召喚された
◇
「帰ったらどうすっかなー。勉強しなきゃだめかな……」
黒塗愁は高校二年生である。
父親のパン屋を継ぐか、大学へと進学するかを真剣に悩みながらいつも通りの道を歩くのだった。
愁は目を細める。
日は暮れかけており、地へ線からのぞく太陽はきれいなオレンジ色となっていた。
電柱の影が長く伸び、昼が終わり夜が始まる逢魔が時。
────ソレは起こった
「な、なんじゃこりゃー」
足もとが急に光だす。それは六亡星の形をしたもの、つまりは魔法陣だった。
離れようとしてその場を横に飛ぶが、魔法陣は愁の足もとについてくる。
反復横とびのようにぴょんぴょん跳ねる愁。それを影のように付きまとう魔法陣。
愁はあきらめた。
「は、はは。きっと召喚された向こうではかわいいお姫様が歓迎してくれて、勇者として皆からもてはやされるんだ。うん。そうに違いない」
その声に若干の震えが含まれていた。愁は普段から異世界に行ってみたいと思ってはいた。だが実際にこの異常事態に巻き込まれるとなると、その期待よりも未知への恐怖の方が大きかった。
「あ……」
突如踏みしめていた地面の感覚がなくなった。肝が冷えるような浮遊感を感じながら魔法陣へと吸い込まれていく。
視界が暗闇に覆われる中、日常が崩れる音が聞こえた気がした。
◇
「ここは……」
広さは三十メートル四方ほどの大きな部屋に愁は寝転がっていた。囲むようにして重厚な石壁で覆われているので、すごい圧迫感だが。
愁は周りを見渡す。そこにはたくさんの人達がいた。全部で五十人ぐらいいるのではないだろうか。皆きょろきょろと周りを見ており、自分と同じ境遇であろうと予想できた。
小さな子供から老人までいるが、比較的自分と同じぐらいの年齢の人が多いように見えた。
少しだが、外国人の人もいるようだった。英語能力の低い愁には話しかけることは、はばかられるが。
不安が胸をくすぶり何かをせずにはいられなかった愁は、近くの人に話しかけてみることにする。
「すみません。ここはどこでしょうか?」
「ああ悪いな。俺もここに落ちてきたばかりでよくわからないんだ」
目の前で鋭い目つきをする青年は困ったような顔をする。話を聞くと、やはり彼も自分と同じように魔法陣から落ちてきたようだった。
彼は短い黒髪で、体は細身だが服の外からでも鍛えられているだろうと思わせるほどしっかりしていた。細マッチョというやつだろう。
愁は自分の体を見て恥ずかしくなった。
右手を彼の前へと差し出す。
「俺は黒塗愁っていうんだ。よろしく」
「刄内竜司だ。よろしく」
そう言うと互いに握手する。握られた手がひりひりするほど力強い握手だった。竜司の方をちらりと見ると、どうかしたか、という視線を向けられる。彼は普通に握手をしただけのようだった。
「はいはい、ちゅうもーく!」
室内で一際大きな声が上がる。
声の元ではフードを被った男が両手を広げて注目を集めていた。両脇には二人の女性が立っていいた。一人は面白そうに、もう一人は心配そうに、愁達を眺めていた。
「君たちはどうしてここにいるかわからない。そうだね?」
皆は集中して彼の言葉を聞いていた。
おそらく彼ならこの状況を知っている。そう感じさせたのだ。
「僕が説明してあげよう! 君たちは地球という世界……星だったかな?……まあいいや。とにかくそこから来た筈だ。だが、ここは君たちのいた世界とは別の……そう、異世界だぁ」
異世界と聞いて、人々からざわめきの声が溢れてくる。その顔には驚きや期待、悲壮感。さまざまなものを宿していた。
俺は勇者になれるんだー、という声も聞こえてくる。
愁にもその気持ちは理解できた。自分達は魔王を倒すために呼ばれたのかもしれない。そう思った。
ならばこの先の展開はある程度読める。彼は愁達を召喚した魔法使いで、両隣にいる女性達は女王様と姫様だろう。どちらも綺麗な女性であった。ただ、姫様と思われる人物は黒髪で日本人のようにも見えた。
おそらく、彼はこれからこう言うはずだ。
召喚してすまない。我が国の勇者として魔王を倒してくれないか、と
「ほらほら、まだ話は終わってないよ。……ごほん。僕たちが君たちをここに呼んだのには理由がある。それは────」
フードを被った人物が邪悪な笑みを浮かべる。
「────人間共を皆殺しにするためだ」