現代編 水輝side ~研究の行き詰まりと婚約者~
番外編です。読んでくださる方ありがとうございます。
「水輝さん、そろそろ休んだらどうですか」
「ああ、そうさせてもらうよ。いやあ、疲れた……」
俺は、そう言いながら自室のソファーに倒れこんだ。
「ふう、全く俺もよくやるよ。絶対に学会にも発表できないような研究をこんなに遅くまでやるとはなあ」
「それは水輝さんの趣味だから、疲れるのは自業自得ですよ。湊崎准教授の頭の中を覗くっていう興味本位で今も続けてるんですから」
「いや、今は湊崎准教授の研究を知りたいっていうのもあるけど……やっぱり、せっかくこの領域まで来たんだから、あの人がなしえなかったことをしてみたいな、って」
「まさか……次元層の狭間の量子データの存在意義を解明しようとしてるんですか?」
「ああ。<卵が先か鶏が先か理論>を実証できたらなあと思って」
湊崎准教授の死から、早や三年。俺は相変わらず大学の研究室に籠って、研究を続けながら、相も変わらず世界中の様々な組織から狙われる日々を送っていた。……一つ変わったことといえば、隣にいる女の子がただの同級生からいきなり婚約者になったことかな。
「要するに次元層の狭間にある情報が世界で生まれたものを元にして生まれるのか、それとも情報をもとに世界で物品が作られるかということをはっきりさせたい、ってことですよね」
「ああ、そういうこと……それが判明すれば、僕は安全な転移装置を作れる可能性が上がるからね」
「そうですか……やっぱり根に持ってるんですか?」
「あの人の手のひらで踊らされてたというのを知ったときはイラっと来たね。そのせいで俺は全て見越してこの過酷な人生に放り込まれたのかと思うと……」
「でも、最終的に選んだのは先輩でしょう」
「うっ、まあ、それはそうなんだけど……」
一年前の冬のある日。星川に隠し通していた研究の最前線を、酔ったせいで思わず彼女にばらしてしまった日。あの後、部屋に戻った彼女から、いろんな話を聞かされた。そして彼女が湊崎准教授から彼女の研究室の教授を通して、あの日大学に呼び出されていたことを俺は知った。
俺が彼女の前であのように行動するのを読まれていたと思うと、猛烈に腹が立った。こうして俺は転生した准教授を殴り飛ばすという目標を達成するために、今も研究にいそしんでいると言っても過言ではない。
「でも……」
「でも?」
「あの事件がなかったら、私たちはこうなってなかったのかもしれませんよね」
「そうか……いずれ准教授か……詩帆従姉あたりにくっつけられてた気がするぞ」
「そういう穏やかな風景も……良かったかもしれませんね」
もし、詩帆従姉が余命宣告をされず、湊崎准教授があんな危険な研究をしていなければ……そんな穏やかな幸せな風景もあったかもしれない。彼女の切なげな表情を見て、そんなことを考えながら千な……星川の顔に見惚れている自分がいた。
「まあ、そんな穏やかな光景でなく、こんなに騒がしい人生で水輝さんと一緒に研究できるのも楽しいんですけどね……水輝さん?」
「ああ、ごめん、ぼうっとしてた」
「ひょっとして私に見とれてました?」
「うん」
「ちょっと、そんなに真顔で言わないでくださいよ。恥ずかしいじゃないですか」
「いや、まあ事実だし」
「先輩。もう少し女心を分かってください。詩帆さんは夫以上に鈍いって言ってましたよ」
「湊崎准教授よりはましだろう」
「結構違いますからね」
深夜ハイなテンションでそんな風に喋っていると、ふと俺の携帯が鳴った。
「あっ、ごめん。ちょっと電話」
「ああ、じゃあお酒でも用意しておきましょうか?」
「うーん、今日は寝るからもういいよ」
「はーい。じゃあ、お布団用意しておきますね」
そんなやり取りをして、ベランダに出ると、俺は電話をとった。
「もしもし」
「私だ」
「ああ、あなたですか。それでこんな時間に何の用でしょうか?」
「何の用?とぼけるな。お前、また情報を売っただろう」
「さあ、何のことでしょうか」
電話の相手は俺と日本政府の仲介役にもなっている自称自衛隊の男 桜庭 紅樹だ。中肉中背の筋肉質の男で、印象に非常に残りにくい顔をしている。彼とは准教授の研究成果の引継ぎ直後の狙撃被害の時からの付き合いだが……全くもって信頼はしていない。まあ、向こうも立場も嘘くさいし、偽名っぽいからお互い様だと思うが。
「何のこと……お前は……自衛隊の潜水艦を含めたすべての艦隊の位置情報を、アメリカに売っただろう」
「それぐらい既にあっちの高精度レーダーで八割がたバレてるんだからいいんじゃないですか。向こうもレーダー研究の資料としての発注で、軍事情報としては期待してないと思いますよ。第一、僕が渡したのは渡した時点でその一か月前の地点のデータですからね」
「お前は……俺達が、お前らの保護のためにどれだけ骨を折っていると思っているんだ」
「一度、狙撃で千夏の腕を銃弾がかすったことがありましたよね。たしかつい三か月前には僕も左腕を撃たれてるんですよ……」
「むしろ、重傷を負わないようにしていることに感謝してほしいな」
「そうですか……」
このようなやり取りが互いにブラフなのは分かっている。というか、俺が各国に情報を渡している以上に、日本政府にはかなりきわどい情報も渡しているのだから、俺に手が出せるわけがない。まあ、その分他国には情報料や提供速度で便宜を図っているのだが……
「ところで、近いうちに会えないか?」
「忙しいので無理です」
「お前の行動パターンは把握しているんだが?」
「冗談ですよ……場所は?」
「いつもの駅の二十三番ホームだ。三号車の前方出入り口で部下が待っている」
「了解です」
「それじゃあ、以上だ。……あまりひどい真似をしていると、お前の保護の縮小か中止を上層部に要請するからな」
「分かってますよ……もう切ってるのかよ」
いつも通りの腹の探り合い的会話を終えて、俺は室内へ戻った。
「お帰りなさい。それで、やっぱりばれてたの?」
「予想通りにね。まあ、こういうのも出来レースみたいなものだし」
「はあ。本当に一年前とは大違いね。すっかり世界を相手取るマッドサイエンティストじゃない」
「否定できないなあ……ああ、もうこうなるはずじゃなかったのになあ……」
「それじゃあ、たまには私の趣味に付き合って、ストレス発散しない?」
「ああ……いいね。じゃあ、行こうか。あっ、星か……千夏は温かくして出てね」
「いつになったら慣れるんですか?まあ、心配はありがたいのでいいんですが」
そう言いながら、彼女は手早く準備を進めていた。準備が終わるのを待って、俺達は屋上へと向かった。
「……やっぱり綺麗です」
「さすがにこの時間でこの高さだと……割と見えるものだな」
俺と千夏は交代で望遠鏡を覗き込みながら、夜空を見上げていた。元は天文学科所属の彼女の趣味は天体観測。院生時代に彼女に天体観測に付き合わされ、俺もはまってしまったけどね……
「こうやって見てる果ての星空を、湊崎夫妻も見ているんでしょうか……」
その夜空を見ながら、彼女は何気なく言った。
「どうだろうな。まあ、行ってから聞けばいいよ」
「死ぬまでに完成させて、いっしょに行きましょうね。あの二人とお話しできるのが楽しみです」
そんな風に笑う彼女と、星空のコントラストは素敵だった。嫌なことをすべて忘れられるぐらいに……まあ、忘れてはいけないことが多すぎるので、ダメだけど……
「湊崎准教授なら、こんなとき絵画みたいだって言う表現を使うのかなあ……」
「ああ、綺麗な星空ですよね。確かにあの人ならそう使うかもしれません……って、准教授がその表現使うときって、詩帆さんに対してですよね」
「突っ込みながら照れるとか……可愛らしい技を使ってくるね……」
「先輩。好きな人からの素の好きがどれだけの破壊力か分かったので止めましょう。ああ、詩帆さんの大変さが今になって身に沁みます」
照れる彼女に寄り添って、そのまま星を見る。そんなこの上ない贅沢を過ごした深夜のひと時だった……
「ところで、今の研究ってどこまで進んでいるんですか」
「准教授のブラックボックス確認しながらだけど、一応それで言うなら、その研究には八割まで追いついた」
「その残った二割っていうのは?」
「世界の構成情報に関する話や、情報データを構成しているエネルギーについて。最後に転生実験の詳細」
「壮大なテーマですね。でも……」
「やるよ。あの人を越えなきゃね」
俺が千夏を守ると決めた時、もう一つ誓ったことはあの人を越えること。あの人を殴り飛ばしに行くのだから……それぐらいはしないとダメだろう。
「だからこその転生ではなく転移ですもんね」
「精神体の情報データだけじゃなく、肉体の構成データもいるからね」
「でも……水輝さんが准教授を越えられるかは謎ですね」
「なんでだ。准教授の研究成果を抜けば、あの人の最強分野を越えれば、俺が越えたって言うの問題ないと思うんだけど……」
「あの人が、転生したぐらいで研究をやめると思います?」
「思わない」
「あの人が詩帆さんを守るために力を手にしないと思います?」
「全く」
「詩帆さんに不自由ない生活をさせないために、地位を求めないと思います?」
「……ねえ、俺ディスられてる?」
「全然ですよ。私が好きなのは水輝さんだけですから」
「分かってるよ」
可愛い彼女に俺も何一つ不自由させたくないなあと思いながら……そっと俺は彼女を抱きしめた。
准教授が彼女の予想通りになっていないことを祈りつつ……
明日は詩帆sideの代わりに〇〇〇sideが始まります。




