第八十一話 謎の本の正体は
王立図書館話のラストです。読んでくださる方、ありがとうございます。今日中にもう一本投稿して、五章を終わらせていこうと考えています。
できなかったら……明日は五本投稿になるかと……
「詩帆。なんでそんなに、顔を赤くしてるんだ?」
「うるさい」
「あれ、俺、怒らせるようなこと言ったかな?」
「何であなたはそこだけ鈍いのよ……」
「どういう意味だ?」
「もういい……それより、マーリスさんの本の場所に見当は付いてるの?」
医学書の書架を出て館内を歩いていた俺は、詩帆からの質問に足を止めた。
「いや、全く見当もついてないよ」
「だめじゃない、どうするのよ。というか医学書のコーナーとか見てる場合じゃなかったじゃない」
「いや、正確に言うと、場所に関しては見当がついてないけど、聞けばわかると思うよ」
「どういうこと?」
「師匠の話によると、何でも内容が見れないように召喚魔術や隠蔽結界の応用で封印してあるらしいんだ」
「封印されてて内容が見れないのなら、逆に捨てられている可能性もあるんじゃないの」
「それはないな。千年前の魔術的に封印された古書なんて王国が手放すわけがない」
この世界の魔術技術は千年前の師匠たちが生きてきた時代から、かなり退行している。必然的に現在の王国では王国だけでなく世界中で古い魔術関連の書籍はとても管理が厳重なものになってしまっている。
「なるほど。だから希少本として保管されている可能性が高い、と」
「そういうことだな。というわけで、すみません」
「はい、何でしょうか」
「古代の魔術関連の書籍をお借りしたいのですが……」
「はあ……」
俺が近くにいた館員に声をかけると、とても怪訝そうな顔をされた。
「あの、何かまずいことでも言いましたか?」
「希少、というのはどの程度のレベルでしょうか」
「千年前の魔神戦争に関する魔術的封印のかかった本です」
「千年前……そのレベルとなると許可証等がないと閲覧許可も厳しいですね」
「許可証?」
「許可証といっても普通に役所で取れるようなレベルの物ではそのレベルの希少本の閲覧は難しいですね。魔術省の高位官僚か大臣クラス、あるいは王族が発行したものでないと……」
「……王族?」
俺は館員さんの言葉に、ちょっとした心当たりがあった。だから記憶を頼りに懐に<亜空間倉庫>の入り口を展開し、そこからとある紙を取り出した。
「雅也、どうするの。私の父はあなたに許可なんて絶対に出さないし、王族からの許可なんてどうやって……」
「いや、珍しく大丈夫だよ」
「どういうことよ」
「すみません、その許可証ですがこれで構わないでしょうか?」
「拝見します……こっ、これは……本物、よね……すみません、少々こちらでお待ちいただけますか」
「ええ、構いません」
そう言うと、館員さんは図書館の裏に消えて行った。
「雅也、一体何を渡したの?」
「俺の友人に誰がいると思っているんだ」
「まさか……レオン殿下から?」
「正解」
「でも、いつ?」
「前に潜入捜査をさせられただろう。その報告の時にね」
俺が渡した紙にはレオンの直筆でこのようなことが書いてある。
「ルーテミア王国第一王子、レオン・アドルフ・ルーテミアの名において、この許可証の所持者に私の権限において閲覧可能な資料の全ての閲覧許可と、通行可能な封鎖・制限範囲の侵入許可を与えるものとする。ということだって」
「それって内容を聞くとかなりヤバいものに見えるんだけど。というかクライス・フォン・ヴェルディド・フィールダーじゃなくて、この許可証の所持者とか書いてある時点で……裏工作とかにも使えそうな匂いがすするんだけど……」
「否定はしない。まあ、こうして平和利用で役に立ってるんだからいいんじゃないか」
「でも、騒ぎになりそうな気しかしないんだけど……」
「お待たせしました」
詩帆が嫌な予感を感じさせるようなことを言った瞬間、館の裏手から館員の女性が小太りの初老の男性を連れてきた。
「どうも、館長のシェルビィアと申します」
「ご丁寧にどうも」
「それで……本日はどのような要件が……」
「ああ、気を使っていただかなくても構いません。あの書類に関しては個人的な関係性で殿下に書いていただいたものですので、私自身の位はそう高いものではありませんから」
「そう、ですか……では、あの書類において許可できる範囲でお貸しできる本を普通にお貸しすれば問題ないでしょうかね」
「ええ。気を使っていただかなくても構いません」
「分かりました。では、機密書庫にご案内します」
そのまま館長について、館内の奥へと進んでいくと分厚い扉の前にたどり着いた。館長がそこに複数の鍵を差し込み、その後でかなりの数の錠を外すと、ゆっくり扉が奥に向かって開いていった。
「この先が機密書庫ですが、千年前の魔術関係書類はさらに二つほど通路を抜けた先になります」
「さすがの警備の厳重さですね……というか、本当に僕なんかに見せていいんですか?」
「王太子殿下の許可状がありますからね、当然のことです」
「でも、こんな知られてもいないような男が出てきて、疑いませんでした。許可状が偽物だとか?」
「雅也。余計なことを言わないでも……」
「大丈夫ですよ。こう見えても許可状が偽物かどうかぐらいは見抜けますよ」
「はあ……」
俺が怪訝そうにしていると、館長は鍵を開けていく時間を使って、詳しく話してくれた。
「私は一応、魔術省からの出向でね。王立図書館は国の運営だから、一応上層部に必ず各省庁の次官クラスが入ってるいるんだよ。他の国営機関にも担当役人がついているよ」
「そうなんですか」
「ああ。だから、こう見えても書類の偽造関連には詳しいんだ……もともとそういう部署にいたしね」
「……」
この館長、見た目とは裏腹に割と裏の顔は怖そうだ。
「それに、殿下の書類を偽造するような輩が出るとは思えませんから。……このような書状を書いていただける間柄ですから御存じだとは思いますが、現在の政権の大半を殿下が掌握しているのは各省庁の実務レベルでは周知の事実なんだよ」
「なるほど……現政権、何で倒れないのか不思議になりますね」
「確かにね。私としては不謹慎だとは思うが、今回の魔人との戦争で上層部が全員戦死してくれないかなあ、なんて思ったりしてるよ」
「そうですか……」
レオンの作戦が成功すればさらりと政権移行ができそうだと、そう思った。
「さあ、これが最後の扉だね」
「いよいよですね」
「では、国家機密の書庫へようこそ」
俺は詩帆とともに書庫の中へと入っていった。
「三十冊……ぐらい、ですかね?」
「ほぼ正確ですね中にあるのは今から千百年から九百年ほど前の魔術関係書籍二十八冊です」
中には、それぞれ結界によって守られた本が並んでいた。
「それで、必要な本はどのようなものですか」
「少し見させていただいても……あっ」
「見つかりましたか?」
「ええ……」
「その本は……封印されているようで、開くことすら不可能ですが……」
「ああ、それで構いません」
館長はそう言いつつも、結界を解除して取り出した分厚い本を俺に渡してくれた。
「では貸出期限はそもそも貸し出し前提の本ではないので存在しませんが……一月以内で一度お持ちになっていただけると……」
「分かりました」
「しかし、どこが決め手になったんですか?」
「表紙の文字ですね」
「これが、文字……ですか?」
「まあ、文字と呼んでいいのか悩むレベルですけど……」
表紙の文字は俺がよく知る言語。次元層の狭間の量子データを記載している量子文字だった。たぶん読める人間はほとんどいないだろう。というか、俺も文字の種類は分かったのだが……師匠の字の癖が強すぎる上に……汚いので正直言って内容は全く分からないが。まあ、それだから師匠の書いたものだと断定できたのだが。
「それだけで大丈夫ですか?」
「ええ。たぶん、問題ないかと……」
「ねえ、雅也。これも同じ文字じゃない?」
「あれ、まだあったのか?」
「そういえば、それも封印されていて読めませんでしたね」
鍵を閉めて部屋を出ようとした俺達を呼び止めたのは、部屋の中を見て回っていた詩帆だった。彼女の見ている本を見ると、確かに量子文字で表紙に文字が書かれていた。
「本当だな……」
「ではこれも借りていかれますか」
「じゃあ、そうしてください」
こうして俺は二冊の本を借りて、王立図書館を後にした。
「それにしても、二冊目……何が書いているのかしら?」
「うーん、たぶん一冊目に見つけた分厚い方が、魔神戦争に関する師匠の記述なんだろうけど……こっちの手帳みたいなのは一体……」
邸宅に帰って、机の上に本を並べながら俺と詩帆は二冊の本の正体について話し合っていた。師匠は俺が監視を続けていた部屋に籠っているので、声をかけるのも面倒だし。まあ、頃合いで出てくるだろう。
「うーん、両方とも師匠の字であることは間違いないんだけど……」
「よく、判別できるわね。この汚い字……」
「水輝君のレポートよりはましだからな」
「なるほど……」
並べた本の内、最初に見つけたのは革張りの分厚い本は間違いなく師匠のお目当ての本のようだ。だが、もう一冊の薄い日記帳のような本は内容に見当がつかない。
「もう、結界を強引に開けてみるか。師匠の結界をこじ開けるすべは、修業時代に散々やったからな」
「そういえば、閉じ込められたって言ってたわね」
「ああ。最悪なことにな……」
「あら、二人で何を読んでいるの?」
「セーラさん。丁度良かったです。この本の文字を判別するか、結界を開けることってできますか?」
「この本……うーん、どこかで見覚えがあるのだけれど……」
「えっ、そっちですか?」
後から覗き込んできたセーラさんが見覚えがあると言ったのは分厚い方ではなく、薄い日記帳タイプの方だった。
「ええ。もう少しで思い出せそうなんだけど……」
「クライス君たち、もう帰っていたのか。それで本は見つかったかな」
「ああ、師匠。丁度良かったです、早く結界を開けてください」
「そういえば、そんなものをかけていたね……<結界解除>」
師匠がそう唱えると、本にかかっていた結界が消えたようで文字がはっきり見えるようになった。
「これで開けるってことですよね」
「ああ。確かそっちの分厚い方だよねえ……んっ、そっちの小さい方は何だい」
「それも師匠の文字ですよ」
「……んっ、ああ、確かにそうみたいだね……しかし、何を書いたんだったかな」
師匠の方も何を書いたか覚えていないって……割とやばい話なのかもしれない……
「まあ、覚えてないってことは大したことじゃないだろう。それよりそっちの大きい方を見てみようか……うん、間違いないね」
師匠は小さい本の方は特に興味がないようで、魔神戦争の記録を見始めた。
「師匠。それじゃあ、こっちは僕たちで読みますよ」
「ああ、構わないよ」
「しかし、その本って何を書いてたのかしら……」
「まあ、読んでみればわかりますよ」
「ええ……これは……」
「あれ、セーラさん、どうかしましたか」
「ちょっと持っててくれる」
「あっ、はい」
本の内容を一瞥したセーラさんは一瞬だけ頬を染めて、すぐさま声に怒気を混ぜて俺に本を渡してきた。
「あなた」
「んっ、どうしたんだい、セーラ。そんなに怖い顔をして……あの本に何かまずいことでも書いてあったのかい」
「書いてあったから怒っているんでしょうが……」
「えっ、ちょっと待って。この本は割と貴重な資料なんだから……」
「……<変異空間>……これで十分でしょう」
「待って……」
「……<転移>」
懇願する師匠の手から自身の<変異空間>に魔神戦争の記述を収納すると、<転移>で窓の外、更に上空へと消えて行った。
「……一体何が書いてあったんだ……」
「なるほどね……」
俺が消えていく二人を追っている間に、詩帆はすでに本の内容を確認し終えていたようだ。
「それで、内容は?」
「二人の若かりし日の文通記録」
「ああ……うわっ、なんてベタ甘な……」
「私たちが似たようなものを見られたら……自殺してるわ」
内容はとてもではないが、他人が正視できるものではなかった……
「見なかったことにしましょう」
「そうだな」
「なんで、あれが王立図書館にあるのよ」
「知らない、たぶん間違えたんだろうけど……本当に、ただの不注意だから、許して……」
師匠達の戦闘音は精神衛生上聞かない方がいいと悟っている俺は、すぐに<防音結界>を展開した。
二本目の投稿時間は23:27です。




