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喰パンの食事

「新人の子は手柄立てないと殺されちゃうわよ。ほら、がんばりなさぁい」


 上官から脅しとも声援とも取れるものが飛んでくる。自然と手にしているパン(・・)を握る力が強くなる。前から鎧を着た敵兵が武器を掲げ躍りかかってきた。愁はその空気に気圧されてしまった。それは致命的な隙。


 ──やばい殺される


「おいしっかりしろ愁。気抜いてると死ぬぞ」


 友人の声が聞こえてきた。それとともに視界を横切る一つの影。


 竜司はその緑色の体を俊敏に動かし、襲いかかってきていた兵士を切り裂いた。

 飛び散る赤い液体。それをぬぐうと。愁は己の弱さを恥じた。

 自分は既に日常に生きる人間ではない。殺さなければ殺される。


 愁は手に持つ食パンに魔力を込めた。


「敵を喰らえ! しょくパン!」


 白く四角く柔らかかった食パンは次の瞬間、愁をも越す大きさへと変貌した。一個が一匹へとなったのだ。

 それは白い怪物。目はなく鼻もない。相手を喰らうための口だけが異常に発達してた。


「ガゥ」


 野獣の声を漏らすと、それは近くにいた兵士へと襲いかかる。兵士は慌てふためくが手に持つ剣はしっかりと握っている。意を決して喰パンへと斬りかかってきた。


「ぐちゅぐちゅ……ゲフ」


 喰パンは人間大の肉を一口で平らげると、咀嚼しげっぷをした。

 愁はその様子を一部始終観察していた。白いその身が人間を喰らうのも、白いその口から腕らしきものがはみ出ているのも、白いその身体が赤く染まるのも。


「……ぅげぇ」


 吐いた。ここは戦場。そんなことをしていれば恰好のカモとなる。だが抑えきれなかった。

 胃の中身を出し切ると、再び喰パンに命じる。

 またひとつの命が白い身に取り込まれた。


「司令官見つけたぜー」


 血なまぐさい戦場に場違いな無邪気な声が聞こえた。

 声の方に顔を向けるとそこにいるのは少年だった。ギラギラ目を光らせ、司令官────愁の後方にいるネーヴェルを指さしていた。


「あれで間違いないよな!」

「はい。奴はネーヴェル・ドグルマ。四天王の一人です」


 少年が傍を取り囲むようにしていた人物たちの一人に声をかけると、そいつはかしこまった言葉を返していた。


「それじゃあいくぜー。ふぅうう……どりぁああああ!」


 馬鹿らしい掛け声とともに、少年が激しい光に包まれる。次の瞬間、その光は勢いよく射出された。轟音を立てながら愁の傍を通過すると、ネーヴェルのいるあたりに直撃した。

  爆裂音と共に土が舞い上がって振りかかってくる。愁は顔を手で覆い、それを凌いだ


 愁は爆撃されたあたりを見てみる。四天王と呼ばれている者があの程度でやられるはずがない。

 思った通り彼女はピンピンしていて、髪についたススを払っていた。


「ちょっとぉ。汚れちゃったじゃない。あ、そこの新入り君。あいつ倒してきて」


 目が合ってしまった。そこの新入り君というのは愁で間違いないだろう。

 だったらヤルしかない。彼女の機嫌を損ねたらそれこそ死ぬ未来しかない。


 愁は新た三体の喰パンを作りだす。一匹は護衛として愁の近くに置いておく。そして愁は喰パンに命令を出した。


「あいつらを囲んで、喰い殺せ」


 命令を出すと三体の喰パンたちは少年の元へとかけだす。目標の元にたどりつくまでに何人かの兵たちが喰パンのおやつとなっていた。


「なんだこの白いやつら!? キモッ!」


 少年は喰パンを見て、周りを取り囲む兵たちの後ろに隠れた。

 そこに喰パンが躍りかかる。鎧をはがすかのように、少年を囲む者達の数が減っていく。


「くそぅ。 どりゃ!」


 少年は先ほどのように光を纏い始める。それを近くで兵を咀嚼していた喰パンへと放った。

 白い体に風穴があく。その穴の周辺は黒く焦げており、焼きすぎたパンみたいな状態となる。

 そのまま力尽きたように地面へと倒れた。


「へっへぇ。後二匹ッ」


 一匹を焦げパンにされた喰パンたちは警戒心を上げた。獣のような俊敏さで少年から距離をとると、隙を窺うように少年の周りを回り始める。

 前後から二匹の白い怪物に挟まれた者達の心境は穏やかではない。

 いつ襲いかかってくるかもわからない恐怖に身を固くしていた。

 少年が時々光線を放つが、それは軽がるく避けられてしまう。一匹目は油断していたから簡単にやれたというのを彼らは理解した。


「こう着状態か……らちがあかないな」


 愁は喰パン達の戦いようを遠くから観察いしていた。一匹はやられたものの、どちらかといえばこちらが有利なようだった。だがなかなか攻撃に踏み出せないようで、完全なこう着状態になっていた。


 あの少年はおそらく異界人だ。黒髪黒眼で、一般的な日本人の特徴をしていた。その能力はそんなに強いものではないだろう。一発一発の攻撃力は高いようだが、連発ができないようだし、本人自身の戦闘能力も低そうだった。だからこその護衛たちだろう。あの護衛がいなければすぐにでもけりがつくのだが。

 愁としては早く椎乃やミコの援護に回りたかった。だからいつまでもあいつらにかまっている余裕はないのだ。

 どうするか。そう悩んでいると、聞き覚えのある声が聞こえた。


「私は勇者ジョゼフィィーーヌ! これでもくらうがよい」


 声の主は伶奈であった。彼女は突然胸に巻いていたサラシを外す。

 男なら誰しもが釘付けになるような光景だった。


「おっぱいミサーイル!」


 彼女の両胸が飛び立つ。それは敵兵や、勇者の少年へと向かっていった。


 被弾した場所では激しい爆発が起こり、肉片が飛び散る。少年は周りを兵で固めていたのが仇になったのだろう、逃げ出すのも間に合わず、あっけなく死んでしまった。


「ヤベェ。魔人ジョゼフィーヌがいやがる。あいつの胸はまさに爆乳。爆発する乳だ」


 敵兵が伶奈に怯えて逃げ始めるものが出てきた。彼女はなかなかに有名なようだった。

 魔人と呼ばれている本人は、今も爆撃を繰り返している。その勢いは圧倒的だった。冗談のような攻撃で冗談のように人が死んでいく。勇者の名に恥じない働きだった。


 このままならいける。そう思った時、奴が現れた。


「皆の者怯えるでない。わしが来たからにはもう大丈夫だ」


 全身が分厚い筋肉で覆われた男で、片手を振ると、近くにいたミノタウロスが殴り飛ばされた。

 ミノタウロスは体長三メートルはある魔物である。それをたやすく吹き飛ばすなど、どれだけの筋力があるのか。しかも彼は魔力をほとんど使っていないようだった。


「おお! 五聖随一の怪力、聖打様が助けに来てくださったぞ」

「うむ。たまたまアグリに飯を食いに来てたのでな。運が良かった」


 軽口を言いながらも、彼は次々と魔物を屠っていく。その中には愁と一緒に一週間共に過ごした者も含まれていた。赤い花を散らして、逝ってしまった。

 その脅威が愁にだんだんと近づいてくる。

 彼の登場に士気が上がった兵士たちも、死に物狂いで反撃してきた。


 このままでは押し負ける。

 そう思った時、甘い声が聞こえてきた。それは愁達を恐怖に陥れた女性の声。


「あら、五聖がでてきちゃったのぉ? 運が悪いわねぇ」


 愁達の上官であり魔王軍の四天王であるネーヴェル・ドグルマが、その重い腰を上げた。





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