第八十九話 王軍の敗北
やっと主人公の影がちらつく回です。
読んでくださる方ありがとうございます。
「ハリーは前線の後退の指示を出しつつ、援護。私はこのまま中核指揮を執りつつ、後退する」
「分かりました。殿下。死なないでくださいよ」
「当たり前だ。死んだらせっかくここまで積み上げてきたものが無駄になるからな。こんなところで死んでいいわけがない」
「そうですか……ご武運を」
「ハリー。お前も死ぬなよ。この国の次代宰相はお前なんだからな」
「ええ。美味しい席を目の前にして死にたくありませんから……では」
「ああ」
いたるところに魔人達の魔術が着弾した軍勢中心部にたどり着いた私はハリーにそう言うと、そのまま周りに向かって叫ぶ。
「前国王並びに宰相以下戦場の閣僚陣は戦死された。撤退しろ」
私の声に動揺が広がることはない。既にこの戦場の指揮官は掌握している。正確に言うのであればここの指揮官ではなく、騎士団の上層部や軍務大臣の直轄部隊以外の戦場指揮官はすでにこちら側についている。だからこそ現国王が倒れて、私が正式に統帥権を持ったことは彼らにとっては何の問題もないはずだ。
現にほとんど混乱もなく前方部隊を補助しつつ後退している。
「よし、ここは問題なさそうだな……後は、前線のジャンヌとエマ嬢か……だが、どうやら心配なさそうだな」
前方から負傷者が運び込まれていたり、その治癒を複数のグループに分かれた王宮魔術師たちが行っているのはおそらく、前線の二人の指示だろう……しかし、この判断力。エマ嬢がうちの王宮魔術師団に欲しいなあ、後はユーフィリア嬢も欲しいんだが……
「止めておこう……ハリーやクライスがキレるな……」
今回の戦場に出すのも二人して、遠回しに嫌がっていたぐらいだ。軍の中核に据えるなんていったら、本気でキレられかねない。
「さてと、この話は置いておくか……この周辺の撤退はもう、心配なさそうだな……私も前線に……」
「キャアアアアァァァ」
「うわあ」
その時、戦場に悲鳴が響き渡った。
「ジャンヌさん。戦況は?」
「ハリーさん。なぜここへ?」
「殿下の指示で退却の援護に……それで、戦果は?」
「こちらの力では一体も倒せていません。魔術師団が来てからも同様です。まあ、彼らも結界の展開と相手への牽制を重視しているので当然ではあるのですが……」
前線に到着した私は後方で指揮を執っていたジャンヌさんと合流しました。見た限り、魔術師団の投入で戦況は安定しているようですね……
「ジャンヌさんは引き続き、一般兵と騎士団の撤退に集中してください」
「分かった……あれ、ハリーさんはどちらへ……」
「前線の援護だよ」
「そんな危険な……」
「伊達にこの国の最強魔術師の一角じゃないよ。それに……女性ばかりに頑張らせるわけにもいかないだろう」
そうジャンヌさんに告げて、私は前方で一部隊に飛んできていた魔術を迎撃した。
「…………<霊炎の槍>……ジャンヌさん」
「なんでしょうか」
「私はここからは指揮官としてではなく、一人の魔術師として戦う。後は頼んだよ」
「了解しました」
彼女の返答を聞きながら、私は自身に魔術をかけていく……
「戦闘など、いつぶりですかね……<身体能力強化> <水霊装甲>」
魔術をかけながら魔人と兵士の間に割り込み、そのまま結界を張る。
「…………<雷爆雨>。早く後退しろ」
「は、はい」
「…………<炎獄世界>……」
前方の魔人達を吹き飛ばす。いくら魔人と言っても上級魔術の直撃をくらえば無事ではすむまい。
「このまま後退するぞ」
私はそう叫びながら続けざまに魔術詠唱を続ける。
「すごい、ですね……」
「ええ。あれが本来のハリー殿の実力だな」
「てっきり政務能力が高いだけの方かと……」
「それも彼のすごいところだが……まあ、本職はまさしく魔術師……」
「みたいですね」
魔人に致命傷こそ当てられないものの、大規模魔術で魔人を吹き飛ばすことで味方から引きはがしていくという強引な方法で戦況を優位に保つ。その姿はまさしく魔術師という風格が漂っていた。
「魔術師、ですか……」
「すごい人種だな」
「そうとも言えないけどね」
「ハリー殿。いつの間に……」
「あらかたの戦線は後退している。私もそろそろ下がろうかと思ってね」
「なるほど……」
周りを見る限り、既にほとんどの兵は魔人達から距離をとっている。理由は不明だが、魔人たちも積極的には逃げる兵を追ってはこないので……いや……
「ハリー殿」
「どうした?」
「魔人が追撃を」
「してこない方がおかしかったんだからね……むしろ今の方が普通だよ」
今まで離れて行く人間には攻撃を加えていなかった魔人たちが、突然追撃を加え始めた。それに対応できなかった兵が吹き飛ばされる。また、咄嗟の攻撃魔術の連発に魔術師団も押されている。
「普通であっても……いきなりこれだけの魔術の斉射は……」
「おかしいとか文句を言っている場合じゃない。ジャンヌ卿は今すぐ撤退を。殿は私が勤める」
「ハリーさん」
「行くぞ」
部下がハリー殿を追おうとするのを止めて、私は振り向きざまに叫ぶ。
「戦線の維持も考えなくても構わん。一秒でも早く離脱しろ」
その言葉に、前線の兵が少しずつ動いていく。戦場の端までその動きが伝わるのは時間の問題だろう。
「魔術師隊もできるだけ早く、逃げて」
「……ジャンヌさん。ハリーさんの援護は?あの人が無事だったとしても、あの人とエマさんの魔力が尽きたら魔術師で対抗できる人材はいないですよ」
「……いや、まだいる。だから、私達も逃げるん……」
その時、私達に向かって火属性の範囲魔術が飛び込んできて……
「くっ、離れろ……」
間に合わないと悟り、最期に目を瞑った瞬間……私の前から音と光が消えた……
「もう、戦線維持は必要ない、下がれ…………<雷神の大槌>」
雷の範囲魔術で魔人の集団を吹き飛ばしながら、割って入る。
「ハアハア……キリがない。結界魔術か身体能力強化か知らないが、上級魔術が直撃しても致命傷になってない……どうやって攻撃魔術と結界魔術を同時使用してるんだ……しかも、こいつら一言も喋らないし」
「喋らないのではなく、この程度で吹き飛ぶ下等生物相手に話す必要性を感じていないだけです」
「舐めてるな……まあ、こちらも同じか」
「ええ。私達と相手をするのに、超越級の魔術師はおろか上級の魔術師すら前線に出さないとは……」
「ハハハ、私はなぜ、君たちと話しているのだろうかね……」
「魔力の回復を狙っているんでしょう」
「そこまで分かりますか……」
「この戦場で、尊敬に値するレベルの強者は数えるほどしかいませんが……その中でもあなたは別格ですよ。その年でよくぞ、そこまで……」
「敵にそこまで褒められてもね……」
魔人を前陛下が舐め切っていたのと同様、どうやら私達も舐め切られていたようだな。
「魔力の消費を抑えつつ、模造魔術を放つ……あなたは紛れもない天才だ。世界のルールを理解し、自分で改変するとは……」
「それはどうも……」
「それで、だ……お前が先ほどから気にしている女……死ぬぞ?」
「はっ……まさか……エマ……」
「助けに行くか?まあ、できないことは分かっているだろうが……」
「くっ……」
エマは最前線で魔力を枯渇させて、気絶しかけていた。最後に展開した結界が破れれば……だが、私もこの戦況で彼女の下に行けない。いや、行くことは可能かもしれないが、行くまでの間に命は削り取られるだろうな……
「いつの間に囲まれたんだろうな……万事、急須か」
「ああ、諦めろ。若き魔術師よ」
「いいですよ。他の兵士は全員逃がせましたから……」
「それが狙いだったか……だが、逃がしたところで無駄だろう」
「どうでしょうね……」
「そうか、では、さらばだ……若き魔術師よ」
一撃なら耐えきる。今、詠唱している結界が発動できるからだ。その一瞬の隙で、エマの下に向かい、そのまま回収して風魔術で吹き飛んで距離さえ取れれば……
「……消えろ……」
「悪あがきさせてもらいますよ……<光子結界>……なっ、発動しない」
「<魔力吸収>……残念だったな、魔術師……」
「くっ……」
もう、手はない。今ので魔力は完全にないというレベルだ。生命維持に必要な最低限を残して、私の体に魔術を使えるだけの魔力は残って……
「くそっ……エマ、殿下……すみません」
「諦めたか。では、今度こそ最後だ……消えろ……」
私はエマを見つめながら、殿下に詫びながら、最期の瞬間を待った……
「なぜ、こんなところに魔人が……」
悲鳴に振り向くと、そこには数体の魔人がいた。
「……まあ、不思議でもないな……奴らが上空を抜けられるのは当然だ。むしろ今まで来なかった理由が謎だな」
「殿下、お逃げください」
「分かっている」
加勢したいが、俺の参戦は最終手段だ。まだ逃げ道がある以上……逃げるべきだ。
「すまない。皆、耐えてくれ……」
「なるほど、お前が最高指揮官か……」
「……気づかれたか……」
「お前がいなくなった後の軍の悲壮感……いい負の魔力を生み出しそうだな」
気が付くと俺の周囲には魔人たちが囲んでいた。どうやら、俺の逃げ道はなさそうだな……
「仕方ない、か……<大地障壁>」
「その程度の障壁など無意味だな……」
「俺だけならな……ああ、あ。結局、俺の撤退戦はここまでか……」
「諦めたか。当然だな」
「ああ。俺は魔術師としても指揮官としてもまだまだ未熟みたいだからな……仕方ないな。後は、俺の力じゃ無理そうだ……」
「そうか……」
「「殿下」」
「ふふふ、これは良い負の魔力が集まりそうだな……さらばだ……」
「好きにしろ……できるものならな」
私は高ぶった気持ちを抑えるためにゆっくりと瞼を閉じた。
「えっ……なぜ、だ」
「ジャンヌさん……火の玉が……いきなり消えて……」
音が消えて、目を開けると、私達の前に迫っていた大火球は忽然と消え失せていた。荒れた息を整えながら、周りを見渡して、私達はようやくその理由を知った……
「消えろ……<滅魂>」
「……くそっ……」
「……<七柱の神撃>!」
私に魔人の魔術が当たる寸前……上空から数えきれないほどの光が降り注ぎ、それらは正確に魔人たちに直撃し……
「グギャアア……」
「はっ……なんで、こんな簡単に……」
「あれが魔人に特攻の光魔術の第十階位であるのと、あの人が激怒しているのと、直接は視認してないので絶対に吹き飛ばせる威力で放ったからですね」
「君は……って、エマ」
突然現れた黒いローブ姿の少女はエマを抱えていた。
「エマ、無事か」
「は、ハリー……」
「魔力枯渇しているだけですよ……周囲にいた魔人は消し飛ばしましたのでご安心を……」
彼女の言う通り、エマを囲んでいた魔人達は胸部に光属性の槍の様なものが刺されて、間違いなく絶命していた。でもあれって……
「第九階位<神槍>、ですよね……あなたは……って……」
「申し遅れました。元軍務大臣グレーフィア伯爵令嬢、ユーフィリアです」
彼女はそう言いながら、背後に迫っていた魔人を氷魔術で凍結させた。
今日中にもう一話投稿出来たら、今度こそ主人公が出るかなあ……




