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各々の能力

 ◇




 部屋を移動し訓練を続ける愁達。彼らは顔を白くさせながら魔力を操作する練習をしていた。一度は魔力の感覚をつかんだ愁だが、うまく魔力を操れなくなってしまう。もしも体の許容量を超えてしまったら……。そう思うとどうしても魔力をセーブしてしまうのだ。


 そんな様子を目にした斬須はしょうがないという顔をしていた。


「こりゃ駄目だな。一人を除いてほとんどの者がまともに練習できなくなってやがる。ひとまずこの訓練は後まわしにする。」


 一人を除いて……。周りの者に視線を動かすと、瑠璃が全身を淡く光らせているのが見えた。彼女は怖くないのだろうか。愁には彼女が理解できなかった。彼女の碧色の瞳と同じ色の光は綺麗だったが、ひどく冷たく感じた。


「では、これから三つ目の力。能力の訓練に入る」


 愁はまだ自分の能力がわからない。憑依型なのか、未知型なのか。体が変化するのは怖いのでできれば未知型がいいなと思う愁だった。竜司の変化を見る限り、憑依型になったらどんな化物の姿に変わるかはわからない。もし芋虫みたいなやつになったら嫌だ。


「自分の中に眠る力を目覚めさせるんだ。魔力を練りながらだと発動させやすいと思うぞ。

 憑依型ならすぐに体に現れるからわかりやすいな。

 未知型の場合はたとえ発動できなくても、何か欲求が生まれる場合が多い。その欲求に従うと能力獲得の近道になることがある。

 例えば……突然空を飛びたくなって高いところから飛び出してみたら、空を飛べる能力だったりな」


 また魔力か。


 とりあえず魔力を体に通す愁。絶対に出しすぎないように注意をしながら行うと、なんか欲求のようなものが生まれてきた気がした。それはとても自然なもので、食欲や睡眠欲のようなものだった。


「……パンが欲しい」


 本当にそれでいいのかと数度自問自答を繰り返す。パンを作りだす程度の能力とかだったら死ぬ未来しか……もしかしたら裏方で生き残れるかもしれないが。愁は何度も違う欲求が生まれるのを待つが、余計にパンが欲しくなるだけだった。


 ひとまず頭をリフレッシュさせるために他の人はどうなっているのかを見てみることにする。


 まわりでも変化が起きているようだった。


 突然逆立ちし始めるものや、狼のように体の変化を起こす者、天上瑠璃にチュウをしようとして召喚獣に蹴散らされている者。さすがに最後の人は能力とは関係ないと思うが、各々何かしらをつかみ始めているようだった。


「シュウ……」


 突然背中から押し倒された。誰かが愁に覆いかぶさってきたようだ。そいつを見上げると、


「ミコ? いったいどうしたんだよ」


 ミコだった。


 顔を上気させ、呼吸が荒い。愁へとその端正な顔を近づけてくる。ミコの体温を感じるほど密着しており、男だと理解していても何かが目覚めそうになった。愁は彼を離そうとするが、全然離れない。


「……シュウ。もうボク我慢できないんだ」


 彼の欲求が何なのかわからない。男である愁にナニを求めているのかが理解できなかった。愁は自身の身の危険を感じつつ、ミコの獣のような勢いに為すすべがなかった。


「ボクを……ぶって!」


 ぶった


 女のようなうめき声を上げるミコ。しかし、その声はどこか嬉しそうだった。いや、気持ちがよさそうだった。愁は完全にシラフを取り戻していた。


「え、なに。ミコってそういう趣味の人? ごめん。俺ノーマルだから……」


「ち、違うよ! これはたぶんボクの能力のせいなんだ」


 冷たい視線をミコに向ける愁。能力を己の性癖を満たすための理由に使っているようにしか見えなかった。

 ぶたれて冷静になったのか、彼のその目からは情欲のようなモノは消えており、普段のミコに戻っていた。


「疑うなら見てよ。ほらここ」


 ミコが自分の頬を愁に見せつけてくる。白くきめの細かい肌だ。きっと触れば病みつきになること間違いない。彼は自分の美貌を見せつけて何をしたいのかと愁が悩んでいると、一つ気になる点を見つけた。


「殴った跡が……ない?」


 先ほど愁はミコをけっこう強く殴った。動転してたせいだろうきっと。だがミコの顔は赤く腫れることもなく、いたって普通だ。


「きっと僕の能力は回復能力なんじゃないかな」


 なるほど。能力を発動するには傷を負わなければいけなかった。だから傷を負うため、愁にぶん殴ってほしかったわけだ。決して特殊な性癖を持っているというわけではなかったわけだ。

 愁は新たにできた友達がいなくならずに済んだとホッとする。


「愁おにーにゃん。見て見て」


 にゃん?


 愁は鈴を転がしたような声のする方を見る。そこには一匹の……猫がいた。猫といってもその大きさは一メートルを超しており、日本じゃまずお目にかかれない大きさだ。全身が白い毛で覆われており、黄色の瞳が愁を見つめてきた。


「椎乃……かな?」


「そうだよ。ねえねえ、私何になってるの? なんか毛むくじゃらになってるけど」


「猫だよ」


「へー猫かぁ。可愛いからいいのかな?」


 よくはないだろう。


 新しい自分の体を興味心身に弄っている椎乃を眺めながら、愁は真剣に考える。猫が強いわけがない。竜司のように戦闘に向いてそうな種族じゃない椎乃はどうなる。彼女が戦場で血まみれになっている姿を想像して顔を青くする。だが、よく観察してみると猫とはだいぶ違う特徴を見つけた。


「尻尾が……七本ある……」


 逆にいえばそれだけだが、それは決定的に猫とは違う特徴だ。もしかしたらこちらの世界の魔物の一種なのかもしれない。わずかに希望の光が見えた気がした。


「お、おいお前……」


 愁が椎乃を観察していると、いつの間にか斬須が傍に来ていた。その顔は今まで見たことのないもので、竜司との再会を果たした時とは違うベクトルの驚きを表していた。


「斬須さん。この生物がどんな奴か知ってますか? 戦えればいいんですけど……」


 自分の尻尾を面白そうに触っている椎乃を心配げに見ながら、愁は斬須へと聞いてみた。彼はこの世界に来ていろいろ見ていたはずだ。この生物のことも知っているかもしれない。そんな期待があった。


「こういうこともあるか……。

 なに、心配はいらないだろう。この世界に猫はいないがそれに似た生物を俺は知っている。憑依生物としてはこれ以上ないアタリだと思うぞ」


 まさか彼がここまで褒めるとは思わなかった。猫なんて戦場では生き残れない、おとなしく魚でも食ってろなんて言われたらどうしようかと心配していたが、どうやら杞憂に済んだようだ。


「俺は人のことを心配してる場合じゃないな」


 今のところパンをなんかしたいという欲求しか出てきていない。おそらくそれが愁の能力に関係しているのだろう。残念ながら。


「斬須さん。パンってあります? なければ作りたいんですけど」


「パンか。能力の為だと言えばもらえるだろう。念のため聞くが食べるためじゃないよな?」


「あ、当たり前です」


 斬須はそうかと頷くと部屋を出て行った。きっと愁の為にパンをとりに行ってくれたんだろう。暫くすると戻ってきた。手には袋を持っており、なにやらいい匂いが漂ってくる。


「ほら、とりあえず適当な奴を持ってきた。他に何かあれば、お前達も遠慮しないで言ってくれていい」


 斬須は部屋の者たちにそう言った。ポテチとジュースがほしいですと言った者が斬須に氷点下よりも冷たい目を向けられて全力で謝っていた。彼はぽっちゃり系男子で、ただお腹がすいていただけのようだ。

 愁は袋を受け取り、中を覗いてみた。


「えー何々、食パン。カレーパン。アンパン。クロワッサン。ドーナッツ……ドーナッツってパンか?……まあいいや」


 中からはたくさんの美味しそうなパンが出てきた。能力に関係なく。愁の胃はそれらを欲していた。腹の虫が切なそうな声を上げ始める。


「食うなよ」


「……はい」


 斬須に念を押された。信用がないのだろうか。

 とりあえず食パンを手に取る。それは元の世界でも見慣れた食パンそのものであった。四角い形で茶色の耳が付いており、内側はフワフワの白い身だ。朝食ではいつもお世話になっていた。まさかこの世界でもお世話になろうとは思いもしなかった。


「どうするかなぁ。とりあえず魔力を通せないかやってみるか」


 先ほど手を淡く光らせたように、魔力を食パンへと流すのをイメージする。最初は何も反応を示さなかったが、暫くすると変化が現れた。


「うわッ。なんか動いた」


 もぞもぞ食パンが動き始めた。最初より少し大きくなったような気もする。手の腕で動くその感触はまさに生物のもので。愁は驚いた。


「ガゥガゥ」


 なんか声まで上げ始めた。食パンは半分ほどで二つに折れていて、それが口みたいになっていた。よく見れば歯みたいな突起物もできていた。どうやら愁の能力はパンを生物化させることのようだった。これはどう考えても未知型に分類されるだろう。正直、喜んでいいのか微妙なところだった。


 食パンは愁の手の上から飛び立つ。地面へと着地すると、ピョンピョンと地面を跳ねながら駆け回り始めた。本当に生きているようである。


「わぁ。なにその子可愛い」


 猫の姿をした椎乃が食パンを追いかけ始めた。必死に逃げる食パン。目をギラギラと輝かせながら追いかける椎乃。某有名アニメの猫とネズミの追いかけっこを見ている気分だった


「椎乃。食パンが嫌がってるだろ」


 本当に嫌がってるかは知らないが、なんとなくそう見えた。食パンは愁の元へと戻ってくると、肩の上に乗ってきた。そして椎乃へと威嚇し始める。椎乃が食パンへに、にゃあと手をあげる動作をすると、食パンは愁の後ろに隠れていた。


「……こいつ、戦えるのかなぁ」


 愁は食パンをヨシヨシと撫でる。こいつが竜司と戦う姿を想像してみたら、一口で丸かじりされている絵が浮かんできた。本当に大丈夫だろうか。


「兄貴!俺に稽古をつけてくれ!」


 いつの間にか復活していた竜司が斬須へと師事を仰いでいた。あの鬼教官に稽古を頼むとは命知らずな奴である。きっと彼は相手が弟だとしても容赦はしない……というかしてなかったわ。


「いいだろう。お前はその身体能力を生かした剣術がいいかもな。俺にできることなら教えてやる。おい、他に教えてもらいたい奴はいるか?」


 斬須は周りを見渡す。


「ボ、ボクもお願いします!」


 ミコが勢いよく手をあげると、それを面白そうに斬須が見つめる。その顔には嗜虐心が浮かんでいた。きっと彼の稽古は地獄だろうなと予想できる。結局斬須に稽古をつけてもらうのは二人だけだった。愁は未知型なのだ。だから他にやることがあるのだ。そう心の中で言い訳した。


 愁は袋を漁り、他のパンを取り出す。それに対して魔力を流した。




 ◇




「鬼だ……キルスさんは本物の鬼だ。日本には鬼がいたって聞いたことがあったけど、きっと彼はその子孫なんだ……」


 ここは食堂のような場所で、愁たちはご飯を食べに来ているのだった。ミコはテーブルに頭をつけながらブルブルと震えていた。その細い金色の髪がゆさゆさと小刻みに波打っていた。


「竜司。そんなに斬須さんの稽古ってキツかったの?」


「……ああ」


 愁は驚く。体力馬鹿の元番長である竜司が顔をげっそりとさせており、ミコほどではないが怯えている様子だったのだ。自分は頼まなくて良かったと安心してしまった。


「ミコ君どうしてあそこで手挙げたの? 斬須さんの稽古が楽なわけないじゃん」


 椎乃がスープをすすりながら辛口な問いを投げかける。純粋ゆえに容赦がないのだ。子どもというのは恐ろしい。


「だって……ボクは弱いから……。

 昔からよく言われるんだ。女の子みたいだねとか、本当にそれでも男なのかって。それでいじめられてたときもあったしね」


 ミコは顔を上げていた。その目は遠くを見ていて、過去を思い出しているようだった。彼にはいろいろと辛い出来事があったようだ。憂愁を帯びた彼の顔は、愁の心に深く突き刺さる。


 ……愁は初めて彼を見たとき、金髪美少女に見えると思ってしまっていた。それが彼を苦しめているなんて知らずに。そんな自分が許せなくなってきた。


「ごめんミコ」


「え?」


「俺……ミコのことが可愛いって思ってた」


 愁はミコの目を真っ直ぐ見つめた。自分の謝罪の気持ちを信じてもらうために。こんな簡単な謝罪の言葉で彼が許してくれるはずがない。だけど、愁には心から謝るしか他になかった。


「そんなに見られたら……恥ずかしいんだけど」


 ミコは顔を赤らめ顔を背けた。その様子は好きな男の子と眼が合ってしまって、恥ずかしがり目をそむける純情の乙女のようで、愁をさらに苦しめることとなった。


「うおー!。ダメだ!。ミコが可愛い女の子にしか見えなくなってくるー!」


 愁は激しく頭をテーブルへと叩きつける。これでもか、これでもか、と邪念を必死に追い払う。額から血が流れ出してくるがそんなこと気にしてる場合ではない。脳内を占めるのは天使のようなミコの顔、少しでも気を抜けば煩悩に体の髄まで食い尽くされてしまうだろう。


 この邪な感情がミコを苦しめているのかぁ!


 消え失せろぉぉおお!


「ちょっとシュウ!? ダメだよそんなことしたら」


 ミコに止められて愁は一命を取り留める。周りでは何事かと騒いでいるのが聞こえた。消えゆく意識の中で、愁はミコの柔らかい腕に抱かれているのを感じた。


 目を覚ました時に傍で見守っていてくれたミコを見て再び邪念を追い払おうと蛮行を行おうとした愁だったが、ミコに気にしてないからと言われてことはおさまった。愁から溢れ出してくる煩悩はおさまらなかったが。




 ◇




「ほら食パン。そこは突っ込むんじゃなくてフェイントをだなぁ」


 今日も愁達は訓練をしていた。筋力を鍛えるのも大事だが、愁にとって必要なのは魔力と能力の制御だった。今は椎乃に手伝ってもらって、模擬戦をしていた。


「にゃあ」


 椎乃はその体を翻すと、壁を蹴り、一匹の食パンを口にくわえた。そのままムシャムシャと食べてしまう。


「くそぅ。一匹やられたか。だが、まだ四匹残ってる」


 四匹の白い生物が床をピョンピョン跳ねる。その大きさは一メートルを越し、それなりに戦えるようになってきていた。流す魔力量を増やしたら大きさも比例して大きくなったのだ。だがその分、操作も難しくなるので、要練習といったところだ。


「ふっふーん。そんなんじゃあいつまでたっても私を倒せないんだからね」


 そう言って椎乃はさらなる獲物を求めて飛びかかる。一メートルの食パンじゃ成長期の女の子には足りないらしかった。ここは彼女の狩場となっていた。


「ちっ、このままじゃあ食い尽くされる。あれを使うか」


 愁はパン袋から新たなパンを取り出す。


「それは城の中じゃ使っちゃダメだって斬須さんが言ってたでしょ」


 椎乃に止められてしまう。彼女の言っていることは正しくて、愁のやろうとしたことは間違っていた。


「ああ……最後の一匹が食べられた……」


 椎乃の腹はでっぷりと膨れており、満足げに腹をさすっていた。とんだデブ猫である。


「今なんか思った?」


「い、いや。なんでも」


 なんか言った?、じゃなくて、なんか思った?、というあたりに恐怖を感じた。彼女は大きくなれば男をたぶらかす魔性の女になるに違いない。


「今なんか思った?」


「ひッ」


 デブ猫が愁へとにじり寄ってきた。





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