そして聖夜の想いは未来に連なる
すみません、少し遅れましたがクリスマス短編最終話です。本日四話目となります。
聖夜の特別編みたいな話になっていましたが、この後本編に絡んできます。
それから、明日12月26日の投稿はお休みします。そしてその後は1月3日までは毎日投稿します。
どれだけ泣いただろうか、泣き疲れた私を雅也は再び強く抱きしめながら囁いた。
「落ち着いた?」
「うん……でも、止めて。また、優しいこと言われたら泣いちゃう」
「泣いてもいいよ」
「馬鹿……」
そう言いながら雅也をポカポカ殴っていると、雅也が思い出したように言った。
「そういえば、今日も例年通りケーキ持ってこようとしてたんだけどさあ……撥ねられたときに、グッチャグチャになっちゃって」
「ひょっとして、雅也、事故に巻き込まれたの?まさかその腕って……」
「うーん、ご名答」
「馬鹿……でも、無事でよかった」
「ありがとう。でも、おかげでプレゼントも買えなくなっちゃったな。後日だな」
「別にいらないよ。あなたが無事でいてくれたなら、それで……」
また、泣き出しそうになる私の顔を雅也が右手で上を向かせた。
「な、何よ……」
「また、泣きそうになってないか?」
「なってない」
「じゃあ、泣いてたということで」
「なんでよ」
「それじゃあ、泣き虫な詩帆のために一つ朗報を教えてあげよう」
「泣いてないけど、何よ……」
そう訊き返すと、雅也は自身の腕時計を見せようとして、左手がギプスでぐるぐる巻きにされているのを見て、右手に付け替えていた時計を見せてきた。
「どういうこと?」
「23:49 つまり、まだクリスマスは終わってない。だからさ、あの子への祈りを込めて、イルミネーションでも見に行こう」
「うん……」
藤川先生が言ったように、彼女は安らかな顔で眠っていた。だから、最後に幸せな夢を見て天国に登っていったのだと信じよう。
「あっ……そういえば、雪が降ってるわね」
「気づいてなかったのか。この分だと明日の朝は積もってるかもしれないぞ」
「そう……」
「あの子、雪江ちゃん、だったよな」
「ええ。あの子が天国にお母さんたちと一緒に昇れると、いいわね……」
「ああ……」
しばらく空を見上げていた私たちは、やがてどちらともなく手をつないで歩きだした。私の悲しみを癒すようにしんしんと雪は降り続けていた。
「あの子を、私はまた、助けられなかった……」
「詩帆……」
後からやって来た藤川先生が、雪江ちゃんの死亡確認をしている間、俺と詩帆はそっと窓際に立っていた。
「今度は、助けられたかもしれないのに、その可能性にかけようともしなかった……」
「詩帆」
暗い顔をしてうつむく詩帆に、俺は少し大きな声で呼びかけた。
「な、何……」
「彼女に最後に痛い思いをさせて、命を縮めることが本当に良かったと思っているのか」
「でも、でも可能性はあった。だったら……」
「彼女は最後に幸せに、想いは両親に囲まれて安らかに眠れた。それを悪いというのなら、俺は間違ってると思うよ」
「じゃあ、私は、どうしたらいいのよ。この自分に対する怒りをどうしたら……」
そう、詩帆が怒鳴った瞬間、雪江ちゃんの体から青白いモヤのようなものが出てきた。
「あれは……」
「おそらく彼女の精神を司っている魔力情報の集合体。彼女の精神の器がもろくなって漏れ出したんだろうな」
「このままだとどうなるの?」
「やがては世界の魔力情報に紛れて拡散するだろうな」
「そう……」
詩帆は寂しげな顔をしていたが、まあ、これで彼女自身の個はともかく、意識としてはいつか復活するかもしれないめどが立ったわけだ。むしろあれだけの状況で精神の器が崩壊していなかったのが幸いだな。
「さよなら、雪江ちゃん」
「……んっ、この光は……」
俺が足元を見ると、そこには先ほど向こうの世界で転移した時にも見た白い光が広がっていた。
「雅也、これって?」
「どうやら、こっちの俺達は前世のようにクリスマスの深夜デートは無理みたいだな」
「もう帰るのか……でも、雪江ちゃんのことを思い出せてよかった」
「そうか……俺は水輝君に会えなかったことが心残りだな」
「私は藤川先生にお会いできたからよかったわ」
そんな風に今日の思い出を話していると、雪江ちゃんの魔力情報がこちらに向かってきた。
「雅也、このままだとどうなるの?」
「まだしばらく、実体として情報データが生きてるだろうから、このままあっちの世界に連れ込むことになっちゃうかもな」
「えっ、大丈夫なの?」
「世界の魔力情報に拡散されるのは変わらないと思うぞ」
「でも、お父さんと、お母さんと一緒の方が……」
「残念だが、もう遅い。ごめんな、雪江ちゃん」
一際光が強くなり、俺と詩帆はそのまま光の奔流に飲み込まれ……再び意識を失った。
「ううっ……戻ってこれたみたいだな」
「ええ、そうみたいね」
目を覚ますと、そこは先ほどまでいた病室ではなく邸宅の二階の寝室のベッドの上だった。ただ、先ほどと違うことが一つあった。
「それより……」
「ああ、雪江ちゃんも連れてきちゃったみたいだな」
「そんな……どうしてあげたら……って、私の方に向かってくるのだけれど……えっ、お腹……」
雪江ちゃんの魔力情報の塊はこちらの世界にも、特に見た目も変わらず引き寄せてしまったようだが、その青白い塊が、詩帆のお腹の中に消えて行ったのだ。
「ど、どういうこと?」
「胎児の自我形成が、本当に魔力情報で行われているとしたら……なあ、詩帆、下世話な質問だけど、今日って危険日じゃないよな……」
「本当に下世話ね。ええっと……あっ。明日からだと思ってたけど、よくよく考えたら今日がドンピシャな気が……」
「そういうことか」
「どういうことよ」
「雪江ちゃんの意識を構成していた情報が、詩帆の胎芽にもなっていない受精卵に宿ったってこと」
「本当に……?」
「たぶんな」
詩帆はお腹をさすりながら、不安げな顔をしていたが、やがて急に微笑んで言った。
「じゃあ、私、本当に雪江ちゃんのお母さんになれるんだ」
「ああ、まあどういう形でかは分からないけど、この子が雪江ちゃんの生まれ変わりの一つの形であることには間違いないからね」
「今度こそ幸せにしてあげよう」
「当たり前だろう」
詩帆の顔は先ほどまでとは違って、ようやく助けられたというような表情だった。これで助けられたのかは多少疑問が残るが……
「まあ、詩帆が幸せそうだし……雪江ちゃんを幸せにしてあげられそうだから、いっか」
「んっ、雅也どうかしたの?」
「いや、何でもないよ」
「そう、名前何にする?」
「そうだな……」
数カ月後、生まれた女の子の名前に俺と詩帆はもちろんあの天気の名前を入れた。
聖夜に起こしたあの奇跡の名前を…………
FIN
クリスマスのお話、お楽しみいただけましたでしょうか。
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