第九十八話 師匠からのちょっとした提案
一週間もお休みしてすいませんでした。
模試等で色々と忙しかったのに加えて、風邪で寝込んでました。
二月五日(月)19:43改稿
「それで……恥ずかしいシーンを見られて焦ったのは分かるよ」
「はい……」
「でもさあ……それが両者合意の上だったことに加えて、不可抗力で見られたときに……」
俺の前では詩帆が正座してベッドの脇に座っていた。笑いをこらえている師匠は後で吹き飛ばしておくとして、だ……
「……重傷の夫を殴る主治医ってどうだよ」
「ご、ごめんなさい……」
右頬を真っ赤に腫らした俺は、ベッドの上で体を起こして詩帆をからかっていた。師匠達も来ているので本当は部屋の中の椅子ぐらいまでは移動したいのだが……主治医が絶対安静ということでベッドの上から移動することは許してもらえなかった。だったら本当に殴るなよ……
「まあ冗談だよ、冗談」
「……もう……ばか」
「まあ、落ち着けって」
「最低……」
詩帆が拗ねて、しばらく口を利いてくれなそうだが……まあ、客もいることだし夫婦喧嘩は置いておこう。
「師匠、すいません。バカな話に巻き込みまして」
「いいよ、面白かったしね」
「それはどういう意味ですか?」
「詩帆、落ち着けって」
「落ち着いてるわよ」
訂正。どうやら詩帆はそこまで拗ねてなかったようだ。機嫌を取る手間は省けたな。まあ色々と心配をかけてしまったようだし……後で何かフォローはしておこう。
「楽しそうだねえ……それで、クライス君。体調はどうだい?」
「全身から鈍い痛みはしますけど……まあ、それ以外は特には問題ないですね」
「問題なくないわよ。それが一番の問題よ。何か所の筋肉断裂と骨折があったと思ってるのよ。おまけに内臓にも複数個所出血が……」
「だから、だったら殴るなって」
「うう……」
俺に怒っていた詩帆は俺の返しで瞬時に沈んでしまった……おっと、そろそろからかうのは止めておこう。
「詩帆、気にしてないからいいよ」
「……いや、私が悪いし……」
「もう、落ち込むなって。お前が俺をずっと看病し続けてくれてたのは知ってるから……その、すまん。からかいすぎた。で……ありがとう」
「雅也……」
詩帆が涙目で俺を上目づかいで見上げてきた。なんか、ついさっきもこんな状況見た気がするけど……可愛すぎませんか……
「詩帆、おいで」
「雅也……」
「おーい、二人とも。戻って来て」
「はっ……」
「きゃっ……」
セーラさんの声に、我に返った俺と詩帆は慌てて離れた。
「お二人とも、普段は知的な雰囲気の夫婦なのに……プライベートになると……ベタ甘というか、何と言いますか……」
「いや、きっと二人は外でも周りの目を気にしなければいちゃついてると思うわよ」
「そもそも周りの目なんて気にしてない気がするけどね」
「師匠とセーラさんには言われたくないんですが……」
「……どういう意味かな?」
「この間、学院の校舎裏で……ゴフッ」
「なっ……じゃあ、それを言うなら君達だって……ゲホッ」
全てを言いきる前に俺と師匠はそれぞれ詩帆とセーラさんに腹部を殴られた。
「雅也。その話は二度としないで」
「はい……」
「あなた。ふざけたことを言いすぎると、そろそろ記憶をいじるわよ……直接、脳をいじってね」
「すいません……」
「マーリス様、クライスさん。そろそろ話を戻しましょう」
「すまないね、シルヴィア嬢」
「うう、確かに……すみません」
この部屋の中で唯一、中立だったシルヴィア王女の声でようやく場は平静を取り戻すのだった。
「それで……アルファを倒した君の魔術は何だったんだい?」
「そういえば、事情説明をする間もなくぶっ倒れましたもんね」
五分後。部屋のテーブルを俺のベッドの方に寄せて、詩帆が淹れてきた緑茶を飲んで一息をついたところで師匠と俺の魔術談義は始まった。
「ええっと、使った魔術自体は物理魔術最高階位の<絶対領域>ですね」
「確か次元間の魔力情報を取り込む私達の儀式魔術を利用したものだったよね」
「ええ。まあ、実際はそれをさらに応用した僕のオリジナル魔術<次元空間情報干渉>を応用していますけどね」
「そういえば儀式魔術を個人用魔術に落とし込むとか……異常な実験をやってたね」
「簡易的なものですよ。俺の前世の実験装置や師匠たちの儀式魔術に比べたら、はるかに精度が落ちます。実際この前もちょっとした事故がありましたし」
「事故……一体何をやらかしたんだい。何を消し去ったんだい?それとも次元の壁をぶち壊すとか……」
「してません。師匠は僕のことをなんだと思っているんですか?」
「うーん……聖魔神?」
「何なんですか、そのワードは?」
「今、思いついたんだよ。それで、実際には何があったんだい」
「実は……」
俺はクリスマスの夜の不思議な出来事をあくまで元の世界に転移して、観光して帰ってきたということでお茶を濁して説明した。
「君のもといた世界、それで転生する二年前、か……仮にこの世界の時間の進みが君たちの世界より遅かったとしても……」
「ええ。時間の不可逆性がある以上、不可能だと思います。だから僕の認識としては魔力情報によって作り出された仮想空間だと思っているのですが……」
「だが、現実的に君たちの前世の記憶でも心当たりのある不思議な出来事が起こっているのか……」
「そうなんですよね。まあ、偶然そうなった可能性も否定できませんし」
「雅也。それはひどいよ……だって私の中に雪江ちゃんはいるもの……」
「ユキエちゃん?クライス君、どういうことだい?」
「詳しい説明は後にさせてください。僕と詩帆の出会いを語るときにでもお話ししますよ」
「分かった……じゃあ、話を本筋に戻してくれ」
確かに雪江ちゃんを救えたかもしれないというのは詩帆の希望でもあったな……まあ、俺も心情的にはタイムリープ説を支持しておくとしようかな。
「それで<絶対領域>は自身の周囲の空間の魔力情報を観測し、任意でその内部の物質やエネルギーを化学的・物理的に変質させることができる術です」
「クライス君……わざと小難しく言ってないかい?」
「私にはさっぱり……」
「雅也……もう少し専門家以外にも分かる解説をして」
「十分かみ砕いたと思うんだけど……まあ、自分の周りのものを好き勝手いじれる魔術だね」
「最初からそう言いなさいよ」
「この言い方……その前提に必要なプロセスすっ飛ばすから嫌なんだよ」
今もさっきの言い方が気になってしょうがないぐらいだが……ここで止まってしまっては意味がないしな。
「まあ、分かったは分かったけど……それでどうやってアルファの術を防いだのかしら?」
「確かにそうですね。時間を止める魔術に対抗するのは不可能なんじゃ……」
「時間の不可逆的な流れを止められるわけがないだろう」
「じゃあ、どうやって、あれだけ警戒しているあなたの背後に瞬間的に移動できたのよ。転移は封じていたんでしょ」
「ああ。あいつは自身の体を光に変えて、移動していたんだ」
「光に……なったら、時間が止まるんですか?」
「そう考えてもらっても構わない。正確に言うのなら時間の流れが極端に遅くなるだけで、ゼロにはならないんだけど……これのもとの話はね……」
「雅也、ストップ」
「どうした、いきなり?」
「あなたがそういう話をしだすと、また脱線するのが目に見えてるからよ」
「確かに……そうだな」
「実際、その知識がなくても意味は通じるんでしょ」
「ああ。まあ光の速さの定義がこの世界と向こうで等しいのかとか、この世界の宇宙の密度によっては……」
「だから、それをやめなさいって言ってるの」
「はい」
これ以上、光の速さや相対性理論の話をしようとすると詩帆がキレそうなので流石に止めておこう。
「という訳で、アルファは自身の体を光の粒子に変換することで光と同じ速さで移動していたわけです。私達の認識上ではゼロ秒も小数点以下10桁ぐらいの秒数も変わりませんから」
「なるほど、それで奴は足を切り離したのか」
「ええ。光になる際に再合成して出現すればいいですからね。まあ、結果読み通りにそうしてくれたので体の構造が変化しないよう、アルファの全身に俺の魔力で状態が維持されるよう結界を張ったんです」
「なるほど、納得したよ」
ふう。これで説明は終われそうだな。
「それなら私でも分かりました」
「ええ、分かりやすかったわ」
「できるなら、最初からそうやってよね」
女性陣から三者三様の感想が飛んだ後、師匠がおもむろに口を開いた。
「ところでクライス君」
「はい」
「アルファとの戦いで、君は負けた訳だが……何か足りないものがある気はしないかい?」
「足りない、ですか……やっぱり調子に乗って、魔力配分をミスったことが大きいでしょうか」
「そうだね。まあ、それはそれでいいとして、だ……クライス君、戦力を増強する気はないかな」
「戦力の、増強?」
「ああ……」
師匠が放った言葉は予想もしていなかったことだったが、俺はその新戦力に年甲斐もなく普通に喜んだ。
その後、師匠達とそれに関するちょっとした打ち合わせを終えると、そのまま話は俺と詩帆の話から始まり、師匠とセーラさんの恋人時代の話を聞き、シルヴィア王女にも矛先が飛ぶという訳の分からない状況にシフトして……
「ううっ……今、何時だ」
気が付けば、辺りには師匠が持って来ていた酒の瓶が転がり、女性陣が三人で肩を寄せ合って寝ていた。そして周りを見渡すと、庭の椅子に座って師匠がのんびりと月を見上げていた。
俺は師匠の方に歩いていき、その隣に腰かけた。一つ、話しておきたいことがあったからだ。
「師匠」
「クライス君、身体は大丈夫なのかい?」
「全身痛いですけど……まあ、戦闘直後よりは全然マシですね」
「そうか、ならいいんだが……で、どうしたんだい?」
「アルファは俺のことを知っていたんです」
「それぐらい普通だろう。魔力情報に浸っている魔神の眷属ともなれば、得られる情報は桁が違うよ。君レベルの魔術師なら……」
「僕の前世の名前がばれています」
「……本当かい?」
「ええ……」
魔力情報でクライスと湊崎 雅也を結びつけるのは不可能だ。なぜならそれぞれは別のデータとして独立しているのだから……よって導き出される結論は一つだ。
「おそらく魔神は……前世の俺の関係者の可能性が高いです」
「君の転生実験装置の作成に携わった人間ということかな」
「はい……自分のプロジェクトメンバーを疑いたくはないんですが、ね」
「まあ、そう考えて動けるのを行幸としておこう」
「そうですね……」
昔の知り合いを殺すということに嫌悪感を感じつつ、俺は月を見上げた
……俺が出した結論がどれだけ愚かだったのかも知らないで……
これからは投稿間隔が開くときはお知らせするようにします。




