第百二話 国王暗殺未遂事件
パレードが始まってから十分。俺がそろそろ手を振るのに疲れてきたころ、詩帆が少し大きな声を上げた。
「あっ、ソフィアがいたわ、横にティシリアちゃんもいるわね」
「えっ……ああ、あそこか。なんか、控えめに手を振ってるな」
「まあ、ソフィアらしいわね……ああ、理由が分かったわ」
「何だ?」
「前の方に……クラスの面々がいるからよ」
「ああ、あのメンバーと一緒にいたら変人扱いされるからか……」
「多分そうでしょうね」
実際、前の方に固まっている男子生徒たちは何に感動しているのかは知らないが、感動のあまり暑苦しくも号泣しているのが一人。我関せずとひたすら本を読んでいるのが一人。そして女の子たちを口説きまくっているのが一人……というか、後の二人は来るなよ。パレード見る気ねえじゃねえか。
「フフフ。まあ、楽しいクラスメイト達で良かったわね」
「まあ……そうだな。あれ、そういえばリリアは?」
「えっ、シルヴィアさんやマーリスさん達といっしょじゃないの?」
「いや、学院のクラスメイトと一緒に行くって聞いていたんだけど……」
「ウギャアア……」
俺が詩帆とそんな会話をしていると、外からそんな声が聞こえてきた。嫌な予感がした俺が、笑顔のままで視線だけをそちらに向けると……
私が風魔術によって、もう一度私の臀部に触れようとした男の腕を切り裂いたことで、場の状況は余計に悪化していました。
「ウギャアア……」
「てめえ、仲間に何しやがる」
「公衆の面前で女性に痴漢行為をはたらくあなた達もどうかと思うんですが……」
「痴漢?自意識過剰なんじゃねえのか。ちょっと当たっただけだろう」
私は失敗したと思いながら、自分を取り囲んでいる三人の男たちを睨みつけました。クラスの皆さんと一緒にいるときに嫌な目線を感じたので、パレードに迷惑をかけないように少し裏通りに入ったのが間違いだったでしょうか。
「当たった。あれだけはっきりと触れるどころか握っておいてですか……」
「たまたまバランスを崩して当たっただけだよ……」
「白々しいですね……まあ、いいです。とにかくこのことを周辺の警備に当たっている騎士団が警備隊に言えば、公平に取り扱ってくれるでしょう」
実際は私の立場が立場だから、おそらく私が一方的に相手を害したというような事実でもなければ確実に相手が捕まるのは間違いないのですが……まあ、これで相手も逃げるでしょうし、何とかなるでしょう。
と、思っていると、裏通りから出ようとすると突然男達が私を取り囲みました。
「……どういうつもりですか?」
「悪いが、俺達も警備隊に知られると不味い立場でねえ」
「……まさか何かの裏仕事の最中に痴漢をしたんですか……呆れますね」
「うるせえ。こうなりゃ、てめえを殺して……」
「付き合いきれません……<転移>……発動しない?」
「おい、お前、もうあれを使ったのか」
「仕方ないだろ。たっく、第六階位以上の光魔術師とかシャレにならねえよ」
男達の会話的に、どうやら何らかの方法で一時的に<転移>を禁じることができるみたいですね。ただし、そんな強力無比なものの連発は不可能だと思います。だけど……
「死ねえ……」
「っつ……<光子障壁>……は、速いです」
「当たり前だ」
「くっ……<眠りへの誘い>」
相手の動きが異常に速いですね……おそらく身体能力強化>を使っています。しかも何とか先ほど腕を切り裂いた男は眠らせましたが、そんな速度で向かってくる手練れがまだ二人……いつ、さばききれなくなるか……なら……
「……<暴風切断術>」
「はっ……」
「えっ。リーダー」
「素人じゃないんですから。その程度で動揺しないでくださいよ……<風神の大槌>」
「グべラッ……」
リーダーと呼ばれていた男の両足を切断し、残っていたもう一人が怯んだ隙に、壁にたたきつけて気絶させました。
「ふう……なんとか、なりましたね」
「てめえ、街中でこんな魔術を連発して、ただで済むと……」
「そういうあなたこそ剣を振り回していましたが……」
「俺達は応戦しただけだと言えばいい。警備隊の連中ならその意をくんでくれるだろうさ」
「そんなところも腐敗していたんですね」
足を切断されたリーダーの余裕の表情を見るに、おそらくその腐敗した警備隊の一派はまだクビになっていないのだろう。だが、私にはもっと巨大な後ろ盾がある。
「好きにすればいいですよ」
「なっ。お前は監獄送りだぞ。それでいいのかよ……」
「絶対になりませんよ……」
「何で言い切れる」
「申し遅れました。私、リリア・フォン・ヴェルディド・フィールダーと申します」
「なっ……王宮筆頭魔術師の妹……」
「はい」
相手の顔が絶望に染まるのが目に見えた。いくら現場の警備隊長がどう言おうが、私が監獄に送られることはない。しかし絶望というか困惑しているようにも見えるのですが……一体……
「リリアちゃん」
「あっ、ソフィアさん」
そこに、私を探していたのだろうソフィアさんがやってきた。しかも……なぜか騎士団の人間を引き連れて。
その騎士団の方達は、私が制圧した彼らをすぐに拘束しました。
「どうしたんですか、一体……」
「あなたを探していたら、たまたまさっきの状況を目撃してね。それで近くにいた騎士団の隊長さんにフィールダー王宮筆頭魔術師の妹さんが賊に襲われてます、って言ったら……この通り」
「なるほど、分かりました……」
「おい、こいつら犯罪者ギルド所属の暗殺者だぞ。しかもかなりの額で手配されてる……」
ソフィアさんから事情を聴いたところで、騎士団の中から大きな声が上がりました。その声に振り向くと、騎士団の面々が男達に詰めよったところでした。
「どういうことだ。パレードを狙ったのか」
「……」
「目標は誰だ……おい、全団に通達。警備を強化しろ」
「了解です」
「お前ら、他の仲間は……ちっ、舌を噛み切りやがったか……いや、毒、か……おい、誰か解毒を」
「私が見ます」
「えっ、リリア様が……」
「お兄様には劣りますが、これでも第九階位の光魔術師です」
「……では、お願いします」
そのまま男達の体に手を触れて、毒素を分解しようとしましたが、その前に私はとあることに気づきました。
「かなり強い毒ですね。解毒は可能ですが……おそらく即死しています……治癒は……無意味かと」
「くそっ……最初から死ぬ気だったか……先に口の中の精査はすべきだった。情報はなしか」
「とにかく、このことを今すぐ通達してパレードを止めましょう」
騎士団員たちが殺気立つ中、私は淡々と他の二人の状態を確認していました……その時
「……爆発音、かしら」
「えっ」
ソフィアさんの言葉に大通りの方を見ると、どこからか黒煙が立ち上り、パレードを見に来ていた人々が逃げ回っていました。
「総員。部隊を分けろ。A班は大至急、パレードの参加者の保護を。B班は速やかに観客の避難を」
「了解です。B班は私につけ」
騎士団の面々裏通りから大通りに出て行くのを見つめながら、私とソフィアさんはただただ呆然とするしかないのでした。
「雅也……リリアちゃんがどうかしたの?」
「いや、痴漢に襲われそうになってたのを撃退しただけだな」
「それ、結構大事じゃない」
「そうだけど……まあ、相手も街のチンピラっぽかったし……まあ、大丈夫だろ」
「そう……で、相手はどうなったの?」
「腕をズタズタにされてたよ」
「ご愁傷さまね。まあ、美しいバラには棘があるということかしら」
「ああ、それは俺も実体験で知ってる」
「何よ、私に棘があるって言いたいわけ?」
「ああ」
リリアの様子を見て、問題ないと判断した俺はそのまま詩帆と会話を続けながら笑顔を振りまき続けた。こんな話をしていても笑顔が作れるのは前世からの苦労のたまものだな。何せ、前世では国民から好印象を持ってもらっていないと、予算がシビアになったからな……
ちなみに詩帆も、職業的に営業スマイルは体得しているので、お互い気楽に喋りながらパレードに参加している。まあ<防音結界>ありきだけども。
「にしても……さすがに疲れるわね」
「まあ、三十分笑顔で手を振り続けるわけだからな……そう考えると有名人って尊敬するわ」
「分からないでもないけど……これからはあなたもその立場だからね」
「そうなんだよなあ……」
貴族として特権はもらえるが、その分こういった公務が増えるわけだ。まあ、いいことばかりじゃないってことか。
「すいません。城まであとどれぐらいですか?」
「今の時点で全行程の三分の二ぐらいですね」
「後、十五分か……」
「そうですね……ええと、もう少しですから」
「……っつ、全員、衝撃に備えろ」
そんなフォローが従者の騎士団員から入ったとき、魔力の高まりを感じた俺がそう叫んだ瞬間……馬車の右側の地面がはじけ飛んだ。
「キャア」
「ちっ……」
「加速します。お二人とも掴まって……」
「いや、動くな」
「えっ……」
「……<絶対零度>」
困惑する二人をよそに、直後馬車右側に打ち込まれた中級の爆裂魔術を氷魔術で相殺すると同時に相手もそのまま飲み込む。続けざまに全方向から放たれる矢を結界で防ぎきり、矢が途切れた方向に順に風魔術を撃ち込み、射手を吹き飛ばす。
「何、これ……」
「パレードを襲ったテロだ。狙いは俺達だけじゃないはずだ。おそらくレオンも狙われてる。詩帆はこのままここに待機しろ」
「何で……私も行く」
「俺がこっそり<転移>で抜けた後で、違和感を出さずに結界を維持してくれ」
「囮にさせる気?」
「正解だ」
「本当に妻を思ってるのか不思議になるぐらい危険で合理的な方法が好きね……分かった、好きにしなさい」
「了解。じゃあな……<転移>……あれ?」
「どうかしたの、急ぎなさいよ」
「いや……転移できない……」
「えっ?」
転移魔術を確かに発動したはずなのに、俺の体は一歩も動いていなかった……
「まさか<座標固定結界>……いや、それを使える人の誰がこんなことを……」
「雅也、後ろ……」
「ちっ、分かってる、よ」
俺の後ろに<隠密>で近づいていた男の短刀を<光線>でたたき折り、咄嗟に<亜空間倉庫>から取り出した杖で顔面を殴って昏倒させる。
「一体、何人暗殺者を送り込んできてるんだ……これ、本格的に笑えない規模のクーデターになってきたな」
潰した射手が十二人、今の暗殺者に、魔術師一人……俺だけでこの人数で、おそらくレオンもだ。
「とにかく、考えてる場合じゃないな……じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
詩帆の声を背中に受けて、素早く馬車の扉を開けて外に出る。と同時に馬車の陰に潜んでいた一人を<暴風切断術>で瞬殺する。
「多すぎるだろ。ああ、もう……<光線>」
上空に<空中歩行>で駆けあがりながら、的確にこちらに向けて魔術や矢を放ってくる者だけを打ち抜く。辺りは先ほどの魔術や矢の斉射などでパニックに陥っており大魔術で一掃できないのが面倒だ。
「レオンの馬車は……丸わかりだな……」
何せ、豪華絢爛な馬車の一つに魔術が集中しているのだ。子供でも分かる。しかし、それらの攻撃は全て魔術の結界で防がれていた。レオンの馬車にはハリーさんが同乗していたから、おそらく彼が展開したものだろう。だが、相手からの攻防が激しすぎて、攻撃魔術を放つ余裕はないようだ。なら……
「……<死毒の霧>……さてと、次は……」
沿道の両側の建物の上に固まっていた相手の射手と魔術師たちを瞬間的に麻痺毒の霧で葬り去った。そのまま俺は馬車の周りに群がっている山賊風の男達を一瞥した。
「……なんか、妙に連携取れてるな……なんか、前世で一国の軍に狙われてた時の様な……いや、あれはギャングだったっけ……まあ、いいか……」
そして全員の手足を<光線>で打ち抜いた。悶絶する男達の悲鳴など聞きたくもないので、即座に土魔術で周りの地面を隆起させて、それで作った箱の中に男達を叩き込む。
「よし、終了」
「お疲れ様、フィールダー王宮筆頭魔術師殿」
「レオン陛下、御無事でしょうか?」
「ああ、なんとか……」
「私は魔力が枯渇寸前です。助かりましたよ」
「まあ、無事で何よりです」
それを確認したところで、レオンとハリーさんがゆっくりと馬車から降りてきた。俺はそのまま周囲を確認しつつ、ゆっくり二人に近づいた……瞬間、俺の真横をすり抜けて一本の魔術弾がレオンに向かって行った。
「……レオン陛下……<爆炎……」
「……<地神……」
俺とハリーさんの結界展開はわずかに間に合わない……終わったと思った瞬間、魔力の弾丸が別方向からの魔力弾によってはじかれた。その方向を見ると飄々とした様子のローブ姿の男性が立っていた。
「……まったく、クライス君。注意散漫だよ」
「……師匠……いつから?」
「最初からだね。上空から見学させてもらっていたんだよ」
そう言いながら師匠は、魔術弾が撃たれた方向に<岩石弾丸>を数発叩き込みながら、ゆっくりとこちらに向かってきた。そして、俺に向かって笑顔でこう言い放った。
「さあ、クライス君。さっさとクーデターを潰しに行こうか」




