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異世界でも貴女と研究だけを愛する  作者: 香宮 浩幸
第五章 騒乱の学園と王都政争編
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遠い空の下 ~隣の空席~

本日は大みそかですね。という訳で雅也と詩帆の過去編です。


今章は今日で最後で、正月は0時になった同時に第六章を上げます。クライス以外の視点が続きますが、ご容赦ください。

春。それは新たなる出会いの季節。同時に俺にとっては辛い別れの記憶でもあるのだが……まあ、春は別れの季節でもあるのだからいいだろう。


大学一年の春。そんなことを考えつつ俺が席を立った時、後ろから声をかけてくる奴がいた。


「おお、湊崎丁度いいところに」

「紫堂。二度とお前と一緒にはバイトにはいかないと言わなかったか」

「いや、あれはお前の運が悪かったんだろう」

「はあ。なんでレンタルビデオショップのバイト募集に行ったのに、違法な裏ビデオの制作現場の手伝いさせられかけることになるんだよ。俺が早めに気づいて警察に連絡してなきゃ、今頃俺ら犯罪者だぞ」


俺に声をかけてきたのは紫堂 孝之。俺の高校時代の学級委員の江藤と、大学に入った直後から意気投合してつるんでいる奴だ。頭はいいんだが、性格はこの通り変人だ。まあ、俺が言えた立場ではないが。


「あんなこと、普通はねえよ。それより今日はバイトの話じゃねえし」

「じゃあ、何の話だ。レポートの代筆頼まれても、今月は忙しいから無理だぞ」

「ちぇっ、今月は自分でやるか……って、違う違う。なあ、合コン行かねえ?」

「合コン?別にいいけど……彼女とか興味ないからな、本当に数合わせという意味でなら行くぞ」

「おお、むしろそっちの方がいい。競争相手は少ない方がいいからな。特に物理学科の学年首席様なんて言う特例が、頭数に入ってないのはいい」

「そうかよ」

「じゃあ、お前を数に入れとくぞ。あっ、参加費は三千円な。それじゃあ細かいところは後で連絡入れるわ」

「今、言ってけよ」

「他にも頭数揃えねえといけないんだよ。それじゃあな」


そう言って、紫堂は嵐のように去っていった。






「へえ。お前が合コンに行くとはな。高校時代はあんなに根暗だったのに……どういう心境の変化だ?」

「別に。ただ、そろそろ吹っ切らなきゃいけないな、と思って」


その日の夕方。俺同様に合コンに呼び出されていた江藤と集合時間までをファミレスでレポートを書きながら過ごしていた時、何気なく江藤が呟いた。


「吹っ切る?ああ、やっぱり高校に入って性格が変わった理由って……」

「世間一般的に言う失恋だな」

「世間一般的、というところにお前の見栄を感じるが……いや、お前なら見栄だけでそういうことは言わないか」

「ああ。俺がこう言っているのは、フラれたのかどうかすら分からないからだ」

「本人が告白の後で亡くなったとか?それとも引っ越しか?」

「亡くなるって軽く言うなよ。まあ、いいや。告白したけど、何も言わず逃げられた」

「それはフラれたと言って問題ないんじゃないか」


俺だって、そう思っている。ただ、今でもあの日の最後に見た彼女の顔が頭から離れないのだ。何かに葛藤しているような切なげな彼女の顔が……


「たぶん、嫌いじゃなかったと思うんだ」

「じゃあ、なんで逃げられるんだよ」

「それは……悪い。お前にも言えないわ」


理由は確信までは行かないが、おそらく彼女が俺にすら隠したがった、両親の死の真相。それを俺が予測で他人に語っていいわけがない。まあ、逆に言うなら話してはいけないと思えるほど、彼女の両親の死の真相の予測が固まっているわけなのだが……


「ふーん。まあ、事情があるなら聞かねえよ。言い方的にいつかは聞かせてくれそうだし。というか、中学時代の同級生ってことは実家は近所じゃないのか」

「近所だよ。三年間、すれ違わなかったのが不思議なくらいにね」

「避けられてるな……」

「まあ、俺も避けてたんだけどな」

「気まずいだろうな……それで、吹っ切るってことは」

「諦めるにしろ、もう一度やり直すにしろ……一度会って来ようと思ってさ」

「早めにしとけよ。時間が開けばあくほど、友達関係にすら戻れなくなるぞ」

「それはお前の経験談か?」

「さあ、どうだろう。それより、そろそろ行かないと間に合わないぞ」

「お前、誤魔化しやがって……」

「それはお互い様だろ。よし、行くぞ」


そう言って笑って店を出て行く江藤を睨みつけるぐらいしか、俺にできることはなかった。






「それで、さあ。その時俺がどうしたと思う?」

「どうしたの?」

「勇敢にも崖から飛び降りたんだよ。もちろん理系学生らしく先に高さや地面の状況を確認してから飛び降りたからケガもしてない」

「うわあ、すごいですね」

「ただ、ケガはしてもいいかもね」

「えっ?」

「君に治療してもらえたからだよ」

「そんなあ、私その時はまだ高校生ですからね。まあ、今もただの医大生ですけど」


合コン開始から一時間半。貸し切りにした店内で最初に自己紹介をした後は、店内で好きな場所に移ってテーブルを取ってもいいということで、俺は適当に江藤や紫堂たちに交じって三十分ほど女性陣と喋ってから、店のカウンターの一番端っこに移動して一人で飲んでいた。三千円の元はとらないといけないしな。


「ふう……しかし、あいつもよく飽きずにあの話を続けるよなあ……」


手元のグラスの中の日本酒を飲み干してから、そう呟いた俺の視線の先には得意げに自分の話をする紫堂の姿があった。


「どうせ、高校時代に崖下に転落した犬を助けた話だろうけど……あれ、相当脚色してるよな」


俺が聞いた話では、ちょっとした段差に落ちた老犬を引っ張り上げただけだったと思うのだが……まあ、ばれて痛い目を見るのはいつものことなので、無視しておこう。第一、この数回の飲み会で分かったことだが酔っているあいつに近づいたら、ほぼ確実に絡まれるからな。


「それで、あいつは的確に女の子を捕まえてるしなあ……」


一方の江藤は酒を一滴も飲まずに、女の子を口説くことに集中しているようで、周りに数人の女子を置いて会話を続けている。恋人作りに興味はないが……なんか、あのイケメン度合いは腹立つな……


「はあ。俺は正しく、彼女いない歴イコール年齢だからな……はあ」

「私もそうですよ」

「……えっ」

「隣、いいですか」

「あっ、どうぞ……」


江藤の様子を見て落ち込んでいる俺の隣の席に座ってきたのは、透き通るような黒髪の美少女だった。


「あっ、驚かせちゃいましたか?」

「い、いえ……それより、最初からいましたっけ?」

「はい。今さっき、来たんです。医学部の実習で遅れてしまって」

「へー、将来は女医さんか。それで、開いていた俺の隣に来た、と」

「ええ。でも、それだけが理由じゃないですよ」

「どういう理由が?」

「そういう話がしたいのなら、段階を踏んでください」


そう言って、彼女は一旦席を立ってドリンクバーからウーロン茶を二杯取ってくると、再び俺の隣に座った。そして一杯を俺の方に渡してきた。


「これはどういう……」

「節度を守れば、二十歳以下で酒を一滴も飲むなとは言いませんが、元を取ろうとかいう考え方で酔わない方がいいですよ。若いうちから飲んでいたら体を壊しやすいのに、まずい酒は飲まない方がいいです」

「そうですか……まあ、そういうことなら」


そう言ってグラスを受け取ると、彼女は笑ってくれた。


「良かったです。聞き入れていただけて」

「それは、どうも。……ところで、早速の質問」

「はい、何でしょうか」

「君はなんで医者になろうと思ったの?」

「いきなりすごいところを聞いてきますね……母を蝕み、両親を失った病を消し去れる医者になりたいからです」

「……」

「って、こんな思い話。初対面のあなたにする話じゃないですね。すみませんでした……」


彼女は謝っていたが、俺はそれどころではなかった。だから慌てていて、ついついこんな呼び方をしてしまった。


「湊崎 詩帆さん」

「……あれっ、私名前言ったっけ……って、湊崎……まさか……」


俺の失言に気づくどころか、むしろより慌てているせいで口調も顔もすっかり変わってしまっている。しかも顔は真っ赤だし。


「こんなところで再会するとは思ってなかったよ、須川」

「本当に、ま、奏崎……」

「ああ。俺の方も聞きたいね、本当に君が須川さんなのか」

「と、とりあえず場所を変えましょう……ここじゃあ、話しづらいから」


俺達は揃って店を出ることにした。






「あれ、湊崎は?」

「女の子を連れて抜けて行ったぞ」

「あいつ、彼女作りに興味がないとか言っておきながら……」

「しかも相手は医学部の才女、須川さんだよ」

「はあ……あの野郎、こっちの目玉とあっちの目玉がくっついたら盛り上がりの欠片もないだろうが」

「でも、案外、あいつの想い人って……」

「江藤、何か言ったか?」

「いや、別に」






薄暗い街灯だけの公園。夜桜が散るこの場所で俺と詩帆はベンチに座って話を再開した。


「さてと、まずは改めて久しぶり……」

「ええ、久しぶり……」

「それで、お前の進学予定はもっと上の医大だったはずだが……なんでこんな大学にいるんだ?」

「……それは……誤魔化しても無駄ね。ねえ、そ……雅也、言っても怒らない?」

「後で怒るかどうかは別として、話は聞く」

「そう……あなたのそばから離れるのが嫌だったから。理由はそれ以上でも以下でもないわ」


俺は唖然とした。


「あれだけ、俺の下から身勝手に逃げ出したのに?」

「それは……いつか、話す。だから、今は聞かないで」

「……分かった。今はな」


姿はずいぶんと大人びたけど、中身はやっぱり中学のまま、そう思ったらなんだかホッとした。


「なあ、詩帆」

「何?」

「高校時代、何してた?」

「えっ……そうね、美術部の部長に生徒会にと色々とやってたわね。雅也は?」

「俺はひたすら図書館で本を読んでたよ。図書委員より長く図書館にいたね」

「あなたらしいと言えば、そうね……」

「だからこそのこの学部なんだけどな」

「そうか。でも、あなたの美術の才能と文学の才能は見て見たかった気もするなあ」

「そうは言ってもな……俺にもいろいろ事情があるんだよ」

「どういう?」

「……いろいろ」


詩帆のことを忘れたかったなんて詩帆に言えるわけがない。正しい意味が伝われば怒られるし、間違って伝われば泣かれるぞ。


「ふーん。じゃあ聞かないようにしてあげる。それじゃあ……」


そうして俺と詩帆は公園でとりとめのない話を一時間以上もしていた。その空間はまるで中学校時代に戻ったかのようでとても暖かかった。だから、珍しく俺の口からこんな言葉が出たのかもしれない。


「なあ、詩帆」

「うん」

「もう一回。友人づきあいから、始めようか」

「……そうしましょう。私もまだ、あなたに言えなかったことを話すには心の準備がいるから……」

「分かった」


こうして偶然再会した俺と詩帆は、初めて連絡先を交換することとなる。



これは遠い空の下、もう一度出会った二人の恋が、ようやく始まろうとした日の夜桜の色の様な記憶

さらに、0時に新作もアップします。そちらも合わせてご確認いただけると幸いです。


最期に、本日よりしばらく自宅にいませんので感想返しが遅れるかもしれません。


今年も、後二時間半。それではよいお年を。

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