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異世界でも貴女と研究だけを愛する  作者: 香宮 浩幸
第六章 王国魔人戦争編
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第八十八話 王子の撤退戦

読んでくださる方、ありがとうございます。


本日二話目です。


戦況は、ますます悪化していた……


「殿下。ジャンヌさんの部隊からの報告です」

「分かった。そのままで聞く」

「最前線の兵団、完全に崩壊しました」

「だろうな。それで?」

「撤退の準備を進めつつ、ゆっくり後退しているとのことです」

「それで構わん。ただ、すまないが後、十分はゆっくりとした後退で耐えろと伝えてくれた」

「了解しました……」


兵士が陣を出ると同時に、私は再び戦況をまとめなおす。


「ハリー。残存兵数は?」

「現時点で六万五千弱。四割近い損害など、敗北と同義ですよ、まったく」

「しかもジャンヌが動いていなければ上層部はまだ魔術師部隊を動かしていないからな……致命的じゃすまなかったぞ」


戦闘開始から五時間。騎士団を含めた正規軍が前線を維持し、魔術を扱える騎士団員の一部が防御に魔術を使ったため、なんとか被害は最小限に抑えられていた。それでもこの大損害なので、本当に国王や軍務大臣は何を考えているのかと思うが……


「ともかく、撤退を始めるには妥当な時間かと」

「そうだな……前線を早めに下げ始めないと、すぐにクライスが動けないからな」


クライスにはこう言ってあった。「半日後に戦場に来て、お前の判断で魔人を殲滅してくれ」と。最悪、こちらに被害が出ても、それが最小限なら許すという意味なのはあいつも分かっているだろう。後は、奴が来る前に私達が国王の殺害を完了していればよかったのだが……


「殿下。ご報告です」

「報告者は?」

「エマ様です」

「内容は」

「国王周辺を騎士団の一部や王宮魔術師が固めていて、下手な動きをすれば内紛になって収拾がつかなくなる、と」

「だろうな……ともかく、最悪の場合は国王のいる陣を後方から突き破ってでもいい。最悪、周囲ごとまとめて焼いても構わんと伝えろ」

「了解です」


この通り、いまだに国王の周囲を、軍務卿の周囲を固めている人員が多すぎてそちらもうかつに手が出せない状況だ。


「早めに始末してしまいたいんだがな……」

「それは皆も同じ気持ちでしょう……それより、クライス殿は、今どこへ?」

「もう戦場に来ていてもおかしくはない……ただ、あいつは私を立てようとしているのか、あるいは功績を与えようとしているのか知らないが、きっと手は出さないよ」

「殿下を信用しているということですよ」

「どうだかな。ただ、あいつが手を出したら私はキレるぞ。俺の政治に手を出すな、とな」

「それが分かっているから、何もしないのでは……」

「さあな」


ともかく、現状の劣勢を覆すとするなら、後は私やハリーが戦場に出るぐらいしかない。ただ、それは最後の手段だ。今は、指揮官として動くしかない。


「ハリー。ともかく、最悪の場合は最低限の部隊だけをまとめて後退させ始めることも検討しろ。ジャンヌ達には自力で逃げてもらうしかない」

「彼女達も分かっていると思いますよ。後はあなたが信頼にこたえるしかありません」

「今回の私はクライスが出てくるまでのつなぎだよ」

「繋ぎであっても、あなたがやらなければ、あなたでなければ、クライス殿は戦争に参加していません。正確に言うのならこの国の利を考えては参戦してくれなかったでしょう。そういう意味では、というより王とはそういう物でしょう」

「そうか……」


悪政の限りを尽くした父王を倒し、次世代に繋ぐための、腐敗官僚を潰し、新たなる人間に門戸を開くためのそういう繋ぎ、か。なにより王として、優秀な家臣を国に繋ぎとめる力……なるほど、私らしい王の姿とは、案外そんな物なのかもしれないな。


「悪くない言葉だ。私の今後の抱負にさせてもらおう」

「それは何よりです。さてと、それが分かったところで、国王達をどう始末しましょうか」

「そこが問題だな。穏便に済ませたいからな、派手な方法はあまり使いたくないんだが……」


その時、かなり近い場所で爆音が聞こえた。


「今の音は……」

「火か、雷の系統の範囲魔術の着弾音じゃないかと……」

「場所は……」


慌てて天幕の外に飛び出すと、王国軍の中心部数か所から煙が上がっていた。


「なあ、ハリー。あの場所って……」

「中心の一点ですか……陛下の天幕のあった辺りと一致しますね……はっ」

「どうした、ハリー……」

「魔術師隊は、エマは、無事なんでしょうか……」

「無事、だろう。まだ天幕には突入していなかったということは、咄嗟に距離をとるか、結界で防いだはずだ」

「そう、だといいのですが……」

「殿下、こちらでしたか。至急の報告です」


ハリーが珍しく取り乱しかけたが、この様子なら大丈夫だろう。そう思った時、後方から声が聞こえた。


「話せ」

「魔術師隊からの情報です。陛下のいらっしゃった天幕が魔人の魔術攻撃により焼失。中には陛下、現役閣僚陣全員がいたもようで、焼失した天幕の中からは生存者はおりません。正確に言うのなら超高温のため、死体すら発見できない状況です」

「分かった……エマ嬢を含めた魔術師団の損害は?」

「殿下付きの者は全員無傷です。また王宮魔術師団も咄嗟に防御したためか、生存者が大半です」

「そうか……ハリー」

「もう……よろしいのでは」

「だな……」


そのまま私は声を張って言い放った。


「これより陛下、軍務卿の指揮権の全て、軍の統帥権の全てはこの私、ルーテミア王国第一王子 レオン・アドルフ・ルーテミアが引き継ぐ。現状の最高指揮官はこの私だ。副官として、臨時的に宰相をハリー王宮魔術師。騎士団長をジャンヌ卿に任命する。また一時的な魔術師隊の指揮権をエマ嬢に渡す」

「かしこまりました」

「ジャンヌ卿に現時点を持って、軍の最高指揮権を与える。その上で命令だ、即時に魔人達から距離を取り、撤退しろ。また、エマ嬢に大至急、前線の援護に向かうよう伝えろ」

「了解です、殿下」


そう言って走っていく兵士の姿を見ながら、ハリーが声をかけてきた。


「ご立派でしたよ殿下……いえ、もう陛下とお呼びしなければなりませんかね」

「手続きを踏んでいないからな、まだ殿下で構わないよ。それより今は……」

「ええ。戦場の後退を始めましょう。後方の部隊はそのまま下がらせて構いませんが……前線は、直接指揮に向かうべきかと……」

「分かっている」


そのまま私達は戦場の前方へと向かって走り出した。





「ジャンヌ卿。陛下を含めた閣僚陣が戦死。レオン殿下が最高指揮権を引き継がれました。また臨時騎士団長の権限をあなたに」

「了解した。それで、命令は?」

「即時撤退を、とのことです」

「分かった。全体に通達。そのままゆっくりと戦線を維持しながら後退しろと」

「はい。なお、既に残った魔術師団がこちらの応援に向かっているとのこと」

「了解した……すぐに後列に下がっている負傷兵を下げろ。魔術師隊が到着し次第、すぐに後退できるようにな」

「かしこまりました」


離れて行く兵士を見ながら、私はため息をついた。少し気が抜けて、思わず口調がいつものものに戻る。


「ようやく、ですね」


殿下が続けてきた長い戦いはひとまず終わる。これから先も続く長い政争を考えると、頭が痛いが、それでも一つの山は越え……


「いや、まだ山の途中ですね……さてと、気を抜いている場合ではありませんか……」


その時、前方から魔術が放たれました。それを咄嗟に距離をとって回避しながら、叫ぶ。


「ジャンヌさん……」

「私は無事。それより周辺の兵の被害は」

「全員、無事に回避しました」

「分かった。そのまま魔人から距離を取りながら、下がれ。ただし周辺警戒は怠るなよ」

「了解しました」

「……よし。さて、私も前線を見ながら下がるとするか……」

「あなた達、まだ希望を持っているんですか?」

「誰だ?」


私が振り向くと、そこには戦場には似合わない燕尾服を着た男が立っていた。


「誰……あなたに答える必要がありませんね。それより、あなた達はまるで何か秘策があるようですが……まさか賢者でもいるのですか?」

「それをお前に答える必要はない……」

「そうですか……まあ、賢者が出てきたところで、今の私達には問題ない、か」

「貴様、どういうことだ?」

「さあ。いずれ、魔力情報の全てを知った賢者ならば分かるかもしれませんが……敵に情報を渡すほど、馬鹿じゃありませんよ」

「お前は一体……」

「それでは」


気が付くと男の姿は私の前から忽然と消えていた。


「あいつは……」

「ジャンヌさん。下がってください」

「あっ、ああ……」


私はこのことを早く殿下に報告しなければ……と思っているうちに……戦場の気迫に呑まれたせいか、このことを忘れていた。





「あなた達、行きましょう」

「はい、エマさん」


殿下が指揮権をとった。その話を焼け野原になった草原で聞かされた私達は、すぐに前線へと向かった。


「土の結界は崩れた時の被害が大きすぎるから、後方の守護のみ。前線には火と光、水、風あたりの魔術師を配置して。ただし治癒魔術が使える者は兵士の治癒が優先よ」

「はい」


普通の戦場では中級以上の結界魔術が破壊されることなど、そう簡単にはない。同格の魔術を当てれば壊せるが、わざわざそれで戦場の一画を壊すために魔術を使うよりは何もない場所に魔術を放った方が効率的だからだ。ただ、この戦場ではそんなことはあてにならない。


「魔人達の魔力量なら中級魔術など軽く飛んでくるわ。私やハリー卿を相手にしていると思って、覚悟して結界を張って。結界を張れないものは魔術で牽制。初級以下は全員後衛で確実に後方に向かう魔術を減衰させて」


相手の魔力量的に中級の結界などは役に立たない。残念なことにテルミドール王宮筆頭魔術師が亡くなられた以上、上級の結界を張れるのはこの戦場で私とハリー卿だけだ。だからこそ、私たちにできるのは魔術の威力を減衰させることだけ。


「エマさん。最前衛、見えました」

「この位置でいいわ……初級以下と治癒担当は下がって、結界を張れるものは詠唱開始、攻撃魔術を扱えるものは初級の攻撃魔術を一発放ったら、結界ができるまで待機。できたら、その隙間から魔術を撃って」


そのまま私は詠唱を開始する。使うのはもちろん私の一番の得意魔術……


「…………<炎獄障壁インフェルノウォール>」


私の発動した第八階位の火属性結界によって、魔人の爆裂魔術が吹き飛ぶ。同階位の魔術であったのなら、わずかに結界魔術の方が上回るためにできることだ。


「この隙に一般兵は後退を進めて下さい。魔術師団も、結界を張ったらゆっくり後退」


私はそう檄を飛ばしながら、次の結界魔術の詠唱を始めた。


明日にはクライスたちの話に戻ってきたいですね……


お気づきの点がございましたら、感想等で教えていただけると嬉しいです。

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