"travel diary" ~あの味を求めて~
更新遅れてすみません。
文芸部が修羅場だったもので。
ある日、早朝に起きた俺はあることを思い出した。そして、それを完遂するためにゆっくりと詩帆に気づかれないようにベッドから抜け出した。そのまま床に足を付けた瞬間……
ジリリリリ―――――
「うおっ。な、なんだよこれは……」
突然、部屋中に響く大音量のブザーが鳴った。一瞬は慌てたがすぐに冷静になった俺は、即座に転移でその場を去ろうとした。だが、その前に俺の両肩に手が載せられた。
「雅也。どこにいこうとしているのかしら?」
「い、いや……別に、ちょっとした散歩に……」
「じゃあ、その羽織ったローブは何かしら?」
「いや、外、寒いかなあ、と思って……」
「あなたって、そういうときなら他の服を着ていくわよね」
「……いや、<亜空間倉庫>の出しやすい位置にあったから」
「……ふーん。まあ、どちらにせよ絶対安静だということは変わらないんだけどね」
魔王戦争の後、昏睡状態になっていた俺が目覚めてから今朝で四日目だ。俺の負った傷は深いどころか、魔術があっても致命傷というレベルの傷だったし、自身の魔術の反動で全身に負ったダメージもかなりだった。何せ前世だったら助かっても、一生ベッドの上で生活しなきゃならないレベルだと詩帆が言うぐらいだからな。
「魔術で強引に傷を修復したとはいえ、完全に損傷が塞がっているかどうかも断定できないのよ。第一、十日も寝たきりだった人間を、誰もつけずに外に出せると思う?」
「思わないけど……いや、本当にちょっとした散歩だからさあ」
「だったら私もついて行くわ」
「……たまには一人になりたいなあ……」
「どう見ても本心に見えないんだけど……」
まずいな……このままだと、もっと変な意味にとられそうだ。仕方ない、<座標転移>を使ってさっさと行って帰ってこよう。
「そうかな……あれ?」
「……はあ。やっぱり転移で逃げようとすると思ったわ」
「……何のことだ?」
「この部屋の周囲にはマーリスさんの<座標固定結界>が張ってあるのよ」
「……ということは」
そのタイミングで、寝室の扉を開ける音が響いた。
「……クライス君。逃げ出して、どこに行く気だったんだい?奥さんに言いにくいところだったら、いつでも同行したのに……」
「あら、あなたはそんなところについて行く気だったの?」
「……あくまで冗談だよ」
「冗談ねえ……まあ、今はクライス君の方が優先だから、あなたの尋問は後にしましょう」
「尋問って……」
「……そういえば、昨日はリリアとシルヴィアさんの講義をするって言ってましたね」
そこにいたのは予想通り、師匠とセーラさんだった。二人ともに、それぞれ一室を貸してるから別に不思議ではないんだけどね。どうせ使いきれないから丁度良かったりもするし。
「それで……転移を使ってまで、どこに行こうとしてたの?」
「いや……ちょっとした狩りにね」
「狩り?それだけ重傷を負ってて行く狩りってどうなのよ」
「いや、狩りという言い方が悪かった……狩りって言っても……」
「問答無用よ。とにかく、絶対安静」
「いや……リハビリがてら、一緒に来てくれない?」
「嫌よ」
「別に危険性はほぼない森だから……」
「森って時点で危険臭がするんだけど……」
細かい事情を説明すればするほど、詩帆をキレさせている気がする……だから言いたくなかったんだよなあ。
「まあ、行けば分かるから、一緒に行こう」
「うーん……どこ?」
「ああ、それは……」
「……お兄様、どうかしたんですか?」
「まさか。容体が急変なされたとか?」
詩帆に説明を始めようとしたときに、部屋に飛び込んできたのはリリアとシルヴィアさんだった……んっ、待てよ。
「何で、二人がここにいるの?」
「昨日は泊まっていったからよ」
「聞いてないんだが?」
「言ってないから。まずかった?」
「いや、全然……それより二人とも、心配ないよ。ちょっと俺の脱走がばれそうになっただけだから」
「お兄様、何をしてるんですか……」
「脱走って、どこに行かれるおつもりだったんですか?」
「師匠の家のある山の南側の麓にある森」
「ああ、なるほどね。思い出したよ」
俺が場所を告げると、よく分からないといったような表情をする女性陣に対して、師匠が納得した顔で俺を見た。
「師匠。あそこなら今、行ってもいいと思うんですが」
「ああ、いいと思うよ」
「そんなに安全な場所なんですか?」
「ああ。全快しているクライス君なら寝てても無傷な場所だね」
「そんなに、ですか?」
「ああ。なんなら妹さんとシルヴィア嬢も連れて行っても構わない」
「マーリスさんがそこまで言うなら……分かりました。じゃあ、雅也、連れて行って……リリアちゃんとシルヴィアさんも来ますよね?」
「はい、ぜひ」
「ええ、行きますよ」
「……じゃあ。行こうか」
リリアもシルヴィア嬢も高位の魔術師だから、正直言って今の発言は何の安全性も示していないと思うのだが……俺はあえて言わないことにした。
「もう、夏になり始めるのに……寒いですね」
「そりゃあ、リリアが夜着だからだろ」
「えっ……もう、お兄様。気づいていたなら言ってくださいよ」
「いや、そういう趣味なのかと?」
「そんな訳ないじゃないですか。というか、私だけじゃなく他の二人も……」
「リリアが気づかないうちに、着替えてるぞ」
「ううう……」
そんな風にリリアをからかっていると、ふいに詩帆に肩を掴まれた。
「どうした?」
「あなた、つまりは着替えを見たってこと?」
「いや……<不可視化>をかけてて見えるわけがないだろう」
詩帆とシルヴィア嬢は、光属性の特殊魔術の<不可視化>を会得している。そのため、森に入った直後に俺の背後で着替えを済ませていた。まあ、上に色々と羽織っているだけだとは思うが……まさか、見えないからってさすがに森の中で脱ぐことはないだろう。
「いいえ、あなたならその程度を誤魔化す方法は知ってるはずよ?」
「……否定はしない」
事実、こういう隠密系の魔術を無効化する魔術はいくつかある。というか既存の魔術をあらかた把握している俺なら、それの対抗術もほとんどは即座に作れるからな。
「じゃあ、見た?」
「見てないよ。というか、昨日の夜みたいなことを経験して、今更その程度……」
「バカ。い、言わないでよ」
「フフフ、昨日の夜、何があったのかしら?」
「し、シルヴィアさん……」
詩帆の疑いを晴らすのが面倒だったので、少しからかったら失言を引き出せた。シルヴィアさんに突っ込まれて、頬を赤く染めている詩帆はやっぱりかわいいな。
「雅也。後で覚えてなさいよ」
「ああ、忘れてなかったら覚えておく」
「ふん……調子に乗って……」
「まあまあユーフィリアさん、何事もなくクライス様が戻ってきたのですからよかったではありませんか」
「それは、そうですけど……」
「シルヴィアさん。気にしてませんから、大丈夫ですよ。あれはユーフィリアなりの照れ隠しですから」
「……っ、雅也……」
「一応、二人きりの時以外はクライスって呼んでね」
今日の朝からだが、詩帆は割と皆の前でも気にせずに雅也と呼んでいた。別にあのメンバーの前では普通に使っているからいいが、もう少し気を付けてほしいところだ。
「うう、確かに……気を付けないと」
「大丈夫。詩帆が不安すぎて俺の名前を呼んでないと落ち着かないのは、分かってるから……」
それを言われた詩帆が沈んでしまったので、俺はその耳元に顔を寄せてこう呟いた。
「……まあ、そういう可愛いところが好きなんだけどね」
「はうっ……ななな、何をいきなり……」
「別に。事実を言ったまでだけど」
「そ、それはそうだけど……」
「お兄様。そろそろ止めてください……なんだか無性に腹が立ちます」
「……すみません」
詩帆とイチャついていると、さすがにリリアから少し尖った声で注意された……まあ、リリアの前でやるのはあまりに無神経すぎるか……
「謝らなくてもいいですよ。それより、まだ目的地にはつかないんですか?」
「もう見えてるぞ」
「「えっ?」」
「どういうことですか?」
「目的地はあの巨大な樹だよ」
不思議そうに首をかしげる三人の前で、俺は前方に見えていた巨木を指さした。
「あの樹に、何かすごいものでも生るの?」
「ううん。まあ近づいてみれば分かるよ」
そう言いながらその樹に近づいていくと、やがて薄らと覚えのある匂いが漂ってくる。
「あれ、この匂い。何かに似ているような」
「確かに……そうですね」
「……あっ、お茶の匂い」
「ユーフィリア、正解。これはお茶の木です」
「……こんなに大きいのに?」
「ああ。こんなに大きいのに」
俺達の目の前にそびえる巨木は、幹の直径が二メートル。高さが三十メートルもある巨大なお茶の木だった。
「これ、食べられるの?」
「ああ。普通に飲めるし、お菓子の材料なんかにも使える」
「でも、大味だったりしない?」
「よく見ろ。葉のサイズは普通のものとそう変わらないだろ」
「本当だ」
「それに、俺が普段から持ってる茶葉はこの樹から作ってるんだぞ」
修業時代に数年かけて、様々な場所に行った際に、紅茶の葉を何種類も試していた。ある日、たまたま師匠からの修業と称した虐待でここに叩き込まれた際に、この樹を見つけることになったのは皮肉な話だな。
「通りで、この茶葉はタダだから好きに使ってとか言うわけね」
「そういうこと」
「で、お兄様。今日はこれを収穫しに来たんですが」
「ああ、それがメインだよ」
「じゃあ、早く摘んで帰りましょう」
「そうですね……お兄様のお茶、楽しみです」
「しかも新鮮ですからね。余計に期待できますね」
「そうなんだが……メインの前に、詩帆、ごめんな」
「えっ……何をする気?」
「話は後だ……<光子結界> <身体能力強化>」
狼狽える詩帆たちの前に出た俺は、結界を張ると同時に自身の体に魔術で強化を施す――――直後、そこに巨大何かが突っ込んだ。
「きゃあ。な、何ですかあれは?」
「雅也。どういうことなの。まるで知ってたような口ぶりだったけど」
「ああ、元から想定済み。というか恒例行事だからな」
俺の展開した結界に突っ込んできたのは、お茶の木よりもさらに巨大な生物だった。その様子はまるで……
「恐竜、みたいね。特に巨大な草食恐竜。ブロントサウルスだとか、アパトサウルスみたいな……」
「ほぼほぼ正解。こいつはおそらく、恐竜の魔力情報によって突然変異した。この辺の劣等竜の特殊個体だよ」
「……劣等竜という言い方は気に食わん。ワイバーンと呼べ」
「しゃ、喋ってませんか……」
「リリアさん。そうおかしなことではありませんよ。膨大な魔力情報によって突然変異した個体は、加わった魔力情報によって高度な知的生命体になりえます。高位精霊や七竜なんかはそのいい例ですね」
「な、なるほど……」
シルヴィア嬢の解説通り、この竜はそういう形で生まれた生物で、この領域の生態系の頂点に君臨する。もっとも肉食ではないが。
「で、クライスさん。どういうことなのか説明していただきたいんですが」
「いや、ね。ここの領域の竜と戦って生きて帰って来いって言うのが師匠からのメニューで出されてさあ、その途中でこれを見つけたんだよね」
「うん、それで」
「俺がそれを採ろうとしたら、襲われたんだよね」
「我の領域を侵すからだ」
「まあ、簡単に言うと、こいつはこの茶葉に含まれる高密度の魔力エネルギーで生きてるんだ」
「なんで、ただの茶葉にそんなに魔力が集まるのよ?」
「ただの茶葉じゃないぞ」
「えっ?どういうことですかお兄様」
「だってこれも魔物だからな」
その言葉にシルヴィア嬢以外の二人の顔が凍り付いた。
「えっ、私達。魔物を食べさせられてたの」
「別におかしくはないだろう。美味しい魔物の肉ってのもあるし」
「それでも嫌悪感が……」
「魔物というと悪い印象を持つかもしれませんが、特殊な精霊の一種とも言えますね」
「どういうこと?」
「シルヴィア嬢、解説はよろしく。俺はこいつを倒すから」
「分かりました」
「ちょっ……雅也」
詩帆の制止を振り切った俺は相手に向かって第九階位風魔術<神撃の旋風>を放った。しかし相手も対抗して<地神要塞>で対抗する。
「その程度で、私が怯むとでも」
「いいや、思ってないよ」
「では、今度はこちらから行かせてもらおう……」
今度は相手から放たれた魔術を俺が防ぐ。そのまま上級魔術の応酬が始まった……
…………一時間後
「いやあ、新茶は美味しいなあ」
「雅也、さっきのってどういう意味だったの」
「んっ、そのままの意味だけど」
「……巨大な魔物と戦闘を繰り広げた結果、握手を交わして終わるってどういうことよ」
「ああ、説明してなかったな。この決闘で引き分けに持ち込めば、両者がそれぞれ樹の西側と東側の葉を採る権利を得るんだ」
「……それで、あれはさっきから逆側の草しか食べてないのね」
「ああ、正解だ。ついでに言っておくと、収穫してるこっちもそうだが枝の根元の方まで採りきるなよ」
「分かってるわよ」
「どういうことですか?」
「最後まで葉を採り切ると、樹自体が枯れるからでは?」
「いや、魔力を糧に生きてる樹だから枯れはしないけど……復旧に時間がかかるんだ」
実際に、最初の年は採りつくしたせいで、次の年は俺の側はほとんど葉が採れなかった。
「というわけで、正確に西側の葉の一枚目だけを採りきるぞ」
「はーい」
こうして反対側では巨大な生物が葉を啄ばむ中、俺達はのんびりと茶摘みを行ったのだった。
長くなりすぎたので、続きます。続編は七章の後になるかと。
後、次回投稿から七章に入ります。




