部を通って、独房の天井裏に通じています。そこに縄梯子がありますので、それを利用して降りられます」
「なるほど……でも、それって中からの脱出には使えないんじゃ?」
「もともとの用途が独房だからだろ」
「そういうことですね」
「待ってくれ、リュエル伯爵」
リュエル伯爵が俺の見解を肯定したところで、ハリーさんがその言葉を遮った。
「はい、何でしょうか」
「私はこの通路は把握していないんだが……間違いなく、この通路はクーデター対策で作られている……国家予算を利用しないと、こんな大規模な隠し通路は作れないはずだ。一体、どれだけの隠し通路を王室庁は極秘で建造しているんだ」
「もちろん秘密です」
「分かってはいるが……まあ、今はそれどころじゃない、か……」
ハリーさんが気になっていることもかなりヤバい話な気もするが……まあ、そんなことよりヤバいことに俺は気づいてしまった。
「リュエル伯爵。この真裏に隠し独房があるんですよね」
「ええ。通路の位置関係としてはそうなりますね」
「そうですか……ハリーさん。この独房が現在使われている情報は入っていますか?」
「いや、使われていないはずだが……まさか?」
「はい、この壁の向こうに二人ほどの魔力を感じます」
「……誰かは分かるかい?」
「詩帆……ユーフィリアでないということは分かりますが……残念ながらそれ以上は」
「そうか……」
魔力によって相手を見極めるというのは魔術師の勘の様なものだ。一度でも感じたことのある魔力なら誰の者かは判別できるが、逆にそれ以外の人間の魔力を見ても個人の特定まではできない……
「それで、魔力量は?」
「……両者の差が大きいですね……ちなみに王女様の魔力量は?」
「レオン陛下と同等かそれ以上だと思ってくれて構わないよ」
「魔術のできる王女様、か……まあ、では魔力の動きと魔力量を見るに、魔力量の多い方が王女様で、少ない方が監禁している方ですかね……まあ、一つ気になる点はあるんですが」
「そうか。ともかく彼女が救出できれば動きやすくなる。使用人たちはおそらく部屋に閉じ込められている程度だろうし、残りの二人の戦闘能力の高さは知れているからね……ただ、心配なのはユーフィリア嬢か」
「はい……とにかく、一刻も早く王女を救出して、王城を奪還しましょう。それが一番の近道です」
「ああ……そうだね」
詩帆の状況に心配は尽きないが……今は目の前の王女様を救う方が先決だ。一旦気持ちを切り替えなきゃな。
「それで、お兄様。気になる点というのはどういうことですか」
「ああ……相手の魔力量が極端に少ないんだよ」
「つまり相手は魔術師じゃないということですか……それなら宰相とフィールダー伯爵がいるこちらで苦も無く救出を……」
「危険です。間違いなく相手は高位の魔術師です」
リュエル伯爵の発言を遮って声を荒げたのは後ろから様子を見守っていたシルヴィアさんだった……待てよ、シルヴィアさんならこの壁の向こうがひょっとして……
「ええ。クライス君の発言通り極端に魔力が少ないというのは魔力隠蔽魔術を使用している証左です。しかもそれを極限まで抑え込めるとしたら間違いなく高位の術師です……が、シルヴィア嬢。今の発言を聞く限り、あなたは確信を持って壁の向こうの人物を高位魔術師だと言い切りましたが、まさか知りあいなんですか」
「……たぶん、間違いないかと……ただ、私もこの微かな反応だと確信はありません。ただ、明らかに見知った魔力だったので……」
「その人物は高位の魔術師なんですよね?」
「ええ」
「その人物の使用可能属性と階位を教えてください」
「は、はい……確か……っつ……これは」」
「クライス君……これは」
「分かってます」
シルヴィアさんが相手魔術師について語ろうとした瞬間、膨大な魔力が壁の向こうから発せられた……もう一刻の猶予もない。
「ハリーさん。どんな魔術が来るか分かりません。大至急、他の全員の保護を」
「分かった」
「お兄様……無茶だけはしないでくださいよ」
「悪いな、リリア……なんか嫌な予感がするからな」
「は、はい……って、どういう意味ですか?」
「……いや、なんか魔術を先に撃とうとしているのが王女様の方な気がして……ちっ、まずいな……」
王女様が放とうとした魔術に対して、どう考えても相手の方が魔術の展開が早い……防御、間に合え……
「私には何も分からないのですが」
「伯爵様、大丈夫です。私にもさっぱりです……何か巨大な魔術の感覚はするんですが……」
リュエル伯爵とソフィアさんの気の抜けた会話を聞きながら、俺は壁の向こうの状況に介入するタイミングを冷静に読み続けていた………
――――五分前 王城地下牢隠し独房内
「…うっ、うう……」
「目が覚めたか。まあ、そろそろ頃合いか」
気がつくと私は冷たい床の上にいました……状況を考えると私室から魔術で眠らされて連れ出されたみたいです。
「……ここは?」
「王城の地下牢だ。まあ、居心地は悪いだろうが、何もしなければ危害は加えんから安心しろ」
私の目の前にいる男は黒いローブを羽織っているせいで顔も見えませんが、どうやら若い男性のようです。
「……この状況で、危害を加えないという発言を信じろと言うのですか」
「信じるかどうかはそっちの問題だ。そもそも落ち着いて考えれば、人質をこの状況下で簡単に殺す訳がないだろう」
「あら、王城を占拠して、国王と王女を監禁するような相手にそんな良心を期待できる訳がないでしょう」
そんな風に言いつつも、私は必死で泣くのを堪えていました……久々の外出がこんなことになった上に、殺されそうになるなんて……怖くて仕方ないに決まってるじゃないですか。
「ふん、威勢はいいが、内心は怯えきっているようだな」
「何のことでしょうか。王族たるもの、このような状況でも冷静であるのは当然でしょう」
「俺の精神魔術なら魔術的な抵抗を知らないお姫様の感情の動きぐらいなら簡単に読める。誤魔化しても無意味だぞ」
「さっ、最低ですね。淑女のこころを盗み見るなんて」
「そこは冷静にしらを切る場面だと思うんだが……まあ、いい。ともかく下手に抵抗されても面倒だし、一度眠ってもらうか」
男はそう言って、私の方へゆっくり近づいてきます……ふん、油断しているようですが……私だって魔術師なんですよ。
「さて、眠れ……<眠りへの誘い>」
「…<範囲焦滅>」
「はっ、この狭い範囲で火魔術を使うなど…ちっ……<氷結領域>……しまった」
私が放った<範囲焦滅>を、相手はいとも簡単に氷の障壁ではじいた。はじかれた炎はそのまま私に向かって来て……
「……あっ……」
炎の熱気が私に近づいてくる……この距離じゃ、もう……
「いや。まだ、死にたく……」
「……<絶対零度>」
私がそう叫んだ瞬間、一つの詠唱とともに周囲が静寂に包まれた。
「ああ、まだ死なせない。君を死なせるとお兄様に殺されそうだからな」
「えっ……」
気が付くと、私の目前に迫っていた炎は完全に凍り付いていた。そして後方の壁には綺麗な四角い穴が開いて、そこからローブ姿の男性が入ってきていました。
「ええっと、あなたは……」
「これは失礼を……次期王宮筆頭魔術師クライス・フォン・ヴェルディド・フィールダーと申します。王女殿下、以後お見知りおきを」
そうやって大げさな礼をした彼の姿が私にはとても輝いて見えました。
「ふう、何とか間に合ったみたいですね……怪我はないですか?」
「は、はい。大丈夫です」
牢獄内の魔力が最大まで高まった瞬間、咄嗟に通路側から壁を<錬金>で分解して中に飛び込んだのだが……
「凍り付いた炎ですか……こんなことができるのはお兄様ぐらいですね」
「エリザベート王女殿下、ご無事で何よりです」
「ハリー、あなたもいたのね。ふう、これで安心ですね」
「いや、まだだ……<暴風雪衝破>」
他の面々が独房内に入ってきたところで、氷の壁の向こうの空間が爆発した。それを氷魔術で相殺し、そのまま発生した高温の水蒸気を凍結させて地面に落とす。
「で、一体あんたは何者だ?」
「そっちこそ……本当に人間か、その魔力量」
「ってことはそっちは人間じゃないってことか」
「ああ、そういうことだな」
「ディアミス。なぜ、あなたがここにいるのですか」
「……姉さん、なぜここに?」
俺がいつでも魔術を発動できるように構えていると、相手の魔術師に向かってシルヴィアさんが声をかけた。
「……姉さん、ってことは?」
「はい。彼は私の弟のディアミス・フィーリア・フォレスティアです」
「つまりフォレスティアの王子ってことか……なんでこんなところに?」
「それは私も聞きたいですね……ディアミス、なぜここに?」
「色々と事情があった。それで国を飛び出したんだよ」
「その事情を言いなさい」
「今は言えないんだよ……ただ、ここにいたのは偶然だ。少し面白そうだったから付き合っただけだよ」
「……面白そう?この計画が完了すれば何人死ぬと思ってるんだ」
「……それに関しては俺には関係がない……」
そう奴が言った瞬間、俺は咄嗟に<超電磁砲>を奴の頭部に向けて放っていた。しかし、それよりわずかに早く、奴が転移して回避した。
「クライス君」
「お兄様」
「……<次元孔>」
俺を制止しようと声をかけたハリーさんとリリアの声に、一瞬我に返った俺は即座に<超電磁砲>を次元の壁の外に消し去った。
「危ないな。いきなり何をするんだ」
「危ない……命の危機に瀕してる人間が上に何人もいるんだが、それに対する弁明は?」
「ない。俺は王女を監視していただけだからな」
「そうかよ」
反省の色が見られない相手に<大地神の大槌>を叩き込んだが、それも回避される……駄目だ、一度冷静になれ。
「……とにかく、お前はクーデターの現行犯だ。個人の恨みは置いておいて確保させてもらう」
「今更、冷静になっても遅いよ……<隠密><転移>」
「なっ……」
一瞬にして奴は俺達の目の前から消え去った……おそらく地下通路経由で地上に脱出する気だろう。
「くそっ。追っている時間はないか」
「ですね……地上でマーリス師匠やセーラさんが捕まえてくれるのを祈りましょう」
「はい……残念ながら時間がないですね」
「ええ、相手の指定した時間まで、残り三十分ほどしかありません」
シルヴィアさんは追いたそうにしていたが、ここは諦めるしかないだろう。こういう危機的状況下では優先順位をつけていくしかない。
「そうか……じゃあ、リリア」
「はい。お兄様、なんでしょうか」
「エリザベート王女を連れて地下通路から脱出してくれ」
「……まあ、戦力増強よりも要人の安全の確保が先決ですからね。分かりました」
「ああ。一階までを制圧したら、そこで合流しよう」
「分かりました」
ここから先も分散して開放を進めていくことを考えるとリリアのように単独で行動できるレベルの魔術師は外したくはないが……王女殿下を安全に脱出させる方が先決だろう。それが終われば合流すればいいし、どのみち地下通路を脱出するまでは複数人で同時に魔術行使ができるようなスペースもないのだから。
一応、<座標転移>を使うということも考えたが、地下からやると……失敗した時が怖いので、ここは安全策を取った方がいいだろう。実際、ここの座標が正確には分からないから本当に誤差で地面に埋まる可能性も高いし。
「というわけで、皆さん先を急ぎましょう」
「ええ……リリアさん、王女殿下を頼みました」
「はい、わかりまし……」
「嫌です。私もいっしょに行きます」
「えっ。すいませんが、殿下は危険なので……」
「私だって魔術師で、ちゃんと中級の魔術も使えます。きっと戦力になります」
「しかし、殿下はまだ……」
「子供は黙っていてください」
「こ、子供?殿下よりは年上です」
「リリア嬢、殿下、今はそれどころではないんですが」
確かにエリザベート王女の魔力量は中級のかなり上の方にあるようだし、さっきの火魔術の威力を見るに、ソフィアさんと並ぶレベルで戦力になるだろう。ただ、問題は……
「殿下」
「何でしょうか、フィールダー筆頭術師様」
「様?いえ、殿下、畏れ多くもさすがにその敬称は……」
「あら、嫌でした?それなら止めるわ」
「それもそうですが……とにかく、殿下にはこの先は危険です。どうか僕の妹と一緒に脱出を」
「それは嫌よ」
「殿下の様な幼い方をさすがに戦場に連れて行くわけには……」
「私は幼くありません」
俺だってリリアを連れて行っているぐらいだから、そこまで年齢に対して厳しくは言えない。俺だって体は十五歳だし。それにユーフィリアやレオンだって無事なら戦力として当てにするつもりだった。ただ……
「お兄様、もう時間が……」
「分かってる……すみません、殿下。ご無礼をお許しください……<眠りへの誘い>」
「フニャッ……なっ……スーー」
「リリア、後は頼んだ」
「分かりました。お兄様達もお気をつけて」
そう言ってリリアは俺が開けた穴からエリザベート王女を抱いて出て行った……そう、エリザベート王女は確かに金色のロングヘアに銀色の大きな瞳が印象的な美幼女だった……
「ハリーさん。王女殿下って……」
「今年で十歳になられます」
「そうですか……さて、まずは王女殿下を救出できましたし、さっさと上階に昇って制圧しましょうか……リュエル伯爵、出口は?」
「ここです」
そう言って示した場所のくぼみにリュエル伯爵が鍵を挿すと、そこがゆっくりと回転した。
何とか七章を今月中に終わらせたいですね……たぶん、厳しいですけど。




