第八十二話 魔王戦争 ~出兵~
読んでくださる方ありがとうございます。本日二話目です。そしてこの話が五章最終話となります。
ほのぼのストーリーから一変して、次章から戦闘が多めになりますが、ひとまず年内はほのぼの短編が続きます。
明日はクリスマス短編四本立てです。
翌朝
「国王陛下のご出陣です……」
王都の中央通りをルーテミア王国軍が行進していく。彼らはこれから戦場へと赴くのだ。その中央部にある厳重な警戒がされた馬車の中には国王や政府の重鎮たちまで乗り込んでいた。国王派と呼ばれる主要な閣僚たちは、全員が国王とともに出陣する。
「見事にはまったな」
「殿下。あれは彼らがアホ過ぎるだけですので」
「ハリー。もう少し正確に言った方がいいぞ」
「そうですね。彼らが自分の欲望と権力のことしか考えていないだけですので」
俺は最後方の部隊を率いながら、隣の馬に乗っているハリーと実に不謹慎な会話をしていた。まあ、今の政情を考えれば、不謹慎どころか民衆にとっては福音とも言えるような話なのだろうが、ひとまず現在の王権を父親がまだ持っていることには違いないのだから、不謹慎といえば不謹慎だろう。
「自分達が前線に出た方が、民衆たちからの支持が増え、多少の増税をしても文句を言われませんよと言っただけでさらりとついてきたなあ……魔人相手に後方にいても何の安全策もないのに」
「でも、テルミドール筆頭魔術師が付いていますから、最悪命だけは助かるのでは?」
「それに関しては何とも言えないが……多分彼は積極的には国王を守ろうとはしないと思うよ」
「まあ、そうかもしれませんが……」
テルミドール王宮筆頭魔術師は中立派とは言われているが、そもそも国王の理不尽な命令は受け流して、承諾しない人物であるので、おそらくこちら側であると仮定しても問題ないだろう。つまりこの国の政治が間違っていると認識していて、その上で派手に反旗を翻していないだけなのだから。
「彼は家族を溺愛しているからね。だから、家族の安全さえ保障できれば僕ら側に普通についてくれると思うよ。というか、魔術省内に僕よりの官僚が多いというのは彼なりの僕へのメッセージだと思っているんだけど……」
「まあ、彼はそれでいいでしょうね。それより粗大ごみの処分は終わりますかね?」
粗大ごみ、というのはもちろん現閣僚陣の大半の隠喩だ。個人的には隠喩というか国にとってはまさにそれそのものだと思うんだが……
「まあ、前線より多少下がったところにいるとはいえ、第九、十階位の範囲魔術だったら十分に範囲に入るところに位置するように調整したからまず大丈夫でしょう。それに気づいた奴がいたりとか、運悪く助かったときのために近くにジャンヌ達を待機させているから」
「彼女たちは大丈夫なんですか」
「近くとは言っても、それなりの距離はとっているから大丈夫だよ。それに、彼らには閣僚陣が消滅したという証人になってもらわなければならないからね」
仮に彼らが吹き飛んでも、指揮系統が混乱しているうちは僕が即座に指揮権を握れない。だからこそ素早く状況を把握できるよう、彼女たちには多少は危険な位置にいてもらっているわけだ。
「そして、その後は殿下が指揮を執って兵を立て直すわけですか」
「ああ、そうさせてもらおう」
「それで、立ち直った兵を……後退させるんですからね」
「ああ、クライスの邪魔だな」
「彼に、全てを任せるのは申し訳ない気持ちですが……彼以外に魔人を潰せる人間はいませんか」
「正確に言うなら対抗して、一対一ならハリーを含めて何人かいるけど……百人もの魔人と相対して、殲滅できるのは彼と……だけだね」
「と……ということは他にも心当たりがあるんですか」
「いや、ないよ」
クライスの師匠たちが本当に古代に魔神を封印した七賢者だったとは驚きだった。通りであいつの魔術の実力が隔絶しているわけだ。
「そうですか。それでは、確認はこのぐらいで終わりにしておきましょうか」
「ああ。後は……やるだけだ」
私は大きく息を吸ってから、吐き出すと、そのまま無言で馬を進ませ続けた。
「雅也。レオン殿下、もう門を出て行ったわよ」
「見えてるよ」
「最後に会っておかなくてよかったの?」
「もう数時間後には会えるから問題ない」
邸宅の二階のバルコニーから<遠視>で王国軍の様子を見ていた俺は、レオンたちが門を出たのを確認するとそのまま部屋の中に戻った。
「というか何でさっきからそんなに近いんだよ」
「あなたを放っておいたら、勝手に出発してそうな気がしたからよ」
「別に詩帆を放って出てもセーラさんが連れてくるし、一人でも来れるんだから、そんな真似しないよ」
「そう」
「というか、昨日の夜が疲れたんだから、まだ平和な時ぐらい寝かせてくれ」
「それはどっちの意味で?」
「行為と夢、両方」
昨日の夜は少しおかしな状況にあったせいで、ぐっすり眠ったはずなのに……すごく寝不足な気がする。とかいう話は置いておこう。
「深く掘り下げると、私が赤面しそうだから止めておくわ」
「そうしようか。さてと、それじゃあたまには本でも読もうかな」
「あなた、もう数時間後には戦場に出ようとしている人の発言じゃないわよ、それ」
「そういう詩帆だって、戦場に向かう夫に寄り添ってくれたりしないのか?」
「私も行くんだから、むしろ私が寄り添ってほし……」
「じゃあ、寄り添えばいいじゃないか。俺は歓迎するよ」
「馬鹿」
こういう、とりとめのない会話をしながら俺が力を抜いていることに気づかない詩帆が可愛かった。普段は気づくんだけど、ちょっと照れてると俺のこういう悪戯と組み合わせた感情の吐露に気づかないからなあ……
「嫌ならいいけど」
「あなたがしたいのならやるわよ」
「そうこなくちゃね」
そう言いながら、詩帆は俺の横に座ってもたれかかってきた。言葉とは裏腹に、かなり弱々しい感じで。
「詩帆……不安?」
「不安じゃないわけないじゃない。あなたが行くだけでも不安なのに……私も行くのよ」
「分かってるよ。だけど、頑張ろう」
「具体的なご褒美が欲しい」
こういう風に甘えてくる詩帆の様子を見ると、この数日、ずっと気を張っていたのがよく分かる。ずっと見てたつもりだけど……やっぱり、十五年のブランクは長いな。彼女の本心を読みあてる精度が悪くなってる気がする。両方ひねくれものだから、このスキルは割と重要だったんだけどな……
「ごめんな、詩帆」
「キャッ……もう、いきなり……」
色々と考えていたら、俺は詩帆のことがどうしようもなく愛おしくなって思わず抱きしめてしまった。驚いて少し体を浮かせた詩帆の挙動に、少し力を弱めたけど。
「ごめん、ごめん。じゃあ、ご褒美奮発するから」
「何?」
「この戦いが終わって、現政権の閣僚陣に消えてもらったら、正式に婚約者を名乗れるだろう。そしたら結婚式を挙げて、新婚旅行にも行って来よう。まあ、残念ながら魔神を討伐した後になるから、少し遅くなるけど……両方とも予算は無制限で君の希望にまかせる」
「……魔神を倒すのを軽く言えるのはあなたぐらいよ。でも、二度目の結婚式と、新婚旅行。うん、嬉しい」
そう言ったところで詩帆はようやく心から笑ってくれた。
「じゃあ、もう少しだけ頑張りましょうかね」
「頑張ろうね、雅也」
「分かってるよ。さてと、もう少し、このまま本を読んでいようかな」
「私は、もう少しこのままでいさせて……」
「もちろん……」
風の吹き抜ける部屋の中には、穏やかな時間が流れていた。
……だが、この時の俺はまだ、魔神という存在を舐めていた。
後に、全てが終わったとき、俺はその理由を思い知ると同時に、自分の知識と実力の異常さに驚愕することとなるのだが、もちろん、その時の俺はそんなことなど知らず、ただ、詩帆との時間を過ごしていた……
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今日、明日は作者へのクリスマスプレゼントだと思って気軽にどうぞ(笑)さすがに冗談です。




