遠い空の下 ~砂糖まみれのチョコレート~
遅ればせながら11万PV突破しました。皆さんありがとうございます。
定時投稿とはいきませんが、久々の28分投稿ですね。
という訳で詩帆と雅也のほろ苦い物語をお楽しみください。
「はあ……」
寒空の下に私の大きな溜息が響いた。
「どうしたの詩帆、溜息なんかついて……悩みがあるなら、相談には乗るよ」
「うん、ありがとう凛子」
「それで、悩みはどういうやつなの……さすがに、家族関係とかになってくると力にはなれないかもしれないけど……」
「大丈夫、そう言った悩みはないから」
私の両親は、私が幼い時に亡くなって、私は父方の叔母に引き取られた。この事実を知っているのは昔からの友人ぐらいだろう……私の両親の死は、あまりにも真相がひどすぎるから、正直に言うと新たな友人には親友になっても話したくはない。でも……凛子なら、いつかはそんなことがあるかもしれない。
「それならよかった……で、悩みの内容は?」
「うん……ええっと、あの、明日、あの日があるじゃない」
「あの日……私もさすがに詩帆の周期までは把握してないけど?」
「……ねえ、凛子。分っていて言ってるよね」
「ははは、さて何のことかしら?」
「もう……」
私の隣で、山盛りのクレープをかじっている桜川 凛子は、私が大学に入ってから出会った情報通な友人だ。黒髪にカールをかけていて、風貌はどこかのお嬢様然としている……というか実際にお嬢様らしいのだが、正直に言って、普段の言動からは全然そうは見えない。もっとも男子にはすっかりお嬢様に見られているらしいけど……
「うん、怒っている詩帆も可愛いわよ」
「からかわないでよ……」
「ごめんごめん。それで、バレンタインに関するどんな悩みがあるのよ?」
「分かってるのなら最初からそう聞いてよ」
雅也を振った罪悪感にさいなまれていた私は、高校では表面的な友人しか作れなかった。いや、それも言い訳かもしれない。私は自分の過去を知られるのが嫌だったのだと思う。関係性が深くなればいずれは話さなければならないから。
……だから大学に入って、雅也と再会してから出会った凛子は、実は久しぶりに自分の内面をさらけ出せる友人なので、感謝はすごくしている。でも……本人には絶対にいたくないけど。
「で、バレンタインに彼氏にどんなチョコレートをあげるかってことでいいのかしら?」
「べ、別にまさ……湊崎君は彼氏じゃないし……」
「えっ、私は湊崎君のことだなんて言ってないけど」
「うっ……」
「別に隠さなくてもいいじゃない。中学時代は名前呼びまでしてた仲だって聞いてるわよ。それで大学に入ってから再会して、てっきり交際を始めたんだと思っていたのだけれど?」
「なんで、そんな話を知っているのよ……」
「ちょっと、とある筋から、ね?」
まさか中学時代の話を持ち出されるとは思わなかった……だから凛子に話すのは怖いのよ……でも、一番いい回答が得られそうなのも凛子だし……ああ、もう毒を食らわば皿までよ。
「……とにかく、雅也とはまだ付き合ってないから」
「そう……まあ、あなたが彼のことを諦めきれてないということは分かったからいいわ……このことを湊崎君に伝えた後の反応が面白そうね」
「どういうこと?」
「気づいてないのならいいわ……さてと、それじゃあ、片思いの相手に贈るチョコねえ……詩帆、あなたって料理スキルはあるかしら?」
「一通りの家庭料理とお菓子を作れる程度には」
「なら、いいわ。それじゃあ買い物に行きましょう」
「今の会話で何を決定したのか分からないんだけど」
嘘だ。本当は分かっていた。ただ、正直言ってそれが嫌だったから話を聞きに来たのだ。
「あなたがここまでの話を聞いて理解できていないとは思っていないんだけど?」
「……つまり、手作りしろってこと?」
「正解」
「無理……」
「なんでよ。あなたの調理スキルの高さは聞く前から知ってたけど……全然、問題ないと思うのだけど?」
「いや、だって……さすがに、重くないかしら?」
「そんなことを気にしてたの?」
「だって、手作りとか、なんか、一方的に渡したら……迷惑じゃないかな、って……」
雅也が私のことを完全に嫌いになったわけではないというのは、この数カ月でよく分かった。ただ、何か微妙に距離があるような気がして……こんな、私の気持ちを押し付けるような真似をしたら……
「……今の関係を壊してしまうかもしれないって、不安なの……」
「……はあ、何を言ってるのよ、まったく。バレンタインでチョコを渡すのなんて、今の関係を壊すためにやるんでしょう」
私の本音に、凛子は呆れた声でそう言った。
「それ、どういうこと?」
「バレンタインのチョコって今までの友達なんだか、恋人なんだかよく分からない距離感を壊して、正式に恋人として認めさせるために渡すんでしょ」
「あっ……そう、か……うん、そうだね……」
「理解した?」
「うん……」
「やっぱり、いつもの凛とした詩帆もいいけど……湊崎君の件になると照れる詩帆も可愛いわね」
「だから、止めて……」
「はいはい。分かったわよ。それでは、行きましょうか」
「待って。何を作るのかも決めてないのに、材料って……ま……湊崎君がどういうのが好きなのかということもあるし……」
雅也の好みを思い返すと、確かスイーツはビター系が好きだったと思うけど……今も一緒かどうか分からないし。
「……好きなかわいい子にもらうものなら何でも喜ぶと思うけど……まあ、これは知っておいた方がいいか。湊崎君の好きなスイーツの系統は少し苦めのスイーツらしいわよ。ただ、あんまり苦すぎるより多少は甘い方が良いって」
「良かった……昔と変わってない……って、本当に何でも知ってるのね」
「何でもじゃないわ……詩帆がこんなことを言ってくるだろうと思って、先に調べておいたのよ」
「……なんだか、それも嫌な気がするけど……ありがとう」
「ふふふ、いいわよ。それより、私も買いたいものがあるから早く行きましょう」
「何を買うの……って、まさか凛子も」
「秘密よ。じゃあ、何を作るか決めて、早く帰って来て作りましょう」
「う、うん」
クレープの包み紙を捨てて立ち上がった凛子を追って、私も立ち上がった。そのまままっすぐ歩いていく凛子を追って少し小走りになる。
……さてと、何を作ろうかな?うーん、どうせならチョコの原型はない方がいいし……チョコレートケーキとか?うーん、ケーキを作ることこそ重すぎるかな……でも、気持ちを伝えるのにはいい機会かもしれないし……
「詩帆、置いて行くわよ」
「あっ、待って……」
私は頭の中で料理のプランを練りながら、雅也のことをぼんやりと想っていた。
翌日 大学構内食堂
「いいよな、お前らは……」
「えっ、何の話だ?」
「お前、この状況を見てそれを言えるならいい度胸だな……江藤」
「まあ、落ち着けよ。別に……」
食堂のテーブル一つを占領して、俺達三人は不穏な空気を漂わせていた。いや、正確に言うなら気分の悪い空気を発生させているのは紫堂だけなんだが……
「……チョコの数だけがその人の価値じゃないだろう」
「よし江藤。今すぐ机の上に乗った大量の本命チョコを俺に渡して、そこから飛び降りろ」
「別にチョコは渡してもいいけど?」
「くっ、勝者の余裕か」
「いや、こんなにお菓子ばかり食べられないし……手紙とかだけ抜いて、同好会の部室に投げておくか、研究室のメンバーに……いや、角が立ちそうだからその辺の児童養護施設にでもプレゼントしようかな……」
「くそっ、余計に腹立つな」
「まあまあ、落ち着けって。俺も義理チョコぐらいしかもらってないから」
さらりと言い放つ江藤の言葉が火に油を注いでいるようなので、俺がフォローを入れたのだが、その言葉にますます紫堂の顔に青筋が浮かんだ。
「そりゃあ、今期生一の美女の洲川さんと付き合ってたら、他の人が手を出すわけないだろう」
「……別に洲川は、彼女じゃないよ」
「お前……洲川詩帆嬢ファンクラブにひき殺されろ」
「ファンクラブなんてあるのか……」
「あるよ。というか本当に、そいつらに連絡先交換してて、たまの休日に会ってる上で、付き合ってないなんて抜かしたら殺されるぞ……」
「別にあいつとは中学時代の同級生という以上の関係性はないよ」
それは俺の素直な感情だった。あの日、体育館裏で別れて以来、詩帆との関係性はそこで止まってしまっているのだと俺は思っている。最近もデートみたいなことをしている気もするが……双方の認識としては、あれはただ友達同士で遊びに行っているだけなのだ。
「ふーん、そうかよ。ああ、腹立った……よし、今夜はヤケ酒しよう」
「やればいいじゃないか。俺は用事があるから帰るけど」
「なっ、江藤、お前……まさか」
「別に知りあいに呼び出されているだけだよ。というか、さっきからチョコ、チョコうるさいが……別に好きでもない奴から真剣に告白されても、少し困惑するだけだろう。好意をぶつけられるのは嫌いじゃないが……不特定多数の人間に異性としての好意をぶつけられても……困る」
「モテる男はいいよなあ……てめえ、表出ろ」
「お前、既に酒でも飲んでるんじゃないのか?」
「飲んでねえよ」
「付き合いきれないわ……帰る。江藤、適当なところで潰して帰れよ」
「分かってるよ」
キレた紫堂を江藤に任せて、俺は食堂を出た。江藤は痩せているように見えて、かなり筋肉質で確か空手か合気道の有段者だ。たぶん紫堂は即刻、意識を刈り取られて、家に向かうタクシーに叩き込まれるだろうが……まあ、請求額は自業自得だろう。
「うう、寒っ……いくら二月と言ってもこんなに寒くていいのかよ」
外ではうっすらと雪が降っていて、陽が沈みかけた夕方の気温は想像を超えるほど寒かった。
「うう、早く帰って家で暖まろう……メールか。はあ、研究室からの呼び出しだったら、また居残りだな。全くせっかく帰れると思ったのに……んっ」
そう言いながら、胸元からスマホを取り出すと、内容と相手は俺の予想外のものだった……
「ゴメン、待たせたか?」
「意外と早かったけど……」
「割と近くにいたんだよ」
俺が呼び出されたのは大学構内の噴水広場だった。そして呼び出した相手は珍しいことに須川だった。
「それで、用があるから呼んだんだろう。用件は?」
「えっ……そっか、今日、呼び出しても、分かってもらえないんだ……」
「……別に分かってないわけないじゃない。ちょっとした冗談だよ、冗談」
「ひどい冗談……でも、よかった」
「なんでだ?」
「だって、分かって来てくれたってことは……最低限、私からこういう気持ちを受け取るのは、許してくれるって、ことでしょう……」
「うっ、うん……」
いつもの気の強い印象とは違った、恥ずかしがり屋の詩帆の姿。久々に見た詩帆の本音、更に……美少女が頬を赤らめて、上目づかいで見上げてきて……狼狽えないわけがないだろう。
「どうしたの?」
「いや、別に……」
「そう……じゃあ、はい、これ」
「えっ……でかくないか?」
「うっ……ちょっと、張り切って作りすぎちゃって……」
洲川から手渡された大きな包みは、ちょっとしたホールケーキぐらいの大きさがあった。
「ちなみに、中身は……」
「ガトーショコラ。あっ、ちょっと砂糖を控えて苦めにしてるから」
「俺の好みに合わせて?」
「……ご想像にお任せします」
この一年間で見た中でも、一番ぐらい動揺している洲川に、俺は少し卑怯な質問をぶつけた。
「で、これは俺に対する……告白、って捉えてもいいのか?」
「……違うけど、違わないというか……」
「どっちだよ……」
「今は、まだ、あなたに全てを預けるのが怖い……」
「いつまで待ったらいいんだよ……」
洲川のその言葉に、俺は少しだけイラっと来た。だから思わず声に怒気が籠ってしまった。それに怯える洲川を見て、俺は自分の単純さを呪った。
「ごめん」
「いいよ……悪いのは私だから。ずっと、思わせぶりな態度をとって、でも付き合うのは嫌だなんて言って……でも、でも……雅也から離れたくないの。我儘なのは分かってる……でも、もう少しだけ、後少しだけ……」
そう、うつむく洲川を見て、諦めきれない俺は馬鹿野郎だな。でも……やっぱり俺は詩帆から離れらられないんだろうな……
そう思いながら俺はゆっくりと詩帆に歩み寄った。
「雅也……」
「何も言わないで……今はこれでいいよ。泣いてる洲川のそばにいるだけでいい」
うつむく私を雅也はそっと抱きしめてくれた。あれだけ酷いことをしている私を。
「今は、これでいい。俺が待つから、詩帆が勇気を出せるまで。俺を信じてくれるまで……」
「……ありがとう……ごめん……」
そうしてくれる彼に好きだと叫びたかった。でも、彼を縛り付けることになると知っていて、私はそれを口に出せなかった。
「……思い出さなければよかった。そうしたら、こんなに苦しむことなんてなかったのに……」
彼に話してしまえばどんなにか楽だろう。でも、私が両親のトラウマを越えることができないのは私自身の責任だ。彼なら助けてくれるだろう。でも、駄目だ……私が自分自身で向き合わなければ、いつか雅也との生活は破綻する。だから……
「もう少しだけ、もう少しだけ、時間をちょうだい……」
そう言う私を雅也は何も言わず、ただ抱きしめていてくれた。
これは遠い空の下。ほろ苦い、恋の始まりのその始まりの物語。
プロット上、ドンピシャの時期になって自分でもびっくりです。
明日か明後日に番外編を一本はさんで、そのまま七章に入りたいと思います。




