第九十三話 魔術使いと魔術師の差
体調不良+新学期に入ったことで更新が遅れます。
土日にまとめて書いて追いつけるよう頑張ります。
次回更新は早ければ12日金曜日になると思います。
「……<大陸崩落>」
山頂に転移した俺は、即座に山脈を崩落させた。全長二キロ、平均標高四百メートルほどの山脈が一瞬にして粉砕されて崩れ落ちるのだから、もちろんそれ以外に何も起きないわけがない。
「……<空中歩行>……はあ、本当に上級以上の魔術って天変地異だなあ」
上空から見下ろす俺の眼前には莫大な量の土砂が降り注ぎ、同時に局所的な大地震が発生するというこの世の終わりがけのような光景が展開されていた。下敷きにされた奴はどんな強い生物でも生き残れないだろう。まあ、魔人達の大半が生身で受けるわけはないけどな。
「……さてと、止んだはいいけど……やっぱり一割も死んでないか……ちっ」
<生命探索>でざっと確認すると、反応が消えたのはおそらく二、三体だ。まあ、ただ上から重たいものを落としただけで三体も葬れたと思えば儲けものか。結界で防がれて全体ダメージ無しなんて可能性もあったのだから。
「で、そろそろかな……来たか……」
「……<暗黒破壊槍>……くたばれ、ガキ」
「……<光子障壁>……下品な魔人もいるんだな……てっきり全員が上品なのかと思ってたわ……」
「下等種族が何を言う」
「俺的にはお前の方が下等だけどな……<魔力吸収>」
「はっ……なんで……」
「よし、もう一体討伐っと」
先走って土煙を抜けて、俺に向かってきた魔人の背後に無詠唱で使った<転移>で回り込み、<魔力吸収>で魔力の塊である魔人を消滅させる。
「というか……あれだけ大口叩いたんだから魔術に対して抵抗ぐらいはしてくれるかと思ったのに……弱すぎるよな……」
魔人戦争。在野の上級魔術師よりはるかに強力な魔術を使う生物百体との戦闘ということで、割と真面目に命をかけた戦い……というのは想像していなかったが、いくら何でも弱すぎる気がする。
「集団戦だし、周りに障害も警護対象もいないから俺も普段より楽に魔術が使えるっていうのはあるけど……そうは言ってもなあ……まあ、楽でいいか……」
「舐めるなよ、魔術師」
俺が深くため息をついたところで、後方から魔人の声が聞こえた。
「消えろ……<霊炎の槍>……グフォッツ……、なっ、なぜ……」
「あのなあ、後方警戒をしていないわけがないだろう。きっちり後ろには<反射障壁>を張ってあるよ」
俺の背後に忍び寄った魔人が放った<霊炎の槍>を反射で撃ち返してやると、相手は防御すらままならず、燃え尽きた。
圧倒的な瞬殺にさすがの魔人達もひるんだか、動きが止まった……いや、違う。
「……<暗黒流星>」
「……<光子障……いや……<神槍>」
場が静寂に包まれた次の瞬間、静かな静寂とともに周囲が濃密な闇魔力によって満たされ、魔力が俺に向かってきた。結界を張って凌ごうとしたが、その魔力に嫌なものを感じた俺は咄嗟に反属性である光の第九階位<神槍>を周囲に展開してはじき返した。
その予想は当たったようで、魔術同士の衝突の瞬間……
「第九階位の<神槍>が消滅しかけた……魔術を魔力に分解する魔術、か」
「……良く見破ったな」
「当たり前だ。この程度で死んだら超越級魔術師を名乗れるか」
「そうか……まあ、この程度で死んでもらっても興ざめではあるしな」
「で、お前が……」
「ああ、魔王ということになるな」
魔人達の中心から俺に声をかけてきた巨漢の男。まあ、紫や黒系統の色合いなのは他の魔人と変わらないが……魔力がけた違いだ。
「さすがは魔王、ってことなのかな。魔力の量の桁が違う」
「それを貴様が言うか。その魔力量、間違いなく魔神様に匹敵する」
「そちらからしたら最上級の誉め言葉だろうな。まあ、俺は嫌で嫌で仕方ないんだが」
「しかも魔力の質まで似ている……」
「それ以上言うな。魔王」
「……貴様、魔王様に何という態度を……<闇球>……死ね」
魔神や魔王に対する不敬発言にしびれを切らした魔人の一人が俺に向かって巨大な<闇球>を放ってきた。威力もさほどでもないし、ただの魔力弾だ……ただ、俺に向かって撃つということがどういうことなのか分かっていないようだな。
「……いい加減に学習しろ、魔人……<魔力喰らい>」
「なっ……あの巨大魔力弾を一瞬で……」
「普通に考えろ。吸収範囲を広げれば、簡単にできることだ……という訳で……消えろ……」
「へっ……」
俺がそう言い終わった瞬間、魔人の体が吹き飛んだ。体内のガスを可燃性の高いメタンに<錬金>で変えて、火種を投げ込んだだけだが……まあ、ようはガス爆発な訳だし……
「魔人の体が一瞬で……」
「体内からの爆破なら魔人だって無敵とは言い難い。面倒なことに人間と同様の身体構造をしているという概念でもって作られているみたいだからな。内部から爆破すれば勝手に死んでくれる」
「外道……」
「それはそっちだろう」
「全員、心してかかれ。一対一では死ぬぞ」
一触即発の空気感の中で魔王がそう言い放ち、場の空気が張り詰める。ただ、俺がそんな不利な勝負を挑むわけがない。魔王との会話中に既に仕込みは終わっている。
「……気合が入っているところ悪いけど……準備ができたから、そろそろ行かせてもらうぞ……<神撃の旋風>」
「ふん、ただの風の上級程度で魔人を殺せるとでも……」
「思ってないよ……だから、仕込みはさせてもらった……<転移>」
「……全員、結界を展開」
魔人達を包み込むように、文字通り切りつける風が吹きすさぶ。この魔術は広範囲展開には向いているのだが……いかんせん、火力が弱すぎる。だったらその火力を補って、結界を貫通できるようにしてやればいい。
「……残念ながら、この魔術……<神撃の旋風>じゃないんだよな。名づけるなら……<神撃の旋風>改……<竜の息吹>かな」
そう呟いたところで、魔術の風が消え去り……えぐり取られた地面が顔を見せた。地面が切り裂かれているのではなく、えぐれているわけは、俺が周囲を浮遊していた砂粒を鋼鉄の粒に<錬金>で変質させたからだ。
一般的な魔術の結界というものは属性に対応した物質を魔力によってつなぎとめるというものである。つまり、絶対的な結界というのは俺が開発した<反射障壁>ぐらいで、他の結界には微細な隙間が空いているということである。つまりだ……
「残った魔人の数は……六体、か」
結果的に残っていた魔人の九割は結界を貫通した風速八十メートル近い風によって加速された鋼鉄の粒によってその存在を消滅させていた。
「豪炎や雷の結界で鉄粉を融解させたり、強固な土や氷の障壁を強化したり、風魔術で自身の周りに結界を作って耐え抜く……それがこの魔術の攻略法だよ」
「……なるほど、転移を禁止する結界も同時に仕掛けていたか……」
「普通、結界が破られていることに気づけば、まずはそれを試すだろうからな。だからそれさえ封じておけば、結界を再強化する前に全員屠れると思ったんだが……そう甘くはないか」
「ああ。残念ながら我らの思考は奴らとは違うぞ。魔神様から直々に叡智をいただいておる」
「なるほど……魔神から漏れ出た魔力と魔力情報によって生まれた魔人と、魔神が自ら作り出した魔王と魔人……当然、差はつくか」
どうやら耐え抜いた六体は魔王を含めて強敵のようだ……まあ、数は減らせたからいいだろう。
「さて、六対一だ……勝てると思っているのか?」
「余裕だな。あんたらもさっきの魔術でだいぶ消耗してそうだし……ここから一歩も動かずに終わると思っているんだが……」
「なめるな。人間風情が……<神炎空間創造>」
本来なら一キロの程の範囲を消滅させる火魔術第九階位<神炎空間創造>。それを相手の魔人は数十メートルに威力を集中させることで近距離での高速展開を可能にした……俺に到達するまで一秒あるかないか……普通に考えれば終わりの一撃でも、俺なら返せる。
「……一点集中で威力を高める、か……やっと魔術師戦になってきそうだな。なら……<神炎空間創造>」
「無駄だ、お前が巻き込まれるだけだ……」
「そうか?」
「はっ……魔術が裂かれて……」
「お前の負け、だな」
俺が放った一撃は物理法則を無視し、爆風のエネルギーを正面の一方にだけ放った。結果、その威力は相手の凝縮させた魔術にも打ち勝ち、俺の正面の一面を吹き飛ばして、放った相手の魔人の一人に直撃し、そのまま彼方に消え去った。俺の周囲も蒸発しているが、俺の正面に至っては地面が今もガラス化し続けているので、その威力差は歴然だろう。
「……何なんだよ、今の魔術は……」
「降参するか……って、この状況で背後はひどいだろう……」
「勝てれば問題ねえんだよ……<魔力吸収>……終わりだな、魔術師」
今度は正面の魔人の一人をあおっていると、どうやらそれは<幻影絵画>の幻影だったようで、隠密系魔術を使って背後によられていた。そのまま<魔力吸収>で魔力を抜かれて倒れた俺は……
「……幻影だよ。見破れよ、自分の得意魔術ぐらい……」
「はっ……確かに本物だったはず」
「お前に魔術を喰らう直前に転移したからな。だから少量だが魔力は吸われてるぞ」
「……発動速度がおかしい。人間じゃありえない……」
「魔術というのは本来そういうものだろう。人知を超えた力」
「ふ、ふざけるなあ……<暗黒破壊槍>……グフォッツ」
「一つ言っておくと、発動を早くしたいなら、中途半端に模造魔術を使うな。最初から最後までを自分の頭の中で演算して空間に現象を反映できるなら、脳内での光信号の伝達速度と同じ速さで魔術が放てる」
「どんな、頭してんだよ……狂って、る……」
その言葉を最後に魔人は砕け散った。と、砕け散る前に、既にほかの魔人達は動き出していたようだな。
「三対一なら勝てる」
「プライドを捨てたのか……まあ、まとめてけせるからな」
「その余裕がいつまで続けられますかね……」
「ええ……いくらあなたでも全方位からの同時攻撃は防げないはず。消耗も激しいですし……過去の賢者の技を使うのも癪ですが……<魔道神の魔槍>」
「……まじか……」
相手が使ってきたのは師匠の十八番。全属性の第九階位に匹敵する威力を込めた魔術の槍を九本創り出し放つ<魔道神の魔槍>だ。……というか師匠、鬼籍に入ったと認識されてるんだな……
「これで死ね……<魔道神の魔槍>」
「もう一発か……まあ、師匠に訓練で喰らってたから余裕だけどね」
「どういう意味だ?」
「こういう意味だよ……<魔道神の魔槍>」
「なっ……」
俺は相手から放たれた二セット分の<魔道神の魔槍>を同様に二セット分の魔術槍を生成して、相反属性にあてることで消滅させた。
「……一人で、あれだけの魔術を操り切るなんて……」
「余裕だよ。まあ、もっと戦況が厳しかったら無理だけど……たかがこの程度の敵三体相手じゃな」
「そんな……」
「だが、その三体目に気が付かなければ意味はない……終わりだよ、現代の賢者」
「最後は肉弾戦特化か……仕方ない、か……んっ、<転移>できないな」
「魔王様の星魔術結界だ。これで転移は無効化させてもらった」
「終わりだな。賢者。諦めて死に際でもよくしようと踏ん張ってみるといい」
「そうか……」
魔術を放ち終わって隙だらけの二体の魔人をよそに、<身体能力強化>を重ね掛けした最後の魔人が背後から迫っていた。正面を見ると、残った二体も後ろの奴の攻撃に合わせて魔術を放つのだろう。そして転移も禁じられた。まだまだ手はあるが……そろそろ奥の手を使わせてもらおうか……
「……< >」
「はっ……」
俺の詠唱と同時に三体の魔人の姿が消滅した。
「き、貴様……何を……」
「研究機密だな。というわけでだ。後はお前一人だな」
百体近い魔人を無傷で殲滅し、後は魔王だけ。さてと、最期の大仕事と行きますか……
 




