学園編 リリアside ~魔術適正は高くも次の恋は遠い~
そこまで投稿間隔が開かなくて良かったです。
「無理だろうね」
「やっぱり……ですか?」
「ああ。君の言う通りだ」
私リリア・フォン・ヴェルディド・フィールダーの目の前で、レイス先生はきっぱりと言い切った。
「君の周りには私どころか、七賢者様方という偉大な魔術の先達もいるし、フォレスティア王国の王女殿下も現代魔術に対する知識量は私をはるかに凌駕している。そして、君には私以上の膨大な魔力がある」
「それなら……」
「でも、君をユーフィリア嬢と同等の実力に上げることはできない。君のお兄さんのレベルなど論外だね」
「そうですか……」
「ショックかい?」
「いえ、あらかじめ予想していた答えでしたから」
治癒魔術の講義の後、私はいつものようにレイス先生から光魔術の個人講義を受けていました。ほとんどの技術指導はセーラ様やお兄様にお願いするのですが、現代の実践的な魔術の使用法に関してはレイス先生のお話を参考にするようにしています。
「予想はできているだろうね……まあ、あの二人の魔術の適正属性の多さや、魔力量の異常さは賢者様達の管理する魔力情報に関係している特例らしいし……」
「特例、ですか」
「ああ。しかも数千年に一度とかいうレベルではなく、机を手が突き抜けるレベルの奇跡だとクライス君とマーリス様は言っていたよ」
「お兄様達らしい表現ですね……でも、なんとなく納得がいきます……あれは異常と言えるレベルですからね」
「異常。うん、その通りだ」
私の兄、クライス・フォン・ヴェルディド・フィールダーは世界最上位の魔術師です。何せ世界中から英雄と崇められる七賢者のお二人がそう断言するのだから間違いはないでしょう。
あらゆる属性の魔術を使いこなし、信じられないことに新たな魔術を想像する魔術師……間違いなく世界最上位と呼ばれるのにふさわしい私の自慢のお兄様です。
「さてと、君は何も気にすることはないと思うよ。そもそも光・水・風の三属性を第九階位まで使える時点で君も十分、すごいからね。この国で君を越えている階位の魔術師はおそらくゼロだよ……もちろん五人ほどを除いてだが……」
「そうですよね……すみません、変な話題を持ち出して……」
「いや、いいんだよ……それより、そんな話を持ち出したのは、なぜなんだい」
「いえ、特に大した理由ではないのですが……」
「ひょっとして言いにくい話題かな……例えば、好きな人の交際相手に対する嫉妬とか?」
「それは明確な個人名を言っているのと同じだと思うのですが……さすがにもう、お兄様とユーフィリア様の間に割り込む気はありませんよ」
確かに以前の私は実の兄であるクライスお兄様に自慢のお兄様に対する憧れだけでなく……異性、としての好意も抱いていました。その恋はお兄様に優しく諭されるという、乙女心には一番傷つく終わり方をして、しかもその傷が癒えないうちに……お兄様は伯爵令嬢であり高位の魔術師でもあるユーフィリア様と仲睦まじく交際を始めたんです……
「確かに……最初の内は傷つきましたけど……でも、あれだけ仲睦まじい様子を見せつけられて、あれだけお似合いのカップルだったら、殺意を通り越して呆れしか残りませ……す、すいません、今の発言は忘れてください」
「……ああ、分かっているよ」
「本当に気にしないでくださいね。第一、最初の頃は多少は嫉妬心みたいなものがありましたけど……今では本当に全然ですからね」
「分かっているから話を進めてくれていいよ」
「は、はい……」
レイス先生がすごく微妙な顔をしているが、本当に口が滑ったというか何と言うか……あれは、最初の頃に部屋を<防音結界>で囲って、一度だけ叫んだ時のもので……駄目ですね、自分に弁明すればするほど、傷ついている気がします……
「とにかく今は傷も癒えて、新しい生活の中で友達もいますし楽しいですから」
「そうかい……それで、口をはさんで悪かったと思うのだが……先ほど私に言おうとしていた理由というのは何なんだい」
「ああ、それは……ちょっと、説明する前に時間をください」
「構わないけど……どうしたんだい」
「見ていてくだされば……」
そう言いながら私は講義室の扉にゆっくりと近づいていき、そっとその扉を開けた。
「えっ……」
「あの、待ち伏せは止めてくださいって、前にも言いましたよね」
扉を開けるとそこには複数人の男子生徒が物陰に隠れるようにして立っていました。その数はざっと見まわしただけで……二十人近いでしょうか。
「えっと、あの、その……リリアさん、これ、受け取ってください」
「えっ、ああ、もう……」
「リリアさん、では僕のも」
「絶対に幸せに……」
「その発言は卑怯だぞ、リリアさん、是非僕のもーーー」
「うわっ……」
一番近くにいた男子生徒が私に手紙を渡したのを皮切りに、一斉に周りの男子生徒が集まってきた。だが、全員が手紙を渡しきる前に、突然の突風で全員廊下の端まで飛ばされていった。ついでに私の手のひらの上にある手紙も……自然の風でないことは明白ですが、あえて追及はしないでおきましょう。誰がやったかは丸わかりですし。
「クライス君、もう動けるようになったのかい?」
「さあ、何のことでしょうか?ちなみにお兄様は光魔術の<遠隔視>を使いこなせる上に……魔術の起動点を目視していなくても発動できるそうです……」
「末恐ろしいね……それで、さっきの私に見せたかったのはクライス君の魔術の精度なのかな?」
「違います。あの集まっていた異常な人数の男子生徒です」
「えっ、そっちなのかい?」
「はい」
決して自慢などではないですよ。というかいくら告白でも、あの勢いで複数人で押しかけられたら好意を覚えるどころか、むしろ嫌悪感を覚えるのは当然だと思うのですが……
「確かに迫り方が、一歩間違えたら処罰ものだけど……君の立場を考えるとねえ」
「それは……分かっているんですが」
現に、領主の娘だからというのも強かったのでしょうが、フィールダー子爵領にいた時にはこのようなことは、ほとんどありませんでした。しかも今では私自身の魔術の実力もそれなりですし、なにより……
「……先日の魔王戦争の功績、更に魔術省と軍務省の大臣が戦死したことを考えると……まず間違いなくお兄様に爵位が与えられて、どちらかの大臣職をなされるのは間違いがありませんしね」
入学当初からこのようなことはあったが、さすがにここまでひどくはなかった。確かに相手は対等の貴族の子息ですから、このようなアプローチがあっても不思議ではありません……
「国王も変わって、しかもクライス君が新国王のレオン殿下の親友だということは周知だ。しかも腐敗した上層部の首が挿げ替えられるのも間違いない……莫大な利権を統括する立場に着くであろうお兄さんのことを考えれば、君にそのようなふるまいをする貴族の子息がいてもおかしくはないだろう」
「そうなんですが……なんだか、それを口実に私と近づこうとしているような奇妙な感覚がするんです」
「奇妙な……確かに、そうだが……それはどういう……」
「言葉では説明しづらいんですが……とにかく自意識過剰とかではなく、せまられ方に狂気を感じるというか……」
つまり、お兄様に近づくためという大義名分を持ったからこそ、私に告白しようとする。そんな感じの感覚がするんです……本当に何となくなんですが……
「まあ、君と婚約することで家が傾くか、復興するかの境になっていれば……狂気じみたものも出ると思うが……まあ、気にしないことにしておきましょうか。それで、君への質問の原点に返らせてくれ。それで、私に最初の質問をした理由は?」
「いや、だからすごく下らない理由ですよ」
「構わないよ。聞かせてくれ」
「では……人に惹きつけられるのも魔力というじゃないですか」
「そうだね……」
「では、そういう呪いを持つことで反動的に魔術の実力が上がると考えてみたんです」
「……中々、アグッレシブな、意見だね……でも、さすがにそれは私も聞いたことがないかな」
レイス先生は苦笑しながら、そう言った。
「人を惹きつける力の呪いと、魔術の実力を上げる呪い、ですか」
「ええ、シルヴィアさんならご存じないですか?」
「そうですね……確か、人の注意を引き付ける類似の呪いならあったと思いますが……魔術の実力を向上するとなるとさすがに……」
レイス先生の部屋を出た私は、寮に外泊の届け出を出してお兄様の屋敷へ向かいました。今日はシルヴィアさんとともにセーラさんから治癒魔術に関する講義を受ける予定だからです。
「そうですか……うーん、現代の術に詳しいシルヴィアさんでも知りませんか」
「お役に立てずにすみません……ただ、古代の術式であれば、セーラさんやマーリス様の方が詳しいのでは」
「確かにそうですね。後で聞いてみましょうか……しかし、セーラさん。まだ来られませんね」
「今日は遅くなると言っていましたから、もう少しですよ……それより、リリアさんも私をさん付けで呼ぶのに慣れましたね」
「今でも違和感の塊ですけどね」
私がシルヴィアさんと呼ぶようになったのは最近のことです。それまで一国の王女様ですし、何より年上……これを言うと怒られますね……なので様付けだったんです。
ですがセーラさんの講義をいっしょに受けるようになってから、「講義を受ける対等の立場なのだからもう少し言葉を柔らかくしてくださって構いませんよ」と言われて、今の形になりました。
「まあ私もセーラさんと呼ぶのは違和感がありますね」
「それは私もです。だって世界を救った七賢者ですからね」
「それは確かに……」
「二人とも、何を楽しそうに話しているのかしら」
「「セーラさん」」
気が付くと後ろにセーラさんが立っていた……きっと隠密の類の魔術でも使っていたのでしょう。こうやって驚かせるの、大好きなんですよね……
「驚いたかしら」
「はい、まあそれなりには……」
「そう。それで何の話をしていたの?」
「それは後でお話ししますから、一つ聞いていただきたいことが」
「何かしら?」
「……人を惹きつける呪いを宿す代わりに、魔術……いや、もっと限定すべきですかね……治癒魔術を強化する呪いって思い当たりませんか?」
「……どこでその話を?」
私の質問と同時にセーラさんの顔から表情が消えた。
「えっ……えっと、私自身の状況を適当にまとめたものなんですが……」
「……フィールダー子爵家……確か、妹が……でも、私がいるのだから……千年間の……いや、それよりも……復活……可能性は……」
視線を下に向けながら、何かを呟いていたセーラさんは真剣な顔で私を見ると、こう尋ねた。
「このことを言ったのは何人?」
「えっ?」
「誰に話したの、答えて?」
「セーラさん、そこまで慌てなくても……」
「慌ててはいないわ。何人かしら?」
シルヴィアさんの声を遮って、私に静かに尋ねるセーラさんの迫力に気後れしながら、私はゆっくりと口を開きました。
「ええっと……レイス先生を除くとこの場以外には誰にも……一応お兄様に、皮肉ついでに男子生徒にまとわりつかれているとは言いましたけど……」
「そう……分かったわ。じゃあ、私は今からすぐにレイスさんの店に行ってくるわ」
「えっ、今からですか?」
「ええ、急がないといけないわ……それから、リリアちゃん、シルヴィアちゃん」
「「はい」」
「このことは誰にも言っちゃだめよ」
真剣な表情でそう言うセーラさんに私達はうなずくことしかできませんでした。
「じゃあ、行ってくるわ……講義はまた今度にしましょう」
そう言って出て行くセーラさんを見ながら、私は事の重大性がまだよく分かっていなかったのでした……




