第百六話 作戦会議
少し遅れました、すみません。
……二十分後 とある隠し通路
「クライス君。ユフィの居場所に見当はつかないの?」
「いや、そう迫られても……さすがにこの魔術的な防御力も高い王城の中から探し出すのは無理がある」
「意外と役に立たないわね」
「ひどいですね。いろいろと……」
「まあまあ、お兄様。ソフィア先輩もいろいろと気が立っていらっしゃるんですよ」
「あら、リリアちゃん。それってどういう意味かしら?」
「い、いえ深い意味はないのですが……」
俺の少し前を歩くリリアがソフィア嬢の突っ込みにたじたじになっている。意外と新鮮だな、こういう光景。いや、なんとなく上級生相手にも気後れしなさそうなタイプに見えるから。
「この通路は今、どの辺りなんですか?」
「確か、この地点なら丁度頭上に王城の外周壁がある辺りでしょうかね」
「では、もうすぐですね」
「ええ。そろそろ皆さんも気を引き締めてください」
さらにその前を行くシルヴィア王女とリュエル大臣の話を聞いて、先頭を行くハリーさんが後ろを振り向いてそう声をかけた。
「……なんで、こんなことになったのかなあ?」
「お兄様、何か言いましたか?」
「いや、別に」
さて、俺がなぜ女性比率高めの集団で行動しているか。話は十分前の臨時閣僚会議終了間際までさかのぼる―――――
「それでは、現状の通常政府機能の統括は引き続きローレンス公爵とフローズ子爵にお任せします」
「うむ、分かった。ひとまず警備隊に関してはこちらに導入しなくても問題なさそうだからな。周辺警戒に当たらせよう。フィルシード大臣、それでよろしいですかな」
「構いません。警備隊の指揮権は移譲していますから」
「では、そうさせていただきます」
レウスが切った期限は一時間。それまでに全員を救出しなければならないということで、会議の内容はまずは各部門の責任者を決めて、指揮系統を一括化するところから始まった。これに関しては流石はレオンが選出した閣僚陣だけあって、押し付け合いもなく、スムーズに決まった。丁度、全員を適所に振った形だな。
そのまま大まかな王城奪還の手法と潜入メンバーを決めて、その間の治安維持に関する話までが終わって今に至る。
「では、ここから先の奪還作戦の統括指揮官はフィルシード大臣に移管します」
「ああ、承った。まあ、宰相が前線に赴くのもどうかと思うが、高位戦力である上に陛下の私室内部を知り尽くしているあなたを行かせないという選択肢はない、か」
「無茶は承知しています。その上で、それを認めて下さった皆様、本当にありがとうございます」
「礼は必要ない。まあ、リュエル大臣にも同行をお願いしているしな」
「私の動向は必須ですからね」
王宮内のありとあらゆる行事から雑務までを統括している彼女なら最も安全なルートを選べるだろうという点から、戦闘能力のない彼女の同行が決まった……まあ、戦闘になれば俺の結界で保護すればいいから比較的安全か。
「それよりも、ここは私達で何とかするから宰相達は早く行ってくれ」
「では」
「みなさん、後はお願いします」
「失礼します」
「待って下さい」
「うおう……<空力緩衝>」
閣僚陣に別れを告げて部屋を出ようとした俺の前を、直後に人影が遮った。即座に風魔術で自身の速度を減衰させて停止すると、そこに立っていたのはソフィアさんだった……いや、一人じゃないな。
「ソフィアさんに、リリアまで……なんで、ここに?」
「すいません。私がすべて話してしまったんです」
「まあ、この中に入れたのは私だけどね」
「どういうつもりですか?」
三人の後ろからひょっこり顔を出した師匠に俺は、厳しい声でそう尋ねた。
「どうもこうもないよ。友人のために力になりたいと言っていて、実際にそのための力は三人とも持っているからね」
「そういう話じゃありません。ここから行く先は、冒険とかではなくクーデターを起こした狂った人間たちからの王城奪還作戦ですよ。そんな危険な場所に連れて行けません」
「君ならそう言うだろうね」
「僕じゃなくてもまともな大人なら誰でもそう言うかと……」
「クライス君、後ろを見てごらん」
「後ろ?一体何が……」
俺が振り向いた先では、ソフィアさんに壁際に追い込まれ、頷いているフローズ子爵の姿があった。
「えっ、ハリーさん。一体何が……」
「フローズ子爵は、娘さんに甘いことで有名ですよ。ソフィア嬢に手を出したら、この国でまともな商取引は二度とできないかと……」
「理不尽な……親バカすぎませんか?」
「まだ命があるだけましでは?軍務卿や財務卿の娘さんに誤って手を出したら……」
「……出したら?」
「良くて国外追放か投獄……まあ、大半は暗殺でしょうか?」
「ハリーさん、エマ先生の機嫌を損ねて殺されないよう……その、頑張ってください」
「……頑張ります」
どうやらこの国の貴族のお父様たちの(可愛い)娘に対する親バカ度はかなり常識外のようだ……本気で気を付けておこう。いや、俺は詩帆以外に手を出す気はないけども、周りから仕掛けられる可能性もあるしな……
と、そんな自己保身を考えているとソフィアさんが俺の前に戻ってきていた。
「ローレンス宰相、クライス様、お父様から許可はいただきました。足手まといにはならないように気を付けますので、連れて行ってください」
「うーん、でもなあ……」
「……クライス大臣、この国の魔術師団の実力はご存知でしょうか?」
「いや、詳しくはないですけど……確か前筆頭魔術師が第八階位で、魔術師団の上位層に第七階位が二人いたことは知ってますね。ああ、後半数以上が第四階位以下の魔術師だってことも……」
「私の魔術階位はご存知ですよね」
「それはもちろん。確か魔力が第六階位……風が第六階位で、水が第五、階位……」
「大半の魔術師団の人間より私の方が魔術階位は上です」
確かにそれを言われてしまうと痛い。危険であることには変わらないが、魔術師の階位は一違うだけで大きな差になる。それは同時に彼女より格上の相手が出れば危険ということでもあるが……
「脅威になるのは、第六階位以上ってところですか……」
「フィールダー卿、考慮の時間ももったいないです。戦力ならありがたく増やさせていただきましょう」
「……はあ、分かりました。ただし、周囲には本当に気を付けて下さいね」
「ええ、もちろんそのつもりです。ユフィを助けに行って私が捕まったら本末転倒でしょう」
「そうですね……まあ、ともかく行きましょう。時間もないですし……で、リリアとシルヴィアさんは何でついてくるんですか?」
「同行するためです」
「同じく」
「師匠」
部屋を出ようとする俺達についてくる二人の返答を聞いて、俺は再び師匠に顔を向けた。
「二人に至っては何の問題もないだろう」
「そういう問題じゃないんです。女性をむやみに危険な場所に送り込むのが問題だと言っているんです」
「……私だって同意見だよ」
「じゃあ、何で……」
「セーラが、行かせてあげろと……」
「ああ……」
俺は何も言えなかった。なぜなら俺も詩帆に同じように言われたら、たぶん逆らえなかっただろうから……
「大切な人を助けたい気持ちがあって、その力があるのに手を出させないのは酷だと思わない……なんて言われたら返す言葉がないよ。僕も色々と無茶をしてきたからね」
「……同じく、ですね。現に今も無茶をしようとしていますから……はあ、分かりました」
「お兄様、いいんですか」
「いいよ。まあリリアとシルヴィアさんの魔術の実力は疑いようがないし」
両者とも魔力は超越級で、複数属性の中級以上の魔術が行使できる。間違いなくいいところ中級の王宮魔術師程度には負けないだろう。
「それで、師匠はどうするんですか?」
「私は万が一に備えて……外から狙撃できるようにはしておく」
「分かりました。そんなことがないよう善処します。それで、セーラさんは?」
「街中で召喚獣や精霊を使って危険物や危険人物の掃討中だよ……本当に、彼女だけは敵に回したくないね」
「同感です……」
賢者二人がバックアップ体制を整えているのなら……俺は、一人の人間として友人たちを助けに行こうか。
「師匠、後はよろしくお願いします」
「ああ。さて、急いでくれよ」
「もちろんです。というか言われなくてもそうします……リュエル大臣、王城への潜入ルートの出入り口はどこですか?」
「……そうですね。姿の見えない王女殿下やユーフィリア嬢のことを考えまして……王城地下牢獄に繋がるルートを選びます。侵入口は軍務省の警備隊管理局の地下です……場所は……」
「魔術省とちょうど逆側だ。<座標転移>を使うんだろうフィールダー卿……いや、作戦行動中はクライス君と呼ばせてもらうよ」
「では、僕もハリーさんと呼ばせてもらいます。それよりその場所なら直接近辺に飛べますから、皆さん、動かないでください」
「えっ、何が起こるんですか?」
「リュエル伯爵、いいからそのままで」
「はい」
「では……<座標転移>」
俺の魔術が完成すると同時に瞬間的に景色が切り替わり、騎士団の集会場から軍務省警備隊管理局の正面受付へと飛んだ。
「ここは……本当に管理局ですね」
「そういう魔術ですから」
「とにかく、先を急ごうか」
「はい。通路の入り口はこちらです」
そう言いながらよどみない足取りで先頭に立ったリュエル伯爵を追って俺達は歩き出した。するとそこで、リリアが後ろから声をかけてきた。
「お兄様」
「どうした?」
「<座標転移>って確か一度訪れた場所の魔力を手掛かりに転移する魔術でしたよね」
「ああ、そうだけど。それがどうかしたか?」
「だったら、お兄様。警備隊の管理局にどのような用事があったんですか?」
「魔人討伐の時に、事情聴取を受けただけだよ」
ユーフィリアと初めて出会うことになったあの王都の魔人襲撃事件では、俺以外に全容を把握していたものがおらず、かなり長時間の聴取に付き合わされた。まあ、そんなことが役に立つこともあるのだから、役所からの要請には素直に従っておくべきだな。
「ああ、そういうことでしたか……わたしはてっきり……いえ、何でもありません」」
「てっきりってどういう意味だ?」
「……てっきり、魔術の誤射で家でも崩壊させたのかと……」
「リリアの俺のイメージってどうなっているんだ……」
「暴走魔術し……いえ、何でもありません」
「もう、全部言ってるようなもんだよな、それ」
リリアからの印象が最悪だろうとは思っていたが……さすがにひどくないか。
「あのなあ、俺って魔術の正確性だけは高いんだからな」
「突っ込みどころはそこですか……」
「当たり前だろ」
「リリアちゃん、お兄さんにまともに言っても駄目よ……こういうところが鈍いから、ああなったわけでしょ」
「そうですね」
「ねえ、納得するのかよ」
「君達、緊張感ないな……」
「着きました。ここが入口です。今、開けますね」
ハリーさんが俺達の会話にため息をついていると、地下倉庫の端にたどり着いたリュエル伯爵が全員に声をかけた。そのまま胸元から取り出した鍵束でそこの扉を開いた。
「中は暗いですから気を付けて下さい」
「暗いけど……薄ら明るいな」
「苔の一種ですね。暗いところで光るので最低限の光源にはなります。あっ、階段を降り切った先の通路はきちんとした光源がありますからご安心を」
そう言いつつ、階段を下っていくリュエル伯爵を追って俺達は地下通路を下っていく……




