第百三話 子爵位即位と不穏な動き
遅ればせながら12万PV突破しました。またブクマ150件突破しました。本当に読者の皆様に感謝の念でいっぱいです。
そして普通にぼうっとしてたら忘れかけてた定時投稿を逃しました。
「クライス・フォン・ヴェルディド・フィールダー。我、レオン・アドルフ・ルーテミアはルーテミア王国国王の権限を持って汝に王国子爵位を授けるものとする」
「謹んでお受けします」
「ああ。貴殿の功績は我が王国に対して大変有意義なものだ。今後も活躍を期待しよう」
「……ありがたきお言葉です」
パレードから三日後。俺は王宮の謁見の間で新閣僚陣に見守られながら、叡爵の儀を行っていた。そして、この一連の流れの後、最後に国王から一本の剣を授けられることで叡爵の儀は完了する。
「ああ。さて、無駄話をする時間もこのぐらいにしておこう。ハリー伯爵、例のものを」
「はい、かしこまりました」
俺の前に叡爵の儀を済ませたハリーさんは義父であるローレンス公爵とレオンの根回しのおかげで、何の問題もなく伯爵位を受けた。まあ、公爵家の養子の方が、子爵家の三男よりかは無茶が利くということだ。
さて、そのハリーさんが謁見の間の裏に入り、布に包まれた細長いものを持ってきた。おそらくあれが剣なのだろう。
「フィールダー子爵、前へ」
「はい」
「では、これを渡すとしよう。これを自身の信念とし、折らぬことを誓うか」
「ええ、誓います。この剣は……」
「んん?剣、何のことだ?」
「ええ、これは儀式のための剣ではないんですか?」
「ああ」
唐突な不思議発言に俺を含めて場の全員が固まった。それを気にすることなくレオン陛下が続ける。
「そもそも子爵は剣は使えるのか?」
「いえ、全く」
「では必要ない」
「いえ、ですが、そうは言ってもあくまで儀礼的なものですから……」
「生憎、今の我が国に儀礼用の剣を作る余裕はない」
「はい?」
そんなことは知っている。この間の戦争やパレード襲撃事件もそうだし、国家予算の使い込みが発覚して、帳簿を整理した結果、実際には記載額の十分の一程度しか国庫になかったという民衆には聞かせられない話もある。ただ、それを言ったら……
「でしたら、パレードも必要なかったのでは?」
「何を言っている。あれは民衆の不安を解消するために必要だ」
「ううん、なるほど……分かりました。この話は後にします。それで、この包みは何なのでしょうか」
「開けてみるといい」
「では……」
そう言いながら、その布を取ると……一本の杖が出てきた。
「……あの陛下、これは?」
「魔法杖だ。これなら主も使えるだろう」
「そうですけど……儀礼は守りましょうよ。軍務卿閣下とか、怒りのあまり震えていらっしゃいますよ」
元軍務卿、故グレーフィア伯爵は数々の汚職や不正行為の数々によって爵位を没収し、家も取り潰された。ただし詩帆はもちろん国を守った英雄であるため、レオン達主導の下で戸籍上は縁を切られた。このことに詩帆がものすごく喜んでいたのを覚えている。
そこで、新しく軍務大臣に内定したのがライン・フィルシード殿。ジャンヌさんの実父で、騎士団でも最高クラスの実力と指揮力を持っていたが、上層部に嫌われていたため出世できなかった人物である。本来なら騎士団長を務めるはずだったが、その職を娘に譲り、今の地位に就いた。
さて、ここまで説明した通りフィルシード卿は生粋のたたき上げの軍人である。平民生まれではあるが、本来なら騎士団長になれていたほどの人物なのだから、当然のことだ。だからこそ、儀礼にうるさく、剣を命としている可能性が高い。だからこそ……
「陛下。今すぐ儀式を、元のものに……」
「その必要はない……ハハハ、新しい形でいいではないですか」
「えっ……」
「フィールダー子爵。フィルシード卿は新しい考え方を取り込んでいく方だ。でなければ私が、軍務大臣に勧誘などするはずがないだろう」
「言われてみれば」
つまり、フィルシード卿は最初から怒っていたのではなく笑いをこらえていたという訳だ。事実、周りの新大臣たちからも苦笑が漏れている。
「それで、フィールダー子爵」
「はい……」
「その杖を自身の信念として、折らずに民のために生きることを誓うか」
「……誓いましょう。ただし……」
「ただし……」
「僕の最優先は妻です。もしもこの国が彼女を害するというのなら、僕は全力でこの国と敵対させていただきます」
「構わん。私がそのように血迷うことがあったなら、ここにいる全員で我を殺せ」
レオンの衝撃発言に、場を静寂が包んだ。だが、自然と動揺している者や戸惑っている者はいなかった。代わりに口々に呟く。
「陛下のご意思を尊重します」
「その時は我が身を犠牲にしても止めましょう」
「そうなる前に忠言差し上げます」
「陛下なら心配していませんよ」
思い思いにそう言葉を発し、最後に俺がこう締めくくった。
「無論私も、万が一にもそのようなことが起こるとは思っておりません」
「……ふむ。では、私も皆に信じ続けていられるような国王でなくてはな」
レオンがそう言ってニヤリと笑い、叡爵の儀は滞りなく終了した。
「あのなあ、普通は事前に相談ぐらいするだろう」
「うん、咄嗟に出した方が面白いだろう。お前の反応が」
「本気で公式行事にふざけに行くのは止めてくれないか」
「安心しろ。公式行事とは言っても非公開の叡爵の儀で、周りも信頼できる閣僚たちばかりだ。仮にお前が動揺して私にため口を利いても、問題はなかった」
「その状況に陥る可能性を作ることが問題なんだよ」
叡爵の儀が終わった後、俺はレオンの私室で文句をつけていた。いくら円満にまとまったといえど、公式行事のたびにあんなことをされたら、心臓がもたないからな。
「分かっている。ああいう場以外ではさすがにしないさ」
「信じられそうはないが……信じるしかないだろう」
「不満そうに言うな」
そうレオンが言ったところで、ノックの音ともにハリーさんが大量の紙束を抱えて、部屋に入ってきた。
「レオン様。必要な資料はお持ちしましたよ」
「ご苦労、ハリー」
「そういえば、俺が呼び出されたんだったな。それで、要件はなんだったんだ」
「いくつかあるが、まずは三日前のクーデターに関する調査報告だな」
レオンはそう言うと、顔立ちを真剣なものに戻して続けた。
「まず、三日前は助かった。礼を言う」
「今更かしこまらなくても、いい。それで、あいつらの正体は分かったのか」
「分かったといえば分かったが、分からなかったといえば分からなかった」
「どういう意味だ?」
レオン達と合流するまでは基本的には相手の生死を問わずに捕縛することだけを優先していたせいで、多くの人間が服毒や舌を噛み切ることで自殺を図っていた。が、合流後に師匠と残りのクーデター参加者を根こそぎ確保した時は、口の中に仕込んでいた毒を分解したうえで、眠らせて麻痺させて捕縛したので死なせた人間はいない。そいつらからいくらでも情報は引き出せるはずだ。
「確か、俺と詩帆も精神魔術による記憶の引き出しに協力したよな」
「ああ。おそらく上位の人間だろうというメンバーを重点的にな」
俺も今回初めて知ったのだが、王宮内には尋問を専門とする騎士団の分隊があるらしく、その中には精神魔術を使える者が多数いた。そのメンバーと一緒に今回の尋問に協力したのだが……
「具体的な情報は何もなし。ただ、どこかの貴族様から暗殺を依頼されて、複数の犯罪者ギルドが合同で今回の騒ぎを起こした。だったか」
「ああ。ちなみに名前の挙がったギルドには既に捜査を入れたが……まあ、これも契約書は見つかったが、さすがにそれに証拠を残すようなら……」
「とっくに見つかってる、か」
「だな」
「で、その結論は現在も変わっていない」
今回の黒幕は新体制に不満を持つ貴族だということしか分からないということか……
「……ただし、一つ大きく絞り込める証人がいた」
「どんな奴だ」
「お前が最初に凍結させて、仮死状態にしていた魔術師」
「ああ、あいつか……」
今回のクーデターには間違いなく多くの魔術師が参加していたはずだが、明らかに中級以上の魔術師の数は少なかった。今回仕留めたのは多くが犯罪者ギルドに属する初級以下の魔術師たちだった。実際、中級以上の魔術師相手なら、いくら俺と師匠でも魔術を放たず本気で逃げられれば、あの乱戦の中で見つけるのは不可能に近いから仕方はないのだが。
「あいつだけが唯一、犯罪者ギルドに所属していないまっとうな市井の魔術師だった」
「なんで、そんな奴が……」
「昔の職場時代の弱みを立てに脅されたらしい」
「昔の職場……まさか」
「多分お前の予想の通りだ
「魔術省かな」
「正解だ。そこで度を越したセクハラ行為でクビになったらしい」
「ふーん。どうせ他にもやってたんだろ」
「ああ、省の金を抜いてたらしい」
「なるほど、ばれたら処刑か」
この国では国家予算の使い込みと、貨幣の偽造は、ある一定以上の額なら全て打ち首になる。まあ、国が破綻したら前世の現代国家のように救済措置もないから、当然の厳罰だろう。
「それで、脅してたということは……今回の首謀者は、現役の魔術省の高位官僚か」
「またはその関係者だな」
「どちらにせよ、それでかなりの数に絞り込めるな」
「ああ。まあ、怪しいのはこの辺りだろう」
そう言いながらレオンは、紙束の中から二枚の紙を俺に渡した。一枚は怪しい人物のリストで、もう一枚は魔術省の高位官僚のリストのようだ。
「この状況下で、私やお前を殺して上に上れる人物というと、最低でも各部門の次長以上だ。副大臣の派閥の人間は副大臣本人が私の派閥のナンバーツーだからな。まず問題ないだろう」
「その家族や関係者という可能性は?」
「ないな。今のままでも十分官僚としては高位の地位にある人物達だから、家族が不満を持っているとは考えにくい。本人たちは何度も会っているから分かるが、先代筆頭術師の性格を引き継いで、これ以上の野心はなさそうだぞ。むしろ基本的には魔術師としてのお前を尊敬しているようなタイプだったからな」
「そうか……」
レオンがそう言うのなら、おそらく問題はないのだろう。ということは……
「今のところ最有力容疑者候補は副大臣の敵対派閥の高位官僚たちか」
「そういうことだな。まあ、今は捜査の進展を待つしかない。あれだけ大きな騒ぎを起こしたんだし、本当に俺達に取って代わって、役職に就きたいなら、下手な行動は避けるだろう」
「まあ、同意だな」
「さてと、それじゃあ捜査状況の進展については以上だな。それで、本題はこれからだ」
「ああ」
「とりあえずその話はこの大量に積みあがった資料に関することだ」
「なんか面倒事の予感がするんだが」
「そう言うな、クライス・フォン・ヴェルディド・フィールダー王宮筆頭魔術師殿」
「もっと嫌な予感がした。というか、まだ任命されていないだろう」
本来なら今日には叡爵式と同時に、新閣僚の任命式が行われるはずだったのだが、パレードの騒ぎによって各省庁内で引継ぎを正式に行う余力がなくなったため、後回しにされた。だから俺を含めて新閣僚陣はひとまず臨時大臣や大臣代理としての権限を持って実務を回している。まあ、俺は病気療養中ということで送られてきた書類に目を通してサインをするだけだったが。
「任命式は後日として、既に権限は持っているからその呼び方でいいだろう。現職者と大臣内定者を呼び分けるのも面倒だしな」
「そうかよ……まあ、いいや。で、魔術省のなんの資料なんだ」
「端的に言えば、前任のグレーフィア伯爵の家から押収した魔術省関連の資料だな。これを持って、魔術省の視察に行ってきてほしいというのが今回の仕事だ」
「視察……クーデターの犯人捜しの間違いじゃなくてか?」
「察しが良くて助かる。まあ、そいうことだ」
つまり大臣としての初仕事は省内の人間のあぶり出しという訳だ……気が滅入るなあ。
「……分かった。今からか?」
「ああ。早い方がいいからな。それから細かいことならハリーの方が詳しいだろうから、頼むぞ」
「かしこまりました」
「えっ、ハリーさん。護衛はいいんですか?」
「まあ、王城の中ですから他の護衛もいますし。それに魔術省と王城は直線距離で百メートルも離れていませんから」
「そういうことですか」
「ええ。それじゃあ行きましょうか」
「はい」
「二人とも、気をつけろ。相手は一応クーデターの主犯なんだからな」
「分かってる。むしろ陛下こそお気をつけて」
「無論だ」
俺は<亜空間倉庫>に書類の束を入れると、ハリーさんの後を追って部屋を出た……この選択が、後々大変なことを引き起こすとも知らないで。
「クライスさん、子爵位叡爵おめでとうございます」
「ありがとう、ユーフィリア」
城を出ると、そこには花束を持った詩帆が立っていた。
「一人か?」
「さっきまでは学院の面々やアレクス君たちがいたんだけど……なんか、気を使われたみたいで」
「なるほどな」
あのパレードの後の初めての休日。そこで遊びに来ていたアレクス達と一緒に出掛けるといっていた詩帆だったが、どうやら学院の面々とも合流していたようだな。
「気を使うって……別にちょっとしたノリで花束を渡そうとしていただけなんだけどな」
「まあ、普段が普段だからな」
「誰のせいよ?」
「さあてな……って、無駄話をしている場合じゃなかった。ハリーさんを待たせているんだった」
「何をしてるのよ……もう、早く行きなさい」
「了解」
そうやって詩帆に追い立てられながら、俺はなぜだか気になったことを詩帆に訊いてみた。
「なあ、詩帆。この後はどこへ?」
「何を今さら。普通に街に戻ってみんなと合流するわ」
「そういえば、そう言ってたな……俺を狙ってる面々には気をつけろよ」
「言われなくても分かってるわよ。第一、伊達に超越級魔術師じゃないのよ」
「そうだったな……じゃあ、気を付けて……」
「ええ、もちろん。行ってらっしゃい」
詩帆と別れた俺は軽く走りながら先へ行くハリーさんの背中を追った……この時感じた疑問と不安が的中するとも知らずに。
なんとか忙しくなる前に八章までは進めたいのですが……
執筆のモチベーションに繋がりますので、面白かったらブクマや感想お願いします。
感想での指摘や要望も可能であれば実現していきたいなと思っていますので、お願いします




