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戦の準備

「おい、しっかり食わねーと明日戦えねぇぞ」


「そうだな……俺たちは生きなきゃいけないからな。あの人たちの分も」


 愁は目の前の料理にむしゃぶりつく。今日は今までの飯の中で一番豪華だった。最後の晩餐になるかもしれないから……だろう。


 愁達は結局、全員が最終訓練をクリアした。天上瑠璃は訓練開始すぐに終わらせた。ミコや、椎乃は最後まで粘っていたが一人、また一人と訓練を終わらせる者たちを見て、腹を括ったようだった。


「この肉なんだろうな。食ったことないわ」


「どうせなんかの魔物だろ。もしかしたらゴブリンかもな」


「やめてよシュウ。食べられなくなるよ」


「私はお魚の方が好きー」


 明るい会話が続く。

 皆無理してるのはわかってる。だが、上辺だけでも残酷な現実を覆い隠したかった。皿に大雑把に盛り付けられた名前も分からない料理を噛みしめる。視線を上げれば竜司と目があった。


「明日生き残ればその先の生存率もグッと上がるって兄貴が言ってたぜ」


「おお、じゃあとりあえず明日だけを本気で生き抜けばいいのか」


「だからって燃え尽きちゃダメだよ。ボク達はまだピチピチの若者なんだから。長生きしなきゃ」


「ミコ君。今時ピチピチなんて言わないよ」



 その後も愁達の明るい会話は続き、食事後終わるとすぐに部屋に戻って寝た。明日のことを考えるとなかなか寝付つけないと思ったが、訓練で疲れた体は自然と睡眠を欲してくる。

 明日……生き残れるかなぁ。




 ◆




「……というわけで。お前らには二つのグループに分かれてもらう」


 今、斬須が今日の戦いについて説明していた。話を纏めると。魔王軍は二つの都市を同時に攻めるらしい。

 一つは軍事都市バハリート。そこはとても強固な城壁に守られているらしく。陥落させるのは非常に難しいらしい。

 もう一つは農業が盛んな都市、アグリ。広い平野に囲まれた地形で、その広大な面積を利用して様々な作物を栽培している。

 アグリとバハリートはとても近い距離に位置しているらしく、同盟も結んでいることから、片方を先に攻撃すればそこにもう片方が援軍を送る可能性が高いとのことだ。

 だからこそ、まず先に攻撃するのはアグリとなる。バハリートが援軍をアグリへと送ったのを確認したところで、魔王軍の主戦力をバハリートへとぶつけるという作戦らしい。

 もし、アグリに援軍が送られないようだったら、主戦力はそのままアグリへと向けられる。つまり、アグリを確実に落とすことになる。


 アグリにまず攻撃を仕掛けるのは四天王ネーヴェルが率いる軍。勇者が一人加わるらしい。


 バハリートに攻める主力は四天王ルドガーが率いる軍だ。斬須はルドガーの元に着くとのことだ。


 そして、最後に注意されたことがある。

 愁達は五聖の者とは戦うなということだ。五聖とは人間達の主戦力の事で、聖剣・聖槍・聖弓・聖打・聖法と呼ばれる五人の人間のことを指すらしい。彼らはその一人一人が化け物のように強いとのことだ。もしそいつらが出てきたら、四天王か魔王軍の勇者が対応するということになっている。

 補足として、もしかしたら五聖の者が近くにいるかもしれないという情報があったそうだ。



「では今から呼ぶ者はネーヴェル様の元につけ。刃内竜司、黒塗愁──」


 次々に名前が呼ばれていく。どうやら愁達は同じグループに割り振られたようだった。

 きっと斬須がコミュニケーションをとりやすい者同士をできるだけ纏めたのだろう。


 愁達は斬須に別れと今までのお礼を言うと、新たな上司であるネーヴェルの元へと向かった。

 そこは四天王の部屋。扉をノックすると、中から女性の声が返ってくる。扉が開き、香水のような匂いとともに、紫色の綺麗な髪をした妙齢の女性が顏を出す。そして中へと通された。部屋はとても広く、清潔で静かな場所だった。彼女は愁達の顏をチラリの流し見ると、艶かしい口をゆっくりと開いた。


「あらあら、可愛い子が多いわねぇ。よろしくぅ」


 愁は顔をしかめる。ネーヴェルという名前には聞き覚えがあったのだ。それは召喚をされて間もない時に、勇者になりたいと言っていた青年を惨たらしく殺した女だ。

 そんな彼女のところへ愁達は挨拶に来ていた。


 彼女は愁達の顔を一人ずつ、ねっとりとした視線で見ながら首を横に動かす。するとミコに視線を固定した。そのまま流れるような動きでミコの頬に手を添える。


「あなた……好みだわぁ。ねぇ私とキスしな──」

『ネーヴェル様。ルドガー様の陣が出立されました。私どもが遅れるわけにはいきません

 』


 背後からかけられた声にネーヴェルは振り向いた。ふわりと髪がたなびき、果物のような匂いが鼻腔をくすぐった、声の主を見たネーヴェルは心得顔になり、「わかったわ」と言うと、名残惜しそうな顔をしてミコから手を離した。ミコに一度ウインクをすると、部屋から出て行ってしまった。

 ミコは顔面蒼白にしていた。もう少しで殺されるかもしれなかったのだ、当たり前だろう。愁も心臓のバクバクが止まらない。


「危ないところだったな。私に感謝するといいぞ」


 ミコが殺されそうだったところでネーヴェルに話しかけた人物がなにやらドヤ顔をしていた。どう見てもゴブリンやミノタウロスのような人外には見えない。彼女は人間だった。

 愁には彼女が誰かがわかった。最初にこの世界に来た時にネーヴェルと一緒にいた女性で、姫様だと勝手に思っていた人物だ。

 そして今ここにいる愁達以外の人間。それから導かれるのは──


「私は勇者ジョゼフィーヌ! 本名は明石伶奈だ。よろしく」


 愁には彼女の扱い方がよくわからなかった。彼女はミコの肩をポンポンと叩き、危なかったなぁと言っていた。


「レナさん助かりましたぁ。ボクもうダメかと思いました」


「そうかそうか。困った時はお互い様だ。それと、私のことはジョゼフィーヌと呼びたまえ」


 伶奈はとても綺麗な女性だった。長い髪を後ろでポニーテールにして、胸は大きく、目は生き生きと輝いていた。だが、上半身にはサラシが一枚しかなく。それが彼女の胸部をなんとか隠していた。サラシ自体も分厚いものではないらしく、ほのかなピンク色を透かしていた。


 愁は彼女は痴女なのではないかと疑念を抱く。顔には出さないが。


「伶奈さん。黒塗愁と言います。これからよろしくお願いします」


「ふむふむ。礼儀正しいのは良いことだ。こちらこそよろしく頼むぞ。それと、私のことはジョゼフィーヌと呼びたまえ」


 愁が彼女に挨拶すると、頭をワシャワシャと撫でられた。変わった雰囲気を持った女性だけどいい人のようだ。残念美人というやつだろうか。


 各自が自己紹介をしていく。私はあまり記憶力は良くないのだがな、と彼女は言っていたが、頑張って覚えているようだった。

 竜司が自己紹介した時、彼女はやけに食いついてきた。


「刃内竜司だと! お前まさか斬須さんの弟か!?」


「はい」


「そうかそうか。私のことは姉さんと呼んでくれて構わんぞ。斬須さんの前以外では。

 あと、私は斬須さんからお前を守るように頼まれている。なに、大船に乗ったつもりでいるがよい」


 竜司が困った顔をしている。どうして会ったばかりの人を姉さんと呼ばなくてはいけないのかと疑問に思っているようだ。


 これはもしや……


「伶奈さんって斬須さんが好きなんですか?」


 椎乃が純粋な顔をして切り込んだぁ!


 伶奈は顔を真っ赤にして慌てだした。


「な、何を言っている。私はただ彼のことを尊敬しているだけだ! 断じて、好きなどではない。……嫌いではないぞ」


 伶奈の恋心はこの場にいる全員に知れ渡ったことだろう。彼女は顔をゆでダコのように真っ赤にしながら、あたふたする。誰も信じてくれないと分かると、ゴホンと咳をする。


「ネーヴェル様に遅れてはまずいと言った手前、私が遅れるわけにはいくまい。お前たちも早く行くぞ」


 そう言って大げさに身を翻す伶奈。話を終わらせたかったようだ。いつまでもここに残っているわけにもいかないので、彼女の背中ついていく愁達だった。




 ◇




「あれが……都市アグリか……」


 ここは森の東端。

 愁は手を額に当てて、前方に見える街を見ていた。距離は結構あり、だだっ広い平野がこことアグリを分断している。

 遠いからよくはわからないが、それなりに大きな都市のようだった。

 魔王軍はなかなかの規模なので、既に相手にはこちらの存在はばれているだろう。奇襲というわけにはいかなそうだ。


「あの都市はここら一帯の食糧の供給をかなりの割合しめている。だから陥落すれば、人間達へのダメージは大きい」


 伶奈が愁達に色々と詳しい情報を教えてくれていた。今の上官であるネーヴェにはできるだけ会いたくないし、斬須は大雑把にしか教えてくれなかったのでとても助かっていた。


「ちゃんと……相手は殺すんだぞ。足手まといは魔王軍じゃ切り捨てられるからな」


 伶奈が初めて厳しい顔をする。

 彼女だって斬須と同じ勇者なのだ。能天気に見えても、実際は幾度の戦場を生き残ってきた猛者だということを愁は思い出した。


「わかってます。俺たちは既に手を赤く染めているんだ。今更躊躇なんて……」


 愁は口ごもる。確かに愁は人を殺した。能力を使用して殺したから感触は残ってないがそれでも、人を殺すのは恐ろしい。

 あの最終訓練がなかったら、愁は何もできずに隅で怯えていただけかもしれない。


「別に人を殺すことに慣れろとは言わない。強い相手を倒せとも言わない。お前たちが相手にするのは一般兵や冒険者、それと──異界人だけでいい」


「冒険者? あと、異界人って召喚された人のことですか? 向こう側でも召喚が行われてるんですか!?」


「なんだ聞いてなかったのか?」


 愁は首を縦に振る。初耳だった。


「冒険者は手強いぞ。色々な魔法や剣技を使用する。異界人は……人による。ただの雑魚もいれば、私ぐらい強い者も稀にいる。強い者はこっちと同じく勇者と呼ばれているらしいがな。」


 向こうにも自分たちと同じように召喚された者がいるなんて驚きだ。向こうに召喚されていれば、愁達の待遇も違ったかもしれない。かわいいお姫様に歓迎されて、美味しいものを食べられて。


 だが、


 自分たちは魔王軍側に召喚された。そのことから逃げることはできない。

 愁が他にも聞こうとしたところで、大きな声がかけられた。


「おら、先陣はもう出るぞ! 遅れるな!」


 愁は質問するのを諦め、腰につけた袋の中身を確認する。いくつかのパン等が入っており、戦闘の準備は万端だ。

 周りの者──竜司や椎乃、ミコ達も自分の荷物を確認していた。もっとも、愁のように変なものを持っている人は少ないが。



 ────戦いが……始まる



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