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訓練開始

 ◇




「あ……兄貴!」


 勇者斬須が殺す宣言すると、竜司が突然慌てだした。蜥蜴人の姿なので、挙動不審にされると普通に怖い。


「なんだこの蜥蜴」


 斬須は蜥蜴──竜司を暫く眺める。すると、そのきつく結ばれた口から言葉がこぼれた。


「お前……竜司……なのか?」


 奇しくも先ほど愁が竜司へと投げかけた問いと同じものが彼の口から発せられた。ゴキブリを見るかのように冷たかったその細い目が、丸く見開かれた。


「そうだよ俺だよ。刄内竜司だよ」


「おお、我が弟よ! 会えて嬉しいぞ」


 彼らは熱い抱擁を交わす。そこだけ気温が数度上がったかのような暑苦しさだった。斬須は竜司のそのテカテカしている鱗をペタペタと撫でて、大きくなったなぁとか言っていた。


 愁には人が怪物に襲われているようにしか見えなかったが。


「……斬須君。邪魔をして悪いようだけど、続けてもらえるかな?」


「申し訳ございませんロウム様。つい熱くなってしまいました」


 斬須はゴホンと咳払いをすると、再び目つきを鋭くした。そこにいるのは竜司の兄ではなく、一人の鬼教官だった。


「これから簡単にこの世界のことを説明する。そして、それが終わったら訓練開始だ。俺についてこい」


 そう言い終わるなり、斬須は背を向けて城の中へと歩いて行ってしまう。愁達がロウムの顔見ると、顎で行けと示された。我らが教官はどんな人物なのかが、愁にはまだわからなかった。



 ◇



「……というわけだ分かったな」


 学校の教室ほどの大きさの部屋で、愁達はこの世界のことについて教えられた。


 簡単に言うと、魔王軍と人間軍が領土の取り合い、もとい殺し合いを行っているとのことだ。今現在は人間側が若干優勢らしい。もちろん愁達は魔王軍側だ。そして、愁達の立場についてもしっかりと説明された。斬須が言うには、一週間後の戦いで戦力にならないと判断されたら……処分されるらしい。殺す……ということだろう。飯を食うだけの役立たずはいらないということか。


「なにか質問はあるか?」


 斬須が視線をぐるりと回す。手をあげたら殺されてしまいそうな雰囲気を放っていた。先ほど竜司に見せた穏やかな顔は見間違いだったのではないかとさえ思ってしまう。


「ひ、一ついいですか……」


 おとなしそうな少年が小さく手を挙げた。その髪は綺麗なブロンド色である。顔は見えないが、もしかしたら外国人なのかもしれない。その話し方はとても流暢な日本語だった。


「なんだ」


「ひぃッ、ゴメンなさい」


「……早く言え」


 斬須の低くドスの効いた声を向けられ、肩を縮める少年。促されることによってようやく話し出す。


「キルスさんは……勇者……なんですよね」


「ああそうだ」


「どうして魔王軍に勇者がいるんですか?」


 愁もそれは気になっていた。勇者といえば人間達の希望の光。魔王を打ち倒す英雄……だと愁は思っている。だからこそ、なぜ勇者が魔王軍にいるのかというのが不思議だ。光と闇が混ざるぐらい変なことだと思う。


「お前達が思っている勇者と、この世界での勇者は別物だと考えていい。

 日本……地球では勇者といえば悪を倒すヒーローのイメージだが、ここではただの称号にすぎない」


 斬須は続ける。


「お前たちの中からも勇者は出るかもしれないな。なぜなら勇者とは──単騎で戦場を覆す可能性を持つ者に贈られる称号だからだ」


 その鋭い視線は先ほどロウムに攻撃を仕掛けた少女に向けられた。彼女には勇者になる素質があるということだろうか。彼女が生み出した魔物達を思い出す。全身が赤い魔物が全身に狂気を纏いロウムを殺さんと襲いかかるのを。彼女はきっと、ロウムを殺す気だった。


「それじゃあもう質問はないな。これから戦闘訓練を『俺からも質問いいですか?』……いいだろう。なんだ」


 愁は手を挙げていた。


 ──どうして皆は聞かないんだろう。


 愁は不思議だった。勇者がどうとかより、もっと先に聞くことがあるじゃないか。


 それは────


「俺たちは……地球に帰れるんですか?」


 斬須の視線が刺さる。だがそれは先ほどまでの冷徹なものではなく、もっと別のものだ。それを見たとき、愁には答えがなんとなく察せられた。


「君達はちょうど百度目の召喚で呼ばれた」


 返される言葉は答えではなかった。だが、きっと意味のあることなのだろう。

 百度目……それはつまり、自分たちがこの世界に召喚される前に九十九回地球から誰かが召喚されたということだろう。だったらその人たちは今どうしているのだろうか。愁は斬須の言葉を待つ。


「そして俺は────四度目だ」


 斬須は相当な古株のようだった。そんな彼が今ここで愁たちに講義をしているということは、地球に帰ることはできないということだろう。愁はこの先、ずっとこの世界で生きていかねばならないのだ。


「じゃあ……俺達以外に召喚された人はどうしているんですか? 今も戦わせられているんですか?」


 今この場には十数人しかいないが、愁たちが召喚されてたときは全員で五十人ほどいた。もし今までも同じ規模で召喚が続けられていたなら五千人はいるということになる。


「……七人だ」


「え?」


「魔王軍側にいる人間は七人しかいなかった。君たちが来るまでは」


 それはつまり────


「それはあれですよね。他の人は魔王軍から抜けて普通に暮らしているってことです……よね?」


 愁は脳裏に浮かんだある・・可能性を瞬時に否定した。信じたくなかった。もしそれが事実だったら……。


 向けられるのは悲しみを含んだ眼。


「お前たちは……死なないように俺が殺す気で鍛える。だから……手抜くなよ」


 そう言って斬須は話を打ち切った。その場の誰もが理解しただろう。強くならなければ……


 ────生き残れない、と。




 ◇




「も、もうだめ……」


 横では椎乃がうつ伏せで倒れてる。全身汗だくで、髪が頰にべったり張り付いていた。息を荒げ、呼吸をするたびに背中が上下に揺れている。


「ほら、竜司を見習いなよ」


 ものすごい勢いで腕立て伏せをし続けている蜥蜴人を指差す。憑依をしたら筋肉レベルも跳ね上がるのだろうか。そんなことを思いつつ、蜥蜴人が腕立て伏せをしているというシュールな光景を受けいれている自分に深く嘆息した。


 今、愁達は基礎体力をつけるところから訓練を始めていた。


「む、無理だよぉ。愁お兄ちゃんだって私とそんなに変わらないじゃん」


「俺は腕立て伏せ二桁。椎乃は一桁。全然違うさ」


 そうは言うものの、心の中ではそんなに変わらないなぁと思う。こんなので生き残れるのかが心配になる。椎乃と話していると、突如背筋を怖気のようなものが襲ってきた。視線をゆっくりと後ろに向けると、そこにはこちらを氷のような表情で眺めている斬須の姿があった。


「無駄口叩いてんじゃねぇ!」


「ごッ……」

「ッげェ」


 斬須の蹴りが愁と椎乃の腹に吸い込まれるように打ち込まれた。吐きそうになる衝動をなんとか押さえつける。愁だけでなく椎乃にも食らわすあたり鬼だ。どちらが椎乃の呻き声かは言わない。


 喉元まで上がってきた嘔吐感がなくなったのを感じると、再び身体を鍛え始める。


「お前も手抜いてんじゃねぇ」


「こ、これでも本気なんです。け、蹴らないでぇ」


「男のくせしてなよなよしてんじゃねぇ。しっかりしろ」


 そんなやりとりが後ろから聞こえたかと思うと、呻き声が上がった。また被害者が出たようだった。蹴られないように必死になる愁。視界の中では竜司が変わらず腕立て伏せをし続けていた。いつまで蜥蜴人の姿でいるのか疑問に思ったり思わなかったりするのだった。




 ◇




「……」


 基礎体力作りのための訓練がひとまず終了し、休憩時間となった。誰一人として言葉を発しようとしない。いや、できないのだろう。愁も全身が痛い。筋肉痛と、鬼教官に蹴られた痛みだ。他の者もかねがね似たようなものだ。


「愁、呆然とした顔をしてどうした。まだそんなに厳しくないだろ」


 一人例外がいた。


 竜司は爽やかな笑顔で汗を拭っていた。蜥蜴人の姿じゃなければさぞ様になっていただろう。元の世界じゃいったいどんな生活を送っていたのかと気になった。


「……お前、こっちに来る前は何してたの?」


「番長」


「そうか番長……番長!?」


 ごく普通の平凡な高校生であった俺とは生涯関わることのなかったであろう人種だった。番長ならばこのぐらいの訓練は朝飯前……なのだろうか。愁には番長というのものがどういったものかを深くは知らないので竜司を見て判断するしかないが。


「勇者斬須……かぁ。番長の兄だったら強いのも無理ないか……」


「兄貴はガリ勉のヒョロヒョロだったぞ? 少なくとも五年前に突然失踪するまでは」


「マジで?」


「ああ。すぐには分からなかった」


 あの鬼教官がガリ勉のヒョロヒョロな姿など想像もできない。軍人とか、裏稼業の怖い人とかそういう人だと思っていた。……五年も殺し合いをしてれば別人のように変わるのも当然のことかもしれない。この世界が彼を変えてしまったのだろう。


「ね、ねぇ。ちょっといいかな」


 竜司と話をしていると。こちらに声をかけてくる者がいた。背は小さくとてもおどおどした少年だった。青色の綺麗な目をしており、見る人によっては女性と思われてもおかしくない、そんな中性的な顔立ちだった。 愁には限りなく、可愛い金髪美少女に見えた。


「君は……さっき最初に質問してた人だよね。どうしたの?」


「ああ、やっぱり」


 何がやっぱりなのかが愁には理解できずに首をかしげる。


「君たちすごい英語得意だね。良かったぁ。日本人ばっかりで心配してたんだよ。キ、キルスさんは英語ペラペラだったけど……」


 彼はお腹を抑えるような動作をする。先ほどの体罰という名の一方的な暴力を思い出したのだろう。


「俺英語なんか話せねーよ。兄貴は勉強できたから話せるだろうけど」


 竜司の言う通りだった。愁達は英語など話してはいない。それに彼が話しているのも日本語だ。だが、ちゃんと互いに話は通じている。それぞれの顔に困惑が浮かぶ。


 これはもしや……。


「言語が統一されてるんじゃない? 俺には君が流暢に日本語を話しているように聞こえるし」


 これは推測だが、魔法陣で召喚された時に僕たちの言語がこの世界の言語に統一されたのではないだろうか。召喚されても何を言ってるのかが分からなければいろいろ不都合も多いだろう。


「なるほどぉ。君頭いいね!」


 金髪の彼はその髪色よりも明るい笑顔を浮かべ、親指を立ててきた。頭がいいと言われ若干照れてしまう愁であった。


「お互いに君って言うのもアレだし、名前はなんていうんだ?」


「ボクはミコ。君達は?」


「俺は愁」

「竜司だ」

「椎乃です!」


 突然椎乃が湧いて出てきた。先ほどまで地面に張り付いていたが、少しは休めたのだろう。


 ふと、周りを見てみると自分たちと同じように話している集団が幾つかあった。きっとひとまずは緊張が解けて、人と話したくなったんだろう。会話は精神を安定させるのにいいとテレビで見たことがある気がする。


 愁は視線をずらす。……問題児の少女は一人だった。話しかけられてはいる。だか、一瞥するとすぐには下を向いている様子だった。


「彼女本物だよね」


 愁の視線の先に少女がいるのに気付いたのだろう。ミコがキラキラした目で彼女を見て呟いた。彼女を知っているのか、と問うと、当たり前じゃないか、と返された。


「天上瑠璃。彼女はすごい指揮者だよ。日本人形のような無表情さと、奏でる演奏の溢れんばかりの情緒豊かさとのギャップが受けて若くしてプロになった天才少女。世界的に有名なハズなんだけどなぁ。今度CD貸そうか? ……って、無理じゃん」


 彼女のことを熱く語ったかと思うと、彼は落ち込み始めた。もう彼女の演奏が聴けない、とか色々呟いていた。彼女は天上瑠璃……というのか。


 おそらく一番勇者に近い存在だ。


「休憩は終わりだ。つぎの訓練に入る」


 斬須が戻ってくると、再び重い空気が流れだす。息抜きタイムは終わりということだ。訓練生の中からまた筋トレかあという声が漏れてくる。少し休んだと言っても、体は悲鳴を上げていた。


「また体力作りでしょうか?」


「いや、それはまた後だ。今から行うのは魔力操作の訓練だ」


 魔力操作か。ここは異世界だというのを思い出した。きっとこの世界では魔法とかがバンバン使えるのだろう。もう何があっても驚かない気がした。


「戦場では様々な要素が複雑に入り混じって勝敗が決まるが、お前達自身が戦いで生き残るには主に三つの力が必要だ。

 筋力・魔力・能力。

 この三つが直接の戦闘に必要なものだ。知力もここに加えたいところだが、戦場ではどんなに頭が良くても弱いやつはすぐ死ぬ。だから省いた。まあ、馬鹿は強くても死ぬがな」


 斬須の言葉には力がこもっていた。それは実際に経験をしたことがある者だけが発することのできる空気。彼は身をもってそのことを知ったのだろう。


「竜司」


「なんだよ兄貴」


「お前……まだその姿なのか」


 斬須はなにやら竜司の姿をみて呆れた顔をしていた。


「魔力というのは身体能力の強化や能力を発動するのに必要だ。だからお前は今も魔力を消費し続けているはずなんだが、なにか感じないか?」


「言われてみれば……なんか体から湧いてくるものがある気がする」


「その湧いてくるものがなくなる前に憑依を解いた方がいいぞ。戦場で魔力切れを起こしたらまず助からないしな」


 斬須の忠告を聞いた竜司は、なにやらもぞもぞし始めた。人間の体に戻ろうとしているのかもしれない。だが、実際に起こったことは逆のことだった。


「……ガァアア……グ」


 様子がおかしくなり始めた竜司。体が一回り大きくなったような気がする。そしてなにより、目から理性の色が失われていく。


「これは魔力の暴走に近い状態だ。竜司は魔力を抑えようとして逆に増やしてしまったんだろう。戦場で一度こうなってしまったら味方も敵も関係なしに襲い始める。魔王軍の手によって殺される場合もあるから気をつけるように」


 すました顔で斬須はそう言うと、竜司に向かって行く。竜司の眼には敵意が浮かんでいた。自分の兄だとわからないようだった。


「ガアアアァアアア!」


 深緑の獣が目の前の敵を滅ぼさんと大地を駆ける。人間性を捨てたそいつは両手を地面につけて四つん這いで移動する。その勢いはすさまじく。獣に体を乗っ取られているかのようだった。

 蜥蜴人と斬須が衝突したように見えた瞬間。コンクリートを砕くような音と共に……獣は地面へと叩きつけられる。斬須は地面にはいつくばる獣を冷徹な目で見下す。そこには彼らが初めて会ったときに露わにしていた兄弟愛など微塵も感じさせない。竜司を殴ったであろうその腕は、太く白い骨となっていた。それが彼の能力なのだろう。


 だんだんと蜥蜴人の形が変わっていく。それは小さく肌色になっていき、人の姿をした竜司に戻った。


「見ちゃダメだ!」


 愁はとっさに近くにいた椎乃の目を手で覆った。これは小さな子供に見せてはいけない。それが純真な女の子ならなおさらだ。


 だってそこには、


 白目をむいて体をビクンビクンと激しく痙攣させながら、下半身からそびえるソーセージのような形の立派な一物を天に向けてまっすぐに屹立させている裸の男の姿があったのだから。



 ────目に毒だ



「さあ。訓練を始めるぞ。水晶を光らせたときに感じた感覚だ。それを意識してやってみろ」


 何事もなかったかのように始まる訓練。竜司は放置だ。幸い、死んではいないようだった。今も痙攣をし続けているが。

 愁は魔力を感じようとする。張り詰める神経。周りの声が聞こえなくなる。己の心臓の音が脈打つのが聞こえる。そして……見つけた。元の世界で普通の暮らしをしていたときには感じることのできなかったそれを。


「これが……魔力……」


 思いのほかあっさりと見つけられたそれを手に集めようとしてみる。体の奥から流れ出るそれは、肩、腕、手と移動する。そして指先があわく光り出した。


「ふむ。既に魔力の感覚をつかんだものが何人かいるようだな。だが、気をつけろ。決してそれを甘く見るな。一気に出そうとするなよ。お前たちの体はまだ魔力になじんでいない。体の許容量を超えて溢れ出た魔力は──」



 ────パン



 それはまるで風船が割れたような軽い音だった。何の前触れもなく。何の予兆も無かった。斬須は自身の頬を手で拭う。そこには鮮やかな赤色の液体が付着していた。突然飛び散ってきたのだ。どちゃりという音が遅れて聞こえてくる。そこに目を向けると、


 先ほどまでヒトであったモノが倒れていた。


 斬須は説明を続ける。


「──許容量を超えた魔力は、自身の体を破壊する。

 死体が傍にあっては集中できないだろう。部屋を変えて訓練を再開するぞ」


 椎乃の目を覆うのは間に合わなかった。















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