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憑依型と未知型




「どこでもいいから並べ」


 いくつかの運ばれてきたテーブルにそれぞれ水晶が置かれる。透き通るような純度で、売れば高値がつくだろうと思わせる。

 そこでゴブリンは愁達を待ち構えていた。


 だれも動かないのを見ると、ゴブリンの一匹が大声を上げる。


「さっさと動け!」


 それを皮切りに、弾けるようにして皆が動き出す。

 愁も流されるようにして近くのテーブルの列に並んだ。

 何が起こるのかと列の前を観察する。そこでは先頭の者が水晶に手を置いていた。反応は人それぞれで、水晶が淡く光る者もいれば、全く光らない者もいた。

 その結果によって、お前はあっち、君はあっちという風に別々の場所に集合させられていた。

 何をしているのかは不明だが、この結果によって自分の運命が決まるのだろうと思うと背筋が凍るような緊張に苛まれる。


「次、君だ」


 とうとう愁の番が来た。おそるおそる水晶に手をつける。冷たいと思っていたそれは、幾人もが触ってきたからか生温かく感じた。

 結果は……


 ────反応なし


「んー。もうちょっと力入れてみ。こう、フンって感じで」


 目の前のゴブリンは他の者に比べると優しそうな雰囲気を纏っていた。話し方も威圧的ではなく、なにやら友好的だ。顔は普通に怖いが。

 愁は言われたとおりに少し力を入れてみた。こう、肛門をきゅって占める感じに。


 反応はすぐに現れた。少しだが、水晶から光が湧いてきたのだ。


「よし。じゃあ君はあっちね。よかったねぇ」


 ゴブリンに指定された場所へと移動する。そこには見覚えのある顔があった。

 竜司だ。


「よお愁。お前もこっちに来たのか」


 まるで長年の親友のように声をかけられた。初めて会ったのはついさっきだが、愁も彼の姿を見たときは安心した。この理解不能の状況下では一人でも知り合いがいることが心強かった。


「愁? 愁おにいちゃん!」


 竜司の発した愁という言葉に反応する人がいた。目をやると、そこには一人の女の子が愁に向かって手を振っている姿が見えた。彼女は立ちあがってスカートをパンパンとたたくと、こちらに向かって走ってくる。


椎乃(しいの)ちゃん……だよね?」


 愁の言葉には疑問符がつく。だがそれは自分の知る彼女かという確認のものではなく、なぜ彼女がいるのだろうかというものだった。

 彼女は愁の親戚の子であった。肩まで下ろした艶やかな黒髪を揺らして手を伸ばせば届くくらいの距離まで来ると、安心したような笑顔を浮かべた。


「良かったぁ。お兄ちゃんにあえて」


「俺もだよ。あ、この人は竜司っていうんだ。こっちに来てから知り合ったんだ」


 椎乃に竜司のことを紹介する。二人はども、という感じで軽く会釈していた。

 それが終わると、彼女はキラキラした目で再び愁へと話しかけてきた。


「ねえこれどうなってるの? 本当にここは異世界なの? ねぇねぇ。椎乃に教えて」


 いくら質問をされても愁には答えられることは一つもない。その純粋な瞳に見つめられ、愁はひどく焦った。

 自分も来たばかりでよくわからないんだ。と伝えると、彼女はしぶしぶと引き下がった。


 選別は続き最後の一人が割り振られた。

 分けられたグループは大きく二つ。

 一つは僕のように水晶を少しでも光らせられたグループ。全体の三分の一ほどだ。

 もう一つは水晶を全く光らせることができなかったグループ。全体の約三分の二だ。


「あの子どこかで見たことあるんだよなぁ」


 竜司がポロリと呟く。あの子とは最後に選別を受けた子だろう。

 水晶を輝かしいまでに光らせた人物だ。

 何事にも関心を示さないかのように無表情で、ただただ呆然と愁達のグループに加わった。まるで人形のような女の子だった。

 近寄りがたい雰囲気を放っており、この異質な場でさえも浮いていた。



「えー、君たちはひとまず合格だ。僕についてきな」


 ロウムはそう一声をかけると、扉を開けて部屋から出て行く。それに遅れないようにぞろぞろとついていく愁達。

 部屋から一歩足を出すとき、部屋の中を一瞥する。そこでは愁達以外の大勢の者たちが集まって座っていた。

 彼らはどうなるのだろう。そんな疑問が頭をよぎった。




 ◇




 先ほどいた部屋とは異なり、そこは広く開放的な場所だった。どうやらここは城であるようで。中庭に案内されたのだった。ここに来るまでにネーヴェルと怜奈はどこかに行ってしまった。


「君達には一週間後、早速戦場に出てもらうことになっている」


 無茶苦茶だ。そんなの無理だ。

 皆口には出さないが、思っていることは同じだろう。


「死にたくなければ、死なないように強くなれ。手柄を立てれば多少は待遇もよくなるぞ。いや、最悪から脱却できるという方が正しいか」


 ロウムは続ける。


「自分たちに戦う力はない。そう思ってるね」


 思ってるも何も本当にそんな力はないだろう。愁を含め、ここにいる人たちは皆平和な日常を送ってきた者たちが殆どだろうから。


「実はあるんだよ。だから僕達はわざわざ都市を落として君らを召喚したんだから」


 彼は愁達に戦う力があるという。それが何を示しているかはわからないが。


「こう念じてごらん。自分の中に眠ってる能力よ目覚めろってね」


 何を言っている。


 そんなことできるわけが──


「ウガァアアアア」


 突然獣の叫び声のようなものが側から上がる。愁はそれを見て驚愕する。


「いつの間に……」


 声の主は愁のすぐ隣、先程まで竜司がいたところに二本足で立つ蜥蜴のような化物がいた。

 愁は間抜けにも腰が抜けてしまい、地面へと崩れ落ちる。化物が自分へと視線を向けていた。

 殺される。そう思った。


「しゅ……う」


 化物が声を発した。それはくぐもってはいたが確かに愁と聞こえた。


「おお、もう能力を発動できましたか。なかなかに見込みがありますね」


 最初は何を言っているのかが理解できなかったが、周りに竜司がいないことを確認すると、一つの推測が浮かんだ。


「お前……竜司……なのか?」


 蜥蜴の化物はコクリと頭を縦に振る。人外と意思疎通ができたことに驚くが、それが竜司だというのはさらに驚きだった。


「さてさて御覧の通り、君たちには【能力】がある。これは人によってさまざまだが、強い能力だと長生きでき────」


 ロウムの声は途中で途切れる、代わりに聞こえてきたのはキーンとした金属音のようなものだった。

 愁たちはさらなる驚きに目を大きく見開く。

 全身が真っ赤なヒト型の化物がロウムに殴りかかったのだ。それも化物は一匹だけではない、三体いる。

 残り二体は小鬼(ゴブリン)と小型の龍のような生物であった。それらも同様に全身が赤く、激しくロウムへと攻撃を加えていた。


「────訂正しよう。強い能力でも死ぬ時は死ぬ。あまり無謀なことはしないことを忠告するよ。わかったかい、そこのお嬢さん」


 ロウムを覆うような光の壁。それにより、化物の攻撃は完全に防がれていた。ぶつかるたびに光の粒子が飛び散り、衝突音を発していた。

 化物からは竜司とは違い理性を感じさせない。目は充血しており、そこに宿るのは憤怒だけだ。

 攻撃が効かないとわかったのか、それらは動きを止め、次の瞬間にはまるで最初からいなかったかのように消えてしまった。


 ロウムの視線の先にいるのは一人の少女。選別の時に一際水晶を光らせていた人物だ。

 彼女の顔は依然無表情。まるで何事もなかったかのようなたたずまいだ。

 しかし、ロウムの言葉によれば今起こったことは彼女が起因しているはずだ。


 ロウムは懐を漁り始め、中から石を取り出した。

 何をするのかと見ていると、彼は石を握りしめる。それに連動し石が光を放ち始める。


「あ゛あ゛あ゛がぁ……ぅう」


 少女が獣のような呻き声を上げた。膝から崩れ落ち、首元を手で押さえつけている。

  その顔は先ほどまでの人形のようなものではなく、苦痛に耐える一人の人間だった。


 ロウムはしばらくそれをニンマリと眺めると、石を握っていた手を離す。

 それと同時に石の光は収まり、少女の苦しげな声も収まった。


「君達の首には刻印が刻まれている。それは楔だ。逃げ出したとしても、この石を使えばどこからでも君たちを殺すことができる。もちろん、彼女のように激痛を味あわせてあげることもできる」


 愁は椎乃の細い首を見てみる。

 黒髪の隙間から見えるうなじに、猫のタトゥーのようなものが刻まれていた。

 これが刻印だろう。


「ちょうどいい感じに二種類の能力を出してくれたね。軽く説明しようかな」


 そう言うと、竜司を指差す。


「彼は憑依型の能力で、君達の種とは違う生物の力を得ることが出来るんだ。基本的に身体能力が上がるから、外れは少ないかな。彼の場合は蜥蜴人(リザードマン)だろうね」


 そして、と彼は未だ表情のすぐれない少女を指差す。


「彼女は未知型の能力だ。その名の通り未知なんだ。魔力を凝縮し高威力の砲弾として撃てたり、どんな武器でも使いこなせるようになったり……彼女の場合は複数の魔物を召喚できるようだね」


 そんな力が本当に愁にもあるのだろうか。蜥蜴人へと変貌した竜司を見ても今だに信じ難いことだ。


 ……椎乃の純真無垢な可愛らしい顔が蜥蜴になるのを想像してしまった。首を振ってその想像を追い払った。


「うすうす気づいているかもしれないが、先ほど行った水晶による選別はこの能力の有無を調べるものだ。まあ、その結果はそんなに気にいなくていいよ。ちょっと力を入れ直しただけで光らせることができるようになった人もいたしね」


そう言ってロウムは視線を愁へとちらりと向けた。

最後のはまさに愁のことを言っていたのだろう。肛門をキュッとして水晶を光らせたのを思い出した。


「簡単な説明も終わったところで、君達の教官を紹介しよう」


 ロウムは指をパチンと鳴らす。

 それに応えるようにして城の中から出てくる者がいた。

 愁達の前に出てきたのは人間の男だった。歳は二十前半だろうか。片方の目には大きな傷が入っていて、百戦錬磨を思わせる精悍な男だ。人を射殺せそうなほど鋭い目つきで愁達を睨んでくる。

 その様子を興味深そうに見ていたロウムが口を開いた。


「これから一週間、彼が君たちに全てを教えてくれる。ほら自己紹介して」


 男が一歩前に出てくる。


「俺は勇者斬須(きるす)。この後すぐ訓練を始めるわけだが──」


 斬須はいっそう瞳を鋭くする。


「──手を抜いた奴は俺が殺す。以上」




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