第九十五話 α
読んでくださる方、ありがとうございます。
遅くなってすみません。少々長くなってしまったもので。
魔王を消失させた後の荒野。いたるところが燃え広がり、融解した大地の真ん中で俺は魔神の眷属と名乗る男と相対した。
「このタイミングで出てきたってことは、お前が魔王を操作した犯人か」
「ええ。特殊な魔術で仮死か死亡直後の生命体を魔力を利用して、一時的に暴走させて動かす魔術がありましてね」
「……狂ってるな」
「あなたには言われたくありませんよ。魔人達を無傷で殲滅した挙句に、最後に使った魔術は原子爆弾とは」
「本当にお前らはどこまで知ってるんだよ……」
「あなたが知っていることは全て、と言っておきましょうか」
「……どういう意味だ?」
「さて、どういう意味でしょうか……」
そう言いながら、気が付くとアルファは俺の後方から魔術を放っていた。その狙いは……俺とアルファの会話を茫然と聞いていた詩帆だった。
「……<反射……いや、詩帆」
「えっ……キャッ」
咄嗟に結界を展開しようとした俺だったが、放たれた魔術を見て即座に詩帆を抱えて横方向に飛びのく。直後に俺達がいた場所がズタズタに切り裂かれ、霧散した……
「さすがにこのレベルなら特性を見破られますか」
「ああ」
「雅也。今、なんで結界で防がなかったの?」
「俺の<反射結界>は直撃した物体の運動エネルギーを吸収してはじき返す防壁だ。ただ、あの魔術に運動エネルギーはない」
「どういうこと?」
「進路上の魔力の全てが、超微細のレーザーに近いものに変質してる。この場合、変質させただけだから結界は機能しない。後は微細なレーザーの全てが俺達に到達すれば、粉々になるってことだ」
「さすがのお目ですね。初見でそこまで見破られたのは初めてですよ」
アルファは笑いながら大げさに手を叩いていた。その仕草に苛立ちを覚えつつも俺は冷静に抱えていた詩帆に小声で囁いた。
「詩帆……今すぐ<転移>でこの場を離れろ」
「嫌よ。あなたをこんなの相手に一人にして置いて行けない」
「お前と俺の実力差が比較できないほど離れてるってことは理解してるだろ」
「でも……魔力が最大値の四分の一もないでしょ。そんな状況で最低でも魔王以上の相手とどう戦おうって言うのよ」
確かに俺の魔力量は減少している。最初に使っていた<能力値限界突破>や最後のとどめに使った<原子操作>での原子爆弾生成でも莫大な魔力が喰われている。<自動魔力回復>も使い続けているが……この不利な状況では補助のための魔術が切れず、回復した端から消費されている。
「それでも上級魔術師並みの魔力は残ってる……何とかするから、だから……」
「それでも……」
「分かったよ……じゃあ、師匠たちを呼んできてくれ」
「えっ?」
「この状況で師匠たちが来ないってことは、間違いなく奴の魔術か何かで奴の存在が隠蔽されてる」
魔神の眷属の様なイレギュラーに対してなら間違いなく師匠達も動くはずだ。それで動いていないのなら、俺の仮説が正しいはずだ。
「ええ、正解ですよ。私の隠蔽結界でこの空間は隔離しました。また少し座標もずらしたのでそう簡単に見つかりませんよ」
「ご丁寧にどうも」
「雅也……生きててよ」
「ああ、死ぬようなへまはしない」
そう俺が言うと、詩帆は決意を固めた顔で頷いた。
「分かった。じゃあ、行くよ……<転移>……えっ」
だが、彼女の魔術は発動しなかった。慌ててアルファの方を見ると、奴は変わらず笑いながら言い放った。
「先ほど言ったでしょう。この空間は私の魔術で隔離されていると……」
「そうか……詩帆。こいつを倒してこの空間から脱出する。力貸してくれ」
「願ったり、叶ったりよ」
「……心は折れませんか」
「ああ」
「もちろん」
「では……思い出せそうもないですし……死んでいただきましょう……」
「詩帆、結界張れ」
「分かってるわよ……<光子障壁>」
アルファが放ってきた魔術は今度は普通のものだった。それを詩帆に結界で防ぐように指示しつつ、俺は加速して奴に飛び掛かる。
「……<負荷上昇> <重力刃>」
「恐ろしい速さですね……ですが、早いだけですね」
「言ってろ……<座標固定領域>」
「一定範囲の魔力の固定……ですか」
アルファが次弾を放つ前に、重力魔術で固定し、さらに周囲の魔力の振動を制止させて奴の動きを完全に止める。そのまま杖を振り下ろそうとしたとき、俺は背後からの気配に咄嗟に頭を右に大きく振った。直後に頭の真横を熱線が通過する……
それを避けきって、杖を振り下ろした先には奴はもういなかった。即座に背後から突き出された火属性魔術の槍を、同様に氷属性魔術の槍で相殺する。
「お前……転移ができるわけがないだろう。それに次元の裏側にも入れるわけがない。どうやって、今の状況から逃げた?」
「それはあなた自身が考えるべきところです」
「そうかよ……<流星群>」
「タネが分からないなら、仕掛けごと、ですか……あなたらしくないですね」
「知るか」
こいつの動きを解明してから倒す方が、今後にも優位だとは思うが俺の後ろにはまだ詩帆がいる。迂闊に魔術の手を緩めれば、詩帆に被害が及ぶ。それだけは絶対に避けなけらばならない。
そう思いながら、自身の至近にいたアルファに向かって流星群を叩き落し、その爆風を利用して距離をとった。
「どうせ死んでないんだろ」
「ええ。目くらましにすらなりません、よ……」
魔術の終了した直後、即座に土煙の中から奴の魔術が放たれた。結界で防げるもの、防げないもの。属性魔力の魔術、魔力吸収の魔術、それらを秒間数十発レベルの猛烈な速さで連射してくるのを迎撃しながら、俺は地面を陥没させ、奴がいるであろう周囲を飲み込むと同時に土煙を吹き飛ばした。
「なっ……いない……」
「<光子障壁>……」
「まずはあなたから消えてもらいましょうか」
「詩帆」
また不思議なことに、先ほどまで生命反応がそこにあったはずのアルファが詩帆の下に動いていた。詩帆に向かって奴が結界貫通型の魔術を放とうとしたのを見て、俺は一足飛びでそこに飛び込む。
「させるか……」
「命知らずですね。では、まずあなたから」
「雅也。そこを動いて。あなたが死んだら世界は……」
「世界より、詩帆の方が大切なんだよ」
「そんなことを言っている場合じゃないでしょう。早く……」
「馬鹿夫婦ですね……消えなさい……<赤熱波形>」
「……詩帆」
「遺言なんて言っている暇があったら、助かる方法を……」
「馬鹿。誰が死ぬなんて言った……まだ死ぬわけないだろ」
「えっ?」
「…………<絶対領域>」
俺がそう唱えた瞬間、アルファの魔術は不規則変化を起こして消滅した。
「な、何が……」
「本当は魔神戦まで秘匿するはずだったんだが……考えが変わった……まあ、後のことはお前を倒してから考えればいいだろう」
「どうやったかは知りませんが……何度もは通じませんよ……<暗黒破壊槍>……グフォッ」
アルファが俺達に向けて魔術を放った。が、吹き飛ばされたのは俺ではなく撃った本人だった。
「い、一体何が……」
「それはお前自身が考えるべきことだな」
「そうですか……では、あなたを殺してからじっくり考えさせてもらうとしましょう」
そう言った瞬間、奴の動きが加速した。俺を追いこむように高速の乱打を繰り返し、合間に細かい魔術を織り交ぜてくる。負けじとこちらも応戦して、撃ち返すだけでなく反撃も混ぜていく。<能力値限界突破>の全力使用で頭に激痛が走っているが、今は痛みを誤魔化して耐えるしか……無いわけでもなさそうだ
「雅也。身体面でのフォローはするから、そっちに集中して」
詩帆の言葉とともに、頭を含めて全身の痛みが和らいでいく。痛みが消えれば、自然と動きも戻せる。即座に頭の中の広がったクリアな領域で広域魔術を展開し、奴に向ける。
「<大海嘯> <雷爆雨> <超電磁砲>」
「くっ、サポート役が厄介ですね……先に……」
「させるか……<爆炎障壁>」
「そんな障壁で私を止められるとでも……」
「思ってないよ」
杖と結界で自分への被弾を防ぎながら、アルファが詩帆に向かおうとするのを<爆炎障壁>で牽制しつつ、さらにそこに追加で魔術を叩き込む。
「<濃霧生成>」
「大量の水蒸気……目くらましにすらなりませんよ。<生命探索>で追えますからね」
「そんなことは分かってるんだよ……だから……」
「はっ、まさか……」
「もう遅い……<絶対零度>」
高温の水蒸気が瞬間的に凝結し、奴を封じる。後はそこにとどめを叩き込むだけだ。
「終わりだよ……<神槍>……はっ」
「雅也」
詩帆の甲高い悲鳴が妙に響いた。俺が胸に違和感を感じ目線を下げると、一本の光が俺の背部から胸を貫通していた。その場所は……
「心臓……ゴフッツ」
「残念でしたね。あなたが私のトリックに気づいていれば、もう少し善戦できたかもしれませんがね」
「雅也」
「……優しい奥さんで良かったですね。まあ、もうじき二人とも死ぬわけですが……」
詩帆が俺に駆け寄ってくるのを見ながら、俺の頭の中では奴の考察が始まっていた。
「おか、しい……なんで、転移は使えないはずなの、に……なんで、一瞬で、俺の、背後に……」
「雅也、喋らないで」
「不思議でしょうね……まあ、最後に教えてあげましょう。私の魔術は時の流れを遅くする魔術」
「そんなもの、不可能、だ」
「可能ですよ。現にあなたはそれを受けて死ぬんですから」
「まだ、死んでねえよ」
「雅也。動いたら駄目よ。死ぬわよ」
詩帆の制止を振り切って、俺は立ち上がった。心臓の傷を修復するには魔力がもったいなさすぎるので、血液の流れを水魔術で補助して心臓からの出血を防ぐことにした。常に来る痛みは雷魔術で痛覚神経の接続を遮断すればどうにかなる。
「詩帆。師匠たちを呼んで来い」
「無理だって言ってたでしょ。この空間は閉ざされてて……」
「強引にこじ開ける……最高攻撃力の魔術でな……」
「それを私がさせるとでも……これは召喚魔術ですか。でもどうやって……」
「この空間には俺達が放った魔術の残骸が残っているからな……」
俺は空間の魔力を利用して<召喚 七劣竜>で七属性の竜を呼び出した。セーラさんの呼び出す高位の七竜に比べればかなり弱いが、数秒でも時間が稼げれば……
「………<流星群 集束弾>」
一点集中の星魔術の威力で結界に風穴を開けることならできる。
「詩帆、行け」
「分かってるわよ……キャア」
「無駄だ。たかがあの程度の竜で私が止められるとでも……」
竜たちを吹き飛ばしたアルファが詩帆を風魔術で吹き飛ばし、俺に向かってくる。
「思ってないよ……クソッ」
「あなたの負けですね。いや、あなたなら魔神様にたどり着けるかと思ったのですが……見当違いでしたかね」
「そうかよ……」
「では……まずは予定通りその女から行きましょうかね」
「させるか……<霊炎の槍>」
アルファが詩帆に飛び掛かったのに合わせて、俺はその場所に魔術を叩き込む。それで生まれたわずかなタイムラグの間でアルファの前に立ち、結界を展開する。
「……<光子障壁>」
「無駄ですね……」
俺の障壁はアルファの闇属性を纏った手で簡単に引き裂かれ、そのまま吹き飛ばされる。吹き飛ばされた先には気絶した詩帆が倒れていた。
「その蛮勇、称賛に値しますよ。良かったですね、夫婦そろって死ねて」
「……そう、か……詩帆、ゴメンな……最後まで守ってあげられなくて……」
「別れは済ませたようですね。それでは今度こそ……」
「……だけど……こいつだけは道連れにして……」
「無駄なあがきですね……<魂喰らい>」
「お前の負けだ。自分の魂、喰らわれ……えっ?」
「あなたの切り札はやはりそれですか……もう分かっていましたよ」
奴の放った対象の生命力を吸収しつくす闇魔術第九階位<魂喰らい>は、俺ではなく奴に作動するはずだった。なのに、その魔術は俺に向かってくる。
「なんで……」
「あなたが先ほど私の魔術を防いだ仕組みは、その魔術の作用するエネルギーを逆方向に変化させるという特殊な魔術によるものですね。どうやってこの世界の魔力情報に干渉しているのかは知りませんが、あなたが私との近接戦の時に起きていなかったことを加味すると任意で発動するようなので……私に向かって魔術を撃ってみたんですよ」
「ハハハ、そう、か」
「では、生命力を吸収されながら……ゆっくり逝きなさい。ああ、彼女の方も同様の方法で送ってあげますからご安心を」
最期のなけなしの魔力を使ったせいで、胸からは滝のように血が溢れていた。これはもう……助からない……
「終わり、か……こんなところで……」
そう呟いた瞬間、足に力が入らなくなった俺はその場に崩れ落ちた。最後に、詩帆の方を見ながら、ゆっくり手を伸ばして……俺は意識を手放し……
「んっ、なんでしょうか」
わずかに空間が歪んだ気がした。
「まさか……あなた、何かしたと言うんですか」
「……できるか、こんな、状況で……」
「ちっ、止むをえませんね。先に殺して……」
「……<七柱の神撃>」
「まさか……この魔力は……」
上空から一筋の光が叩き込まれ、何かが割れるような音がして結界が吹き飛んだ。
「……まったく、あの、人、は……遅いんですよ」
「悪いね、クライス君……で、俺の弟子に手を出したんだ。どうなるかは分かってるよな」
「まさか、まだ生きていたというのですか……」
「ああ、天才の親友のおかげでな」
「そうですか……ですが、メビウス・コーリングあいてならまだしも、お前に負けるわけがないでしょうマーリス・フェルナー」
「じゃあ、試せよ……<魔導神の神槍>」
上空から師匠が飛び降りてくるのを見ながら、俺はわずかな時間で回復した魔力で心臓からの血液流出を止めようと、頭を回しだした。
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