chapter02 2010-10-12T13:43+04:30
俺が火種とはいえ、かなり面倒なことになっちまった……
襲撃現場に着いた今でさえ、紅茶女はただの一言も口を開きゃしねぇ。
五年前、ロンドン同時爆破テロで親父さんを亡くして以来、暴走癖がついちまったらしい。それが理由でSAS連隊本部を追ん出され、かつての上官である社長に拾われたってわけだが……
兎に角、かつてないぐらいに酷ぇなあれは。
まぁ、気持ちはわからんでもない。
親の仇と同類ーー〝かもしれない〟だがーーの女が社員として味方にいたわけだからな。
一応、こんな俺でも分隊長だからな。〝仕事〟に支障がありそうな案件は潰しておきたい。
傭兵といっても外人部隊ってわけでもねぇし、建前上、我社は民間の警備会社。つまり俺たちは〝企業〟に雇われた〝社員〟ってわけだ。過去の経歴丸々問わずって具合いにはいかねぇ。
あの小娘が社長をどう騙くらかしたか知らんが、あの言動は流せなかった……
タムは、そんな気が張った俺をなだめるつもりでしゃしゃり出てきたんだろうが、逆にとんでもねぇクソ地雷を踏み抜いちまったわけだ……
ボスのように、まんまモンティ・パイソンみたいなのも困るがーー
どうもあの英国娘は生真面目すぎる。
しかも、まだまだ〝軍人〟気質が抜けてねぇ。
確かにテロリストはかつての俺たちにとって明確な〝敵〟の一つだったーー
だが、今の俺たちはただの〝傭兵〟だ。
国家に忠誠を誓い、無制限の責任を負う軍人でもなく、法執行官ですらねぇ。契約書と対価《給料》に見合った責任が全てだ。
つまり、依頼主の定める〝敵〟以外、基本的には関係ねぇ存在だ。
付け加えるなら、俺たちは一般的な倫理観ってやつで言うところの〝悪〟だ。
〝傭兵は必要悪〟ってのをよく聞くが、結局のところ〝悪〟は〝悪〟でしかねぇし、それ以上でもそれ以下でもねぇ。
米軍の正規兵《財産》がなるべく消耗《死に》しませんようにってことで雇われちゃいるが、そいつらのために俺たちが死んじまったとしても……
そう、国葬なんてされやしねぇのさ。
今のタムは〝こっち側にも来れず、あっち側にも戻れない〟微妙な立場だ。
このままの状態でクソ稼業《仕事》を続けていけば……
タムは近いうちに死体袋に入ることになるだろう。
今のままでもかなり不憫だが、自己解決《吹っ切れた》した先にあるのが戦争中毒《こっち側》ってのも哀しい話ではある。同僚として不安材料《死ぬ確率》が減るのはありがたいが……
そしてだ。
〝こっち側〟といえば、スズの〝あの目〟だ。
あれは別の意味でヤバイ。
確かに俺たちと同じ〝こっち側の目〟に似てはいるーー
死線を潜り抜けてきた兵士の目であることには間違いねぇ。
だが、アレは別の危険な色も宿している。
ただの戦争中毒じゃねぇ。
〝大切な何かを失った目〟……
「コゾフ3よりコゾフ1へ、舗装路《帰投ルート》より東側九時方向、約八十ヤード先に窪地。我社の車列からは死角と思われる。他、複数のタイヤ痕を確認。恐らくピックアップ・トラック二輌。例の武装車両と推定。送れ」
いけねぇ、考え事に現を抜かしてる場合じゃねぇなーー
「コゾフ1より3、当たりだな。大破した車両と台数が一致している。戻ってくれ」
「コゾフ3了解《roger》。集結地点《襲撃現場》に戻る」
ゼトロは仕事が早い。流石は海兵隊武装偵察部隊の出身だ。
「コゾフ5よりコゾフ1。送れ」
続いてクリスからも無線連絡。
「コゾフ1だ、続けてくれ」
「西側、一時方向に徒歩の痕跡を確認。恐らく十一人分。約四十ヤード直進までは確認できましたが、それより先は風と砂で流され追跡を断念。しかし、地図上、同方向約四マイル先に廃村」
「ーーなるほど。了解《copy that》したコゾフ5、コゾフ7とその場で待機できるか?」
「肯定《affirmative》。回収まで待機します」
「よろしく頼むコゾフ5、こちらもすぐに向かう」
「コゾフ5了解《roger》」
何が〝断念〟だ。強風が砂を運び、あっという間に痕跡が消えちまうこの状況で、若干でもそれを発見して追えるだけでも信じられねぇよ、俺にはな。
全く、このグルカ兵の痕跡追尾技術には舌を巻くーー
「レイニー!」
俺は副分隊長のレイニーを呼んだ。
小走りでこちらへ向かってくるレイニーにヘッドセットのフレキシブルマイクを手で握る仕草を見せると、ヤツは意を解した様子で頷き、マイクを握りながら俺のヘッドセットのイヤマフへ顔を近づけてきた。
イヤマフは破裂音などのノイズをカットするタイプで集音マイクによるサラウンド機能が働くーー
つまり、風の強い今のような状況であっても、ある程度近づけば小声で話すぐらいの声量で十分に普段通りの会話が可能だ。
「風が強いので失礼しますジェイク。状況は切迫していますね。可及的速やかに対処しないと手遅れになります」
「そのようだ。で、おまえはどうなんだ?」
「言うまでもないでしょう。〝クソ軍人〟から〝クソ社員〟に立場が変わろうと、私がやることは何一つ変わりません。貴方もそうでしょう?Dボーイ殿」
忘れてたぜ……
この、副分隊長である元SBSの英国紳士もまた、俺と同類の〝馬鹿〟だった。
お互い無言で頷く。
「集結!」
指示するまでもなく、レイニーが無線のスイッチを再び入れ直し号令をかける。同時に右手を軽く上に掲げ二回転させる手信号を送る。
周辺警戒を解いて、社員共が次々に俺とレイニーの前へ集まる。
現場にいる全員が集結したのを確認し、俺は軽く咳払いをしてから無線のスイッチを入れたーー
「コゾフ1だ。コゾフ3、5、6、7は各々《おのおの》現状のまま聞いてくれ」
応答なし。
つまり、全員が俺の話を聞ける状態ってことだ。
「報告を集約すると、敵はフレイザー隊の数名、恐らく四名を人質に徒歩で約四マイル先の廃村に向かったと推測される。車輌を失っている敵が、増援を待つのに適した廃村に逃げ込むのはほぼ間違いない。合流する前に連中を救出しねぇといろいろ面倒だ」
真横でレイニーが頷く。
「俺とコゾフ2は、社長にお伺いを立てるまでもなく救出に向かうことを決めた。まぁ、問い合わせて却下されることはないだろうがな。そして、言うまでもないがこの作戦もいつもの通り強制ではない」
場にいる全員、俺の目から視線を外さない。
一呼吸置いて俺は続けた。
「特殊な残業だ。皆の意思を確認したい。抜けたい者は今ここで申告してくれ。事態は切迫している。よって、猶予はない。辞退する者がいればCPに状況報告する際に併せて連絡する」
俺とレイニーに向けられていた視線は変わらず、誰一人としてそれを逸らす者はいなかったーー
風の鳴る音だけがその場に響き渡る。
「皆、沈黙が返答ということでいいか?コゾフ3、5、6、7、そちらはどうだーー」
レイニーが問いかける。
「コゾフ5よりコゾフ2、コゾフ5、7共に肯定《affirmative》。問題ない」
「こちらコゾフ3。6共に肯定《affirmative》。フレイザーの連中にはポーカーで借りがあるんすよ、このまま帰ったんじゃあ寝覚めが悪くなる」
「コゾフ2、確認《copy that》した。こちらも全員参加でいいなーー」
俺とレイニーが現場にいる全員を見回すーー
皆も無言で頷く。救出作戦を辞退する者は一人もいない。
他の会社はどうか知らんが、我社は規模が小さい分、結束も固い。
ブラックウォーターのイラク人射殺事件以来、この稼業への風当たりは日々強くなっている。
こっちでも、かなりの数の大手が撤退しちまったーー
つまりだ、人質は何かしらの交渉材料にするわけじゃねぇ。
正規軍《ISAF》もPMCも大規模撤退が進む今、人質を盾にアピールするのは無意味だ。
尋問され、拷問を受け、カメラの前で思ってもいねぇ戯言を散々言わされ、挙句に首を斬り落とされる……
そして、その一部始終を動画で世界中に晒されるーー
〝我々《俺たち》の戦争《揉めごと》に手を出すな〟ってアピールのためにだ……
クソッタレ!そんなことのために仲間を死なせるわけにはいかねぇ。
確かに我社にも無法者はいるさ。
我が身を守るって理由を盾に、好き放題やってやがるカス野郎共もな。
だが、全てがそいつらみてぇな人間のクズじゃあねぇ。
俺の分隊にはその類いはただの一人もいねぇし、そんなクソ袋の存在は俺が許さんーー
少なくとも俺の分隊ではな。
忘れてはならないーー
俺たちはプロだーー
〝必要悪〟のプロフェッショナルだ。
確かに、金で道徳心を売り渡した戦争中毒かもしれねぇ。
だが、世の中が俺たちみてぇな人でなしを必要としているのも事実だーー
これには一体どう説明をつける?
俺たちはシャドウカンパニーではあるが、字面通りのバッドカンパニーじゃあねぇ。
クソ政治家のーー
クソ道徳者共のクソ横車ーー
もしくはクソ横車の代替車みてぇなもんだが。
兎に角ーー
〝漢の尊厳〟まで捨てたつもりはねぇ。
「よし!全員の意思を確認した。協力に感謝する。質問はあるか?」
沈黙ーー
「以上だ」
俺が言い終えると間髪入れずレイニーが指示を叫ぶーー
「よし!コゾフ3並びに6と合流次第、移動開始。途中、コゾフ5と7をピックアップ。後に村落《目標地点》へ急行。他、詳細は乗車後。以上、出撃準備。開始《Let's get it on》ーー!」
現場が慌ただしく動き始める……
迅速かつ正確にーー
だが、タムの動きだけはやはり冴えないように見えた。
俺はレイニーに手信号を送るーー
〝タムを見てやってくれ〟
レイニーは頷くと、タムへ駆け寄り話し掛けた。
「お嬢さん、この仕事が一段落したらアフタヌーンティーをご一緒願えるかな?」
「……」
「タムの好みは確かーー」
「英国式ミルクティー、角砂糖は三つ……」
現着してから全く言葉を発しなかったタムが、やっと口にした言葉だ。
「お好みに合わせましょう、お嬢さん。また後で」
レイニーがタムに拳を差し出すと、タムも苦笑しながら拳を合わせたーー
タムの表情が少しだけ和らいだ。
やはりレイニーに任せて正解だったな。
若干の安堵ーー
だが、あの英国娘には今後も細心の注意を払わなければなるまい。
そして、もう一人……
「どうしたんだスズ?」
そんな声が聞こえた方を見やると、様子を気遣うゼトロの前で首を横に振る少女が視界に入ってきた。
もう一人の注意を払うべき存在、〝阿万音鈴羽〟だ。
「何でもないよスティーヴン・スーザ。大丈夫、少し驚いただけだよ」
良く見れば、阿万音鈴羽の瞳は若干潤んでいるーー
「あたしはこの隊に移動してからまだ三回しか仕事をしてないんだけど、何だろう?今までと違うんだよね、良い意味で」
「ほぅ、どんな風に?」
ゼトロが興味津々とばかりに投げかけるーー
「あたしが前にいた隊は、当たり前なんだけどもっと利己的だったんだ。自由って言うのかな?良くも悪くもね。でも、この分隊は倫理観があたしと近い気がして居心地がいいんだ。救出作戦から誰も脱落しないなんて、前にいたところじゃあり得ないよ、多分ね」
「あぁ、そう言うことか。確かにこの分隊はクソ由緒正しい特殊部隊出身の人間が殆どだからな。〝気分〟が抜けてないんだろう」
ゼトロは自嘲ぎみに続けるーー
「もう俺たちは正規の軍人でも警察官でもない単なる〝会社員〟だし、いくら社の命令とは言え、公僕みたいに無理して命を張る必要はないんだが……まぁ、気にするな。癖みたいなもんだし」
ゼトロが苦笑混じりに彼女の肩を叩く。
「そっかぁ。でも、なんとなく数ヶ月前に会った人たちを思い出すんだよね……」
「何だそれ?」
「あっ!いやぁ何でもないよ、あはははーー」
何かを誤魔化すように後ろ手で頭を掻く少女。
緊張していた場がーータムを除いてだがーー若干和んだ。
〝少女〟ーー
そうだ。こういう反応も正に〝少女〟だ。
既に、情報として二十歳前後と聞いていたからあまり考えなかったが、改てその容姿や仕草を見てみると、十五歳ぐらいとも言えなくはない。
だが、この少女もまた、技術面だけを見ずとも、紛れもない一人前以上の兵士だ。
それにしても、さっきはあんなことになって有耶無耶になっちまったが……
どういう経緯があれば、特殊部隊出身者に匹敵する練度になるってんだ?
あんな少女がだ……
よくよく考えてみれば、自衛隊の入隊基準年齢だって恐らく十八歳以上だろうし、フランス辺りの外人部隊だって基準に大差ないはずだ……
幼少から日本を離れ、紛争地で民兵としてゲリラ戦を生き抜いてきたっていうのも考えられん。
動作や節度から見て、あれは間違いなく正規の訓練を受けているーー
兵士としての練度が、年齢に対してあまりにも高い。
子供みてぇに荒唐無稽な考えだが、日本政府は秘密裏に少女兵でも育成してるのか?
クソッ!ーー
皆目見当がつかねぇ。
兎に角だ。どこのイカレた組織か知らんが、とんでもねぇ化物を育てやがったもんだ。
俺は考えることを諦め、今やるべきことに集中することにした。
「コゾフ1よりCP、現状報告」
「CPよりコゾフ1、感度良好。送れ」
「現場検証終了。帰投中のフレイザー隊は敵勢に奇襲を受けた模様。路肩爆弾《IED》で路上斥候を爆破。それに先導が追突しフロントグリルからエンジンブロックが潰れ走行不能。後衛と最後尾路上斥候は舗装路から外れ停車。敵勢の戦闘車輌二輌に応戦。IED爆破で釘付けにされたのとほぼ同時に現れたと思われる。その敵勢二輌を撃破したが、フレイザー隊もSUV全車が走行不能、及び大破。敵勢死者八名、社員死者十二名、行方不明四名」
「ファック!要人目当てで襲撃かけたがスカだったんで腹いせに人質か!ふざけやがって‼」
全く同感だ……
そう思いながら俺はCPが交信に復帰するのを待った。回線は開いたままだ。
「あぁ、すまんーー続けてくれコゾフ1」
何かを叩くような物音が聴こえた後、CPが復帰。
俺も報告を続けるーー
「敵勢の移動痕跡を確認。約四マイル先の廃村へ徒歩で移動したと推測される。恐らく、社員四名も連行されている可能性が高い。敵勢は機動力を失っている。増援要請が済んでいるとみてほぼ間違いないだろう。至急追撃、及び増援要請の許可を求む。コゾフ隊、件における脱落者無し」
「了解《copy》、確認する」
約三秒ほどの沈黙の後、CPから再び無線が入るーー
「許可するコゾフ1、ただし増援は非番のカーク隊を招集するのに時間を要する。二時間はみてくれ」
反射的に足元近くの石ころを蹴飛ばすーー
「クソッ!最低《No.10》だ‼その頃には敵勢の増援が到着しているかもな。まぁ、なんとかするさ。なるべく急いでくれ」
「すまないコゾフ1、だが対処不可能な状況に陥ったら無茶はするなよ、これ以上人質が増えるのは真っ平だ」
「クソありがたいお言葉感謝するぜ。コゾフ隊、これより救出任務の状況を開始する。コゾフ1以上《over》」
状況は最悪だ。
だが、仲間が生きている可能性がある以上、俺は決して諦めねぇ。
俺たちは〝神の加護なき異教徒〟ーー
悪魔に道徳心を売り渡しちまった俺たちにとって、神は死んだも同然なのさ。
だからーー
仲間の命は俺たちで拾うしかねぇのさ。