第百一話 記念パレード
祝本編百話は実は六章終了時点で達成しています。第零話がありますからね。
という訳でここから激動の本格的な王都政争編です。テクニカルな魔術戦をお楽しみください。
……あっ、今話は普通に平和です。
「レオン陛下。先ほどの発言はいかがなものでしょうか?」
「何のことだ。フィールダー王宮筆頭魔術師殿」
「先ほどの、私とユーフィリア嬢の関係を公然と発表するような発言ですよ」
「うん?すでに公認だと思っていたのだが?」
式典が終わり城内に戻った俺は、私室でくつろぐレオン陛下を問いただしていた。
「公認?私は割と隠すようにしていたつもりなんですが」
「どこからどう見ても公認のカップルにしか見えないが?」
「あの、ですね……」
「陛下。私も一つ聞きたいことがあります。いくらもう結婚が決まっているからと言って、公然と私の婚約者を発表しないでください。ローレンス公爵が頭を抱えますよ」
「それは構わないだろう。むしろ裏で、きな臭い面々がいろいろと手を回しづらくなったはずだ」
「それは……」
「二人ともに言えることだが、下級貴族の次男以下があれだけ高位の貴族家の娘を迎え入れて、貴族位を得られるんだぞ。変な虫が近づかないと考える方が不自然だ」
「確かに……」
「だが、国王が公認していれば、そう言った輩の数は減るだろう。下手に手を出せば、私を敵に回すことになるのだからな」
レオンの意見は腹が立つことに、文句のつけようがない。レオンの思考を考えるに、間違いなく半分以上は俺達に対するからかいだと分かっていてもだ。
「……宰相殿。陛下を諫めてくださいよ」
「残念ながらこの件に関しては、私には何も言えませんね。私に一番飛び火しますから」
「……そうでしたね」
「二人とも、何か不満でもあったか?」
「「いえ、何も」」
「それなら、構わんな……さてと、午後からは王位継承記念兼戦勝パレードだ。笑顔で出てくれよ」
「こんな顔になったのはどなたのせいでしょうかねえ」
「ああ、誰のせいだろうな?」
「てめえ……」
「抑えましょう、クライスさん……いつか、この人にも同じ目に遭っていただければいいんですから」
「なるほど」
「ふふふ、やれるものならやってみるといい。その時は不敬罪で牢獄に叩き込むからな」
「独裁じゃないか」
「王政国家とはそういう物だろう」
「何を馬鹿なことをやっているんですか……」
三人で不毛な会話をしばらく続けていると、呆れ顔の詩帆が部屋に入って来た。
「馬鹿なことって……ユーフィリア。いくら事実でも一国の国王相手にその発言はどうかと思うぞ」
「クライスさんもハリーさんも場の空気に呑まれすぎです。ここはレオン陛下の私室ですよ。陛下と言えど、相手はレオン様です。第一、本人が私的な場ならとがめても構わないといっているのに……」
「あっ……確かに」
「つい、さっきの場の空気を引き継いでましたね……レオン様。それでは覚悟していただきましょうか」
「同感だな。レオン、てめえ……」
「まあ、分かった。だが、その話は一旦後回しだな」
「どういう意味だ?」
「そうだろう、ユーフィリア嬢?」
そう確認を取られた詩帆は、頷いた。一体どういうことだ?
「あっ、もうそんな時間ですか」
「時間?どういう意味ですか」
「ああ、それは……」
「ハリー、説明は後だ。行くぞ」
「はい」
「えっ、ちょっと……詩帆、どういうことだ?」
「うーん。ごめんね、あなたにはまだ言うなって言われてるの」
「ものすごく不安なんだが」
「大丈夫。少なくとも危険ではないから」
そう言って笑う詩帆の笑みにますます疑いを強める俺だったが、事情が分からない以上は逃げるわけにもいかず、そのまま詩帆について行くのだった……
「なるほど、こういうことか……俺が拒否するとか本気で思ってるのかね」
「さっきので、もう十分顔は知れ渡ったわけだからもう気にしないわよね、あなたなら」
「ああ」
「ただ、あなたが下手に渋ったら面倒くさいからということなんじゃない」
「ふーん」
五分後。俺と詩帆は二人で王都外周路を進む馬車の中にいた。窓の外から中央の大通りを伺うと、そこには大勢の国民が詰めかけていた。
「確かに詩帆を表に出すのは嫌だけどさあ……」
「そう言ってくれてありがとう。ただし私はあなたの妻という立場でも、影にいる気はさらさらないから」
「そう、か……まあ、身体は大事にな。お母さん」
「……っ、もう、やめてよ」
「ちょっとしたジョークだよ」
これから行われる王位継承と戦勝記念のパレードは、騎士団と魔王戦争での功労者や王族、新大臣職内定者などが馬車で王都の大通りを進むパレードだ。スタートは戦勝記念ということもあって、王都の入り口であるため、王都外周路を通ってそのスタート地点に向かっているわけだ。
「お母さん、か……」
「まあ、あくまであの夢の通りだったとしても、本当に受精してるかどうかは未知数だろ」
「ほぼ確実よ」
「はあ……この魔術世界で妊娠検査なんてどうやって……」
そんな魔術がないというのは知っている。いや、判定する方法ならある。子供がある一定以上まで大きくなれば、母とは違った魔力や生命力の反応を示すので、それを感知すればわかる。ただ、そのころにはお腹も大きくなっているので、本当に確認代わりみたいなものだな。
「検査はしてないけど……その……まあ……来てないの、この二週間ほど」
「えっ……」
頬を少し染めながらそう言われて、意味が分からないほど俺も馬鹿ではない。ただ、頭の中には十五歳の美少女を妊娠させてしまった罪悪感に溺れかけていた……いや、でも中身は奥さんで、年齢制限は余裕でクリアだし、この世界の法律上は十五歳で一応は成人だし……問題ない……って、違うだろ。
「……本当に?」
「ええ……もう、何度も言わせないでよ。恥ずかしいのよ、割と……」
「そっちじゃないよ……」
「えっ?」
「おめでとう。いや、ありがとうかな」
「雅也……」
「前はいろいろとうまくいかなかったらね、むしろ早い方が安心できるよ」
「馬鹿……でも、そういう風に照れ隠しで言うあなたが……大好き」
「詩帆……」
そのままゆっくりと顔を近づけかけた時、前方から御者役の女性騎士の咳払いの音がした。詩帆がいるということで配慮してくれた結果だそうだ。ともかく、その声でこの場が馬車の中だと思いだした俺達は、慌てて離れた……なんか、今日はこんなシーンばっかりだな……二週間ぐらい、ベッドに縛り付けられてたから溜まってるのかな。
「フィールダー王宮筆頭魔術師様、ユーフィリア様、もう少しで開始地点に到着しますが……準備はよろしいですか」
「は、はい僕は大丈夫です」
「私も、問題ありません」
「それでは窓を開けますね。結界は大丈夫ですか?」
「すでに展開してあります」
「分かりました。それでは……」
そう言うと、馬車の窓が開かれた。ちなみに本来なら各馬車に結界の展開兼護衛担当の魔術師が付くそうなのだが、今回の件で魔術師不足がひどいらしく、結界を自前で展開できる俺達の馬車は除外された。まあ、その辺の王宮魔術師より圧倒的に強固な結界を張れるからむしろ安全か。
「既に前方に騎士団や陛下の馬車が先行していますので、沿道に向けて手を振っていただければ」
「分かりました。じゃあ、詩帆はまずは右側で俺が左側で」
「了解」
「ああ、すいません。陛下から伝言です。必ず一区画で一度は二人揃って手を振っていただきたいと……」
「えっ……まあ、別にいいですけど」
「……恥ずかしい、けど、ちょっといいかも……」
「詩帆、何か言ったか?」
「ううん、何も」
そうこうしている内に人々の列が迫ってきた。そのまままずは俺のいる左側に向かって詩帆と手を振る。すると聞きなれた声が聞こえてきた。
「国王陛下の親友でフィールダー王宮筆頭魔術師様か、なんかずいぶん離れた場所に行ってしまったな」
「ですね……そしてお相手はグレーフィア伯爵令嬢……王都随一の才媛と名高い方ですよね」
「そういうところはちゃっかりしてるよな。まあ、もう俺たちと触れ合うことはないんだろうけど……」
「それが身分差というもの……当たり前」
「リサはさらっと言うけど……やっぱり寂しいね」
そこから見えたのはすっかり王都の学生然としたアレクス達だった。少し勘違いしているようなので、その件に関しては説明しておこう。
「雅也。何をしてるの?」
「ちょっとな……ほい……<転移>」
王都沿道、とある場所。
「痛っ……なんだよこれは」
「石でも跳ねたのかな」
「違うみたい。これは……紙……クライス・フォン・ヴェルディド・フィールダーって書いてある」
「クライス君の字だよね……読んでみよう」
「何々……勘違いするな。お前らは幼馴染で親友だ。公的な場では今まで通りは無理かもしれないけど……まあ、休みの日にでも家に遊びに来い……まあ、たまにレオンとかが来たりするから、焦るかもしれないけど」
「あいつらしい、な」
「でも国王陛下を呼び捨てって不敬罪にならないんですか?」
「私的な場だし大丈夫だろう……良かった」
「うん……じゃあ、次の休みの日……」
「うん、遊びに行こう」
俺は詩帆に、アレクス達にやったことをざっと説明しながら手を振り続けていた。
「へー、親友ねえ。私にはいなかったものね」
「ソフィア嬢は?」
「そうね……訂正するわ、幼馴染なんていい存在はいなかった」
「それは……悪かったな」
「良いわよ、別に……それに私の前世ではあなたがいたし……」
「可愛いこと言うな。今はパレード中なんだから」
「う、うるさい。それに関しては雅也が全面的に悪い」
「余計に可愛いことを言うな」
「お二人とも、窓は開いてますからね」
その言葉に詩帆は真っ赤になって黙りこくったが、別に問題はない。俺が外側に張っている結界の内の一枚は<防音結界>だからだ。俺達の会話は外には聞こえてはいない。
その代わりに、顔を真っ赤にして縮こまるユーフィリアの姿にファンが増加し、逆にそれを独り占めしている俺に対するヘイトが上がったらしいが……まあ、気にしないでおこう。
「それにしても……」
「どうしたの?」
「いや、俺はこの人たちを守ったんだと思うとさ、なんだか誇らしくって」
「そう……」
沿道で俺達に手を振っている人々の顔は本当に笑顔だった。その様子を見るだけで、俺が死にかけたことは無意味ではなかったと思える。まあ中には俺に対して嫉妬の視線を送ってくる奴もいるし、そもそも俺が死にかけたのは半分ぐらい自業自得だけど。
「じゃあ、もう少し頑張らないとね」
「ああ……まあ、ひとまずは公務を頑張りましょうか、フィールダー婦人」
「まだグレーフィア伯爵令嬢です」
「はいはい」
そんなことを言いつつ、馬車は進んでいった。笑顔の人々の中をどこまでも、どこまでも……
「……さん、本当にやるんですか」
「ああ。私の将来のために、国王と、フィールダー子爵家の三男坊は殺す」
「それなら止めはしませんが……」
人々が笑顔で手を振る中、路地裏では二人の男が非道な策略を立てていた。そこに影から一人の男が現れる。
「雇い主さん。準備はできたぜ」
「ああ、いつでも始めてくれて構わん」
「いいんだな。俺達がことを成功させたら、その分費用がかさむぞ」
「構わない。これからの権力を好き勝手出来るのなら、その程度のはした金、手切れ金としてくれてやる」
「わかったよ。じゃあ、始めよう」
「ああ……さて、ここからは僕の時代だ……」
こうして路地裏で、王国史上初の大規模連続テロが行われようとしていたことは誰も知る由がなかった。
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