第百四話 魔術省視察
今話から対クーデター話です。
投稿間隔は善処します。
しばらく行くと建物の前でハリーさんが誰かと立ち話をしているのが見えた。おそらくここが魔術省なのだろう。
「これはこれは大臣、お久しぶりです。ここで話すのは初めてですね」
「そんな、こんな若輩者に恐縮です。お久しぶりですアディウス副大臣」
ハリーさんと話していたのは魔術省の副大臣アディウス子爵だった。白髪で優しそうな眼をしたおじいさんで、この数週間は動けない俺に代わって大臣職の多くを肩代わりしてくれていた方だ。聞くところによれば魔術の実力もかなりのものだということだ。
「若輩者などと謙遜されなくても……あなたは国を救った英雄ですよ」
「そう言われると照れるので、勘弁してください」
「ふむ、やっぱり最初の印象通り、気さくな方ですね」
「気さくも何も、まだ十五歳の子供ですから」
「それもそうですね……さて、立ち話も何です。ローレンス伯爵、お話は伺っております。どうぞこちらへ」
そう言いながら、ニヤリと笑った副大臣の様子を見るに、どうやらあらかじめ話は通してあったようだな。そして、この人も相当の魔術師だな。
「ハリーさん……」
「話は後にしましょう……賢者様達もすごかったですが……さすがは歴戦の証ということでしょうか」
あの話をしながら、副大臣は俺達の幻影を生み出し、俺達を外部から不可視化していた。その技量のほどは計り知れない。
人の波をすり抜けるように進んでいく副大臣を追って、俺とハリーさんも動き始めた。
十五分前。王宮前広場。
「さてと、雅也も行ったし、私もそろそろ買い物に戻りましょうか」
雅也と別れた私は小規模な庭園もある王宮の前庭で、お茶を飲みながら一息ついていた。
「全く花を渡すだけで大げさなのよ。みんなも来ていればこんな面倒なことにはならなかったのに……」
雅也にお祝いがてら冷やかしに行くつもりだったので、学院の面々やアレクス君たちも一緒に来るのだと思っていた。ところが現実は一人だけで行くことになってしまった。別に雅也と二人きりになるだけでドキドキするような純真な乙女ではないけど……さすがにあの状況で二人きりはつらい。
「本当に何に気を使ってくれたのやら……むしろ、私の方が迷惑をかけて恐縮しているし……」
みんなとは一時間後に学院の前に集合することになっていた。全員がすぐに場所が分かるからというのが理由だけど……時間を取らせてしまって申し訳ない気分だ。というか、元々の理由から考えるとそんなことしなくても本当によかったのに……
「と、いつまでも文句を言っていても仕方ないわね。早く行きましょうか」
ソフィアなど一部は嫌がらせが半分ぐらいかもしれないが、まあほとんどは私を思ってのことだろうし、文句はこれぐらいにしておこう。そう思って立ち上がった私は、視線の先に見てはいけないものを見てしまった。
「あれって……どう見ても護衛と姫には見えないわね」
それは城の一角から、一人のドレス姿の少女が連れて行かれるところだった。少女を囲んでいる男達は手に手に剣や杖を持っているし、何より少女が怯えているのがよく分かった。
「何があったかは知らないけれど……」
待ち合わせには遅れてしまうが……まあ、人命には変えられない。それに……
「まあ、そんなにかかるとも思えないし、早く終わらせて何事も無かったかのように戻るとして……さて、助けにいきましょうか……っつ……」
「ユーフィリア様。下手な手出しはされるものではありませんよ」
私が前に踏み出そうとした瞬間、首筋に一本の剣が突き付けられた。気が付くと私の前には黒ずくめの男が立っていた。
「何者?私の感知に引っかからないなんて……」
「あなたが本気を出していたならともかく、普通の風魔術の感知結界程度なら高位の闇魔術ならいくらでも誤魔化しようがあるんですよ」
「そう……いったい、何をする気?」
「それをあなたに話すとでも?」
「思ってないわよ」
そう会話をしながら時間を稼ぎ、隙を見て転移しよう。そんなことを私は考え始めていた。
「さてと、そろそろおとなしくなっていただけますかね」
「するとでも?」
「しなければ、痛い目に合ってもらいますよ。あっ、依頼者の命令で殺しはできませんからご安心を」
「どういう意味?」
「あなたが私達の側に付き、クライス・フォン・ヴェルディド・フィールダーと別れて私のもとに来るというのであれば、あなたに危害を加えないと言っているわけですよ」
「……なるほど。それで黒幕の狙いがレオン陛下とクライスなのか……というか真の狙いは私かしら?」
私の質問に後ろから別の声が響いた。その声に私は今回のクーデターの原因の全てを知った。そこまで分かれば、後はこのことを陛下や雅也に伝えればどうにかしてくれる。
「さすがは聡明な頭脳をお持ちで」
「それで、それなら先ほどの女の子は誰なの」
「ほう、それが気になりますか?」
「当たり前よ。あんな物々しい連中に囲まれて連れて行かれるなんて、どんな素性かは気になるわよ」
「そうですか、ではその前に僕の先ほどの質問の答えを……」
「ええ、答えてあげるわ……」
「どうぞ。まあ、あなたほど聡明な方なら答えは分かっているとは思いますが……」
「<転移>……あれ?」
転移魔術は発動しなかった。相手の手を見ると、何か石のようなものが握られていた。それを見て私は三日前パレードのことを思い出していたが……もう、遅かった。
「そうですか。それがあなたの答えですか」
「くっ……ええ、そうよ。あの人以外との結婚なんてまっぴらごめんだわ」
「そうですか、そうですか……じゃあ、手荒な真似は使いたくなかったんですが……仕方ない。まあ、動かなけらばできるだけ傷はつけないようにしますよ……<高圧水流>」
「遅い。この程度なら結界も身体能力強化もいらない。それじゃあ、今度はこっちから行くわよ……<死毒の……>」
「何を言っているんですか……遅いのはあなたの方ですよ」
「どういう意味……うっ……」
魔術が発動する寸前、私は右腕を貫く激痛で集中が解けた。そのまま発動寸前の魔力が霧散する。
「悪いね、嬢ちゃん」
「はっ、しまっ……た」
余裕だとタカをくくって、相手が放った水魔術を避けたのが間違いだった。そこで結界を張っておけばよかった。
それに気づいたとき、後ろに迫る男が私の後頭部を殴った……
「えっ……あっ……」
私はその衝撃で意識が朦朧とした。それでも、なんとか雅也たちに何かを伝えようとしたけど、その想いが形になることはなく……
「どうします?」
「ひとまず地下牢にでも放り込んでおけ。監視はお前に任せる……ただし汚したら……」
「はいはい、分かっていますよ」
「ならいい」
男達の不快な会話を聞きながら………私の意識は……完全に消えた――――――
「というところでしょうな。私についている者に関しては、一通り探りを入れましたが……これといった情報は特に」
「そうですか」
大臣室の隣にある会議室で、資料の束を見せながらアディウス副大臣はそう語った。
「結局、現在の捜査の進捗では、私達が出した結論と同じということですか」
「ええ。お役に立てず申し訳ありません」
「いえ、あなたが協力的なだけでこちらとしてはすごく助かっていますし」
「それはどうも……それで、一応あくまで調べられる範囲に限ってですが、王宮魔術師団の方も探ってはみましたが……まあ、こちらの方も怪しい点は皆無でしたね」
「つまり、省内の事務方のトップ周りが怪しいと」
「ええ。もちろん私を信じていただけるなら、ですが」
「信じましょう、ひとまずは」
「ありがとうございますローレンス伯爵」
ハリーさんが伯爵呼びされてるのにとてつもない違和感を感じるが……今は余計な口を挟まないでおこう。
「さてと、まあ今話せるのはこれぐらいでしょうかね」
「そうですね。まあ、下手に大々的な調査をして犯人がやけになって、大事を起こされても困りますから、引き続きそのような形でお願いします」
「心得ました……それでは、一段落しましたし、少し世間話でもしましょうか」
「是非。ああ、僕はこの後は魔術省の省内の視察だけですから時間ありますけど、ハリーさんは?」
「私も大丈夫です。それから公的な場ではローレンス伯爵と呼んでください。私はいいですけど、周りが色々とうるさいですから」
「気を付けます」
「やはり、そういうところを見るとお若いですなあ」
副大臣は俺とハリーさんの様子を見て、そんな風に笑っていたが……俺、中身の精神年齢は四十歳こえてるはずなんだが……その発言を素直に受け取ってもいいのか?
「失礼しました」
「いえいえ……ところで、フィールダー子爵殿……いや、この話をするのならクライス殿とお呼びしましょうか」
「構いません。公的な場ならともかく、ここはあくまでプライベートでしょうし」
「そうですね……クライス殿は王立魔術学院の一学年首席だったと思いますが……私の息子のことはご存知ですか」
「確か、入学式の後の魔術披露や、魔術祭の時にお会いしていますね……まあ、周りが教えてくれなければ、あなたの息子だとは知らなかったんですが」
アディウス子爵の息子は俺達の二つ上の先輩であるレウス・フォン・アディウスさんだ。印象はそこまで濃くはないが、いつもバン先輩や、詩帆と張り合っていたヒステリックな先輩を後ろから押さえていた印象がある。
「そうですか……息子はどうでしたか?」
「……個性の強い他のクラスメイトの調和を取り持つ、優しい先輩だという印象が強いですが……水魔術の制御力はなかなかですね」
「ふむ。あなたほどの魔術師にそう言っていただけるとは、中々嬉しいものがありますな」
「ありがとうございます……それで……その息子さんに何が?」
「ええ。私もそれを聞きたいと思っていました。何か、先ほどの件に関係があるのでは?」
「……ハイン。レウスはまだ戻ってきていないな?」
「ええ。まだです」
そう、俺とハリーさんが尋ねた瞬間、副大臣の顔が変わった。そして、一息をついてから秘書にそれだけを尋ねると、ゆっくりと俺達の方に向き直った。
「息子は、今、王宮の敷地内の騎士団詰め所で開かれている魔術師たちの研究会に参加しています」
「ええ。そういう組織があることは知っていますよ。確か多くが第四階位以下の魔術師で、自分の少ないレパートリーをどれだけ実戦に使える練度にするかを目的とした集団だと聞きましたが……」
「それは表向きです。実際は、どうしたら魔術師団の、魔術省のトップに立てるかを模索する集まりです」
そこまで聞けば、勘のいい人間ならその先の流れは見える。ましてや俺とハリーさんはその事件を追っている身だ。
「……つまり」
「ええ。そこの研究会には魔術省も一部の資金を融通していますから、あのパレードの後から調査を始めたのですが……今朝の報告で出先不明の資金が大量に見つかりました。更に私の私財も調査しましたが……結果は同様でした」
「なっ……ハリーさん、そこが黒で確定です。すぐに研究会の面々を確保しましょう」
「分かっています。大至急、王宮筆頭魔術師団と騎士団を動かしましょう」
「残念ながら、それは不可能です」
「どういう意味ですか?」
「それは……」
「クライス君。その理由は外を見れば分かる」
副大臣の言葉を遮って、部屋に入ってきたのは師匠と……
「あれ、シルヴィアさんまで……何で?」
「いいから、窓の外を見なさい」
「ええ。まあ、いいですけど……はっ?」
窓から見えた王城は、あちこちに魔術師や騎士が立ち、監視を続けていた。
「まさか……騎士団と王宮魔術師団の裏切り……」
「はい。前政権で裏取引に加担していた人物が大半で、現役の団員が半分、クビになったり投獄されていた人員が半分と言ったところでしょうか」
「そして首謀者は……見覚えのある顔だな」
<遠隔視>で王宮のバルコニーを覗くと、そこにはローブ姿のレウス先輩がいた。そしてその奥には……
「レオン……あいつが何で捕まっているんだ。レウス先輩と同程度の面々なら、城の中で騒ぎが起きた時に逃げるぐらいはできたと思うんだが……」
「おそらく、あの方を人質に取られたのでしょう」
「あの方?」
「……レオン様の実の妹君です」
「いるなんて聞いていないけど?」
「前国王や、グレーフィア伯爵に襲われるのを恐れて、ずっと匿っておられましたから」
「あいつの方がよっぽどシスコンじゃねえか」
それなら納得だ。俺だってリリアが捕まって、動けば殺すと言われれば……たぶん、どうにかして全員を殺してリリアを救い出すな。
などと思っていたら、シルヴィアさんが俺の前に出てきて……深々と頭を下げた。
「シルヴィア王女、い、一体何を……」
「すいません。私は、見ていたのに、助けられませんでした」
「何をですか……」
「人質になっているのは、陛下と王女殿下だけではないんです」
「他にも使用人やまともな騎士や魔術師もいるでしょうからそうでしょうね」
「違うんです……私の目の前で……ユーフィリアさんが……」
「ユーフィリア……彼女に何が……」
「男二人に……殴られて、昏倒して……そのまま……連れ去られました」
「……えっ」
「本当にすみません」
周りの言葉など一切聞こえなかった。
気が付くと俺の動作は完全に凍り付いていた――――――
面白かったらブクマ等お願いします。




